【挿絵表示】
後ろのでっかい手裏剣ロゴマークに目を奪われがちになりますがよく見ると太ももの肉付きが良くなっておりますねムチムチわっしょい
「ハッ、まずい。コクと私が一緒になったら、キャラと喋り方が被っちゃう」
「そんなにマズい事かな」
「だいじょうぶ安心してアポロ。そっちはいつも通りのコクで良いよ。私が語尾でキャラ付けするから」
「あ、はい……」
◆
「遅いな、ポッキー……」
彼が購買へと出かけてから、もう余裕で一時間以上が経過している。
まさかそれだけの長時間お土産を悩むなんて事はないだろうし、もしかしたらトラブルがあったのかもしれない。
そろそろ消灯時間も迫っている事もあって、焦りから脂汗が額に滲む。
「あれ。おいファイア、もう少しで先生の見回り来ちゃうぞ?」
「ごめん、すぐキィのヤツとっ捕まえて戻ってくるから。先生が来たらトイレ行ってるとかで誤魔化しといて」
「うぃー」
クラスメイトに諸々を任せつつ、僕は浴衣の紐を改めて強く締め直し、小走りで部屋を出て行った。
……アポロは大丈夫だろうか。
旅館内では教員が複数名定期的に巡回しているため、彼らに見つかればアポロも自室へ戻れと指示されるはずだ。
それなのに一時間以上も戻ってこないという事は、彼の意思で戻ろうとしていないか、もしくは物理的に戻れない状況にあるか、の二択に絞られることになる。
前者なら消灯時間に負けて帰ってくる可能性もあるが、もし後者だった場合は今すぐ手助けに向かわなければいけない。
何かがあってからでは遅いのだ。
どこだ、無事なのかアポロ──
「レッカ、レッカ」
嫌な予感が脳裏をよぎったその瞬間、横にある職員用の狭い通路の方から、僕の名前を誰かに呼ばれた。
何事かと思ってそちらを振り向くと。
「……コク。……はぁぁ、よかった」
「いいから早くこっち来て」
そこには周囲をキョロキョロと見まわしながら僕を手招きする、見慣れた黒髪の少女の姿があった。
本当に良かった、一安心だ。
アポロと肉体を共有しているコクがここにいるという事は、つまり彼もいま目の前にいるということ。
想像していたような酷い展開には巻き込まれていなかったようだ。
コクは浴衣ではなくいつもの制服のような恰好になっているため、おそらくは彼女がコンビニに行くとでも言いだして、それに付き合わされていただけだったのだろう。
手招きされるまま、薄暗い通路へと入っていく。
──するとコクの後ろに誰かの気配を感じた。
「コク? 後ろに誰かいるのかい?」
「あ、うん。ごめん少しアポロの両親と電話してくるから、この子と一緒にここにいて」
「えっ。ちょ、ちょっと」
「消灯時間になっても戻らないでね。それじゃ」
あれこれ一方的に言い残して、コクはスマホを耳に当てながら通路の奥へと姿を消していった。
そして、この場に残されたのは全くもって状況が飲み込めない僕と、コクによく似た別の誰かだけ。
困ってしまった。
「あの、名前を聞いても?」
僕がそう声を掛けると、薄暗くて顔が良く見えなかった彼女は一歩近づいて、僕を見上げながら口を開いた。
「どうも初めまして! マユぽよっ☆」
……どうしよう、これ。
◆
マユ、という少女の事は一応事前にアポロから聞いていた。
コクとそっくりではあるがあくまで別人であり、もし接触する機会があったらその時は優しくしてやってほしい、と。
まさかその彼女と、こんな修学旅行の真っただ中で出会う事になるとは思いもしなかったが。
「えっと……つまり今夜中に群青くんを保護して、アポロの両親のもとへ送り届ける……って事でいいのかな」
「そうだってばよ」
「外で学園の生徒が活動しているとバレたら大変だから、アポロはコクと交代して、僕はこのサングラスとカツラで変装……」
「その通りでござる。理解が早くて助かるぺポ~♡」
語尾変わってない……?
