メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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私は先輩の

 

 

 たくさんの敵が襲ってきた森での一幕が過ぎ、少し時間が経った後に先輩は合流してくれた。

 

 何やらあの人は笑顔になっていて、まるでずっと抱えていた悩みが吹っ飛んだかのような、晴れ晴れとした表情だった。

 あの森にはヒーロー部の皆さんも足を踏み入れていたと聞く。もしかしたら先輩は、あの時私たちがいない場所で、レッカ先輩との蟠りを解消する事が出来たのかもしれない。

 秘密を話したのかどうかは分からないけれど、あの二人がまた友人同士に戻ってくれたのなら、それ以上に嬉しいことはない。私も気が楽になるというものだ。

 

 あれから数日が経過して。

 敵と遭遇しないために迂回などを繰り返している影響で、まだ中部地方をうろついている状態だが、旅はいたって良好だ。

 

 確実に前には進んでいるし、私たちの仲も深まりつつある。

 衣月ちゃんは相変わらず不思議な立ち振る舞いだが、確実に私たちには気を許していて、機械方面では非常に頼りになる。

 キィ先輩は以前にも増して、何だか一皮むけたようだった。

 改めてヒーロー部に入部したあの時の、ライ先輩たちの頼もしさを思い出したくらいだ。

 三人という少数規模ではあるものの、私たちは間違いなく、ヒーロー部に負けず劣らずの『チーム』として成長しつつあった。私はそれが素直に嬉しい。

 

 

「……衣月ちゃん、すっかり夢の中ッスね」

「スヤスヤでワロタ」

「あれ、先輩もしかして壊れちゃいました?」

 

 とあるボロアパートの一室。

 現在時刻は既に深夜を回っており、衣月は布団を敷いた奥の部屋で眠っている。

 私はリュックの荷物整理。

 先輩は珍しく男の姿で、ペンダントのメンテナンスをしていた。

 

「いやぁ、ホントに衣月はえらい子だよ。どんな場所でも寝てくれるのは正直いってクソありがたい」

「枕が変わるだけで眠れない子もいますからね。衣月ちゃんは山小屋みたいなとこでも平気ですし、サバイバル適正の高さで言えば先輩より凄いっすよ。鍛えれば忍者にだってなれるかも」

「忍者キャラが渋滞しちゃうからダメ」

「それは誰目線なんすか……」

 

 呆れながらペットボトルの水を渡すと、先輩は待ってましたと言わんばかりに、すごい勢いで水を飲み干してしまった。喉が渇いてたのなら言ってくれればいいのに。

 なんだか最近、先輩の気持ちを察して私が先回りして行動していることが多いような気がする。バディってこういうものなのかもしれない。

 

「でも、音無だって十分凄ぇよ。年頃の女の子がこんな危なっかしくて敵だらけの旅を、文句言わずに付いてこれてるんだから」

「それを言うなら先輩もでしょ。少なくとも一年間戦ってたヒーロー部の皆さんと違って、先輩は二ヵ月一緒に居ただけでほぼ一般人じゃないですか。十七歳の高校生ができるような生活じゃないっすよコレ」

「無敵なので」

「……男の子ってホント、変な意地ばっか張りますよね。馬鹿なんだから」

 

 ……そんなおバカと一緒に居て、笑ってしまっているのはどこの誰なんだか。

 レッカ先輩とだって、こんな近い状態で自然に接したことはない。

 ヒーロー部にいた頃と違って二人きりの状況が多いせいもあるんだろうけど、随分と先輩の言動にも慣らされてしまった。

 少なくともこの人は私にとって、ヒーロー部のメンバーとはまた別の、特別な存在になりつつある。それを日々実感している。

 ……私ってチョロいのかな?

 

「なぁ、音無」

「はい?」

 

 作業をやめた先輩が、座ったままこっちに体を向けた。

 いつもの脱力した雰囲気だ。おおかた明日進むルートの相談だろう。

 こうやってすぐに思いつく辺り、やはり先輩との生活に、慣れ過ぎてしまっているかもしれない。ヒーロー部のときと違って、基本的にいつもピンチなせいだろうか。飲み込みが早くなる。

 

 

「そろそろヒーロー部に戻ってもいいんじゃないか?」

 

 

 ──しかしその発言だけは予測できなかった。

 

「…………な、なに言ってんすか~もう。あはは」

 

