「help me,please!」
そう言って現れた異国の美女はプロ顔負けなほどの泣き顔を私達へ見せつけた。
かろうじてわかったのは助けての単語のみで、その後彼女が何を話しているのか理解できない。英語なんて中学でも最低点を取るレベルだった私には、今後彼女と関わることは難しいだろう。
龍水が彼女を助けるかどうか悩んでいる間に千空は颯爽と船を降りて行き、彼女に手を差し伸べる。その姿があまりにもスマートで、科学に全振りしていない千空がいたのならばそりゃもうモテただろうなと思わずにいられない。
綺麗なジャイアンならぬ、綺麗な千空。JKが惚れないわけがない。顔を赤らめたルーナの反応は正しいと一人頷きながら、船へと上がった彼女へと視線を向けた。
「怪しいね。船に入れていいのかいあの女」
「アリだろ。顔、可愛いから」
「まー、千空も男だしよ!デレデレじゃねーか。どストライクなんじゃねーの、あーゆー金髪が」
「それは流石に違いそうだけど……」
こちらをチラリと見た杠は何か言いたげに見えたが、私が特に思うことはなく。当たり前のように彼女から情報を引き出そうとしてるんだろうねと言葉をこぼす。杠は困ったように丸を八の字にし、大丈夫?と私の手を握った。
「茉莉ちゃん、なんか顔こわばってるよ?」
「……そうかな?まぁ、英語の勉強サボらなければよかったなぁとは思ってるよ?何話してるか分からないし」
「……確かに、それは困っちゃうよね」
それでも平気なの?と意味不明な問いをしてくる杠に問題ないと答えやしたが、私の視線は常にルーナへと向かってしまっていた。
ルーナを見ていたところで何も変わらないのは誰よりも理解している。英語がわからない私じゃ、彼女の話し相手にもなれないし情報を引き摺り出すなんて困難極まりない。
けれども何故か、以前のようにどうにかしたいと願う自分の感情を無視できなくなっているのだ。原因だって、すでに分かっている。
私たちの関係が、以前と違いすぎているから。
最初こそ私はただのモブでしかなかった。千空の記憶の隅っこに汚点のように存在しているだけで。だからそれが正しいのだと思って、彼が殺されるのをただただ見ていた。それなのにどんどん関わるようになってしまって、千空や石神村の住人や今のメンバーと一緒に過ごして。
千空とは幼馴染に戻ってしまって。優しくされてしまって。
側にいたいと思ってしまった。仲良くしたいと、協力したいと感じてしまった。
だがら、千空が傷つくのが、以前よりずっと怖くなってしまったのだ。
千空が死なないのは分かっている。
分かっているけどこの後数刻をしないうちに、千空が死にかけるなんて思いたくもない。考えたくもない。
どうせ何もできないくせに、何もしないことを選ぶくせに、一丁前に考えたそぶりをするくせに。
何故ここにきたのだとルーナを憎らしく恨んでしまう私がそこにいて。
彼女のことは嫌いじゃない。むしろ3700年間意思を保っていられたすごい女性だと思うし、今だって敵陣に一人で乗り込んできた勇気がある人間だと尊敬すらできる。
だというのに私の目は彼女を追って、その姿をそれこそ親の仇のように見ているに違いない。
この感情は隠さなければ。いつものようにヘラヘラ笑って、ルーナに対して友好的な態度を示さなければ。でなければきっと軍人であるスタンリーには私の負の感情が察知されてしまうかもしれない。そうなって未来が変わってしまえば、それこそ千空が死ぬ未来が生まれる可能性すらあり得るのだから。
ただただ恐ろしい。今までと違って彼等には遠くから私達を殺す武器とそれを負い目に感じない兵士がいる。選択肢一つ間違えれば私なんて一発で撃ち殺されるだろう。他人の命より自分の命を優先しないと、私なんか生き残れないのは昔から理解しているだろ。
ブレてはいけない。感情に流されるな。千空は怪我を負うだけで死にはしない。
だから大丈夫。私のせいじゃない。私は、悪くない。
