間違いなく、作戦は順調だった。
海上にある悪の組織の本部へ奇襲をかけ、その最深部にある全世界洗脳装置は確かに破壊した。
道中あの警察に潜り込んでいたスパイである警視監の男が立ちはだかったものの、ヒーロー部の力を合わせれば勝てない相手ではなかったため、苦戦しつつも俺達はヤツを退けて前へ進んで。
その結果辿り着いた結末は
結論から先に言おう。
俺と風菜とライ会長を除いた他の全人類は、悪の組織に洗脳されてしまった。
◆
まず、ヒーロー部の活躍で悪の組織の親玉──つまりラスボスは撃破した。
いかにも悪そうな顔をしたオッサンで、めちゃめちゃゴツくてデカい怪人に変貌したものの、皆の力を合わせれば普通に負けない程度の相手であった。
確かに強くはあったものの、よりにもよってアレが組織のボスだったのは意外だった。あっさり決着が付いて思わず拍子抜けしたほどだ。
そんなラスボスが後生大事に庇うような装置とあれば、破壊しない理由など一つもない。
というわけでヤツの背後にあったバカでかい洗脳装置を、俺たちは全員の力を合わせて木っ端微塵に粉砕した──のだが。
そのとき、まだ生き残っていた警視監の男が、こう叫んだのだ。
『ざ、残念だったな! 実は全世界洗脳装置は予備としてもう一つ作ってあったのだ! 密かに魔法学園の地下に設置してあった予備装置はつい先ほど完成し、その効果が発動された! 間もなく世界は組織のモノとなるのだァ! やったー!!』
めちゃめちゃ説明口調で、気が動転してたのか予備装置の隠し場所までご丁寧に教えてくれた警視監の男は、そのまま『ボスの理想は私が継ぐぞ!』と言い残して本部から姿を消した。強さや口ぶりから察するに、ヤツは組織の中でも上から数えた方が早い方の幹部だったのだろう。
つまりラスボスは倒したもののそれで終わりではなく、今度は裏ボスが出現しやがったのだ。RPGあるあるですね。
そしてその裏ボス曰く、この世界はまもなく組織のモノになるとのことで──
「どうして逃げるんだい、コク。さぁ……一緒に組織の仲間になろう」
「ひぇぇっ……!」
こんな感じで、完全に洗脳されたレッカに追い回されてる現在に繋がるわけだ。
現在いる場所は未だに悪の組織の本部の中であり、俺はコクの姿で細長い通路を疾走しながら、完全に闇堕ちしてしまった親友と鬼ごっこをするハメになっている。
ちなみに洗脳されていない他の二人も、俺と同様悪の手に堕ちた仲間に追いかけられているため、この海上に浮かぶ基地から脱出するための手段を見つけて合流しない限り、俺たちに未来はない。
しかし、自分以外にあと二人仲間がいるという事実は、間違いなく今の俺の心の支えになっていた。
風菜とライ会長が洗脳されていない理由については、とても簡単だ。
まず風菜に関しては言わずもがな、あの生まれ持っての最強な催眠耐性体質。
そしてライ会長が闇堕ちパワーを受け付けなかったのは、他ならぬ俺が理由だ。
俺が身に着けているこのペンダントには、どうやら精神干渉に関する魔法の一切を、完全に防御する機能が備わっていたらしい。
父親にも聞いていなかった事なので確証はなかったものの、記憶を掘り返してみれば思い当たる点は確かにあった。
初めてサイボーグに襲撃され、ヒーロー部の全員がヤツの催眠によって、精神世界へダイブさせられてしまったあの夜。
耐性のあった風菜以外にあの場で意識を保っていられた人間は、俺とすぐそばにいた衣月だけだった。
会長も音無も覚醒はしたものの、一旦は眠らされてしまったわけで、風菜を除けば最初からそもそも催眠が効かなかったのは俺と衣月だけだったのだ。
衣月に催眠の影響が出なかったのは、彼女に催眠の耐性があったわけではなく、きっと俺のすぐ傍に隠れていたからだ。今回、衣月が他のみんなと同様に洗脳されてしまった状況からも、その事実はハッキリしている。
逆に前回の彼女と同じように、俺のすぐ隣にいたことで、なんとか洗脳から免れた人物もいた。