 思わず動揺してしまう。

 先輩があんまりにも何でもないように言ってきたから。

 忍者がこんな事じゃいけない。切り返さないと。

 

「やだなぁ、まったく。先輩が一人で旅を続けられるわけないでしょ? ウチがいないとダメなんスから」

「そうかもしれんが。でも森でレッカと会ったときに分かったんだよ。ヒーロー部のメンバーは、お前が思っている以上にお前のことを心配してるって」

「っ……」

 

 どうしよう。ヤバいかもしれない。

 これはどう見ても、先輩が私を説得しにかかっている。

 いつも通りな普通の表情をしているけれど、その瞳にはどこか本気の意思が宿っているように感じられた。

 

「そ、それを言うなら先輩だってそうじゃないスか。レッカ先輩にはめっちゃ心配されてますし。なんか仲直りはしたみたいッスけど──」

「いや? 俺は仲直りをしたんじゃなくて、レッカを裏切ったんだ」

「…………えっ」

 

 何気ない先輩の言葉。

 私は思わず言葉を失った。

 なんて返せばいいのかすぐに出てこない。

 どうしよう、焦っている。

 

 先輩はあのレッカさんと凄く仲がいい友人だ。

 はたから見ても親友同士だという事はなんとなく察しが付く。

 ヒーロー部ゆえに複雑な事情を抱えているレッカ先輩の方から、彼に何かを秘密にすることはあっても、先輩からレッカさんを裏切る事はないと思っていた。

 

 むしろ誤解されたくないと、すぐにでも真実を話したい相手だと考えていた。

 それは私の勘違いだったのだろうか。

 

「もう俺は戻れないんだよ。ただ隠し事をするんじゃなくて、明確にレッカを──友情を裏切っちまった」

 

 何かを諦めてしまったような、乾いた笑いと共にそう呟く先輩。

 

「今やっていることは、確かに正義の行いかもしれない。悪い奴らに追われている少女を守り抜けば、ひいては世界を救うことになる。それを言い訳にすればこれまでの嘘だって『仕方のない事だった』と正当化できるんだろう」

 

 そんな、笑っているのに悲しい顔を、私は知っている。

 ずっと前から見覚えのある……一番見たくない表情だった。

 

「でも違うんだ。背負ってる事情なんか関係ない。俺は明確に許されない、超えちゃならない一線を越えたんだ。衣月のことを含めても、両親のことや環境のせいじゃなくて、どうしたって……裏切った俺が悪いんだよ」

「……せん、ぱい」

 

 私がいつも、鏡の前に立つたびに見る顔。

 先祖代々続く家系で忍者(スパイ)として教育され、数えきれないほどの人たちを裏切ってきた、この私自身がしてきた表情だ。

 

 諦めたように──力なく笑う顔。

 

「音無。お前にはそうなってほしくない。取り返しのつかない事なんかホントはやるべきじゃないんだ。俺は……お前だけには、普通の日常ってやつを無くさないで欲しいと思ってる」

 

 それでも私を気遣って、無理に笑顔を作っている。

 彼のそんな姿は見ていられないほどに痛々しい。私は先輩を直視できない。

 なぜ突然こんなことを言い出したのだろうか、先輩は。

 

 

 いや、分かっている。

 

 私だって鈍感じゃない。むしろ物事に対しては機敏に反応するタイプの役割で、ここまでヒーロー部で活躍してきたんだ。

 先輩はレッカさんを裏切ったと言っていた。

 

 それはつまり、これから先は彼と敵対しながら旅を続けるということだ。

 レッカさんの敵はつまるところヒーロー部の敵。

 そんな裏切者の敵と行動を共にしていれば、私自身もそちらに取り込まれたと認識され、オトナシ・ノイズはヒーロー部の一員ではなく敵の一人としてカウントされることになってしまうだろう。

 

「な。頼むよ、音無」

 

 先輩はそれを危惧したんだ。

 だから私をヒーロー部の仲間のままでいさせるために、こんな下手な説得までしている。

 これ以上は巻き込めないという、先輩なりの誠意なんだろう。

 旅を始めた時と今とでは明らかに状況が違う。ただ秘密を隠していたあの時より、レッカさんを裏切った現在の方が圧倒的に立場が悪い。

 

 先輩がしているのは自己犠牲だ。

 私の為の自己犠牲。

 他人の為の自己犠牲。

 レッカさんがいつもやるような──私の嫌いな”自己犠牲”。

 

