メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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漆黒ルートにご案内/もしもエロゲだったなら

 

 

「コオ゛リざ゛ぁァ゛~゛んッ!!!」

「わっ。ひ、ヒカリ……」

 

 俺と氷織が沖縄に到着してから少し経って。

 

 衣月の知らせによって、一足先にこの場所へ到着していたヒーロー部の面々が、揃って俺たちがいる砂浜まで駆け付けてきた。

 

 俺は一応コクに変身しているのだが、レッカは氷織を気遣ってか、こちらを一瞥してすぐに彼女の方へ寄っていった。俺に聞きたいことなんて山ほどあるだろうに、ここでサラッと我慢できる辺りやっぱ出来る男は違うらしい。

 

 ヒカリやカゼコが泣きながら氷織に引っ付いて離れない光景を後目に、一足先に砂浜を出ようとすると、向こうから誰かが走ってきた。

 

 あのデカいマフラーは間違いない、音無だ。

 俺の目の前で止まって、息を切らしている。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「お、音無? だいじょうぶか……?」

 

 見て分かるほどに汗だくだ。相当急いで駆けつけてきたのだろう。

 一時はどうなるかと思ったけど、無事に会えてよかった。俺の人生のなかで一番ホッとしてる瞬間だ。

 

「……せん、ぱい」

 

 顔を上げた音無は、何とも言えない微妙な表情をしていた。

 驚きと困惑が半分……といった所だろうか。

 俺も何かを口にすることが出来ずにしどろもどろになっていると、汗だくの音無は軽く微笑んで、俺の隣にいる衣月の方へ顔を向けた。

 

「……衣月ちゃん、もう我慢しなくていいんだよ。私は大丈夫だから」

 

 どゆこと。

 

「……うん。…………ぅんっ」

「うおっ。い、衣月?」

 

 明らかに涙ぐんだような、上ずった声音の衣月が、横から俺に抱き着いてきた。

 俺のお腹に顔をうずめているその状態でも分かるくらいに……あー、うん。泣いてるな、これ。

 

 

 冷静に考えてみると、支部の建物内にいたほぼ全員がこの沖縄に到着した中で、唯一俺と氷織だけがここにワープできていなかった。

 建物が爆発寸前だったことも鑑みると、俺と氷織は時間に間に合わず、爆発で二人とも死んでしまったのではないか──という仮説が立てられても不思議ではない。

 

 というか、普通は死んだと思われるはずだ。

 レッカや最初の衣月の対応が常軌を逸していただけで、この状況ならめちゃめちゃに泣きながら氷織に抱き着いていったヒカリの反応が普通だろう。

 

 衣月は砂浜で俺を見つけてから、ずっと我慢をしていたんだ。

 それはきっと、俺の隣に氷織がいたから。

 俺と音無以外に弱さは見せない──そんな衣月なりの線引きがあったことに、俺はようやく気付くことができたのだった。

 

「ごめんな、衣月」

「うるさい」

 

 頭を撫でてやっても衣月の体の震えは治まらない。マジで信じられないくらい心配させてしまっていたようだ。反省点が次々と浮かび上がってくるわね。

 こういうのに最初から気づけないあたり、レッカと違って俺の鈍感さはとことん悪い方向にしか効果が発揮されないんだなぁ、とつくづく実感させられる。

 

 それに心配させていたのは、衣月だけではないようで。

 

「……もう゛~ッ! やっぱ無理……っ!」

「おっ……となし……」

 

 結局二人とも俺に引っ付いてしまった。

 衣月を気遣って最初は堪えていた音無も、ついに我慢の限界が訪れてしまったらしい。

 自惚れなんかじゃない。この二人からどれほど大切に思われているかは、俺自身が一番よく分かっている。……というか、いま理解した。

 

 なんとかうまい事を言って二人を安心させてやりたいところ──なのだが何も思いつかない。

 俺のボキャブラリーは貧弱だ。

 

「べ、別にっ……何も言わなくて、いいですから。……生きててくれた、だけで……」

「勝手に心を読まないでもらえると助かるんだが」

「うっさいです。……あぁ、もう、ほんと──よかった」

 

