おのれ石化装置、今日ほどオマエを恨んだことはない。
私はキリキリと痛む腹を抱え、人一人が余裕で入り込める箱の中で倒れ込んでいた。ちなみにではあるが、この箱はラボカーの隣にあった雑貨入れである。それを整理整頓し、私の隠れ家として利用させていただいている。しまってあった鉛筆もどきや紙の束、カーボン等々今のところすぐに使用用途がないものを許可を取り少々いただいたが、それはひとまず置いておくとしよう。
「ん、ぐぅ……」
「黙って寝てろ。鎮痛剤は飲んだんか?」
「のん、だぁ」
ペルセウス製作前から不定期となっていたソレは今の今まで、一年近くくることはなかった。理由は過度なストレスだと私だって理解している。だがそれでも良いと思っていたのだ。いくら布製品や海綿が増えたとて、こんな世界ではない方が良い。故に来なくなったことを若干喜んでいたというのに、石化し身体が健康になった途端コレだ。
今まで止まってた分、かなり痛い。私、遅れるとよりひどいタイプなので。
「っ──」
薬がまだ効かずぎゅうっと内臓が締め付けられる痛みに耐えながら寝転がり、私は目を閉じてそれが過ぎ去るのを待つ。
船は嵐を迎えガタゴトと大きく揺れ船員達は走り回って働いているというのに、なんていう様だろうか。うっかり滲んできた涙を拭って毛布を頭から被り丸まって、早く終われと願いながら私は目を閉じたのである。
次に目を開けた時、船の揺れは若干落ち着いていた。代わりにラボカーからは千空にスイカ、クロムとコハクの声が聞こえてくる。どうやら何かをクラフトしているようで、ああでもないこうでもないと話しあっているようでもあった。
箱からそっと顔を出してみれば、その作業がわずかに見えて電球を使うものを作っているのだとは推測できた。だがしかし、それ以上のものはわからない。
私は少し楽になった体を起こして立ち上がり、一旦そのままトイレへと向かう。前よりだいぶ楽になったとはいえ、まだまだ不快感は拭えないものである。
動かしにくい体をのそのそと動かしお布団に戻ろうとすればちょうどクラフトが終わったであろう千空達が何かを始めるところで、ちょいちょいと手招きで呼ばれる。毛布だけ掴んで側に行くとそのまま床に座らせられ、黙って見てろと千空は室内の電気を消した。
「じゃあつけるぞ」
「おぉ!楽しみだ!」
「わくわくなんだよ!」
いったい何が始まるのだとぼぅっとしていると、カチっという音と共にキラキラとした光が天井に広がった。
「──プラネタ、リウム?」
「簡単なやつだがな。流石に光学式は今は作れねぇが、いい暇つぶしになんだろ」
綺麗だと喜ぶスイカに、本物には敵わないけどなと笑うクロム。コハクは見たことがある星空だと指を刺している。
どうやらそれは千空が作ったもの故に、ちゃんと星座が埋め込まれているようなのだ。
「……見覚えあっか?」
「ん、んー?……あ、カシオペア?」
「覚えてんじゃねぇか」
ガシガシと私の頭を撫でる千空はそのまま隣に座り、今の時期に見れるであろう星座を入れこんだのだと満足気に呟いた。
「船の名前の由来になったペルセウスはアレで、その隣がアンドロメダだな。細けぇのは省略した」
「アンドロメダ……?鯨に食われそうになったやつ」
「──そう、それな」
なんで聞き覚えがあるのだろう首を傾げて考えてみると、そういえば昔、千空と百夜とよくプラネタリウムにいっていたものだと思い出した。
あの時は純粋な気持ちでお出かけを楽しんでいたが、案外記憶として残っているものらしい。
「千空、茉莉!何やら面白そうな話をしているな!」
「スイカもアンドロメダ?とかクジラ?について知りたいんだよ!」
私たちの何気ない会話を聞いていたコハク達は神話でもあるその話を気にして、千空は仕方ねぇなとゆっくりとした口調で語り始めた。