それがライ会長だ。
どうやらペンダントには俺だけでなく、身に着けている人物のすぐ近くにいる存在も、精神汚染から守る効果が隠されていたらしい。
「逃げないでくれコク! きっと君にもすぐに組織の素晴らしさが理解できるはずだ! ハハハッ!」
で、れっちゃんは俺とは離れた位置にいたせいで、この有様というわけだ。守ってやれなくてすまんな、親友。
「観念しろっ!」
「わぎゃっ……!」
火炎球が足元に飛んできて転倒。痛い。
尻餅をついた俺の前に立ったレッカは、何かを思いついたように自分の両手をポンと叩いた。
「あっ、そうだ。コクのついでにポッキーも勧誘しよう。ねぇコク、きみに僕の身体を貸すからアイツを説得してくれよ」
「えぇ……」
「ありがとう!」
いや了承の返事ではないんだが。
「それじゃあペンダントを預かるね……」
「ちょ、やめっ!」
「ほいっと」
「あぁん」
抵抗むなしくレッカにペンダントを強奪された俺は、強制的に変身解除させられ男の姿に。
そんな俺を見下ろしながら、レッカは遂にペンダントを自分の首にかけてしまった。
「やぁポッキー。これからは僕が依り代になる事で、いつでもコクと会話できるようになるよ。よかったね」
「ぁ、あの、れっちゃん。頼むから、そのペンダント返して……?」
「ダメ」
「うぅ……」
相も変わらず洗脳された状態のレッカを見るに、ペンダントの効力はあくまで精神攻撃を防ぐのみで、洗脳された人間を元に戻すような機能は備わっていないらしい。
「さぁ、僕の体を使ってくれ──コクっ!」
レッカは高らかに叫び、ペンダントの中のボタンを押し込んだ。
ぴかー。
しゅう~っ。
ドン。
変身が完了し、親友は普通の男の子から、黒髪ちっぱい低身長ロリへと姿を変えてしまったのだった。
やはりというべきか、たとえ元の変身者が誰であっても、ペンダントを使用した際に変身する姿はまったく同じらしい。
「……あ、あれ?」
洗脳されているにもかかわらず、未だに自分の意識がある事に違和感を覚えるレッカ。
それもそのはずだ。なぜならあのペンダントには『コク』などという名前の少女の人格なんて、初めから搭載されていないのだから。
「姿は変わった──な、なのにどうしてコクと意識が切り替わらない?」
「……えっと」
「あ、アポロ! これはどういうことだ! 人格の交代どころか、ペンダントからは生命力の反応すら感じないぞ! コクはどこだッ!?」
迫真の形相で俺に迫りくるレッカことコク。
これはマズい。
状況がヤバい。
まるで言い訳が思いつかない。
ついに来たのか詰みのターン。
暴かれちまうぜオレの秘密が。
……気が動転して、思わず下手くそなラップまで出てきちゃった。まったく韻を踏めてないし。
本当にどうしよう。よぅよぅ。
「──ええい、ここは一時撤退だ! さらば親友っ!」
「まっ、待てアポロぉ!」
俺はすぐさま立ち上がり、レッカに背を向けて駆け出した。それはもう人生最大と言えるほどの全力疾走で。
はたから見れば黒髪のロリっ娘から本気で逃げてる男子高校生の図になるため、俯瞰して自分の状況を考えると非常に情けない事この上ない。
しかし、どのみち今の普通じゃないレッカを、この場でまともに相手する必要はないのだ。
ペンダントを取り戻したいのは山々だが、そもそも戦闘じゃ勝ち目は無いし、状況を鑑みるにここは逃走して態勢を立て直すべきだろう。うおぉ逃げるぞー。
◆
──どうして、こんな事に。
『悪の組織に入りましょう、部長!』
いや、分かってはいた。
強大な敵を相手取るという事は、その分失敗したときに返ってくる危険の度合いも大きいということだ。
『どうして逃げるんですか? みんな仲間ですよ』
それを承知の上で戦っていたはずだった。みんなも、私も。
しかしやはり、こういった土壇場で動揺しているあたり、自分は精神の弱い人間なのだと思い知らされてしまう。
『部長、一緒に来てください』
『逆らうのなら実力行使も厭いませんよ?』