 ガチで死にかけたあとに、仲間からのガチシリアスモードでのお出迎えで、こころがくるしい。

 うぅ、何かもっと緩い感じで再会すると思ってたよ俺は。

 

「……紀依」

「どした」

「ヒーローは、レッカがいる。だから……別にカッコいい事とかは、しなくていいから……えと」

「衣月……?」

「勝手にいなくならないでください、って事ですよ。鈍いですね先輩は」

「ご、ごめん」

 

 いかん、もうレッカのこと鈍感とか難聴とか言ってバカにするの、確実にできなくなってきたぞ。

 

 支部を脱出するあの状況では仕方のなかったことだが、これを見るとそうも言ってられない。

 これからはあまり主人公みたいな無茶はしないようにしよう、と心に誓った。衣月が言った通り、ヒーローの役割にはレッカが就いてくれているんだ。

 

 

 ──よし、とりあえず仲間との再会は果たしたな。

 

 まずは親父に会いにいって、いろいろと聞き出さないと。

 

 

 

 

「……つまり?」

「レッカ君には何も話していない、ということだよ」

 

 ヒーロー部のみんなが仮住まいにしてるらしい、沖縄のどこかにある大きなホテル──の地下にある研究所の、一室にて。

 俺は久方ぶりに会った父親の言葉を聞いて、安堵するとともに肩の力が抜け落ちた。具体的に言うと、男の姿に戻った状態でソファにぐで~っと寝っ転がった。マジで安心した……。

 

「彼には怒り交じりにいろいろと質問をされたが、アポロから聞いてくれ、とだけ答えておいた。真実を告げるのはお前の役目……なんだろう?」

「うん、そう。それがアイツに隠し事をしてきた俺の責任だからな」

 

 お父さんファインプレーですよホント。まだ美少女ごっこは続行可能だ! えへへ~!

 

 

 では、ここまでの顛末を軽くまとめよう。

 

 まず俺たちとヒーロー部のメンバーは、あの支部の爆発で全員死亡扱いになっていたらしい。

 表向きは死傷者ゼロの爆発事故だが、悪の組織側からすると支部に残っていた様々な情報や、面倒なことを知りすぎているヒーロー部をまとめて排除できたと思い込んでいる、とのことだ。

 

 それから組織は俺の両親を追いかけることはやめて、既存の科学者メンバーだけでヤベー装置の完成に着手することに決めた。あちらも切羽詰まっていて、時間もないため逃げ足の早い両親を捕まえることに人員を割いている場合ではなくなったのだ。

 

 そして肝心の衣月──組織が言うところの『純白』だが、彼女のクローンを作る事でヤベー装置の起動キーを作ろうという方針に決まった、と聞いた。

 衣月ほど完成度の高い実験体を作ることにはまだ成功していないらしいが、それでも今や脅威になりつつあるヒーロー部に守られている衣月を捕獲するより、クローン生成の方がコスパがいいという結論に行きついたのだとか。

 

 実力だけで言えばヒーロー部はかなり強い。

 だから悪の組織は正攻法で戦うことをやめ、いち早くスーパーウルトラ激やば装置を完成させ、一瞬で全ての人間を支配下に置いて、世界を掌握しようと考えたわけだ。

 

 

 けど、父さん曰くまだ焦る段階ではないらしい。

 

「しばらくは悪の組織も停滞が続くだろう。長期休暇というわけでもないが、この機会にアポロ達もこの沖縄で十分な休息を取るといい」

「……死亡扱いってことは、もう監視の目がないんだな?」

「そうだ。研究所があるこの周辺なら、アポロの姿に戻って出歩いても問題はない」

 

 つまるところ、日常回のターンが来た、ということだ。

 ここまでは派手な逃走劇だったり、バトって殴ってじゃんけんポンみたいな殺伐とした日々が続いていたから、ちょうどいいタイミングだ。この機会にゆっくり羽を伸ばそう。

 

 

 ──と、考えるのは二流のヒロインだ。

 

