『私は約束を破りお酒を飲みました』
『私は茉莉に酒を飲ませました』
うっかり酒を飲んでしまった昼下がり、無邪気にはしゃいだ結果ニッキーと千空に激怒されてしまった私とマグマは仲良くそう書かれたプラカードをつけられその日一日を過ごすこととなった。
最初こそ酒の勢いでケラケラ笑っていた私であったが、徐々にアルコールが抜けてくるとその無様さに恥ずかしくなり徹底して無表情を貫く。
マグマの兄貴は早々にソレを破壊し逃げていたが、ニッキーに敵うはずもなく頭に三段のたんこぶをつくっていた。お可愛い。
お前の勇姿は忘れない、と心の中で唱えて目を背けたが別にニッキーが怖かったわけではない。何より怖かったのはびっくりするほど真顔で私たちを叱ったパイセン故に。
いやしかし、今回はちゃんと記憶は残っていたのだがらビール一杯はセーフなのでは?と呟いたところ、千空の顳顬がピクっと反応したので黙った私の判断は正しかったと思うのだ。
あれ、反抗していたらもうちょっと悲惨な文字を書かれた気もしなくはない。
多分きっとそう。
故に私はもう勝手にお酒は飲まないと誓おう、と思う。
否、飲むとしても千空の許可を取ろうと何度も誓ったのである。
まぁ、守れるかはわからないけれども。
「にしても、茉莉がお酒に弱いなんて意外だったわ。むしろ飲むのって感じよねぇ?」
「んー、まぁ、二十歳はすぎてるし」
「ハタチ過ぎてるって貴方、杠たちと同い年って話じゃ……。そういえば三年も早く目覚めてたって聞いてたけどほんとだったの!?どんな生命力してんのよ」
若干引いた瞳をむけてくる南に中学時代のいじめっ子を思い出すも、そう思われても仕方がないかと考えがすり替わる。
確かに私もよく一人で生きて来れたなと思うものだ。
多分運が良かったに違いない。じゃなきゃアルコールのなかったあの時期、ろくな消毒ができない状態で深めな怪我を負っていたら一発アウトだっただろうに。本当に酷い怪我をしなくて良かった。傷口が膿んで死ぬ、なんて恐ろしいっちゃありゃしない。
「まぁ、普通の生命力だよ?死なない程度に狩りして食って、寝れるだけの屋根付きの家つくって服仕立てて。大怪我しなかったから生きてこれた感じだし、大した事じゃないよ」
「またそうやって何でもないように言うんだから!貴方のやってるそれ、誰でもできる事じゃないんだから少しは誇りなさい!過小評価は周りの評価も下げるんだからね!」
「んー?」
「わかった?!」
「あー、ウン」
とりあえず南の言葉に頷いておくが、私はそうは思わない。だって石神村の住人だってまだ小さなスイカでもこなせる事がいくつもあるのだ。
要は慣れていればできる事。それを誇る理由などない。
けれどそう言ったところでプンスコ怒っている南には理解されないだろうし、私は反論するのをやめたのである。
「──そういえば、何だけど」
「……なぁに?」
「司さんに聞いたの、氷月を起こすって。武道に通じてる氷月は必要だからって……」
「ふぅん?」
「──何で興味なさそうなのよ茉莉は!少しはこう、考えるものがあるでしょう!?茉莉は、茉莉は氷月と仲悪かったじゃない。怖く、ないの?」
「んー、怖くないわけではないけど、別に怖がる必要もないかななんて」
「何でよ!」
「だってほら、氷月さんも司君も、やってる事は変わらないし?」
「──は?」
「選別のために司君を殺そうとした氷月さんと、弱き者のためにセンクウを殺そうとした司君、何が違うの?」
ま、実際両方とも一回殺されたようなものだし。あえて言うのならば千空だって司を殺す覚悟もしていた。
「氷月さんを怖がるなら対等に司君も怖がらなきゃならないし、そんなの面倒だもの」
怖がり出したらキリがないし。
確かに司と氷月だったら後者の方がヤバい人間であるのは認めよう。自分の手で殺したわけではなくとも、復活者三名の命を意図的に奪ってもいる。そこを踏まえれば復活組の中で一番危険なのは氷月で間違いない。
でもそれを言ってしまえば石像だからと石を砕きまくった司はどうなる?
