おねショタ短編集   作:彩守 露水

1 / 10
えがおばけ

 おやつの時間は通り過ぎ、されど夕方と言うにはいささか早い。これは十月三十一日の、おおよそそんな時間帯でのこと。

 住宅街の片隅にポツンと存在する寂れた公園で、二人の人物が相対していた。

 一人はベンチに座っている少年。その脇には黒のランドセルが置かれており、下校途中の小学生なのだろうことがわかる。

 そしてもう一人は、その少年の目の前で腕を組んで仁王立ちをしている少女。彼女も同じく学校帰りなのだろう。身に付けているものは制服で、しかし何故か、その上には黒いマントを羽織っていた。

 

「とりっく! おあ! とりーと!」

「あ、もしもし。警察の方ですか?」

「ちょ待てーい! すてーい! 許してーい!」

 

 小気味よいテンポの、傍からならば漫才の一節にも見えるやりとり。少女の反応からわかる通り今しがた少年がしたのはただのフリであったが、しかしその実、彼は相手がこの一言で引かなかった場合は、本気で通報をするつもりでいた。

 というのもこの二人、まったくの初対面なのである。

 少年がこの公園で独り黄昏ていると、フラッと少女がやってきて何の前触れもなく叫んだ、というのが事の起こりだ。

 まとう空気感のようなものから、何となく目の前の少女がそれほど悪い人間ではないと彼は感じていた。だがそれでも、小学生という存在の如何にひ弱であるかを考えると、最悪を想定しないわけにはいかない。

 タップ一つで通報ができる状態のまま警戒の視線を向けること数秒。それだけ経ってようやく少年は携帯を構えた手を下ろし、改めて目の前の不審者へと話しかけた。

 

「それで、あの……何か御用ですか?」

「んぇ? 用件なら最初に伝えたけど。あー、その年だと英語じゃわかんないか。それでは気を取り直して……おかしをくれなきゃイタズラしちゃうぞ、がおー! 的な?」

「いや、さすがに意味は分かりますけど……」

 

 正気か。続いて飛び出そうになったその言葉を寸でのところで飲み込み、彼は少女を観察する。

 そういった方面の知識を持たない彼にはそれが何処の学校のものか、どころか中学なのか高校なのかすらもわからないが、セーラー服を身に付けているということは、少なくとも少年より年長者なのだろう。

 中高生あたりの子供がハロウィンを楽しむ。それ自体はなんらおかしなことはない。だが普通、自分より幼い少年をターゲットにするだろうか。それも、お菓子を渡すのならともかく、要求する相手としてだ。

 少年が心内でそんなことを考え、呆れているとやがて、少女の方が口を開いた。彼が黙ってしばらくは次の反応をおとなしく待っていたのだが、どうやら長い沈黙を嫌ったようだ。

 

「にしてもキミ、ノータイムで通報とは恐れ入った。さては只者ではないな?」

「……はぁ」

「むむ、ノリを間違えたかな? まーいいや。そいで、返答や如何に?」

「いや、あげませんけど」

「ほうほう。ならば、いたずらをさせていただくしかありませんなぁ?」

「――っ!」

 

 その言葉とともに少女が両手を前に構えた瞬間、少年は素早く立ち上がって、ベンチを彼女との間に置くように居場所を変えた。

 ひどいことをされる。怪我もしないだろうし怖い思いもしないだろうが、何かとてつもなくひどいことをされる。

 ニヤリと上がった少女の口角に、彼の直感はそんなことを訴えかけた。

 

「待て待てーい!」

「ひーっ! 不審者ー!」

 

 右から回り込もうとすればその反対へ、左からでも然り。

 ベンチの周りをグルグル。反転。グルグル。本人は必死に逃げているのだろうが、その様子はただ追いかけっこをしているようにしか見えない。

 はじめはベンチ半周分あった二人の間が段々と小さくなっていく。当然だ。片や小学生で、片や中学生以上。体力、歩幅などなど、そもそもから鬼の方に勝っている要素が多すぎた。

 

「つかまえたっ!」

「わぁっ⁉」

 

 そしてついに、終わりが訪れた。

 疲れてヘロヘロになった少年を、背後から追いついた少女が腰に手を回して一気に抱き上げる。

 

「うぇっへっへ。さてさて、どんなイタズラをして――おろ?」

 

 手始めに脇腹でもくすぐってやろうか。そんな考えのもとその腹部へ手をやった少女は、ポロリと、彼のポケットからこぼれ落ちた物を見て素っ頓狂な声を上げた。

 それは小さなキャンディーだった。捻じるタイプの包装紙に包まれた、きっと数十個は入った袋が安価で手に入るような、そんな極普通のキャンディー。

 

「なんだー、おかし持ってんじゃーん? ……って、おおおぉぉ⁉」

 

 茶化すような言葉を吐きながら彼の元へ目線を戻した少女は、次の瞬間、あるものが目に入ったことで驚きの声を上げる。

 よくよく考えてみれば、いくら身体を持ち上げられたとはいえ、キャンディーのような小さなものが簡単にポケットからこぼれるだろうか。それこそ、手も入れられないくらいに浅い造りをしているか、いっぱいになるくらい物が詰め込まれてでもいれば、話は別かもしれないが。