『組織に入れば怖いものなんてもうありません! さあ! さあ!』
洗脳されていると頭では理解しているのに、部員である彼女らに攻撃された事実が、ひどくショックだった。
数分前までは共に戦っていた仲間たちが──それどころか全世界の人間から敵として認識されてしまった現状に、私は絶望した。
怖気づき、足が竦んだ。
「……ぅっ、うぅ……っ」
組織の本部、そのどこかにある無人の部屋で、私は瞼に涙を滲ませて俯いていた。
目の前で起きている現実から目を逸らすように床に蹲り、しゃくり上げて泣き散らしている。
「ぶ、部長? ……えと、あのっ、大丈夫ですよきっと。アタシたちだけじゃなくて、まだコクさんやキィ君もいますから」
「……ふう、な」
私の傍に寄り添ってくれているのは、特殊体質ゆえに洗脳を免れたフウナだ。
以前までは姉がいないとまともに活動できなかった彼女だったが、今ではこの通り、こんな切迫した状況でも折れずに前を向けるほど成長している。
「ごめっ……フウナ……っ」
すまない、と謝るつもりだった。
しかしいつも使っているような、あの厳格さを出すための硬い口調では喋れないほど、私の心には余裕が無かった。
今の自分は誰がどう見ても、ヒーロー部の部長や学園の立派な生徒会長でも何でもなく、打たれ弱いただの未熟な女子高生だ。
「あわわ。……ぁ、安心してください! この建物から逃げられるまで、部長のことはしっかりアタシがお守りしますから!」
ぎゅう、と私を抱擁するフウナ。彼女なりの気遣いなのだろう。
だがそんな彼女の優しさが、余計に私を惨めな気持ちにさせる。
頼ってしまっているという罪悪感が、どうしようもなく胸を締め付けた。
ヒーロー部に所属する面々は、誰もかれもが
レッカは勇者の血統を受け継いでおり、ヒカリは国を支える財閥の令嬢で、どちらも自分の宿命を理解し、誇り高き精神で自らを突き動かしている。
コオリやオトナシは、常人では心が壊れてしまうほどの凄惨な過去を逆に糧として、それを誰にも譲らない強さへと昇華させた。
ウィンド姉妹は言わずもがな、決して恵まれていたとは思えない境遇で育ち悪の組織に利用されてもなお、互いを思いやり支え合う深い愛情と絆がある。
三者三様、十人十色の過去と立場だ。
だが彼ら彼女らには『強い』という共通点があった。
普通とは違う境遇にいたからこそ、そこで培ってきた強靭な精神力が彼らの強さを引き立たせているのだ。
……なら、私は?
こんなに部員の過去を
「っ! やばい見つかった! 部長、手をっ!」
フウナに手を引かれ、部屋を出て廊下を駆ける。
ふと、走りながら振り返ってみる。
後ろから私たちを追いかけてきているのは、見慣れた部員たちだった。
──あの子たちに比べて、私はあまりにも平凡過ぎた。
中学生の頃、ヒーロー部に所属していた先輩に助けられて、正義の味方に憧れた。
だからヒーロー部に入った。
ただ、それだけ。
「あっ、キィ君! ってうえぇぇ!? コクさんに追いかけられてる!?」
「風菜! レッカにペンダント奪われちゃった!」
「ハァ!? 何やってんですかもう!」
特別な境遇など無い。
優しい両親に育てられ、周囲に混ざって普通に成長し、進学した。
恵まれた環境にいたおかげで、豊富な知識を得ることができたから、ただそれを参考に見栄を張って強がっていただけなんだ。
「ぁ、あれ? ちょっと風菜、ライ会長どうしちゃったんだ?」
「今はそっとしてあげてください! ていうかアタシが囮になるんで、キィ君は部長を連れて先に脱出手段を見つけて! 多分どこかに小型のボートとかありますから!」
「おっ、おう! 了解!」
中身は幼い子供のまま。
ヒーロー部の中で一番精神力が貧弱なのは、間違いなく自分だ。
……
…………
「待ってくれ、アポロ君」
海上にあるこの本部から脱出するための、小型ボートと出口は見つけた。
そこで私は、一人にするのは危険という事で私の手を引こうとした彼に声を掛け、足を止めた。
