【FE風花雪月】クロード×イングリット外伝 双極の比翼【SS】 作:いりぼう
「課外活動?」
とある生徒が、言った。
「あぁ。なんでも、大樹の節には必ず行う学校行事があるんだと。その一つが、近々ある課外活動、って話だそうだ。」
クロードがその生徒にそう答えた。
士官学校入学式から、数日が経った。
学級内の面々は、出身地が同じ領地内とはいえ、必ずしも面識がある者ばかりではない。
この数日で、顔と名前ぐらいは概ね一致はしてきたかもしれないが、それでもまだお互いのことを深く知ったわけではない。
もっと言えば、別の学級に関してはもはや名前と顔が一致しない程度であってもおかしくはないのだ。
そのため、士官学校では必ず入学式開催から間もなく、交流を目的とした課外活動と、現在の能力を測る学級対抗模擬戦を行うのが通例である。
「まぁ確かに、学校のみんなのこと、実は詳しく知らなかったりするもんね~。」
「これから一年間、同じところで学ぶ以上、仲間のこと何にも知らないのはよくないよな。」
…と、生徒たちは各々課外活動に対しての意見を交わす。
「課外活動、って言っても大したもんじゃない。ガルグ=マク近郊の山間部に出かけて野営する、ってのが目的だそうだ。集団行動においての技能もついでに推し測ろう、ってとこだろ。」
級長として内容を事前に伝えられたクロードは、冷静に分析した上での自分の意見を述べた。
「早速自分の能力を見せるには丁度いいではないか。僕の統率力を誇示しつつ、学級内外問わず学校内の面々と交流し人脈を広げる…機会としては最高だと思うがね。」
ローレンツは髪をかき上げながら、自信満々にそう話す。
「そうね~。私も今のうちに色んな人と仲良くなっといて損はないかも~。」
可愛らしい笑顔でそう話すのは、ピンク色のツインテールが特徴の女子生徒・ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル。
彼女もクロードやローレンツ同様に、レスター諸侯を代表する貴族の出身である。
「おやおや、ヒルダもローレンツも、たかだか交流目的の学校行事で打算的だねぇ。」
…と、相変わらず不敵な笑みを見せるクロード。
「え~、別に私はやましいことな~んにも考えてないよ~。」
「…そういう君こそ、またよからぬことを企んでるのではないのかね?」
「いいや~?俺は二人ほど何も考えてないぜ?学校生活も始まったばかりだし、楽しませてもらおうかな、ぐらいにしか思ってないさ。」
クロードは軽い口ぶりでそう返答するが、二人からはまったく信用していない眼差しを向けられている。
この辺りに、入学までにクロードがいかに色々と計算高い面を見せてきたのかが、容易に伺える。
(ま、二人がそう見るのも間違っちゃないけどな…。特にアドラステアやファーガスの出の者のことは色々探らせてもらおうと思ってたし…。)
…と、いう本心を見せないよう、クロードは終始おどけて見せた。
(同期にはかなりの面子が揃ってる…。この課外活動も、何か一波乱ありそうな気がするな…楽しみだ。)
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課外活動当日。
学級の垣根を越えての交流を図ることを目的としたこの行事は、各学級から数名ずつの生徒が小集団を組み、一日を通して集団行動を取ることが規則となっている。
組み合わせに関しては、事前に班分けを教えられるだけで、誰と一緒かまでは直前まで判明しない。
つまり、当日になって初めて共にする仲間を知ることになるのだ。
「さて…誰と一緒に活動することになるのかね…。変に真面目な奴と一緒じゃなきゃいいが…。」
クロードがそんなことをぼやきながら、班の集合場所で身体をうんと伸ばす。
そこに別の生徒がやってきた。
「お、クロードと同じ班か。やっぱ知った顔がいると安心するね。」
そう言って近づいてきたのは、クロード同じ金鹿の学級の生徒のレオニー=ピネッリだ。
かなり短めに切り揃えられた髪型が印象的で、貴族が多い士官学校でも稀有な、辺境の村出身の平民の女性である。
「お、レオニーか。ツイてるねぇ。今回のような活動でお前が仲間なのは助かるぜ。」
「遠まわしに村人だってこと馬鹿にしてんだろ。ま、別に気にしてないけどな。」