「茉莉ちゃん……?」
「──なぁに、杠ちゃん」
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そうしなきゃ、私はいけないのだから。
ルーナを受け入れたからと言って私たちの仕事が変わることはなく、淡々と空母作りは進められていく。チラチラと視界に彼女の姿を見つけるが、それはこちら側の科学者とされている大樹を探しているからだろう。彼女からすれば全く知らない人間を探し出す重要な任務を任せられているわけだが、こっちからしてみれば名前を呼ばずに仕事をするなんて不可能で。ゆえにあっさりとDr.大樹と呼ばれる人間が誰なのかはバレてしまったと思われる。
ルーナが大樹を目で追っていると、またしても綺麗な千空が彼女へと声をかけていた。
となるともうアイスクリーム作りが開始されてしまうのかと小さくため息をつき、薄暗くなった空を眺めた。
着々と時間だけが進み、星が輝き始める頃には何処からかバニラの甘い香りが漂い出した。船員たちはまた千空が何かを作っているのだろうとソワソワし始めて、その何かが出来上がるのを心待ちにしている。
そうして出来上がってしまったそれは、俗にソフトクリームと呼ばれるものである。配られた甘味をぺろぺろ舐めてみれば冷たくて、食べ物が飲み込みない私でも唾液と共に喉を流れていく優れもの。
甘い以外の味はよくわからなかったが、美味しいのに違いない。だから笑って食べた方がいいのに、うまく表情が作れない。
視線をアイスからルーナに移せば千空と何やら話し込んでいて、その言葉の中に"エレガント"の単語が含まれてたのは私にも理解できた。
瞬間千空の目は見開かれ、"NASA""Dr.ゼノ"の単語も千空の口から紡がれていく。そして──。
「Dr.ゼノは俺の始まりのロケット作りの、科学の師匠に当たる男だ」
繋がりがあったことが知らされる。
きっと対面して会話をしたことはなかっただろう。こんな世界じゃなければ、こんな出会いをしなかっただろう。
師弟同士で戦うこともなかったに違いない。
石化してしまった世界で同じ頃に目覚め、一人は人を生かす科学を進め、もう一人は殺す科学を進め。悲しくもこんな形で対面するなんて誰が思おうか。ある意味これは一種の奇跡だ。望んでいなかった奇跡だけれども。
甲板に皆が集まりDr.ゼノについて話し合う最中、私の瞳は変わらず彼女だけ映しみんなの会話なんて耳に入ってはこなかった。何処かを見てパクパクと唇を動かしたルーナと、それから少し遅れて耳に張った南の声。そして私には理解できない暗号通信の音。
十数秒も経たぬうちに龍水はそれの意図に気付き、声を荒げた。
「狙撃だ‼︎ スナイパーがいる……‼︎‼︎」
「──隠れろ!」
「何かの後ろに……!」
先程の楽しげな雰囲気からうって変わり慌ただしく皆走り回り、ルーナもそれに合わせて焦りを見せる。そしてその焦りのせいか視線が森の方へ、スナイパーが、スタンリーが居る方角へと向けられたのだ。
ずっと見ていた、彼女を。
ただ見ていた、彼女を。
間接的とはいえ、千空に怪我を負わす原因になる彼女を、私はずっと見ていた。
いつだってわたしは見ているだけで何もしない。結果が分かりきっているから、行動はしない。
それが正しい道筋だと知っているから、何も──。
「────っ!」
しないのが正しいのだと、頭では理解していたのだけれど。
走り出してしまったのは、一体どうしてなのだろう。
もう千空が怪我をするのを見たくなかった。
苦しませたくなかった。
役に立ちたかった。
大好きだから、守りたかった。
私はどうやら、死に急ぎ野郎になったらしい。
無理矢理千空の持っていた袋を奪い取って彼を押し飛ばして。
少し驚いた顔をする千空の瞳に、馬鹿みたいに笑う私の姿が映っていた。
そして身体が浮くほどの衝撃と、暗転。
誰の声も、もう聞こえない。