「か、会長?」
「フウナに知らせに行くんだろう。私のことはここに置いて行ってくれていい」
「なっ、何言ってんですか、会長を一人に出来るワケないでしょ。一緒に──」
「離してくれッ!」
アポロの手を振りほどき、私は数歩後ずさった。
もう自分が足手まといになっている事など、とっくに理解しているのだ。
これ以上後輩たちに迷惑はかけられない。
「……私を連れて歩くより、フウナと二人で行動した方がいい。使い物にならなくなった私を同行させる意味など、ないよ」
「会長……」
だって無理じゃないか。
世界中の人たちが敵に回ったんだぞ。
ヒーロー部の皆にだって裏切られたいま、たった三人で勝てるわけがない。
平凡過ぎる私の心はもう折れている。
これまでやってこられたのは、常に仲間の部員たちがいたからだ。
敵だってこんなに大きくはなかった。間違っても世界そのものと戦うことなんて無かった。
こんな状況、諦めたくなるのが普通だろう。
「……や、ダメです」
挫折したくなるような状況なのだ。
それなのにどうして、きみはそんなにも強い意志を持てるんだ。
「会長の──ライ先輩の気持ちは分かりますよ。今はこんなですけど、俺も最近まではただの一般市民でしたからね。戦いたくない気持ちは誰よりも理解できます」
「それなら……」
「だから先輩は戦わなくていい」
「……えっ?」
予想していた言葉と違った。
私はてっきり、諦めるなだとか、一緒に戦おうだとか、こちらを奮い立たせるような説得の言葉を向けられると思っていた。
しかし、後輩は不敵に笑いながら、私に『戦わなくてもいい』と言い切ってしまった。
「そんな状態で戦ったら、いよいよ先輩の心が壊れちゃいます。だから戦う必要はありません」
「……じゃ、じゃあどうして……私の手を、握っているんだ」
いつの間にか、振りほどいた手が再び繋がれている。
彼の男らしいゴツゴツとしたその手に握られ、私はそれを離せないでいた。
「先輩を見捨てるかどうかは別の話ってことです。心配しないでも、この世界はきっちり俺と風菜が救いますから安心してください。なにせ学園の地下にある洗脳装置をぶっ壊すだけなんですから、全然余裕っすよ」
「なに、言って……わっ、ちょっと!」
アポロは私を連れて施設内へと戻っていく。
まるで泣きじゃくる子供をあやす大人のような余裕を見せながら、戸惑いを隠せない私を連れていく彼の背中は、不思議と大きく見えた。
……私の方が身長高いのに。
「むしろ先輩は今まで頑張りすぎてたくらいなんですから。こっからは俺たち部員が活躍する番です」
「ま、まってアポロ君っ……!」
「待ちません! いやほんとマジで大丈夫ですから、任せといてください!」
私の方が先輩なのに。
そんなにグイグイ引っ張って、これではどっちが部長なのか分かったもんじゃない。
──あぁ、もう。
何やってんだ私は。
気を遣わせるばかりか、後輩にここまで空元気をさせて。
それでも生徒会長か? ヒーロー部の部長だって胸を張って言えるのか、お前は。
知っているよ、アポロ。同じ部活のメンバーとして活動した期間はたった二ヵ月だったが、以前からレッカとつるんでいたきみの特徴はよく把握している。
今のコレは空元気どころの騒ぎじゃないくらい、本心からなる行動ではないね。
きみはレッカのような直感的で底抜けに明るいタイプの人間ではない。
目の前で起きている事象を、まるで物語を観察するかのように俯瞰して、散々思い悩んでから答えを出す人間だ。レッカが入部してからも、一年以上ヒーロー部に入る気配を見せずに、戦いの現場を覗きに来ていたのが、その確たる証拠だ。
……つまりアポロは、とても無理をして明るく振る舞っている、ということ。
レッカが敵になったことで、彼は必死にその穴を埋めようと努力しているんだ。
そんな健気な後輩を前にして、私はどうだ。
平凡な生い立ちだから精神も弱い?
世界中の人々が襲ってくるのだから勝ち目などない?