「っ……」

「……音無? あの、なんで俺の手なんか握って……」

 

 思わず彼の手を掴んだ。

 座ったまま俯いて、正面にいる彼の片手を、私の両手で捕まえた。

 

「ウチは……」

 

 今ここで先輩を離したら駄目な気がした。

 彼が遠くへ消えてしまう予感がした。

 このまま彼に流されてしまったら──先輩は自ら一人になってしまう気がしたから。

 

「私は……先輩の、こと……」

 

 咄嗟の判断というより、反射的な反応だった。

 彼に向けてどんな言葉を送ればいいのか、未だに見当がついていない。

 どうしよう、どうしよう。

 

「……音無。今から俺が言う事は、含みのある言い回しなんかじゃない」

「えっ?」

「ただありのまま、言葉の意味だけを受け取ってくれ」

 

 先輩の表情は変わらない。小さく微笑んだままの、私を気遣うような優しい顔だ。

 やめて欲しい。

 そんな顔を見せないでほしい。

 私が先輩にとっての重荷になっていると思い知らされてしまう。

 

「お前は──俺を裏切ってくれて、いい」

 

 そんな、初めて聞く言葉に、私の心が揺さぶられた。 

 先輩の手を握る力が弱まってしまう。

 彼からは握り返してくれないから、私が手を離したら。

 このままだと、私たちは。

 

「恨んだりなんかしないさ……絶対にな。ここまで一緒に、無償で衣月を守り続けてくれた音無には、どんなに感謝してもし足りないくらいだ」

「…………」

「ヒーロー部に戻っていいんだ、音無。あそこはいつでもお前のことを受け入れてくれる。……ここまで付き合ってくれて、本当にありが」

 

 

 私たちは──!

 

 

「せっ、先輩ッ!」

「っ!?」

 

 正面から先輩を抱きしめた。

 背中に手を回して力強く抱擁した。

 離さない。

 一人にはさせない。

 絶対にこのまま別れたりなんかしない。

 

「…………っ、っぅ」

「……おと、なし?」

 

 ダメだ、泣いちゃだめだ。

 私は弱い女の子じゃない。

 守られるだけのヒロインなんかじゃないんだ。

 私は先輩の、たった一人の、対等な仲間なんだから。

 

「せんぱい、はっ……バカ、です」

「……」

 

 落ち着け、深呼吸だ。

 先輩は待ってくれている。少し困ってる様子だけど、すぐに引き剝がすでもなく私の言葉を待っている。

 だから大丈夫。

 ちゃんと言葉で伝えよう。

 察してもらうんじゃなくて、しっかりと自分の意思をそのまま、純度百パーセントで届けるんだ。

 

「かっ、勝手すぎますよ。散々ここまで利用しといて、用が済んだらポイですか」

「い、いや俺は……」

 

 違う。分かっている。先輩がそんな事を考えていないのは百も承知だ。

 ……あぁ、なんかうまく出てこない。

 こんなに本気で、誰かに意思を伝えようとした事なんて、今までにあったかな。

 

「先輩は何でも、一人で背負い込もうとしてますけど……自惚れないでください。人を裏切る辛さなら……誰よりも、理解できるつもりです」

 

 そう、私は数多の人々を裏切ってきた。

 たくさんの隠し事を、秘密を抱えてここまで()()()()()

 

「レッカ先輩を裏切ったんでしょ? ……奇遇ですね。私も裏切った事ありますよ。あの人だけじゃなく、ヒーロー部を。……何度も、何度も」

「お前……」

 

 私は忍者だ。

 仕えるべき主を転々とし、その度に元の主は容赦なく切り捨てる──そういう教えの元で、忍者一族の最後の生き残りとして育てられてきた。

 情報操作や潜入といった諜報活動のたびに、何十回も何百回も人を欺いて、生き汚くこの世にへばりついている()()こそが、この私の正体だ。

 

「先輩なんか目じゃないくらい、いろんな人たちを裏切ってきました。他でもない……私自身の意思で」

 

 誰の味方にでもなって、誰の敵にでもなる。

 それが我が一族の忍者としての在り方だった。その教えは私の心の奥深くに根付いてしまっている。裏切る事がクセになっていると言ってもいい、本当に最低な女だ。

 

