何度目かの嵐を越えて、ペルセウスは進んでいく。
道中誰も見たことがないだろう氷山を見かけたことにより旧人類は目を光らせ、新人類側は目を見開いて驚いた。ついでに鯨の大群に出会わせたが、やはりすごいと喜んだのは旧人類でスイカ達はアレはなんなのだと忙しなく声をあげている。
「見た感じマッコウクジラかなぁ?歯がギザギザでしょ、あれは肉食なやつだった気がする」
「ス、スイカ達食べられちゃうんだよ!?」
「ん、んーそれはないかな。うっかり船に当たったら終わりだけど、ま、大丈夫でしょ」
「全然安心できなぃヨォ!」
松風にしがみついて不安そうな顔をする銀狼に、でもと私は言葉を続けた。
「クジラは哺乳類だから、実質肉」
「っ肉!?魚じゃないの!?」
「魚類じゃなくて、どっちかといえばヤギと一緒な生態系だよ。つまりは肉。でも捕まえようとはしない方がいいかもね。あのデカさじゃ捕まえる前にペルセウスが沈む」
一瞬肉というパワーワードで一部の戦闘お馬鹿さん達(褒め言葉である)は目を煌めかせたが、冷静に考えてみてほしい。船の何倍もあるクジラを襲うとか自殺行為でしかない。ありがたいことに羽京と司、あと氷月も無茶をしようとする戦闘民を止めてくれたのでことなきを得たが、私は余計なことを言うなと若干千空に怒られた。
解せぬ。
日本を出てからすでに一月はゆうに超えていて、陸が発見されるのもそろそろ時間の問題だろう。そう思うと嫌でも体に力は入ってしまうし、このまま着かなければいいななんて思ってしまう。
正しい未来に行き着くと言うのならば、あと数日でアメリカについてしまうだろう。
だがそこにあるのは明るい未来だけではなく、血に濡れる恐怖の世界。この先起こることを知っている私でさえ怖いのだ、予備知識なくそれに立ち会ってしまった少年少女のトラウマにならなければいいななんて他人本意に考えて。結局私はソレを他人事だとしか思ってないのだと知る。
こんなに仲良くなっておいて、幼馴染と言ってもらって、側にいさせてもらっていて。
それでも私は無情にも、彼を、千空を見捨てる選択をするのだろう。
「っうぇ──」
不意に込み上げてきたそれを海へと吐き捨て、私は口を拭って情けなく頭を抱えた。
辛いと思うなんて烏滸がましいとはわかっている。私なんかが抱えていていい感情なんかじゃない。
わかっている。わかっているから。
「……茉莉、酔ったのか?千空に薬でももらってくるか?」
「んー、大丈夫。ちょっと吐いたらスッキリしたから」
私なんかを気にしてくれるコハクに笑顔を見せ、いつも通りにギュウっと感情を押し込んで私は笑う。大丈夫だと言い聞かせて、大丈夫なのだと思いこんで。
「心配ありがとう、コハクちゃん」
いつも通り笑って誤魔化した。
そしてその三日後、ほむらが霧の向こうに大陸を発見することとなる。
「ついに着いたんだよ!アメリカ大陸──‼︎‼︎」
「長かったぁぁあ、久々すぎの陸ぅ──‼︎」
「肉ぅ──‼︎」
やはりと云うべきか航海中に食べられた肉はちょびっとで、特にバトルチームはタンパク質を欲している。まぁ、それ以外のメンバーも似たような食事に飽きつつあった事だし、陸が見えたことは精神的にも良い結果をもたらしただろう。
大樹は上陸すれば動物が狩れるが初めての海外旅行故に分からないと言い切り、その発言に南は呆れている。千空は大樹のプラス思考に笑みをこぼしたが、みてと、ほむらが発した言葉で目を細めた。
「……そりゃね、みんなわかってはいたのよ。でもねこの新世界じゃ海外はお初なわけだし?世界がどうなってるかなんて分からないし?ひょっとすると偽物リリアンの話こそがジーマーで、日本がまだだってだけで世界はもうとっくに復興──。いやむしろ最初から石化光線に勝ってたりとか!?心のどっかでもしかしたら!もしかしたら─!ってね……」
目の前にある世界だけが全てではなく、見えないからこそ縋ってもこれた空想の世界。
たらればの世界に誰もが心を寄せ、願望を抱く。
