ふぇえ、振り込めない詐欺なんて聞いてないヨォ!
グッと顔に力を込めて無表情を決め込み、一度鼻下を指で拭って血が出てないかを確認する。
ありがたいことに鼻血は出ていないから、私の脳内反応は誰にもバレていないはずだ。とはいえ、目の前にいらっしゃるお方に私の心臓はドックンバッタンバッタンでこのまま死ぬんじゃないか!ってレベルで脈を打ってるのだが?
考えてみてほしい。
千空のスーツ姿だぞ?
赤茶色のスーツに黄色いスカーフとベスト。もう鼻血以外ヨダレしかでない。
お布施、お布施しなくては。
え、そんな場所はない?知らんがな。
「へ?」
「コレって……」
「ポーカーで、決闘……!?」
なんで服まで凝ってるんだと千空はいうが、是非とも凝っていていただきたい。それで生きられる命もあるんです。
龍水は集まっていたギャラリーにこの勝負が公式なものだと見せつけるためにそうしたのだと、そしてその勝者の意見に従い、その勝者は自分なのだと言い切った。何故ならば龍水が選んだパートナーはあのゲンなのだ。指先の動き一つで人を欺けるインチキマジシャンを仲間にしてしまえば勝利は確定したと言える。
だがしかし、そうだがしかし。
千空のパートナーはコハク。その動体視力を持ってすればゲンの技も見破れるだろう。
にしてもコハクちゃん。その格好はけしからん、もっとやれ。
脳内フィーバーの私なんて存じ上げていない四人は席につき、ギャラリーはどっちが勝つかの賭けをはじめだす。流石にゲンを味方につけた龍水が勝つのではと、そちら側に賭ける者が多い気もしなくもない。私は服の中をゴソゴソと漁り、全く使っていなかった財布を取り出した。そして──。
「ハイ、陽くん」
「ん、おぅ茉莉も賭けんか!どっちに!!」
「センクウペアに資産全賭けで」
ポーンと飛んで行ったのはいろんなものがパンパンに詰まった私の財布。だって今の今まで使うことなかったんだもの、今使わなくていつ使うの?
醤油や味噌やらの権利書を龍水が作ったもんだから資産は膨れ上がってしまったし、いらないといっても増えていくドラゴ。使うならイマデショ。
「は!?ちょっと茉莉、資産全部はやりすぎじゃないかい!?」
「ウェェエエイ、なんかヤバそうな書類も入ってんだけどっ」
「アンタは中身を確認しないっ!」
違う意味でザワザワしだすギャラリー達に、んなもん賭けるなと呆れ出す千空。龍水に至っては少しムッとした表情で何故だと疑問を口にした。
「茉莉、何故俺ではなく千空に賭ける」
「ドイヒーじゃない茉莉ちゃん、流石に俺でも簡単に負ける気ないんだけどなぁ」
「え。だってセンクウだし、コハクちゃんもついてるし」
「……!私のことも信用してくれているのだな!」
「それ以外に何があると……?」
むしろ最強タッグやんお二人。お布施しよ。ATMにならなくてなんになるの。
首を傾げながらそんな言葉をオブラートを何重にも重ねまくった口調で言ってみればお馴染みのクククという笑い声は漏れてくるし、ゲンはまたそれかとわざとらしくため息を吐く。龍水は未だ納得していないようであるが、私が言ってる意味分かりませーんとアホ面をしていれば諦めたらしくディーラーである羽京の方に目を向けた。
そうして始まったのが龍水&ゲンvs千空&コハクのポーカー勝負である。
実況の南はボイスレコーダーを使って録音もしているが、可能であれば写真に収めてほしい。私が言い値で買い取るから是非ともスーツ姿を納めてほしいのだが、多分無理なのであろう。
クソゥ、私が写真係をやれればよかったものを興奮で手が震えちゃうからか。推しのスーツ姿に萌えないオタはいないだろうクソゥ。
四人の勝負を見守るギャラリーもドンドン賭け金を増やし始め、南は自分たちの命に関わるのに楽しんでると若干否定的。その背後に控える司に至っては虚無っているではないか。
普通にしててもイケメンなのに、虚無っててもイケメンって美形って恐ろしい。
まぁ、千空パイセンも負けてないんだけどね!
ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、私は未だに無表情のまま勝負を見守る。
だって気を緩めたらニンマリしちゃうし、それはいかん。周りも何故か私の方をチラリと見ると真剣な眼差しで四人を見出すし、きっと彼らもスーツとドレスいいなって思ってるに違いない。
みんなで着てくれてもいいんだよ?眼福になるだけだから。
ポーカーはやはりというべきかゲンが小細工を仕込み始めるも動体視力の鬼であるコハクに見破られ、ついでに言えば千空の思考にも塞がれてしまう。しかしその細工の一つの虫に気を取られてしまえば今度はカードをすり替えてしまうし、マジシャンとしてもゲンは一流なのだと理解せずにいられない。
カードをすり替えられたと怒りを露わにするコハクと、その全てが誘導であったと気づく千空。
龍水は勝ちが確定したかの如く全てのチップをかけ、千空がその勝負を降りることを願った。しかしまぁ、そう上手くことは運ばないものなのだ。
「んじゃ俺も!全部賭け!!!」
「んぐっ──」
そのわっるい顔、すごくしゅきぃ。
なんなん、本当になんなん。もう心臓も口から出そうだし、表情が崩壊しそうなのだが?もー無理、ほんと無理。勝負を見守るとかそんな事言ってる場合じゃない。
ざわめくメンバーなんて知った事かとそおっと部屋を抜け出して、私は一人甲板へ向かう。ずっと力の入れっぱなしだった頬を緩めれば、あっけないほどに口元が歪んでいるのが自分でもわかるほどだった。
「あれはヤバいアレはやばい」
どうやら私は、千空の悪い顔に免疫はないようなのだ。
「心臓、いたい」
だって最近まで人をバブちゃん扱いする顔を見ていたんだよ?ギャップが激しすぎる。あんな顔見たらゲロ吐くしかないじゃない。もう無理ほんと無理。
フラフラとした足取りで甲板まで辿り着けばそこにはまだカジノは存在しておらず、近々千空と龍水が作ることになるんだろうなと考えがついた。
そして案の定、次の日の夜には欲しがり屋の龍水の指示のもとカジノは爆誕しフランソワはシェフからバーテンダーに早替わり。
ついでに言ってしまえば千空が勝負に勝ったことにより、私の懐はかなーりあついものになってしまったのである。
お布施するつもりが増えてしまったのはなぁぜ?
その利益はそのまま千空に石油代として流しておけばいいか。
「70日を40日に、航路を30日も圧縮するのならば船員環境の強化と取引になる!食料増加でマイナス10日。娯楽設備でさらにマイナス10日!!最後にもう一声、マイナス10日の何かがほしい!!」
そう宣言されてしまえば、最後に残っているものは飲み物。つまりは酒。
復活組の中の未成年達はポカーンとしているが、成人組と村出身者には喉から手が出るほどほしいものである。
「スイカはお酒とか飲めないんだよ……」
「アルコールに限りませんよ。むしろソフトドリンクやカクテル中心です」
ゲスト全員分のオリジナルカクテルを作ると張り切っているフランソワはそのためにガムシロップが欲しいと千空達科学チームに願い、何故か私も引きずられるようにラボに向かう。
そしてそこで麦からガムシロップのクラフトが開始されたのである。
「小麦をモミモミ洗って、水に溜まったこいつが澱粉だ。そこに隠し味、リュー酸を少々」
「出た、おなじみリュー酸。って飲み物に硫酸!!?飲めなくなるでしょそれ!?」
そのまんま飲んだら溶けるらしいが、煮込めば問題ないようである。
千空のモミモミにも悶えたが、相変わらずゲンの冴えているノリツッコミに頬が緩みだした。
「とそこに毒重石を投入!」
「さらに毒!?」
「いや、名前がやべーだけだろ!考えろよ、ガチの毒入れるわけねぇじゃねぇか」
「いや、ガチの毒」
「なんで!!??」
「う・る・せぇなさっきから」
「──ッブハ、ヒィッ、プフ」
「あ"?」
もう無理限界ですとばかりに私の腹筋と頬は崩壊し、その場にしゃがみ込んでヒィヒィと笑い出してしまった。
笑う場面じゃないのに、なんかこう、愉快で。
「茉莉ちゃん、何笑ってるの!?」
「その、ひぅ、みんなのツッコミが、ひっ、愉快で」
「そういう問題じゃねぇだろ!?毒だぞ毒!」
「そう、なんだけどっ!だって、息、ピッタリとか、ふふ、仲良しジャン」
「あ"ー、テメェはそこで笑ってろ」
「うっす、ヒヒっ」
どう考えても笑いすぎて役に立たないであろう私の頭を千空はグシャっと撫でて、そのままpH確認を行い無害なシロップだと認定。
ペロリとクロムが出来立てのそれを舐めてみれば甘ぇ!と叫んだ。
そしてその叫び声に、またしても私の腹筋は崩壊したのである。
「っ──!!」
「茉莉、テメェやけに今日は笑い上戸じゃねぇか」
「ちょっと、ねっ」
昨日耐えていた分、今日は耐えられなかったらしい。
昨日は大勢いたから耐えられた。でも今日はラボカーにいるメンバーだけだし、それになにより千空がいるせいで私の精神は乱れまくっているのである。
うっかり泣き出すこともあれば笑い出すこともあるなんて、どんな情緒の壊れ方してんだよ私。
「私、は、後で行く、ので、みんなは先にっ」
「えー、茉莉ちゃん一人で大丈夫なの?ワシ残ろうか?」
「大丈、夫。あとからいく、ので!」
「──茉莉ちゃんがそうやって笑うのあんまり見ないし、なんか得した気分かも♪」
「あ、あざす?」
「確かに吹き出し笑いなんてそうそうしねぇもんな」
「っんなこたぁいいから行くぞ。茉莉、テメェは落ち着いてから戻ってこいよ。その調子で来られたらワラワラ寄ってくんぞ」
「りょか、!」
顔をあげて指で涙を拭って。
四人の顔を見るとまた吹き出しそうになったがそこは抑え込み、ピクピクとする口元を両手で隠して私は見送った。
全くもって科学チームは尊いし、威勢のいいツッコミを入れてくれるゲンは素晴らしい。
このままずっとこんなやりとりを見られたなと思いつつ、私は誰もいなくなったその場所でひとしきり笑ったのである。