 ヒーロー部は元々は政府公認の特殊チームであり、正体を隠した状態でなら、何度も敵対して秘密裏に戦ったことがある。

 政府に引き抜かれて彼らのサポートに回り、命令違反でヒーロー部が組織から追放されたあとは、自警団の如く『市民のヒーロー』として活躍するようになった彼らの仲間になった。

 今まで敵だった、傷つけてきた秘密をひた隠しにして、都合よくチームに加入したのだ。

 

 そして──彼のハーレムに入った。

 

 ヒーロー部に加入したのは私が最後だったが、その時既に他の少女たちは、あのレッカ・ファイアという少年に好意を抱いていた。

 チーム内のほとんどが、だ。

 交際の申し込みこそしてはいないものの、誰もかれもがレッカさんへの態度を隠していなかった。

 みんながそれぞれ、彼にいろんな形で救われてきたとのことだった。だから好きになった、と。

 

 ……だから、私もそうした。

 

 レッカさんを好きになった。()()()()()()()()()

 チームの結束力の源が彼であるなら、そうするのが最適解だと思ったから。

 恋敵で、ライバルで、だからこそレッカさんを好きな気持ちは皆同じ。

 彼の為なら頑張れるという共通の強さを手にすることで、私はヒーロー部での居場所を獲得したのだ。

 

 

「全てがウソで塗り固められた、卑劣で最悪な女なんですよ、私は」

 

 私に人並みの”普通の日常”なんてものは、ハナから存在しない。

 いつも秘密を隠すことに心を擦り減らしていて、他の少女たちと同様にレッカさんに媚びるたびに、自分は何をしているのだろう、と頭の中が葛藤と混乱で埋め尽くされていた。

 

 確かに楽しい事もあった。でもそれ以上に負い目を感じていた。

 秘密を話したとしても、優しいヒーロー部の先輩たちなら許してくれるだろう。……私は許されたくなかった。

 きっと自分が許されたことを、一生許せなくなるから。

 

「……だから、裏切り者で最低最悪な先輩の味方になってあげられるのは、同じくサイテーで悪~い後輩の私しかいないんですよ。分かりました?」

「……で、でも、なぁ……」

 

 この先輩を一人にしちゃいけない。

 今でもレッカさんに対して大変な事をしているのだろうが、一人になったらもう歯止めが利かなくなってしまう。

 

「こーんなにかわいくて献身的な後輩を捨てるなんて、先輩ってばホモなんですか? 私ってもしかして、レッカさんと先輩にとってのおじゃま虫?」

「ばっ!? ち、ちげーよ何言ってんだ!」

 

 だから私が先輩の理性を保つ、最後の砦になる。

 私では止められないんだろうけど、彼が壊れないように、支えることはできると思うから。

 

「ていうか捨てるだなんて言ってないだろ、人聞きの悪い」

「似たような意味でしたよ。……そんなの、だめです」

「ちょっ……ぉ音無? あの、いろいろ当たって……」

 

 どうだ、あなたが拾ったのはこういうヤツだと、理解できたか。

 殊勝な態度で受け身になってやったりなんかしない。私は対等に、先輩の隣で歩いてみせる。

 

「私を連れ出したのは先輩ですよ?」

 

 絶対に離さない。

 

 

「責任……とってくださいね」

 

 

 先輩と衣月を守る。

 ようやく見つけた私の居場所を守る。

 

 この二人には──私自身には。

 

 もう絶対にウソはつかない。

 

 

 

 

 

 

 さすがにこれ以上俺の美少女ごっこに付き合わせるのは悪いと思ったので、それとな~くヒーロー部へ戻れるよう音無を説得したつもりだったのだが。

 

 いつの間にか、その後輩に抱きしめられてました。

 あと『責任とれ』とかいう、そこはかとなくえっちな香りが漂うセリフも言われちゃって、もう頭ん中どったんバッタン大騒ぎです。

 なにこれ……。

 

「あの、音無。……その、当たってるって」

「鈍いですね、当ててるんですよ」

「ウソでしょ」

 

 何だこの小悪魔!?(驚愕)

 ふえぇ……こんな子に育てた覚えはないよぅ。

 

「ほ、本当にいいのか? ここまで来たら……もう戻れないぞ?」

「いいんですってば。私の居場所は、先輩と衣月ちゃんのいるところですから」

 

 今すれ違いが発生したわ。俺はちょっと良からぬ事がおっ始まると考えてたんだが、後輩はシリアスに居場所の話をしていらした。思春期の脳みそで本当にごめんなさい。

 