 この俺は一味違う。

 平和な日常を過ごせる時間が出来たからこそ、さっそく影が薄くならないように、一気にレッカに対してメインヒロインムーブをしていかなければならないのだ。

 

「……アポロ」

「なに?」

「……その、なんだ、えっと……楽しいか?」

 

 一瞬ドキッとした。俺の内心を見透かされたような気がして。

 しかし俺は氷織と共に極寒の雪山を生き延びた男だ。

 この程度じゃ決して怯んだりしない。俺だって精神的に成長してるんだぞってとこを、父さんに見せてやるぜ。

 

「あまり気乗りはしないな。親友を騙し続けるのは……やっぱクるものがある」

「アポロ……」

「でも、まだダメなんだ。今じゃないんだよ父さん。いろいろ理由はあるけど……すべてを明らかにするにはまだ早い」

 

 すご~く重い事情を抱えてそうな雰囲気を出したことが功を奏したのか、父さんは思惑通りシリアス顔になってくれた。このまま続けよう。

 絶対に『楽しい』だなんて口にしたりはしない。

 美少女ごっこで得られる気持ちは俺だけのものなんだ。

 

「アイツは俺を止めてくれる器だ。でも俺たちは親友同士だから、ここで俺がすべてを明かして歩み寄ってしまったら、レッカは俺を止めてくれなくなるかもしれない。黙認してしまうかもしれない。……俺を止めてくれる人が、いなくなってしまうかもしれない」

 

 自分でも八割くらい何を言っているのか分からないが、この場で父さんを納得させることが出来ればそれでいい。父さんにはレッカに何を聞かれても、最後まで黙っていてもらう必要があるんだ。

 

「だから、このペンダントの事は俺に任せて欲しい。……誤解だけど、父さんを悪者にして……ごめん」

「……フッ。なに、気にすることはない。元を辿れば父さんはれっきとしたワルモノだ。なんせ悪の組織に属していたんだからね。そんな私を連れ出してくれた母さんが、アポロにとってのレッカ君なら──」

 

 父さんは、研究者がやりがちな怪しい笑みを浮かべて。

 

「たくさん迷惑をかけてしまいなさい。始めてしまった物語は、中途半端に終わらせてはいけない。それでも、たとえ何があろうとも止めようとしてくれる人物こそが、お前の物語を終わらせてくれるヒーローなんだ」

「……そうだな。俺の研究の最終目標は、そんな『ヒーロー』に出会うことなのかもしれない」

 

 

 色々言ってるけど、父さんと母さんの時とは全然ちがう。

 

 母さんは悪の組織から父さんを抜け出させようとしていたけど、そもそも母さんは最初からペンダントで女の子に()()できることを知っていた。

 

 つまり父さんの美少女ごっこは、文字通りごっこ。

 研究成果は人類史に刻まれる大偉業だが、彼の美少女ごっこ自体は、ソレを『美少女ごっこ』だと認識している女性の前でしか行っていなかった──もはやただのコスプレに近い行為だ。

 謎のダウナー少女として振る舞ったことこそあれど、本気でこの世界を股にかけた隠しヒロインのロールプレイングはしていないのだ。

 

 だが、俺は違う。

 

 ダウナー少女に変身したアポロ・キィではなく、本人とは別の『漆黒』というキャラクターを、この世界に認識させている。

 謎の美少女ごっこではなく、もはや謎の美少女なのだ。

 コクという少女が存在している。

 レッカが『コクという人格など元から無い』と知るその日が来ない限り、俺の研究が終わる事は無いというわけだ。

 

「父さん。このペンダントを生み出してくれて、ありがとう」

 

 分かるか、父さん。

 俺はアンタを超えた。美少女ごっこしかできなかったツールを、本物の美少女がいると認識させるアイテムへと進化させたんだ。

 時代は先へと進んだんだよ、先輩。

 

「けど──ここからは俺の物語だ。これの使い道も、これの秘密も真実も、すべて俺だけが行使する」

 

 これは俺が受け継ぐ。

 俺の未来を切り拓く道具として存分に活用させてもらう。

 

