【FE風花雪月】クロード×イングリット外伝 双極の比翼【SS】 作:いりぼう
すっかり陽が沈み始めた。
ガルグ=マク近郊で行われている士官学校新入生による課外活動も、夜を迎える。
日中のうちに練習した火起こしで、各班が拠点で火を灯し、各々食事の支度を始める。
生徒達の多くは、日頃から炊事をしている者も少なく、拠点の準備をする時と同様に四苦八苦する班も多い。
そんな中、クロード班はやはり何の滞りもなく支度を進めていく。
レオニーがいるからだ。
「よし、あとはちょいちょい様子を見て、良い頃合いになったら火から外すだけだな。」
うんうん、と頷きながら、レオニーは作業を終えた。
班のメンバー全員で準備した焚き火の上には、数種類の鍋や飯盒が設置され、熱されることで中の具材が調理されていく。
貧しい村の出身で、日常的に狩猟して生きてきたレオニーにとって、この程度の炊事をこなすことぐらいは朝飯前だ。
もくもくと水蒸気が昇っていき、周囲には食欲をそそる香りが広がる。
班のメンバーも、その香りを吸い込むとたちまち表情が緩み、出来上がりを今か今かと待ちわびている。
その中でも一際良い表情を見せていたのがイングリット。
憧れの英雄を見る少年の瞳のようにキラキラとした眼差しを、焚き火の方に向けていた。
すると…。
ぐうううううううううう…
と、空腹を知らせる音が彼女の中心部から鳴り響いた。
「あっはは!おいおい、そんなに腹が減ってたのかい?ご令嬢の腹の虫とは思えない音だったぞ!」
と、レオニーが笑うと、他のメンバーも合わせて笑う。
イングリットは一瞬にして顔が真っ赤になってしまった。
「そういやクロードはどうした?姿が見えないけど…。」
レオニーが周囲を見渡しながらそう言うと、別の生徒が、
「たしか「俺は別の支度があるから、後はよろしく!」って言って、どこかへ行ってたな。それっきり帰ってきてないみたいだけど。」
と、回答した。
「…ったく、相変わらず自由だなあいつ。」
「よかったら私が探してきましょうか?」
「お、頼めるかい、イングリット?」
「はい。全員揃わなければ食事も始められませんし、皆さんが準備されている間に行ってきます。」
イングリットがそう言うと、どっちの方角だったかを回答した生徒に尋ねる。
そして、返答を聞くと足早に拠点を背にして、その方角へと向かった。
「早くしないと、楽しみにしてる飯、なくなっちまうからな~!」
そうレオニーに言われると、イングリットは、もう!と頬を赤く染めた。
拠点から少しばかり離れた川岸に着いたところで、イングリットは【お尋ね者】を見つけた。
「はぁ…やっと見つけた。クロード…こんなところで何をしているのです。」
クロードは、拠点で使うために採ってきていた草木で小さな焚き火を作り、それを目の前にして砂利の上に座り込んでいた。
何やらぶつぶつと言いながら、何かを手にとっては地面に置き、また取っては今度は先ほどの物とは別の場所に置き、という作業を繰り返していた。
中には焚き火の傍に木の枝に刺して置き、焼いている物もある。
没頭しているのか、クロードはイングリットの言葉に全く反応しないまま作業を続けている。
その様子にムッとなったイングリットはさらに近づいて、
「クロード!何をしているのか、と聞いているのです!」
と、大きな声で話しかけた。
「おわぁ!!びっくりした…イングリットか。いや、すまんすまん、ちょっとのめり込んじまってな。」
「これは…キノコですか?」
「あぁ。さっき一人で山に繰り出したときに採ってきたんだ。色々群生してて大漁だったんだぜ。」
「はぁ…。それでそのキノコは一体何に?」
「おや?さっきまではあんなに俺のこと毛嫌いしてたのに、少し興味を持ってくれたのかな?」
