おねショタ短編集   作:彩守 露水

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あいあむ、あ、ばっとぼーい

 とある国のとある街のとある学校の、そのまたとある一つの空き教室。

 放課後がやってきてからもう随分と経ち、窓からは夕陽が差し込んでいる。そんなある種ロマンチックな舞台を背景に、一組の男女が談笑をしていた。

 少女は両手でつくった即席の枕に顔を埋め、少年の方は頬杖をつきながら、その様子を見てからからと笑っている。

 

「あ~つ~い~……。ねぇ、この暑さどうにかなんないかな?」

「……そこに文句をたれるなら、まずはカーテンを閉めればいいと思いますよ、僕は」

「それはそうなんだけどさ……立つのがめんどくさい。ねー、代わりに閉めてよー」

「自分が嫌なことを他人にやらせるのは、どうなんですかね……」

「ぶー、先輩メーレーだよー」

「……はぁ」

 

 悪びれもしないその態度に加え、ついに立場までもを持ち出してきた彼女に、少年は一つ溜め息をついておもむろに腰をあげる。そして、言われたとおりにカーテンを閉めた彼は、丁寧な動きで椅子へ座りなおした。

 交わされた会話から読みとるに、どうやら少年少女の関係性は、後輩と先輩というものであるらしい。性別、性格、そしてクラスどころか学年まで違う二人が一体どのようにして知り合ったのかは不明だが、互いに相手へ向ける言動から、少なくとも一朝一夕の付き合いではないということが窺えた。

 光度の落ちた部屋の中に、しばしの静寂が訪れる。直接では過剰だった陽光も、布越しではか細く、部屋の電気が点いていないこともあって、空気までもが『暗く』なってしまったようだった。

 

「……ねーねー」

 

 そんな雰囲気に耐えかねたようで、少女の方が顔を起こして、いち早く沈黙を破った。

 

「自分を動物に例えると何だと思う?」

「藪から棒ですね……。どうしたんです? 急に」

「いやー、今日のお昼休みに友達とそんな話してさ? 君なら何て言うのかなーって思って」

「なるほど。ちなみに、先輩はなんと答えたので?」

 

 その、唐突に投げかけられた問いに、しかし彼はすぐに答えを用意することができず、時間稼ぎの意味も込めて、そのままの返球をした。

 質問に質問で返すという行為は、ともすればそれだけで不興を買いかねないリスキーな行為である。だが、少女は微塵も怒る素振りなど見せず、大きな垂れ目を眠たそうに湛えているだけ。そんなところからも、二人の間柄の深さが感じられた。

 

「牛だよー。なんかさ、のっそのっそだらーんって感じっていうか……あー、ニュアンスでわかって?」

「あー、はい。なんとなく、わかります」

 

 その言葉はなんともまとまりのつかないものであったが、少年は同意を示した。

 少女の気質が怠け者であることは彼にとっては既知のことで。今でこそこうして顔を合わせて会話をしているが、彼女が話をする時は机に突っ伏していたり、腕を枕に寝ていたり、と後頭部で会話をしていることが多かったから。

 

「んでんで、君は何の動物なの?」

「えー、そうですね……」

 

 リミットがやって来、質問という名の球が彼の元へ戻る。言外に急かすように少女が首を左右に傾けるが、言葉はスルスルとは出てこない。

 そんな状況が数秒ほど続いて。彼の頭に唐突に答えが降り立ったらしく、短く息を吐くと、目を閉じ、したり顔でこう言った。

 

「あいあむ、あ、ばっとぼーい」

 

 学年を考えれば授業などで英語の発音は習っているはずなのだが、その言い方はのっぺりと平べったく、どこかふざけたような感じがした。

 返答を聞いた少女は、んー、と唇を尖らせる。その眉はゆるやかな八の字を書いており、どうやら納得のいっていない様子だ。

 

「んー、君は頭も成績もいいし、真面目だし、悪い噂も聞かないから違うんじゃないかな? 君レベルでそうなんだったら、この学校の子、みーんな不良になっちゃうよ」

「……はぁ。先輩が言ってるそれは多分『ばっどぼーい』ですよ。『ばっとぼーい』じゃなくて」

「ん、あれ、そうか。間違えちゃった。『ばっど』が悪いなら『ばっと』は……あ、蝙蝠か」

 

 その、小学生辺りがやってしまいがちな取り違いを、少年は小馬鹿にするように訂正する。だがそもそもの話、質問に答えるだけなら『蝙蝠』と一言口にするだけで十分なのだ。それをわざわざ英語で言ったところには、ミスリードを誘う魂胆があったに違いなかった。事実、彼の口元は、いたずらが成功した子どものように弧を描いている。

 