「その代償はいくらだって払うよ。衣月にはいつか『普通の日常』を与える。世界だって救ってやる。それでも……誰かが俺を止めるまで、俺は絶対に止まらない」

「アポロ……! あぁ、我が息子よ……ッ!」

 

 父に頭を撫でられたのは、小学生以来だ。

 こんな歳になっても、撫でられるって嬉しい事なんだな。

 

「誰よりも自由であれ! 私はお前の旅路を祝福するぞッ!」

「サンキュー親父! じゃあ早速行ってくるぜ!!」

「いってらっしゃいッ!!!」

 

 父の熱い激励を背に、俺は研究室を飛び出していった。

 

 

 父さんの説得はこれで完了だ。もう何があっても彼の口から真実が口外されることは無いだろう。とりあえず一安心だ。

 

 では、美少女ごっこをステージ2へ移行させることにしよう。

 

 待ってろよ、レッカ。

 今日で隠しヒロイン──漆黒ルートに突入したことを、エロゲ風味を混ぜ込みつつ存分に思い知らせてやるぜ。

 

 決行時間は夜。

 場所は人気のない砂浜海岸。

 そしてコクの新たな衣装差分として、この常夏サンバな海の国に相応しい、真っ白なワンピースをお披露目だ──!

 

 

 

 

 

 

 この沖縄に到着してからは、驚くくらいに平穏な時間が続いている。

 

 僕たちよりも遅れてコクとコオリがやって来たときは、爆発寸前だった気持ちを何とか堪えるのに必死だったけど、時間が経過するにつれて冷静になる事が出来た。

 アポロの父親からは何も聞き出せなかったが、どうもあの人は怪人から聞いたような極悪非道の科学者だとは思えず、いまは味方で居てくれることに納得をして、一旦話を終わらせた。

 

 秘密を話さなかったのは、きっとコクとしっかり話し合って欲しかったからなんだろう。

 自分の子供と深い繋がりがある少女の事だ。僕を混乱させてしまっては元も子もない。

 あの人は焦った状態の僕が冷静になれるよう、わざと話をはぐらかしてくれたんだ。

 おかげで今は落ち着いている。

 

 組織の支部にいたあの時は──覚悟が決まっていたんじゃない。

 ただ親友を取り返すことに必死で、周りが見えなくなっていただけだったんだ。あんなんじゃ文字通り話にならない。

 

 会話は全ての基本だ。僕は彼女と会話をしなければならない。

 アポロの事も、彼女自身の事も、話すことで知ろう。

 本当は最初からこうするべきだったんだ。

 

 

 夕食を食べ終え、すっかり空が暗くなった頃、コクから呼び出しを受けた。

 彼女から誘ってくれるなら好都合だと思い、僕は指定された場所まで急いだ。

 

 ──そこにいたのは、月明かりが差す砂浜の海岸で、静謐に佇む一人の少女。

 

 白いワンピースを着た、裸足のコクだった。

 

「……コク」

「来てくれてありがとう、レッカ」

 

 こちらへ振り返り、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。本当に変わった子だと思う。

 改めて礼を言われるようなことじゃない……そう言いながら、僕は彼女の方へ歩み寄っていった。

 

「今日はいつもの服じゃないんだな」

「ホテルのお土産屋さんで、買った」

 

 くるっと一回転して見せるコク。

 衣服全体を僕に見せたかったらしい。

 

「どう?」

「似合ってるよ。きみの奇麗な黒髪と良く合ってる」

「ありがとう。うれしい」

 

 人形のような無表情だが、微かに笑っているような気がした。

 実際、似合っているのは事実だ。僕から見てもかわいいと思う。フウナ辺りにでも見せたら、破壊力が凄そうだ。

 

 本題に入ろう。

 僕が気づいたことを、彼女に伝えるんだ。

 

「コク。きみは……アポロの為に戦ってくれていたんだね」

 

 返事はない。

 青白い月を背にして、静かに僕の言葉に耳を傾けてくれている。

 

「アポロの母親と話をしたんだ。その時に大事な資料も見せてもらった。そこでアポロの顔と名前が、悪の組織に割れていた事を知ったよ。……追われていたのはきみじゃなくて、あいつの方だったんだな」