そんなやり取りをしている中、他の学級からも続々と生徒たちがやってくる。
その中に、あの入学式でクロードと目が合ったブロンドの女性生徒の姿もあった。
(お、たしか彼女…入学式で俺を見てた…)
「青獅子の学級所属、イングリット=ブランドル=ガラテアです。野営には不慣れな点もございますが、自分の力を精一杯発揮します。どうぞ、よろしくお願い致します。」
彼女はクロードたちに向かって、ハキハキとした口調で自己紹介を行った。
その言葉遣いや内容から、とても誠実で真摯なのが伺える。
(…ガラテア?そうか、彼女があのガラテア伯の娘か。それでこの学校に。)
クロードは何か合点がいったような様子でイングリットを見つめていた。
彼女の実家であるガラテア家は、元々レスター諸侯の同盟貴族の一つだったものから分家した経歴があり、他国ながら多少はレスター諸侯同盟と縁のある領家。
クロードも、彼女の肉親であるガラテア伯爵と少なからず面識があったのだ。
しかし、
(…にしても、入学式で俺を見ていたのはなんでだ?ガラテアはファーガスの貴族だが、決してレスター諸侯との関係は悪くないはずだが…。)
…と、眉間に皺を寄せ、見つめたまま考え込んでしまった。
「あの…なにか?」
自分をずっと見つめていることを不思議に思ったのか、イングリットはクロードに問いかける。
すると、ハッとなったクロードは慌てながら、
「いや、悪い悪い!なんでもないさ!」と、答えた。
「俺はクロード。クロード=フォン=リーガン。今回はよろしくな。」
…と、クロードは握手を求め右手を差し出す。
しかし、イングリットはそんな彼を見て、静かに答える。
「…なるほど、貴方があのレスター諸侯同盟の盟主・リーガン家の嫡子の…。」
「おや、その肩書きはやっぱり有名なんだな。あんまり人気者なのも困るんだが。」
クロードは、いつものようにおどけながらそう答えたが、イングリットにはその様子がどうも腹立たしかったようで、そこまでにこやかだった表情が一変し、キッと鋭く彼を睨みつけた。
「…昨年、唐突に嫡子として発表されたからどんな人かと思えば…。入学式の時もそうでしたが、振る舞いがとても人の上に立つものとは思えません。大司教様の眼前であの態度、それに貴族と思えぬ適当な物言い…。貴方は次期盟主…いえ、そもそも級長としての自覚はおありなのですか?」
「お、おう…。」
正式には初対面のはずの二人だが、イングリットは全く物怖じせずクロードに自身の意見を投げかけた。
あまりの熱量に、さすがのクロードもたじろぐしかない。
「それに、やはりどうしてもいきなり嫡子として発表されたことが不思議でなりません。貴方は結局何者なのです?」
「いやだから、俺は正真正銘、リーガン家の嫡子で、急な発表になったのは事情が…。」
「初対面でこのようなことを申し付けるのも不躾だと認識はしていますが、その信用が得られるだけの振る舞いが全く見られないのです。同行する以上、せめて班長としての意識ぐらいは示していただかないと、私たちの活動にも影響が出ます。そこをお忘れなきようお願いいたします。そしてそれが、貴方の級長…差し当たっては次期盟主としての振る舞いの改善に繋がることも期待しておりますので。」
イングリットはそう言うと、結局クロードと握手をせぬまま、自身の準備へと取り掛かった。
イングリットのいきなりの発言に、ただただ呆然とするクロードに対し、レオニーは笑いを堪えながら声をかけた。
「ぷ、くく…クロード、嵐のような説教食らったな。しかも他学級の生徒に…次期盟主が形無しだな。」
「本当に出合い頭にとんだ大災害だぜ…。何の因縁があるのかは知らんが、突然すぎて何も言い返せなかったぞ…。」
「まぁ、他の級長に比べると、クロードは色々適当というか、貴族っぽくないところも多いもんな。」
「他が真面目すぎるんだよ。アイツもアイツで、【糞】がつくほど真面目だったし…。」
クロードは少し納得がいかない感じで頭を掻いた。
しかし、
(…でも面白い。初対面…しかも相手が次期盟主であるとわかっておきながら、自分の意見を押し通せる。あの胆力は大したもんだ。…タダで転ぶのも勿体ない。どれ、この課外活動で一つちょっかいでも出しておこうかな?)