「じゃあ、なんで蝙蝠なの? 血が好きだったりするの?」

「そんなわけないじゃないですか、まったく。理由はまぁ……性格ですかね。蝙蝠みたいでしょう、僕?」

「んー、よくわかんないな……? 『蝙蝠 性格』検索……っと」

「……どうして目の前の人に訊かずに、すぐネットで調べるんですか」

 

 取り出した携帯へ文字を打ち込む姿に、少年は不服そうな目を向ける。せっかく彼女にはわからないような言い回しをしたのに、その部分を掘り下げてもらえなかったことがおもしろくなかったようだ。

 

「だってその方が早いし、確実じゃない?」

「……僕、先輩のそういうところは、ちょっと嫌いです」

「うへぇ、それは悲しいね……」

 

 だが、少女にはそんな視線もどこ吹く風なようで、さっそく検索結果を表示した画面に目を落とし、そして再度唇を尖らせた。

 

「なになに……どっちつかずで誰にでもいい顔をする……? そうかなぁ、君は言いにくいことでもズバズバ言うし、むしろ、誰にも媚びない! って感じのイメージだけど……」

「あぁ、そういえば『蝙蝠』にはそんな意味もあるんでしたね。けど、僕が言いたいのはそういうことじゃないんですよ」

「じゃあ、どういうこと?」

 

 先程の話から汲んでか、それとも他の検索結果が見つからなかったからか。彼女が、今度は素直に問いかけると、少年は満足げに頷いた。

 

「先輩、ここに鳥はいませんね」

「……? まぁ、室内だからね。当然でしょ」

 

 その言葉に対して少女が首を傾げたのは、至極当然のことだった。彼女の理解力が高くない、というのも原因の一つではあるだろう。しかし、それを抜きにしたとしても、少年は必要以上に小難しい言い回しをしていた。それは、きっと聞く人が聞けば『背伸びをしている』と、逆に笑われてしまうだろうほどに。

 だが現実、この場には二人を除いて他の誰もいない。彼の得意げな顔をしたまま、言葉をつづけた。

 

「先輩のそういう……何でもそのまま受け取ってしまう、ちょっとアホなところは僕、好きですよ」

「ふーん? じゃあ、もっとアホになれば、君はもっと私を好きになるのかな?」

「あ、いえ、言葉が通じないレベルはさすがに勘弁かなって」

「私そんなギリギリ人類くらいに思われてたのか……」

 

 鋭いツッコミが入り、沈黙が訪れ、示し合わせたわけでもなしに、同時に笑う。陽の光ではないナニカが、今確かに、部屋の中を明るくした。

 

「というか先輩、そんなことを言うなんて、僕に好かれたいんですか?」

 

 そんな中で少年は、過ぎた言葉を拾い上げて、意地の悪い笑みでからかうようにそう言う。

 

「……ここで君とおしゃべりをするようになって、どれくらいだっけ?」

 

 対して少女は、話す役目を再び後頭部へと返すと、脈絡なく、そんなことを問うた。

 その中に彼は、今までの他愛ない話題とは違う、確かな真剣味を見つけ、何も言わずに記憶を掘り起こす。

 ポツポツ、泡のように次々と浮かび上がってくる数々の光景は、陽が射していたり、影が掛かっていたり、暑さに悶えていたり、寒さに震えていたり。そんな風に様々な違った要素を持ちつつもしかし、その中心で向かい合って談笑をしているという事実だけは変わらない。

 このまま掘り続ければ、いくらでも幸せな思い出に浸れるだろう、彼はそう感じた。しかし、今の目的はそうではない。惜しいとは思いながらも、階段を三段飛ばしで駆け上がるような感覚で、さらに大きく記憶を辿っていく。

 

「一年経って、更に少し……ってくらいじゃないですかね」

「一年と少し、か。初めは『なんだこの生意気なガキは』って印象だったけど、そんなに一緒にいたんじゃ……まぁ、抱く思いも少しは変わるってものだよね」

「……! 先~輩、それは一体どういうことですか?」

 

 少年はてっきり、彼女が期間を尋ねたのは話題をそらすためだと考えていたのだが、それはどうやら違ったらしい。

 意味深なことを口にする少女は相変わらず顔を伏せたまま。だが彼は、髪の隙間から僅かに覗くその耳の端が真っ赤に熟れていることに気付くと、途端に口元をニマニマとさせて、口調をわざとらしいものに変えた。

 

「……もう、わかるでしょ。君は私より頭いいんだからさ」

「いえいえ、そんな! なんだかんだ言っても、先輩はきちんと先輩なんですから。後輩の僕にわかりやすく説明をお願いします!」

「……はぁ、前言撤回。君はやっぱり『ばっどぼーい』だね」

「ふふ、かもしれません」

 

 それは言葉にするなら、そう――とても悪い笑みだった。




鳥なき里の
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