 

 ずっと勘違いをしていた。

 コクは組織から逃げた実験体で、アポロがそれを匿っていたのだと、そう思っていた。

 けど、真実はその正反対。

 元組織の構成員だった科学者の息子である彼を、コクは自らの肉体と交代させることで庇っていたんだ。

 

「今にして思えば、オトナシが協力しようとした事にも合点がいくよ。なんせキミはアポロを庇いながら、組織から逃げ出した本当の実験体である藤宮衣月もまとめて守っていたんだから」

「……買いかぶり過ぎ、だよ」

「謙虚は美徳かもしれないけど、コクはもっと誇っていい」

 

 僕なんか目じゃないくらいに、どこまでも自己犠牲な精神を持った少女だ。

 まるでヒーローじゃないか。

 どんな理由があるのかは分からないけど、ペンダントの中に閉じ込められていて、他人を媒体にしないと自由に喋る事すらできないというのに。

 

 ただ目の前の人間を救おうとする。

 怪人に襲われていたあの子供と同じように、アポロも、衣月も。

 その小さな体躯と、触れたら折れてしまいそうな細腕で。

 

「アポロも緊急時には姿を変えることで、君を守っていたんだね。あのオトナシが怪我をした森の時のように、危険な戦闘はあいつが担当していたんだ。君たちは文字通り……一心同体だった。コクが言っていた『心が繋がっている』って言葉の意味が、ようやく理解できた気がするよ」

 

 ずっと二人で戦っていたんだ。僕が言った『親友を巻き込むな』という言葉は、あまりにも見当違いだった。

 コクが反論しなかったのは、僕に余計な疑いを持たせないためだったんだろう。こうして理解した今なら、彼女が黙々と旅を続けていたワケがよく分かる。

 

「ありがとう、コク。今まで僕の親友を守ってくれて」

「どういたしまして」

「そして、これまでの非礼を謝罪させてほしい。……本当にすまなかった」

「うん、許す」

「……相変わらずというか。フットワークが軽いよな、きみは」

 

 これでもかというほど、円滑に会話が進んでいく。まるで以前までのすれ違いが嘘のようだ。

 本来彼女とのコミュニケーションは、これくらい簡単に進められるものだったのかもしれない。

 

「コクはこれからどうするんだ? アポロを監視する目は無くなったけど、悪の組織もまた壊滅したわけじゃないし……」

「もう少しだけアポロと一緒にいる。衣月が安心して、普通の女の子としての暮らしができるようにする為に、私は悪の組織を打倒しなければいけない」

「そうか……うん、もう止めないよ。アポロもきっと、最後までコクに付き合うつもりなんだろ?」

 

 この二人の間には、僕では計り知れないような信頼関係があるに違いない。

 

「たぶん、そう……?」

「何で疑問形なんだ」

 

 急に不安にさせてくるの、心臓に悪いからやめてほしい。

 

「肉体を共有しているといっても、心の中にアポロがいるわけじゃない。会話はできないし、ある程度相手の考えてることが伝わってくるだけ」

「……君たちはどうやって意気投合したんだ」

「書き置きなどで意思の疎通はしたけど、実際にアポロと会話をしたことはない。私がまともに話したことのある男の子は──レッカくらい」

 

 なんだか予想と少し違ってきた。

 確かに大体の事実は合っている。しかし、アポロも聞いているつもりでコクと話していたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。

 

「私が外にいるとき、アポロはペンダントの中で眠っている。逆もまた然り。アポロの体が私に変身しているのではなく、文字通りそのまま『交代』している、といった感じです」 

「……えっと」

「つまりレッカがあの屋上で見たのは、親友のアポロではなく、私のパンツ。レッカは男の子の下着を見て赤面したわけではないから、安心して」

 

 そういう問題だろうか。というかむしろ同性のポッキーではなく、異性であるコクのパンツを見てしまったことの方が問題なんじゃ……?