 

「いやいや、なんでこんな持ってんの? なに、実は移動型のお菓子屋さんやってたりする?」

「うぅ、これは……」

 

 果たしてその訳は、後者のものだったようだ。キャンディーだけにとどまらす、クッキーやラムネなどの様々な菓子が少年のポケットには入っており、その理由を問われた彼は言葉を詰まらせた。

 驚嘆や困惑こそを何度も浮かべていたものの、決して明るさは損なわなかったその顔に、ここで影が落ちる。

 そこに何やら事情があることを察し、少女は彼をいったんベンチへ下ろす。それからすぐ隣に腰掛けて、少しだけ真面目な雰囲気で――もっともその表情は依然として笑みを浮かべ続けていたが――話を聞くことにした。

 

「何かあったの? 特別にお姉さんが話を聞いてあげよう」

 

 張った胸をドンとたたいて、少女はそう言う。しばらくの間、少年は何処か不満げな目で彼女を見つめるだけだったが、やがて顔を俯かせると訥々と言葉を紡ぎ始めた。

 

「その、ハロウィンって……地味だと思いますか?」

「いや? ぜんぜん」

「それは、クリスマスやお正月と比べてもですか……?」

「あー、それは……どうだろうね」

 

 少女は口ごもる。

 初めの問い、ハロウィンが絶対的に地味かどうか、という内容に彼女はノーを唱えた。しかしそれが、彼の挙げたような特大のイベントと比肩するものかという意味なら、その答えは『イエスかもしれない』にかわる。地域や年齢によって差はあるだろうが、それが偽りのない彼女の考えだった。

 いったいぜんたい、どうしてそんなことを訊くのか。そう少女が問うよりも前に、彼は話を核心へと移した。

 曰く、この大量の菓子は学校で配ろうと思って用意したものだと。

 かねてから菓子を蓄え、クラスメイトとの渡し合いを夢想し登校した彼は、ハロウィンのハの字もない空気の教室という現実に直面した。

 教室が故、飾りつけなどがないことは当然だ。だが、お決まりの文句も聞こえず、菓子の影すらない。そんな周囲の様子に彼は、一人で浮き立っていた自分が急に恥ずかしく思えてしまった。そうでなくとも、ハロウィンは要求されて、それに応える形で菓子を渡すものだ。つまりこの時点で、ポケットの中の夢は不良在庫となることが決定づけられていた。

 

「僕は結構好きなんですけどね、ハロウィン……」

 

 不貞腐れたような、吐き捨てたような、彼の暗い呟き。それはきっと今日もっとも儚い声量であったが、少女の胸をどうにも強く打った。

 

「つまりキミは、ハロウィンを思ったように楽しめなくてご機嫌ナナメってことだ」

「どうなんでしょうね。そう、なのかもしれません……」

「なら決まりだ! 私と一緒に、今からハロウィンをめいっぱい楽しもう!」

「……へっ?」

 

 少年の反応は待たない。勧誘するような形式をとっているが、これはもう既に彼女が決めたことだ。

 小さな手をぎゅっと握って、少女は前へと歩き出す。あまりに突然のことで、少年は脇にあったランドセルをひっつかむのが精いっぱいだった。

 

「ちょ、ちょっと! いきなりなんなんですか⁉ っていうか何処に向かってるんです⁉」

「行先なんてないさ! 適当にほっつき歩いて、適当に見つけた人に『とりとり攻撃』を仕掛けて、適当に皆で笑い合って、最後におかしをプレゼントしよう! そうしよう!」

「……見知らぬ人に突然、なんてきっと迷惑です。それに、そういうイベントじゃないって、さっき言ったんですけど」

「いいじゃないか、細かいことは。ハロウィンを大義名分にして、思うままに大はしゃぎ! それはそんなにいけないことかい?」

 

 強引が過ぎる少女の提案。それはイベントの本来の姿を蔑ろにしていたり、他人に迷惑をかける可能性を孕んでいたりと、お世辞でも褒めることはできないようなものだ。それこそ、普段の彼ならば非難さえしたかもしれない。

 

「……でも、ちょっと楽しそうだなぁ、なんて」

「楽しいに決まってるさ! それに、もし一回やってみて楽しくなければ、その時は楽しくなるようにもう一回考え直せばいい。気楽にいこう、気楽に」

 

 しかし今、その少女の言葉はなぜか、どうしようもなく魅力的な響きでもって耳をたたいている。最後の扉を支えていた良心を、彼女の笑顔が灼き払ったのが、彼にはわかった。

 

「そういえばお姉さんは、どうして僕に声をかけたんですか?」

「んー、そうだなぁ……真面目な感じでおかしとか持ってなさそうだったからかな!」

「あ、もしもし警察の方ですか?」

「ちょ待てーい!」

 

 こんなことは、きっと今日だけ。悪いおばけに一瞬そそのかされたようなものだ。ハロウィンなのだから、そんなことだってあるだろう。

 




お菓子がないなら仕方がないなぁ、ぐへへ……ってそういうこと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。