とりあえずコクが帰ってくるまでは動けないので、僕たちは誰にも見つからないよう通路の陰に二人で座り込むことになった。
この茶髪の少女が何を考えているのかは分からないが、コクが戻ってきてくれれば場の雰囲気も良くなることだろう。
今は取り留めのない話題で時間を稼げばそれでいいはずだ。
「こっちにはいつ来たの?」
「半日前くらいザウルス」
「……ご、ご飯はもう食べた?」
「何も食べてないからずっとお腹ペコペコだなも」
「そ、そっか」
「……」
「…………うぅ」
この常に語尾と口調が変化し続ける不思議少女と、これ以上うまく会話を続ける自信が僕には無い。
もう早速黙っちゃったもんね。
かなり厳しいものがある。
こうして話す前はコクと同じような、見た目通りの抑揚の無い声音で喋る人物だと思っていたのだが、認識が甘かった。世界は広いなぁ……。
というか僕を若干突き放すような雰囲気が感じ取れてしまうため、こちらとしてもどこまで踏み込んでいいのか分からにというのが現状だ。この子僕のこと嫌いなのかな。
「──私のこと、気に入らない?」
「えっ!?」
まるで心の内を見透かされたかのような台詞を浴びせられ、思わず肩が跳ねてしまった。
しかしマユは相変わらずこちらを見ることはなく、コクとよく似たジト目の無表情で間を見つめたまま言葉を繋げていく。
「レッカから見て、私はどんな風に映っているナリ?」
「それは……」
急に話しかけられたことで動揺してしまったが、せっかく彼女から会話を持ちかけてくれたのだ。
内容はどうあれ続けるべきだろう。ここはもう正直に言ってしまえ。
「……アポロが目を覚ましてくれたと思ったら、そこにはキミがいたんだ。妹とか言われたけどよく分かんないし、きみは立場が不透明過ぎる。ハッキリ言わせてもらうと……その、あまり信用はできない」
どこから来たのか、いつからアポロと面識があったのか、その何もかもが判明していない。
もし何か弱みを握って親友に取り入っているのだとしたら危険だ。
群青や兄の支援も重要だが、それよりもまず早急に彼女の正体を知らなければならないのだ。
「教えてくれないか。……きみは何者なんだ?」
アポロに『優しくしてやってくれ』と言われていた事を思い出した頃には既に遅かった。
僕は遠慮も無しに正面から彼女に自分の正体を問うてしまった。
それほどまでに焦っていたともとれるが、僕の行動は聊か早計なものだったかもしれない。
「あ、えと……」
「レッカ」
慌てて弁明をしよう──と考えた辺りでようやく
その瞳の色はあの黒髪の少女と全く同じで、こうして改めて正面から彼女を捉えると、不自然なほどにコク本人にしか見えなかった。
瓜二つだとかそういう次元の話ではない。
意識して変えたであろう髪色や髪形、それから……なぜか妙に大きい胸以外は、まるでコクをそのまま写し取ったかのように彼女のそのものだ。
「コクに見えるピョン?」
息が当たってしまいそうな程の至近距離まで顔を近づけて、マユは僕の目を真っすぐ見つめる。
「あの子と違う存在なのかどうかも、私には分からないぽよ。逆に聞きたいのだけれど、私はどうやって自分を証明すればいいッピ?」
その無表情で物を語る様は、もはやコク以外の何物でもなくて。
「私は致命傷を負ったってすぐに治るし、本来誰も知るはずの無い、アポロだけしか知らないような過去の記憶だって持ってるンゴねぇ。自分がどう生まれたのかも説明できないし誰も知らないし、誰も教えてくれないゾ」
しかしアポロと理解し合い自分の存在がどういうものなのかを理解していて、尚且つ最後まで覚悟が決まっていた彼女とは、まるで正反対の位置にマユはいる。
その事実こそが彼女はコクではなく全くの別人であるという事を、ようやっと僕に理解させてくれた。
……ていうか、変な喋り方のせいで内容がほとんど頭に入ってこないんだけども。
きっっつい。
これはかなりメンタルが試される相手だ。
正直既にかなり疲れてるけど、なんとかもう少し頑張らなきゃ。
マユの迷える姿はかつてのヒーロー部の少女たちを彷彿とさせる。
自分に対して自信が持てていないのだ。
あとすぐにシリアスな雰囲気を醸し出してしまう。
僕にも似たような時期があったな。