 

「レッカ、むつかしい顔をしている」

「そりゃまぁ情報量が多いからね……」

「またパンツを見れば、元気になる?」

「いや見ないからなッ!? ちょっ、やめろスカートの裾を持ち上げるんじゃない!」

 

 パンツは見なかったが、なんやかんやあって、僕はようやく彼女と和解することができたらしい。

 早とちりした僕と、流石にいろいろ隠しすぎていたコクの両方に非があるということで、喧嘩両成敗でこの話は終わりだ。こうなるまで本当に長かったな。

 

「それじゃ、コク」

 

 帰らないとみんな心配するし、そろそろ戻ろう──と口にしようとした、その時だった。

 

 

「排除」

 

 

 コクの背後の海から、ここにはいないはずの『サイボーグ』が姿を現し、彼女を後ろから羽交い絞めにした。

 

「わっ」

「コクッ!」

 

 おそらくは支部が爆発する直前に、ワープ前の誰かの脱出用ポッドに張り付いていたんだろう。いつの間にかその場から離れ、この海で僕たちヒーロー部の誰かが来るのをずっと待っていたのだ。

 

「自爆、自爆、排除」

「レッカ、レッカ。こいつヤバいこと言ってる」

「いっ、今すぐ助ける──!」

 

 

……

 

…………

 

 

 数分後。

 

 上空に浮かび上がってコクもろとも自爆しようとしたサイボーグを追いかけ、なんとか彼女を取り返したのだが、その瞬間にサイボーグが大爆発して。

 僕とコクはそのまま海の中へドボンし、無傷かつ命も助かったものの、完全にびしょ濡れの状態になってしまったのが、いま現在の状況だ。

 

 割と浅い所に落ちたので、溺れる事こそ無かった──けど。

 

「…………服、透けてる」

「見てない見てない! 見てないから!」

 

 コクを正面から抱きかかえた状態で海岸まで移動し、彼女を下したときに気が付いてしまった。

 海水でびっしょりと濡れてしまった純白のワンピースが、肌に張り付いて透けている。

 どうやら生地が薄いタイプのワンピースだったようで、ダメ押しにもう一本といった感じで、コクはパンツ以外の下着を身に着けていなかった。

 

 膝から下が海に浸かっている状態で、僕は彼女の正面に立っている。

 見てないなんて連呼していても、その無防備で艶めかしい姿が目に映るのは避けようのない事実だった。

 

「レッカ。どうして、顔を背けているの?」

「はっ、ぇっ……ど、どうしてって……!」

 

 たったいま『透けてる』って自分で言ったじゃないか。

 それ以外の理由がどこにあるというんだ。

 

「前々から気になっていたけど、レッカは女の子の体を目にすると、過敏に反応してそっぽを向く。どうして?」

「み、見ちゃダメだからに決まってるでしょ……君だって見られたくはないはずだろ……?」

「別に、いいけど」

 

 本当に何を言っているんだこの少女は。

 ついつい彼女が今どんな表情をしているのか気になって、チラリとコクのほうへ視線を向けてしまう。

 そこにいたのは、相も変わらず仏頂面で、あられもない姿をしている黒髪の少女だ。

 

「レッカはヒーロー部の少女たちから好かれている事、自分でも自覚しているはず」

「……そ、それとこれとは関係ないんじゃ」

「ううん。関係ある」

「──っ!?」

 

 コクが此方へにじり寄ってきて、顔を隠していた僕の腕を無理やり引っ張っておろしてしまった。

 つい驚いて目を開けたままにしてしまう。

 眼前にいる少女はあまりにも華奢な体躯で、本来は体型を隠してくれるワンピースが肌に張り付いているせいで、より一層彼女の身体が引締まって見えた。

 

「ちゃんと、見て」

「……こ、コク……っ」

 

 手を掴まれているせいで顔を隠せない。だから彼女の肢体をまじまじと見つめてしまう──なんて言い訳が脳内を歩き回っている。瞼を閉じればそれで済む話だろうに。

 僕は目をつぶることが出来なかった。

 コクの白皙な肌に、目を奪われてしまっている。

 

「ヒーロー部の娘たちは、みんな本気。その状況を良しとしているのに、身体を見たら純情ぶって目を離すなんて、ズルいことだと思う」

 