何を言っているんだ。
先ほどアポロが言った通り、魔法学園の地下に存在するとされている最後の洗脳装置を破壊すれば、確かに勝機はあるんだ。
勝ち目の無い無謀な戦いなんかじゃない。
諦めるにはまだ早い。
いい加減にしろ、絶望している暇なんてないぞバカ。
生徒会長として、部長として、みんなを纏め上げるリーダーとしての務めを果たせ。
それが平凡なりにここまでやってきた私に出来る、最大限のヒーロー活動なのだ。
◆
「レッカぁッ!! 目を覚ますんだあぁぁぁッ!!」
「あばばばばば」
小型のボートを発見してから、数十分後。
風菜と合流した俺たちは、洗脳されたヒーロー部に道を阻まれたのだが、なんか急に勇ましい覚醒を遂げたライ先輩が無双しているのが、現在の状況だ。
どうやらすっかり先輩は
ちなみにレッカは未だにコクの姿なのだが、会長はあいつの言動からコクではなくレッカ本人だと認識してボコボコにしている。
もしかしたら、既に会長にはペンダントの秘密がバレてしまっているのかもしれない。
「せぃやッ!」
会長がレッカからペンダントを奪い取った。
その瞬間、彼の姿が黒髪のロリから少年へと戻った。小さな女の子をボコる絵面は終わったようだ。
「ぐっ……ライ部長! どうして組織に逆らうのですかっ!」
「君たちを洗脳の呪縛から解放するためだ! アポロ君、受け取れっ!」
「あ、はっ、はい!」
投げ渡されたペンダントを何とかキャッチ。
「……うわぁ、会長の電気とレッカの炎で壊れてそうだな……」
手に持ったペンダントがバチバチと怪しい音を立てている。精神攻撃の魔法は防げても、物理的な魔法には一切耐性が無いのだから、あれだけ乱雑に奪い合えば故障するのも無理はないが。
「変身できるかな? ──おっ、いけた」
一応変身は出来た。
しかしこの場はアポロの姿の方が都合がいい。機能は確認できたし一旦戻ろう。
「……あれ、戻れない」
ポチポチ。
「なんで……」
何度ペンダントを押しても元の姿に戻れない。
どうして変身は出来たのに解除はできないんだ。ヤバいぞこれ。
「ハァァアアッ!!」
「のわあああ!! ──はぅっ……」
ライ会長の迫真の電撃によって気絶したのか、レッカは地面に伏してしまった。
さっきから戦闘のテンポが早すぎない……?
すると彼を担いだ会長が、そのままレッカを小型のボートにぶん投げた。めっちゃ手荒だ。
「コク! おそらくレッカの洗脳は解けた! 彼を連れて行きたまえ!」
そう言い放った会長は俺に背を向けたまま、ヒカリや氷織といった残りのヒーロー部の相手をし始めた。
あの電撃魔法で本当に洗脳が解けたのかは怪しい所だが、いまの会長には謎の説得力があった。たぶんあの人が解けたって言うなら解けてるんだろう。
それより、小型のボートで逃げる準備はできた。
運転席には風菜がいるため、あとはライ会長が搭乗すれば逃げられる。
「会長も早く──」
「私のことはいい! 今はヒーロー部だけだが、もうすぐ敵の増援も来る! 敵は私が食い止めるから、かまわず行けッ!!」
「か、会長……」
あまりにも漢気に溢れすぎている。惚れそう。
「部長の頑張りを無駄にはできません! 行きますよコクさん!」
「う、うん」
会長の影響なのか、以前より逞しくなった風菜に後押しされて、施設内から俺たちはボートで脱出した。
ライ会長、ご武運を。
で、すぐさま海の上に出たものの、ここでまたひとつ問題が。
「待ちなさいフウナあぁぁアァァッ!!!!」
「お姉ちゃん!?」
会長の隙をついたのか、洗脳された状態のカゼコが空を飛んでこちらへ向かってきていた。めちゃくちゃ早い。
「……コクさん! 運転代わって!」
言われるがままボートの操縦を代わる。
すると風菜が俺をそっと後ろから抱きしめてきた。
「大丈夫です、必ずまた会えます……」
「ふ、風菜……」
「そこまでよフウナぁぁぁァァ!!」
「お姉ちゃんは行かせないっ!!」
……と、こんな感じで非常に早すぎるテンポで事が進んでいき、洗脳から逃れたはずの仲間は二人とも俺を逃すための礎となって。
「むにゃむにゃ……ポッキーぃ……」
「……マジかよぉ」
悪の組織を打倒するため、世界を救うために最後に残された世界の希望は、気絶したままのレッカくんと、一時的に男に戻れなくなった哀れなTSっ娘である俺だけなのであった。