得意気に語るクロードに、やや呆れた様子で受け答えをしていたイングリットだったが、彼がそのように切り返してくるのだから動揺を隠せなくなる。
「ち、違います!みんなを待たせてまでするほどのことなのかと…!」
「おっと、もうそんな時間か。そしたら撤収するかね。」
「…結局答えないのですか?まったく…」
イングリットが小言を続けようとしたところで、クロードが割り込んで、
「まぁまぁそうカリカリすんなって。ほら、実は非常食用に食用のも採ってたんだ。」
…と、彼は火にかけていたキノコを枝ごと手に取り、彼女に差し出した。
「毒見もしたし、味に問題もなさそうだ。そろそろ腹も減ってきてるだろ。食うか?」
すでに拠点で腹の虫が鳴いていたことを悟られぬよう、必死に我慢していたイングリットだったが、実際に食べ物を目の前にすると、さすがにゴクンと唾を飲み込んでしまう。
「し、仕方ありませんね。今回のところは、これで手を打ちましょう…。」
強がりながらもクロードから受け取るやいなや、イングリットはそれを口にした。
すると、
「お~い、みんな~!あの真面目が売りのイングリットがつまみ食いしてるぞ~!」
…と、大きな声を上げながら拠点の方にクロードが向かっていく。
イングリットは慌ててクロードを制止しようとした。
「ちょ、ちょっと!濡れ衣です!これは貴方が…!」
「あぁ、たしかに俺が焼いたし、俺が渡したぞ。「食うか?」って問いかけたのも俺だな。」
「ほら見なさい!だからこれは貴方の…。」
「でも実際に食べたのは、どなたでしたっけ?」
「うっ…それは…。」
見事に論破されてしまい、イングリットは赤面してしまった。
「堅物で頑固一徹な感じかと思ってたら、意外と食い意地は張ってんだな。いいぜ、そういうの。」
クロードがウィンクを一つ放つと、先ほど仕分けていたキノコを手早く片付け、そのまま拠点の方へと軽やかに歩き出してしまった。
「うぅぅ…!クロード!待ちなさい!」
すかさずイングリットも、怒りをあらわにしながらクロードの後を追った。
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夜が更けた。
生徒達はそれぞれテントにて、寝袋に入り、眠りにつく。
慣れない野営で疲れ果てた生徒も多く、早々に入眠する者が多い中、イングリットだけはなかなか寝付けないでいた。
少し身体を動かせば、自然と眠れるだろう。
そう思った彼女は、テントから出て少し歩いた。
ほどないところにて、落ちている細長い枝を拾い、槍に見立てて素振りを試みた。
目を瞑り、集中したかと思った刹那、素早く、力強く振り回される枝が空気を切り裂く。
(なぜ…こんなにもざわついているのだろう。)
何か邪念を振り払うように、一回一回丁寧に素振りを行うイングリット。
何回か続けてみたが、ふと動きを止めた。
(…貴族とは。君主とは。どんな人物であるべきか。私がお仕えしたいと思う貴人とはどんな者か。亡き国王陛下や、殿下のお姿が、その理想だと思ってた。だけど…彼もまた…。)
ふいに星空を見上げた。
まだ夜は肌寒さの残る大樹の節。
街から離れた自然の中では、空気がほどよく澄んでいるおかげか、浮かぶ星たちの輝きがより一層強い。
また少し目を瞑った。
(…今日の活動で見た彼の姿もまた、君主としての姿なのならば、私も認識を改めるべきだろうか…。)
自分とは、理想とは、真逆の男。
彼の言動は、理解し難いぐらいに、不真面目で、適当で、ざっくばらんだ。
だがしかし、どこで培ってきたのかわからない生きるための技能と、人を惹きつけて離さない謎の魅力を持っている。
そして、自身もまたその魅力に少なからず惹きつけられた事には違いない。
そんなことを思うと、少し笑みがこぼれた。
(…世界はこんなにも広い。もっと視野を広くして、色んな物を視て…本当に理想の騎士の姿を、見いださなくては…!)