まぁその気持ちは誰よりもわかる気はするもので、石化がない世界だったのならばなんて考えた事は何百何千回も私にもあるわけで。
結局世界は私の知る正史を辿っているのだがら、所詮それは願望の域を出ることはなかったのだけど。
岬に飛び出た石像を見つけてしまえば、その中には当たり前のように砕けたモノたちもあって。もしも彼らに意識が残っていた場合、このまま一生目覚めることがない地獄が待っているのだと誰がいえようか。
体を戻す事もできず、意識を飛ばせないなんてなんたる地獄。
そうなっていないようにと、私は祈るしかない。
「……ホントに、全部無くなっちゃったんだね。人の作ったもの全部」
「内心どっかでワンチャン助けてもらえるかも……とか思ってたな」
「違う!そうじゃないぞみんな!コーンさえゲットして育てれば、科学の力でもう世界中の石像全部復活できるんだからなー!」
「その前にアルコール作りの労働があるけど、ウィスキーの材料だったはずだから美味しいお酒飲めるねぇ。人類復活後にはどんちゃん祭りじゃん」
「──茉莉、テメェは飲むなよぜってぇにな!……でもまぁ、俺ら全人類78億人助けに行くのは間違いねぇがな」
ニカっと笑う千空に笑い返し、その他の不安そうな顔をするメンバー達の肩を叩いていく。
人類救うって言っても想像なんて出来ないだろうし、当面の目標は美味しいお酒を飲む事だねと言い聞かせとけば問題ないだろう。人を救うってのはこう、時と場合により辛い選択をさせかねないしね。
逃げ道は必要だと思うんですよ、私は。
ペルセウスはそのままサクラメント川へ向かい、そこから資源補充チームとコーン探索チームに分かれることとなる。
私はもちろん資源補充チームかと思いきやコーン探索チームに名前を挙げられてしまい、思わず不満の声が漏れた。
「まぁテメェは資源補充チームでも問題はねぇけどな、そーすっと必然的にテメェは働きすぎんのが目にみえてんだよ」
「茉莉ちゃん!いっぱい働いちゃうと思うから千空くんといた方がいいと思うんだよね!私も!」
「──いや、そうでも、ないと思うけど?」
「──アンタがそう思ってるだけで、張り切って働くタイプだろうに」
呆れた顔で私を見るニッキーにわけを聞いてみれば、探索チームに戦闘員が振り分けられた今資源補充チームには戦える人間が、云うならば狩りをできる人間が減るわけで。
つまりはその分私が張り切って肉を取ってくると森へ入るのが目に見えていると。
その結果猛獣に襲われて怪我をしました、なんてことがあり得そうだとか。
「流石の私も訳のわからん森にいかないよ、そんなに。何がいるかわからないし、クロスボウと罠は持ってくけど」
「いく気満々じゃないかい!肉は最悪探索チームが帰ってきてからでもいいんだよ!?」
「でも、タンパク質食べたくない?」
そう問えば周りからたべたーいと小声で反応が返ってくるわけで、ニッキーがギロリと睨んだ後私は千空たち探索チーム側へと連行されることとなった訳である。
「死なない程度にしか狩りしないよ?」
「何がいっかわかんねぇとこで狩りしようとすな」
「──熊さえでなきゃなんとか……」
「それ以上のもんがいる可能性を考えろ馬鹿」
「対応がひどい」
私だって無理はしないのになと考えてみても、まぁ狩りでやらかした経験はなくはないので無茶はしてると認めよう。うっかり病院送りになった事もあるし、医者がいない現状怪我するのはやばいもんね。今回は私が引いておくのが無難だろう。
にしても。
「──医者、かぁ」
「あ"?」
「んー、そろそろ医者もいてほしいなと思って。余裕できたらお医者さん探すのも悪くないよね、万が一のために」
「まぁ、居りゃな」
「──うん」
ま、そのうち会うんだけどね。医者見習いに。
その時になれば医者の必要が千空にも皆にも分かるだろう。この先何があるかわからなくなっている以上、ルーナには千空に惚れてもらわないと困るな。
なんて考えていた私の手は震えていたのである。