…と、彼は誰にも悟られぬよう、密かに打算もしていた。
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こうして課外活動が始まった。
内容自体はそんなに難しいものではなく、事前に配布された道具を使い、各班で野営の準備や、食事の準備を行うもので、実際に遠征などに出た際にも対応できるようになるための研修としても位置付けられたものである。
士官学校の課題の中にも、実際に野営して行うものもあるため、ここで基礎技術を学んでおくという狙いのようだ。
しかし、生徒の大半は貴族出身者が占めており、野営はおろか、自身での調理もしたことないような者も存在する。
多くの班で対応に手ごねをまき、指導を受けながら試行錯誤しつつ作業を進めていく中、この男は違った。
「おし、こんなもんでいいだろ。」
クロードは、顔を滴る汗を拭いつつ、ふう、と一息ついた。
「すごいや!こんなに簡単にテントが出来てしまうなんて!」
「クロード君は、こういうの慣れているんですね。」
他の生徒達が感嘆の声を上げている。
野営に必要なテントの設営にはどの生徒も苦戦を強いられていたようだが、クロードは慣れた手つきで組み立てた。
「思ったより簡単だろ?張る位置と柱の位置さえ注意しとけばそんなにむずかしい作業じゃないのさ。」
少し自慢げなクロードは続けて他の生徒達に、
「ここは地盤もしっかりしてそうだし、今日は幸いにも風はそんなにない。あとは、さっき見せた通りに柱に支えを括り付けておけばバッチリだろ。頼んでもいいか?」と、続けた。
「わかった!やっておくよ!」と、生徒達は了解し、クロードの手つきを真似てテントの柱の補強を進めた。
「お~い!戻ったぞ~!」
そこへレオニーたちが声を上げながら、大荷物で帰ってきた。
「お、帰ったか。悪いな、力仕事させて。」
「これぐらい私にはどうってことないよ。それに、他の男子やイングリットもいてくれたからな。」
レオニーは、大きな荷物を下ろしながら他の生徒たちも労った。
「そうか。イングリットもすまなかったな、助かるよ。」
「いえ、これぐらい、丁度いい鍛錬です。」
そう言いながら、イングリットも荷物を下ろす。
しかし、下ろした荷物を見て少し怪訝そうな表情をしている。
「…しかし、こんなにも大量の乾いた木の葉や枝…何に使うのです?着火剤なら支給されてたはずですが…。」
「お、いいところに目を着けたな。まぁ、見ててくれよ。」
クロードが得意気な表情をするのだから、イングリットはますます怪訝な表情になる。
クロードはレオニーやイングリットたちが持って帰ってきた木の葉や枝、幹などを見定め、うんうんと頷き、
「よし、さすがだ。レオニーに任せて間違いなかったな。よし、着火班、頼むぞ!」
と言うと、他の生徒達と共に、配布されていた薪を組み、着火剤を置くと、その周りに集めてきた植物をさらに組み上げた。
そこへ、マッチで火を起こし、組み上げた植物の真ん中に放り投げると、瞬く間に大きく焚き火が燃え上がった。
この様子に、おおっ!と生徒達から歓声も上がる。
「すごい…!こんなにも強く火が…!」と、これにはイングリットも驚きの表情を隠せない。
「レオニーに燃えやすそうな枯草や木の葉、枝を集めといてくれ、って指示してたのはこのためさ。配布された着火剤じゃ、火力が心もとないだろうし、持続させる時間もたかが知れてる。だから火を広げたり、長持ちさせるのにはこれぐらい必要なんだよ。太めの幹は炭にもなって、後で再利用できるしな。」
「そこそこ油分の多い植物も多くて捗ったよ。私も村で狩りをしてた経験が長いから、こういうのは得意分野なんだ。」
と、二人はさらに得意気になる。
「とはいえ、クロードもよく知ってたな、この辺の森にこんなによく燃える植物が群生してるなんて。」
レオニーがそう疑問を問いかけると、クロードは待ったましたとばかりに語り始める。
「俺は準備に手を抜かないタイプでね。課外活動が決まって、内容をざっくり教えてもらった後から数日かけて周辺の散策をしてたのさ。俺もこういう活動は好きで、小さい頃とかこの手の事はよく教わってたんだよ。あとは慣れ、ってとこかな。」