 果たしてそうだろうか。

 反論の余地などいくらでもありそうだが、僕はコクのきめ細やかな濡れた髪を見て息を呑む事しかできない。

 

「もしこういう状況であの娘たちから目を逸らしたら、傷つけてしまう可能性もある。いろいろな女の子に好かれている以上、あなた自身も知っておくべき事があると思う」

「そ、それは違くないか……?」

「あっちが勝手に好いているだけだから、自分には関係ない? あんなにアピールされておいて、フることも受け入れる事もなく一年以上なあなあで過ごしてきたけど、勝手に好かれているだけだから自分は悪くない?」

「ぅ…………」

 

 彼女の鋭い言葉がグサグサと心臓に突き刺さっていく。アポロと情報を共有している以上、どこまでもこの少女にはお見通しだったらしい。

 確かに思い返してみれば、確実に僕にも非はある。

 部活内の雰囲気を優先したせいで、メンバーの彼女たちにはまるで誠意を見せてこなかった。

 

 ふと、ポッキーに『お前いつまで共通ルート続けるつもりなんだ?』と叱られたことを思い出した。

 答えを出さないまま、彼女たちに囲まれて過ごす日常を、心のどこかで楽しんでいたのかもしれない。

 

「……レッカ、童貞でしょ」

 

 どどど童貞ちゃうわ、とポッキーなら茶化すのだろう。

 けど、僕はこの状況に鼻白むことしかできなかった。

 

「慣れたほうがいい。せっかくハーレムを築いたのに、童貞丸出しでヒロインたちに失望されてほしくはないと、アポロも言っていた」

 

 余計なお世話だよあのバカ。

 

「……その、慣れるって……?」

「まずは──目を逸らさないこと」

 

 そう言いながら、コクは自分のスカートをつまみ、水滴を垂らしながら裾を持ち上げていく。

 徐々にそれが上がっていき、ワンピースに覆われていた彼女の下半身が、遂に露になってしまった。

 

「……っ」

 

 思わず喉が鳴る。

 

「濡れた下着、見るのは初めて?」

「……たくし上げられたスカートの中を見るのが、そもそも初めて……かな」

「そう。初めてなら、しっかり見て、慣らさないと」

 

 海水を含んで重くなってしまった白い生地のパンツが、目に焼きつけられていく。

 上目遣いでスカートをたくし上げているコクの頬は、意外にもほんのりと赤みを帯びていた。

 冷静で鷹揚とした雰囲気に見えて、実は彼女も僕と同じような恥ずかしさを感じているのかもしれない。

 

「……これは特訓」

 

 それでも真っすぐに此方の眼を見つめ、耳の奥へ流れるような透き通った声音で、彼女は続ける。

 

「レッカの友人として、練習台になろうと思う」

「だ、ダメだろ、そんな」

 

 とっさに口から出た()()が、本気の言葉じゃないことは、否が応でも自覚できてしまった。

 この状況に期待をしてることは丸わかりだ。

 そのように僕の気持ちを揺さぶってしまうほど、彼女には小柄な体躯とは不釣り合いな妖艶さがあった。

 

 聞き心地の良い声に、油断を誘う甘い言葉に──脳が溶かされてしまいそうになっている。

 

「……組織との決着がついても、私は普通には生きられない。アポロはあなたの元に戻って、私は二度とレッカと話すことができなくなる」

 

 彼女を救い出す方法は、まだ見つけていない。

 そんなことはないんだと、否定することが出来なかった。

 

「これ以上、誰かの身体を奪う気にはなれない。私に残されている時間は、あと少しだけ」

「コク……」

「だからレッカ。……私、思い出がほしい」

 

 目の前にいる漆黒の少女が放ったその言葉の意味を、僕はとうに理解していた。

 察してしまえたからこそ──強く拒絶できなかった。

 

「一番仲良くなれた男の子との思い出があれば、あの薄暗い牢獄の中でも、希望を抱いて眠り続けることができると思う。友達のために、特訓に付き合って……それで、えと……」

 