宇宙が好きな千空だから星座の成り立ちも覚えてるのだろうなと思いつつその語りに耳を傾けていれば、あれだけ寝たというのに睡魔が襲ってくる。
心地よい低音の千空の声に心底安心し、私は瞼を閉じて船を漕ぐ。かくんと頭から傾くとそのままあたり前のように膝にたおされ、ぽんぽんと背中を叩かれた。
そんなことされてしまうともう睡魔から逃げる術などなくて、私はまたしても夢の世界へ落ちる。
けれども悪夢は見ることはなくて、その時は見た夢は覚えていないけれど、ずっと、ずっと。幸せなものだと思えるものだった。
スピスピと意識を飛ばして、また目覚めた時にはみんなの声が聞こえなくなっていた。そこから察するにみんな寝に行ったのだろうと一人納得し、私はまたしてもトイレに向かうために立ち上がる。
そういえば箱の中に移動しているし、コハクあたりが移動させてくれたのだろう。
薬もようやく効いてきたのか痛みもだいぶ引いたが、やはりいつもの倍は痛む。歩くだけでじわじわとお腹に変な感覚がはしるし、あのままなくなってくれればよかったのにと思わずにいられない。
壁伝にラボカーの元へと戻れば、うっすらと中に光がついていた。もしかして電気の消し忘れかなと思い入ってみれば、そこには黒い紙に向かっている千空がいるではないか。
もしかして私が気づかなかっただけで、さっきもいたのではなかろうか?
「──寝ないと、効率悪くなるんじゃないの?」
「……コレ終わったら寝る。テメェは体調平気なんか?」
「よくは、ないかも?」
ちょこんと隣に座って何を作っているのか見てみれば、紙に針で穴を開けている。もしかしてコレもプラネタリウムの部品の一つなのではと問い掛ければ千空は頷いて、嵐の夜の暇つぶしに使うとも悪い顔をして笑った。
「星座がわかりゃあ方角も分かっからな、覚えといて損はねぇ」
「……シリウス、ズレてるのに?」
「それは修正して教えれば問題ねぇ」
「なるほど?」
そんなことできるのはパイセンだけだよと言わないが、多分スイカやクロムなんかは覚えちゃうんだろう。好奇心旺盛なのはとてもいいことなのだ。
その後もプチプチと穴を開ける千空の様子を眺めて、私は小さく欠伸をした。
相変わらずこの日は寝ても寝ても足りなくなるものだ。お腹も痛ければまた眠いなんて本当にクソ。
パシパシと瞬きをしていれば千空はチラリとこちらに視線を流し、寝床である箱を指さして寝ろという。まぁ寝ることしかできないわけで、私は大人しくそれに従うわけなのだが──。
「センクウは?」
「あ"?」
「センクウは寝ないの?もう夜中でしょ?」
私は千空のように時を計ることは出来ないが、少なくとももう皆が寝ている時間だとは理解できている。
ならば千空だって寝なきゃいけないだろう。
「キリのいいとこまでやったら寝る」
「──そっかぁ」
本人がそういうのならば私はもう何もいうまいと箱の中に横になり、そして目を閉じた。
しかし、微妙にキリキリと痛む腹が睡眠を妨害してくるではないか。
はて、先ほどはどうやって寝たんだろうと思い出してみれば千空の子守唄ならぬ子守話があったからで、そのお陰で痛みよりも眠気が勝ったのかもしれない。
「……センクウ、校長先生みたいなくだらない話してくれない?眠くなるやつ」
「人を睡眠導入剤にすんじゃねぇよ」
「面目ない。でもここは一つ──」
そうお願いすると千空はなんやら魔法の呪文のような科学の話をはじめ、私はそれを聞きながら夢の世界へと旅立つ準備をしていく。
別に科学話が分からないから眠くなるのではない。ただ単純に千空の声だから眠くなってしまうのだが、それ伝えることはない。
「む、ふぅ」
フワフワと頭はしだして、自然と瞼が落ちてくる。
おやすみなんて言わないけれど、私はそうして夢の世界へと意識を飛ばしたのであった。
全くもって、千空の声は良い声だ。