「と、とりあえず離れない? 隣の部屋で衣月も寝てるし……」

「……せんぱい、から」

「えっ?」

 

 なんつった? 全然聞こえなかった。

 いや難聴キャラとかじゃなくて、こんな密着してても聞こえない声量ってよっぽど小さいぞ。俺は悪くねぇ。

 

「……~っ! で、ですからっ、先輩から抱き返してくれたら、離れてあげてもいいです」

「密着したら離れらんねぇだろ……」

「そういう屁理屈っぽいのいいですから!」

 

 まっとうな反論では……?

 

「私への誠意があるなら……ぎゅってしてください」

「音無……」

 

 ぎゅっ、て言い方がかわいいと思った(小並感)

 てかマジでこれどういう状況なんだよ。

 音無の好感度が上がるイベントなんてやった覚えないぞ。バグが発生している。

 

「…………ひとりに、ならないでください」

「……あぁもう、分かったよ」

 

 信じがたいがどうやらこの状況は、音無の中ではシリアスな雰囲気になっているらしい。こっちは生まれて初めて女子に抱擁されて、絶賛心臓バクバク中なんだが。

 ここはもう腹を括って……そうだな。

 ヒロインにモテモテなあの方を参考にさせて頂いて、レッカがやりそうな対応で乗り切っていこう。

 

「ありがとな、音無」

「……抱き返すのはともかく、頭を撫でていいとは言ってませんよ」

 

 あれぇ? おかしいぞ……!? レッカみてぇな主人公ムーブが正解なのではないのか!?

 ……あ、離した。

 一応何とか離れてもらえてよかった。助かった。

 

「まぁいいです。今日はこんなところで勘弁してあげます」

「できれば明日以降も遠慮させてくれ」

 

 俺の心臓が持たないため。

 

「……嬉しくなかったッスか? ウチとのぎゅー」

「うれしかったです正直興奮しました」

「キモ……」

 

 あっ!? てめっ、このメスガキ……ッ!

 今のは嘘だが。先輩は後輩に抱き着かれても、別に興奮などしないが。

 

「どうでもいいっすけど、夜遅いですし……寝ましょっか」

「まて、それはどういう意味だ」

「先輩ちょっと変態すぎません? 今の言葉を就寝以外の意味で捉えないでしょ、ふつう」

「思わせぶりな発言をするお前の方が悪いと思うのは俺だけか?」

 

 あーだこーだ言いつつも、なぜか俺の手を引いて衣月が眠っている布団まで移動する音無。

 オイ、そんな簡単に男子の手を握るんじゃねぇ。好きになるぞ。

 

「衣月ちゃんを挟んで、三人で川の字になって寝ましょう」

「なかよし兄妹じゃないんだぞ」

「もう衣月ちゃんの家族みたいなモンでしょ」

「……お前が嫁で、衣月が娘か……なるほどな……」

「何でですか。それこそ普通に兄妹でしょ」

 

 布団にイン。本当に衣月を挟んだ状態で、三人で寝ることになってしまった。

 

「ていうか音無さん? もう手は放してくれていいですよ」

「ダメっす。コレは『早朝、俺は眠っているオトナシの前から姿を消した』──とかカッコつけた逃げ方をさせない為ッスから」

「信用なさすぎない?」

 

 ぶっちゃけた話、いざとなったらそういう逃げ方で別れようとしていたのだが、お見通しだったようだ。流石は忍者、読心術も心得ているらしい。

 

「負けたよ、音無」

「ふふっ。先輩はまだまだ甘いッスね」

「じゃあもう寝よう。おやすみニンジャ、にんにん」

「定期的に忍者をネタにして煽るのやめた方がいいッスよ。ちゃんと怒りますからね、ウチ」

 

 こわい。

 

「……ほら衣月ちゃんも先輩を逃がさないよう、しっかり服を掴んどいて」

「分かった。わたしたち三人は死ぬまで一緒」

「ちょっ、いつから起きてたんだお前!? 離せェ!!」

 

 

 衣月も音無も、俺が思っていたよりも強かな女の子で。

 気づいた頃には、シリアスな嘘から始まったこのチームも、いつの間にか愉快な仲間の集まりになってしまっていたようだった。

 それはそれとして、この状態は寝苦しい。

 

 

 


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