 いつの間にか、スカートを持つ手が下がっていた。

 コク自身も、どんな言葉を僕にぶつければいいのか、分かっていないんだろう。

 

「レッカに覚えておいてほしい。コクっていう、変な女の子がいたってことを」

「……もう、何があっても忘れるわけないだろ。きみはいつだって僕の予想を上回ってきた凄い女の子なんだから」

「で、でも、ここですれば……もっと忘れられない記憶になる、かも……」

 

 互いに自分が何を言っているのか、ハッキリとは理解していない。

 きっとこの後に起こる事は二人とも察していて、それでもまだ心の準備ができていないから、回りくどく様々な言葉で時間を稼いでいるんだ。

 

 しかし、それも終わりの時が来たようで。

 

 

「……ごめん、レッカ。もう何も思いつかない」

 

 

 分かってる。

 コクの言いたいことは、ちゃんと伝わってるから。

 

「ここで、したい。一度でいいからしてみたい。私が私であった証が欲しい。……レッカ」

 

 もう一歩。

 僕に一歩、寄り添って。

 彼女は僕にしがみ付いて、上目遣いで懇願してきた。

 

「わたしを……使って」

 

 その願いに対して、僕の答えは──

 

 

 

「レッカ様ーッ! コクさぁーんッ! どちらにいらっしゃいますのぉー!? 何かすごい爆発音が聞こえて……あっ、お二人とも!」

 

 

 

 ──……答えは、出せなかった。

 

 

 

 

 っっっっぶねぇぇぇ!!!

 ハーッ! マジで助かった! ヒカリが来てくれて命拾いした!!

 

 いやぁ、思いのほか距離を縮めることができたな。重畳重畳。よくできました。

 

 サイボーグが爆発した後くらいから、慌ただしい様子で俺とレッカを探すヒカリの姿が遠めに見えていたので、きっと彼女によってこのイベントが中断されるだろうと踏んで行動していたのだが、予想通りうまくいって良かった。

 

 あのままだったら同情(興奮)したレッカと、危うくくんずほぐれつな大運動会をするところだったからな、マジでギリギリだった。

 

 夜の海でアレをするなんて、もうどうあがいてもエロゲ的な展開だったよな。レッカも流されそうになって、あと一歩でエロCGを回収しちゃう寸前だった。ほんとにスリリング。

 

 けど悲しいかな、これはエロゲじゃあないんだ。

 成人向けな物語だったらルート確定の青姦だったけど、そうはならないよう最初から調整していた。残念だったな童貞くん。

 

「さ、サイボーグがまだ残ってたんですの!? お二人ともご無事で本当によかった……」

「はは。心配かけてごめんね、ヒカリ」

 

 まあアイツ興奮はしてたけど勃起はしてなかったから、まだちょっと刺激が足りなかった気もするな。

 暫くしたらリベンジ案件かもしれない。

 

「……コク」

 

 小さい声でレッカが耳打ちしてきた。

 急にやられるとゾクッてなるからやめてほしい。

 

「今日のことは二人だけの秘密にしよう」

「うん」

「それと……少しだけ、時間をくれないか」

 

 まぁヒカリがいなくなったら即再開ずっこんばっこんってワケにもいかないよな。

 

「わかった。……待ってる」

「……う、うん」

 

 赤くなって、かわいいやつだな。分かりやすいわ本当に。

 

 

 とにかく、これでメインヒロインムーブは完璧だろう。俺のルートに入ったのは疑いようがないので大丈夫だ。

 ……たぶん。急に氷織とかカゼコが覚醒でもしない限りは。……えっ、大丈夫だよな……?

 

 これで好感度を稼いだ後はどうするかあんまり考えてなかったけど、近いうちに悪の組織との闘いも再開して忙しくなるだろうから、間違ってもこの沖縄で過ごす短い休暇期間の間に、親友と一線を越えてしまうことはあり得ないはずだ。

 

 まだまだ美少女ごっこは続けるけど、親友とのエロいことは回避して。

 

 いろんなとこに気を配りつつ、なるべく健全なまま全クリするぞー!

 

 

 


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