あれは意識的に行っていた殺人行為と捉えてもおかしくはないし、石像だから人間じゃないよ、なんて今の私にはいえやしない。
考えれば考えるほど、誰がどれだけ悪いやつで危険なのかなんてわからなくなってしまう。
だからこそ、考えないのが正解なのだと私は思うのだ。
「南ちゃん的には司君を殺そうとした氷月さんが悪いやつって思えちゃうのは仕方がないけど、科学王国民からしたらどっちもどっちだよ?」
「──っ!茉莉のばか!知らないっ」
「あー、ハイハイ」
キッと私を睨みつけて走り去る南はきっとこんな言葉を言って欲しかったわけではないのだろうが、私が伝えることができるのはそんなものでしかないのだ。諦めて欲しい。
「──言うべきじゃなかったかなぁ。でも、そうとしか思えないし」
「それもそうねぇ、辛くてもその考えもあるって知ってた方が南ちゃんのためじゃない?」
「……いつからそこにいらっしゃって?」
「割と前からかな?」
「そっかぁ」
南が消えて代わりに現れたのはゲンだった。
にっこり笑っているが、相変わらず胡散臭い。
「ま、南ちゃんの不安もわかるけどねぇ。俺も千空ちゃん達に言われた時ジーマーでって叫んじゃったし」
「そっかぁ」
「茉莉ちゃん、相変わらず動じないね?」
「まぁ、昨日聞いてたし」
「にしても冷静すぎじゃない?もう少し動揺したっていいのよ?」
「んー、酒飲んだから一周まわって落ち着いてきた、とか?」
「──お酒ね、お酒はやめとこうねジーマーで」
「すまん」
千空ちゃん、すごい怒ってたでしょ。と笑うゲンの目は心配そうな色をしているし、本当になんかいろいろとすいません。
ゲンはこのあと南のように動揺しているメンバーのケアに行くらしいが、その前に一応私の所にも寄ってくれたみたいだ。何せ私、氷月さんに嫌われていたもので、マジに殺意向けられていたわけで。
そりゃまぁ、司と千空とは少し異なった意味でビビってもしょうがないと思われていたのだろう。だがしかし、私にはそんな感情を抱く暇なんてないのである。
「──センクウと司君が必要だと言うならそうなんでしょ?その決定に逆らう気なんてないし、気にするだけ無駄だよ」
「うーん、みんながみんな、それで納得はしないと思うんだけどねぇ」
「……納得するしないじゃなくて、そうするしかないんだよ。この先、何があるかわからないんだから」
例えば千空のように自力復活者がいるとか、文明がかなり進んでいるとか、人を殺すことを本当の意味で躊躇わない人間がいるとか。
最悪の状況なんてそこら辺に散らばっているのだ。
何も知らなければ今より酷いことは起こらないと思えたかもしれないが、世界はいつだって残酷で思いがけない悲劇だって起こしてくる。最悪なんてすぐそこに転がっているのだから、拾い上げるのも簡単な話である。
「──覚悟は、必要なんだよ」
それになによりこの先、私が知らない未来への恐怖に立ち向かう覚悟だって必要なのだ。
覚悟しておかなければ、その時立っていられる自信なんて私にはないのだから。
「──茉莉ちゃんは、」
「んー」
「茉莉ちゃんは、たまに全て見通したようなことを言うね」
「──臆病だから、ね」
「それでもね、千空ちゃんを信じて前だけ見てるの、俺はゴイスーだと思うのよ」
「…………果たして私は、センクウを信じてるのかな」
「──え」
「なんて嘘だけど」
「っちょっとやめてよ茉莉ちゃん!真面目な顔して嘘つかないでくれるぅ?ちょっと信じちゃったじゃない」
「メンゴメンゴ。んじゃ、こんなとこで暇売ってないで、メンタルケアして来なよ?特に南ちゃん」
「あー、俺に押し付ける気でしょ?」
「それがお仕事なのでは?」
「もう、本当に人使い荒いんだから!でもまぁ、やるしかないんだけどね!」
じゃあねと手を振って立ち去るゲンを見送り、私は深々と息を吐き出す。
腹の奥底から感じる不快な違和感を懐かしく思ってしまうあたり、私の精神は相当イカれているのだろう。
私は誰よりも千空ならば困難なことがあっても、仲間と共に良い方向に進むのだと信じている。立ち止まらず、思考を巡らせ未来を掴み取るのだと信じている。
しかしその一方で石神千空ならば世界を救えるのだと縋っているに違いない。
今の現状を変えるのも、未来を作り出すのも彼なのだと決めつけて必死に彼に縋っていきている。
果たして本心がどちらなのか、私にだってわからないし知りたくもない。
私はまだ、千空を信じて生きていたい。
全てを投げ捨てて縋るだけになってしまったら、未来なんて恐ろしくて考えられないと思うから。
「────相変わらず、私の思考はクソ」
そういって鼻で笑って、私はただ拳に力を込めた。
「──茉莉ちゃんのアレ、嘘じゃなかったよなぁ」
「ん?茉莉が何よ?」
「何でもないよ♩」