…静かにそう決意したのとは裏腹に、やけに騒々しい音が聞こえてくる。
拠点の方からだ。
みんなは眠っているはず…大丈夫だろうか。
と、イングリットは拠点に早足で戻った。
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拠点にイングリットが戻ると、レオニーはじめ、生徒達が皆、慌ただしく拠点を片付けていた。
「イングリット!どこ行ってたんだ!?でも無事でよかった…!」
「どうされたのですか?急に拠点を畳んで…何かあったのですか?」
「盗賊が襲撃してきたらしい!とりあえず野営は中止、急いで撤退しろってさ。」
「盗賊!?…一体、なぜ…?」
「詳しくはわからないけど、級長たちが報告会に出ている所に急に現れたらしいぞ。」
「狙いは級長…?クロードは無事なのでしょうか?」
「…それがな…。」
イングリットからの問いかけに、レオニーは途端に表情を曇らせた。
「どうやら二人を残して一人その場から駆け出していったらしい。囮になったのか…いや、あいつの場合、最悪とんずらした可能性もあり得るな…。」
「えっ!?」
「エーデルガルトもディミトリも、すぐにクロードを追いかけたらしくて…。とりあえず、私達は撤退だ!手伝ってくれ!」
「は、はい!」
突然の出来事に動揺を隠せないが、ひとまず拠点の撤去をはじめるイングリット。
(二人を残して一人だけその場を…?なんと卑怯な…やっぱり認められません…!)
彼女は、認めつつあった彼の評価を翻し、静かに怒っていた。
もうどれぐらいの距離を走っただろうか。
彼等は、もう追ってきていないのだろうか。
後方で唸りを上げていた怒号は、もう聞こえていない。
「ふぅ…。ここまで来ればもう安心か。」
額を伝う汗を拭い、クロードは安堵の表情を見せた。
気づくと、森を深くまで進んでいたようだ。
三つの学級の級長と学校側による、課外活動の報告会。
そこに出席していたクロード達だったが、突然の盗賊達の襲撃にあった。
あまりに唐突な事で、その場にいた全員が動揺を隠せなかった。
しかし、そんな中でもいち早く平静を取り戻したクロードは、隙を突き、その場から姿を眩ませることに成功した。
(間違いない…。あの雰囲気…そしてあの眼…間違いなく、俺達級長を狙ってた…。しかし何のために…?)
確かに三級長は全員、各国の統治者に最も近い人物である。
特定の層から本人とは何の関係もない因縁で、命を狙われても不思議な話ではない。
しかし、それでもまだまだ統治者であるわけでもない、ただの士官学校生。
ましてや、今節入学したばかり。
狙われる理由としては、あまりに薄すぎるとクロードは睨んでいるようで、彼の計算高さを持ってしても、すぐに答えがはじき出せない。
考え事をしていたせいか、意識が後方から反れていた。
ふと、騒がしい足音が聞こえてくる。
(まずい…!まだ追ってきてたか…!?)
しかし、その足音の主は同じ三級長のエーデルガルトとディミトリだった。
「お前ら…どうしてここに…!?」
「それはこっちの台詞だクロード。急に一人走り出していくから慌てたぞ。」
「悪い悪い、こっちにも事情があってね。」
心配するディミトリにそう答えるクロードだったが、脇からエーデルガルトが問い詰める。
「へぇ…。その事情とやら、詳しく教えていただこうかしら?」
「大した話じゃないさ。囮だよ、囮。俺だけ単独行動すれば、盗賊達を引き付けられるだろ?それに俺はこういう山道にもガキの頃から慣れてるから、そうそう盗賊風情には捕まりゃしないよ。」
「あらそう。なら私たちにもひと声あってもよかったんじゃないかしら?」
「あのなぁ…そんなこと言ってる余裕は…。」
クロードがそう言いかけたが、ディミトリが制止した。
「静かに…!足音だ…近づいてきているぞ!」
その言葉通り、盗賊達が彼らを探しながらこちらへ向かってきている。
「げっ!ほら言わんこっちゃねぇ!」
「くっ…仕方ない、応戦するしか…!」
「いえ、ここは視界も狭いし、挟撃される危険性も高いわ。ここで戦うのは得策ではない…!クロード、この後はどうするつもりだったの!?」
「この先に、ルミールっていう村があるはずだ。そこに傭兵団が訪問してるって噂も聞いてる!そこで助けを求めるんだ。」
「了解した!では、そこまで全速力でいくぞ!」
三人は、一気に森の中を駆けていった。
そして、まだ彼らは気づいていない。
この先…そのルミールの村での出逢いこそ、この先のフォドラを大きく動かす、まさしく【運命の出逢い】であることを。
そしてこの時から動き出していたのだ。
長らく続いていたフォドラの歴史が大きく変わる運命の歯車が。