凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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98 くもった瞳。

 

 

 

 

 仲間が今まさに撃たれたというのに、なぜ誰一人として諦めていないのだとルーナは頭を傾げた。

 

 スタンリーが狙ったのはDr.大樹と呼ばれた者ではなく千空で、それを庇って女の子が撃たれて。

 ルーナからしてみれば疑問しか浮かばない結末となったのだが、スタンリーが千空を狙ったのならばもしかしたらそうなのだろうとも納得できてしまう。アイスクリームを生み出した彼が本当の科学者だったとしたら、Dr.ゼノとスタンリーが狙うのは当たり前でしかないのだから。

 かといっても今の状況に納得できるわけでもない。皆が口々に何を言っているか分からないが一般的に考えれば彼らトップが生きているとバレればまた狙われて、そして戦力の差も歴然。

 なのにどうして彼らは諦めない?

 諦めて頭を垂れればDr.ゼノも悪いようにはしないはず。その方が戦うよりきっといい。

 でも彼らにはそんな選択はないように思える。

 

 みんな私とそう変わらない年齢に見えるのに。どうしてと、疑問も次々と浮かんでいく。

 

 何故あの子は千空を庇えたのだろう。

 何故あの子は千空が狙われたのか分かったのだろう。

 

 何故あの子は、身代わりになったのだろう。

 

 つい先程までルーナ自身大樹を狙う刺客の一人でしかなかったが、命の奪い合いを体験してしまえばもう一度同じことができるなんて思えない。むしろルーナが送り込まれた人間だと確実にバレているだろうし、同じ手は使えないだろう。そうなれば逆に人質として己の命すら危ういのかもしれない。考えれば考えるほど、自分がやろうとしていた事と目の前で起こってしまった事柄のせいで思考がぐるぐると巡ってしまう。

 

 居ても立っても居られずに足を動かし、乗組員の視線から逃れた先は撃たれた彼女を治療している操舵室だった。

 どうしてここにきてしまったのだろうと考えつつ小窓から中を除けば、必死に応急処置をしている二人の姿が瞳に映る。

 

「──あ」

 

 そしてルーナは気づいてしまった。

 千空の腕が震えていることに。

 

 単純に考えればわかる事だ。誰だって死ぬのは怖い。そして、誰かが死ぬのを見るのだって怖いはず。それはルーナも千空も一緒で、きっと撃たれた彼女もそうであったはずに違いないのだ。

 でも彼女は撃たれた。誰よりも危険を察知し、誰が狙われているか理解した上で千空を庇って、撃たれた。

 

 怖くはなかったのだろうか。

 もしかしたら死ぬかもしれないのに。

 こんな世界じゃ、助かる確率なんてないに等しいのに。

 あの子は──。

 

「……ねぇ!私にも、手伝わせて欲しいの」

 

 私はできる女だもの。

 そう意を決して操舵室の扉を開けると、二対の瞳がルーナを突き刺した。一つは疑問の色を浮かべ、もう一つは強い敵意を浮かべており考えなくともその理由はわかりきっている。

 何故手を貸そうとするのか、何故この原因を作ったお前がと、そう瞳で問いかけているようにも思えた。

 

「私、一応、医学部の学生で……」

 

 こんな世界だからとゼノ達の考えに染まってしまったことに対しての後悔と、少しの懺悔。そして目の前の少女への敬意。

 

「成績は、良くなかったけど……」

 

 それでも役に立てたらと。

 

 この世界で生きるために、ゼノ達に従っていたのが悪いと思ったわけではない。生き残るために必要とされるために雑用だって引き受けてきたし、それが悪だったとも思ってやしない。つい先程まで自身がやろうとしていたことが間違っていたとも、思えない。

 だってそれがルーナが生きていくには必要な事だったから。

 でも、だからと言って今ここで何もしないのは違うと思ったから。

 

「──そりゃおありがてぇ、ならルーナ。テメェが茉莉の傷口を縫ってくれ」

「えぇ!──私を信じてくれるの?」

「あ"?信じるとかそーいうのじゃねぇよ、できる奴がやる。それだけだ」

 

 その言葉と裏腹に、千空の瞳はルーナの存在を強く否定する。ルーナにだってその理由は分かりきっているから聞く必要はなく、ただすべき事しようと前を向いた。

 

 私はできる女だもの。

 目の前で横たわっている少女、茉莉の顔は青白く呼吸も浅い。けれどもちゃんと生きている。ならば私がするべき事はただ一つだけ。医学生の名に恥じぬような働きをしなければ。

 ルーナは苦しそうに眠る茉莉に敬意を払い、千空の指示の元手当を進めたのである。

 

 

 

 

 

 

 茉莉が撃たれた次の日の早朝、ゼノの身柄を拘束すべく動いていた特殊部隊にもその一報が届いた。

 上杉暗号を使い"千空"が撃たれた、命の危険はないと。

 ゼノ達の上杉暗号を知らないと仮定したとしても長文をおくるのは危険で、本当は撃たれて怪我を負ったのが茉莉だとバレるのはまずい。ならば味方に嘘をつき真実を隠した方が良いと千空は判断したのである。

 

「だが良かったのか? 嘘を伝えれば羽京達にも軽々しく指示は飛ばせんぞ?」

「あっちにはクロムがいる。アイツはもう一端の科学者だ、問題ねぇだろ。それにコッチもやらなきゃなんねぇことが増えたからな」

 

 ペルセウスの空母化に加えて、必要となってしまった薬の生成。主に茉莉の使用される抗生物質と鎮痛剤をそれなりの量作り出さなければならない。抗生物質はもとより用意してきたものもあるが、鎮痛剤は今までのでは弱すぎるために新たに作り出す必要がある。

 船酔いのために用いられた朝鮮朝顔と、万が一の時のために集めていたケシ。うっかり間違えれば依存性の高い麻薬が完成してしまうため作りたくはなかったが、そうも言っていられないだろう。

 

「となると時間が欲しい!強攻策を取られる前にこちらから手を打つしかない、違うか!?」

「あ"ぁ、ソッコー創んぞ時間!今羽京が持ってってるホンモノの石化装置を、Dr.ゼノにスペシャルプレゼントといこうじゃねぇか……!」

「はっはー!なるほどな!」

 

 電池切れとはいえ超科学物体を前にすればゼノとておいそれと行動する事はできないだろう。なにせ幸運なことに敵陣にハッタリを噛ませる人材もいる事だ、うまい具合に他にもありますよと嘘を吐いてくれるに違いない。相手側に迂闊に船を襲わせないための口実にもなる。

 

「少なくとも、二週間稼げれば御の字だ」

 

 たとえ無謀だと言われようが、勝てなければ意味がない。

 勝てなければ未来もない。

 

「オラ、さっさと持ち場に戻れ! 若人の力、見せつけてやろーじゃねえか!」

 

 千空は皆を奮い立たせるように声を荒げ、いつもと変わらないように指示を飛ばしていく。

 けれどもその後ろ姿を心配そうに眺めていたのは、彼の幼馴染達だ。

 いつもと同じように振るっていても、どこか違う。その眼の光が、科学を愛していたそのモノとは違って見えるほどに、千空が人一倍無理をしているのではないかとか思えるほどに。

 

「千空君!」

「千空!」

 

 ただ心配だった。

 彼の代わりに撃たれ目を覚まさない茉莉と同じように、無理をして毅然とした姿勢で挑む千空の姿が。

 

「問題ねぇよ」

 

 そういって笑った千空の目がどんよりと曇っていたように見えて、二人は何よりも心配だったのである。

 

 

 

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