それを聞いてイングリットはまた納得がいかないのか、難しい顔をしながら、
(…益々貴族っぽくなくて怪しい…。)と、思っていた。
「よし、これだけ準備できてれば上等だろ。俺は一仕事しに山に潜ってくるが、みんなはのんびりしててくれ。」
そう言ってクロードは、山の中へと姿を消していった。
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クロードが山に潜ってから、小一時間が経った。
野営の準備が整い、生徒達は食事の準備まで、しばしの休息を取りながら交流を図っている。
そんな中、イングリットはどこか難しい顔を直せないままでいた。
それに気づいたレオニーが、声をかけた。
「どうしたんだ、イングリット。さっきからずっとスッキリしない表情だな。」
「あぁ、レオニー。ごめんなさい、心配かけて。」
声をかけられたイングリットはハッとして、無理やり表情を崩した。
レオニーは何か察したのか、
「…うちの級長の事でも考えてたか?」と、続けた。
イングリットも頷きながら続ける。
「…彼は、本当に何者なのでしょうか?他学級、かつ初対面なのに興味を持つのもおかしな話なのですが、いかんせん、他の級長達とあまりに違いすぎて。型破り、と言うか…差し出がましいですが正直レスターの未来が心配です。」
「おや、他国の心配してくれるなんて、優しいんだなあんた。」
「も、申し訳ありません…。ですが、私は出来る事なら三国がお互いに高め合えればと…。」
「くくく…そんなにかしこまらなくたっていいさ。その理想は、私もよくわかるしさ。」
レオニーがクスクスと笑いながらそう返すものだから、イングリットは少し赤面してしまった。
「まぁ確かにアンタのところの…ディミトリ、だったっけ?彼に比べたら、クロードは不真面目で適当で、級長とか、国の統治者ってガラじゃなく見えるかもな。」
「殿下は幼い頃から次期国王として多くのことを学び、研鑽を欠かしたことはありません。私も幼い頃からそのお姿を見てきました。彼こそ、理想の統治者になるべき姿だと、信じて疑いません。」
「まぁ、そういう姿を見てれば、あいつは真逆にしか見えないかもな。」
イングリットのディミトリに対する評価を聞き、レオニーも苦笑いするしかなかった。しかし、
「ただな。私もまだあいつとちゃんと会って数日しか経ってないし、こんなこと言うのも違うんだろうけど、あいつはあいつでまた新しい形でいいんじゃないか、って思うんだよ。」
…と、続けた。
「確かに貴族らしくないし、次期盟主にしては適当な所も目立つ。講義中なんかもよく欠伸したり、別のことぼんやり考えてたりするしさ。でもその型にとらわれてない、ってところが、色んな角度で物事を見られたりすんのかな、って思うんだよ。」
そう語った刹那に、自分が平民だからそう思うのかもしれない、と付け加えたが、イングリットは妙に納得したのか、そのレオニーのクロードに対する評価をずっとうんうんと頷きながら聞いていた。
「それに…ほら。」
…と、レオニーが親指で背後を指差す。
生徒達が会話をしている話題の中に、
「クロード君って、級長なのに全然そう感じないというか、何か親しみやすいよな。」
「いい意味で貴族っぽくないというか…。話してて楽しいよね。」
「でもちゃんと段取りもしてるし、上手くこの班もまとめてたし…すごいよな。」
…と、称賛する声が混ざっているのがわかる。
レオニーもイングリットに、なっ?と言わんばかりの表情を見せ、
「将来のフォドラを背負って立つのは、意外にもあいつだったりしてな。」
…と、軽く冗談も交えた。
「お〜い!戻ったぞ〜!」
そんなことを話しているうちに、噂の男が山から戻ってきた。
(今の話は、あいつには内緒だぞ?)
レオニーは口元に人差し指を立てながらイングリットに笑いかけ、すぐさまクロードの元に駆け寄った。
(彼が…このフォドラを背負う…?)
イングリットは、帰ってきたクロードを見つめながら考えたが、すぐに首を振り、
(まさか…ね。あんな適当な人が…。)
…と、すぐに自身の考えを修正した。