──よし、久しぶりにやってみるか。
あの親友に何度も
「……僕も、きみと同じだったよ」
「えっ」
彼女は致命傷がすぐに治ると言った。
一言で表すならば超常の力だ。
それはヒーロー部の一員として戦っていた僕にも確実に存在していたモノだ。
「勇者の力っていうのは、便利な超パワーとかじゃないんだよ。行使する度に頭の中がかつての『勇者』に侵食されていく。遥か昔の時代に勇者として世界を守っていた少年の記憶が、感情が、とめどなく脳内であふれ出てくるんだ」
精神世界でその勇者──ご先祖様と和解してからはデメリットが薄くなって、上手くコントロールもできるようになったけど、いまは黙っておこう。
ここで大切なのはマユとの気持ちの共有だ。
「昔は勇者の血を引く家系の中でも特に落ちこぼれだったから、四六時中バカにされてたっけかな。その時は死んでしまおうかな、なんて考えたこともあったよ。
僕だって、勇者の家系になんて望んで生まれたかったわけじゃないのに」
話の入りはあえてネガティブにいく。
立ち直っていった話はもう少し後だ。
「学園に来た後もこの力に悩まされた。覚醒した勇者の力はあまりにも強すぎるから、自分の意思にかかわらず誰かを傷つけてしまうと、そう恐れてからは唯一の親友とも距離を置くようになったんだ」
マユは少し鼻息を荒くしながらも聞き入っている。
彼女にとってはかなり興味深い話題だったようだ。
どうやらテーマの選択はこれで正解だったらしい。一安心である。
「力を使わなければ誰も守れない。でも力を使えば自分が自分でなくなっていく」
もちろんこれを本気で悩んでいた時期は存在した。
自らポッキーを避けているうちに戦う意味を見失いそうになった時もあった。
まぁ、それらはもう過去の話だ。
普通は聞かせるだけでも気後れしそうな話だが、今の彼女にはこれくらいがちょうどいい刺激になると思う。
「なぜ戦うのか、自分は何者なのか……どうして、この力を持って生まれたのか。誰かにその答えを教えてほしかった」
「……!」
「でもさ、最後はやっぱり自分で決めるしかないんだよ。幸い僕たちにはその選択までの時間を支えてくれるような、頼れる仲間がたくさんいる」
立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。
きっとそろそろコクが戻ってくる頃だ。
至近距離で顔を近づけたまま喋っていたら良からぬ誤解を生みそうだし、ここらで適切な距離に戻っておかなければ。
「僕も手伝うよ。きみが自分で自分を見つけるその時が楽しみだ」
「……なんか手慣れてる感あるね、レッカ」
ブツブツと文句を言いながらも、僕の手を取って彼女は立ち上がってくれた。
喋り方も普通だ。
これはかなりの進歩なのではなかろうか。
「闇を抱えてる女の子の攻略はお手の物って感じなのだ」
「いや、そんなカウンセラーなのか節操なしなのかよく分かんない人間ではないんだけど」
「きゃー! 攻略される~! コクちゃん助けて!」
戻ってきたコクに抱き着くマユの目に、僕はどう映ったのだろうか。
やっぱりこの子は少し苦手だ。
でもちょっとだけ笑っているし、少しは心を開いてくれたのかな。
変な語尾に戻っちゃってるけど。
「なになに。レッカ、マユに何したの」
「えっ、ちょっと話しただけだよ。別に何もしてないって」
「おてて触られたっぽい! あいつロリコンでち!」
「やば。レッカ……」
「そんな目で見ないで! 立つときに手を貸しただけだってば!」
あまりにも酷すぎる言いがかりだ。泣きたくなってきた。
どうやら僕とマユが打ち解けるにはまだまだ時間を要するらしい。
最初の頃のコクといい、どうして正体不明の謎の少女たちはこんなにも距離感が独特なんだろうか。
「もう一回遊べるドン」
「いやもう安易にきみの手なんか握らないからな、マユ」
どう考えても罠としか思えない雰囲気で手を差し伸べられたので、それを無視して通路を歩き始めた。
結局どのみちこの旅館を出ない事には何も始まらないんだ。
兄さんも待っている事だし、彼女に振り回されていないで早く行動を起こさなければ。
「ほら、そういうのいいからもう行くよ、二人とも」
「分かった」
「ンゴw」