「れ、レッカ、すまない……」
「兄さんしっかり! 兄さぁぁぁんっ!!」
旅館を飛び出して数十分後、市街地の路地裏にて。
壁にもたれ掛かって動けなくなっているレッカのお兄さんことグレンを見つけた。
明らかにちょっとした擦り傷しかなく、なにやら足を挫いただけで動けなくなっているエリート(笑)さんの事は過保護な弟くんに任せ、俺とマユは一人で先にいった群青を追いかけることに。
「待ってくれ、二人とも!」
しかし、その場を離れる前にグレンが俺たち二人に声を掛けてきた。何だろうか。
「こ、コクくん。キミをビームで打ち抜いたあの時、群青はきっと魔王の力の影響で情緒が不安定になっていたんだ。全てを忘れて許して欲しいなどとは言えないが……頼む、僅かでもいいから一考してくれないだろうか。あの少年も本当は優しい子のハズなんだ……」
とのことで。
グレンが群青と一緒に居た期間はほんの数日のはずだが、どうやら彼にも思うところがあったようだ。
あの『純白を返せぇぇ』と荒ぶっておられた群青少年だけど、本当は優しい子だと思うから派手な制裁は勘弁してほしい──という事らしい。
うん。
まぁレッカのお兄さんが言いたいことは分からんでもない。
群青は衣月と同じ十一歳の小学五年生で、しかも数年間悪の組織に拉致られてたから、一般常識などにも疎い……って言われたらそれは確かにそうだ。
そこに魔王の力とかいうワケ分からん謎パワーまで足されたのなら、色々とおかしな方向に気持ちが向いてしまっても無理ない。
理屈としては確かに筋が通っている。
あんな幼い子供が過剰な暴力を振るうことが出来るまっとうな理由を考えたら、これが一番しっくりくると俺も思う。
いや……まぁ、でもね。
衣月を取り戻そうとしてレッカと戦っていた時の彼の表情は真に迫っていたし、群青くんの事情を考えたらアレだけ必死になるのも頷けるんだよな。
俺からすればむしろ、特別な事情など無くとも『純白を取り戻したかった』って気持ちだけで戦っていた、と言われた方が違和感が無い。
”相手や周囲の気持ちを無視しでもやり通したい事がある”という気持ちは誰よりも理解できてるつもりだ。
純白の意思どうこうではなく自分が純白と居たいから行動を起こした、ってんならほとんど俺と一緒じゃないか。
レッカの気持ちを後回しにして美少女ごっこに耽っていた俺の精神構造と全く同じだ。
マジでめっちゃ本気で衣月を奪いたかった、なんて群青が言ってきたら俺はあの子のこと許しちゃうかもしれんわね。
ハイパー身勝手星人として共感せざるを得ない。
結果だけで言えば俺は助かったんだし、ほんの僅かでも反省しているんだったら過度なお咎めは無しってことにしよう──と、そう思いながら俺は何かちょっと暑苦しいファイア兄弟を置き去りにし、群青君を探しに行くのであった。
◆
「純白が欲しかったんです。オレの理解者は彼女しかいないと思ったから……」
う~~~ん群青くん大変正直でよろしい! ポッキーポイント五点です!
勇者兄弟から離れて数分後、群青はあっさりと公園で見つけた。
何やら怪しげなロリっ娘が彼を襲っていて、それを止めに入った感じだ。
追い払ったロリっ娘は確か──
『ま、またしてもボスの理想を邪魔しやがって……お前ホント許さんぞ、アポロ・キィ! もう組織の残党も私だけだし……ぐぅ、警視監の立場がまだあればどうにかなったのに……っ! しかし群青の魔王の力は半分貰ったからな! バーカバーカ!』
こんな事言いながらロリっ娘は涙目で逃げてった。
口ぶりからして女の子の中身は、あのラスボスだった警視監の男なんだろう。
怪我をした膝の部分が明らかに機械むき出しのロボットだったし、悪の組織がサイボーグというロボット兵士を使っていた事を考えると、恐らく警視監の男は自分の意識のバックアップをどこかに保存していて、それを余ってたサイボーグにブチ込んで復活を果たした──の、かな?
よく分かんねぇ。
とにかく言えることは『女の子に変身=ヒロイン化する』という事だけだ。
アイツきっといつの間にかレッカのヒロインにされるんだろうな。
ヒーローと悪の親玉っていうライバル的な関係性でキャラ立ちとしては申し分ないし、物語終盤で雑にハーレム入りする典型的な例だ。
何で体をロリ型のロボットにしたんだろう。アレしか無かったのかな。
どうせ悲しい過去語りした後のレッカによる撫でポで即堕ち間違いなしなのは確かだ。
かなり悪いことをしたヤツだし簡単には許してもらえないだろうが、おそらく投獄とか特別な処理を受けつつ、劇場版とか番外編とかで活躍の機会を与えてもらうタイプのキャラになると思われる。
結論、ロリっ娘化した警視監ちゃんは、多分レッカがメス堕ちさせて何とかするので無視でいい。Q.E.D。
はい終わり終わり。
俺の目的はポンコツラスボスじゃなくて名前も知らないショタの方だ。
「……オレを断罪してください」
まぁこんな感じのシリアスオーラで始まる事は分かっていた。
最初期の衣月と同じで出生から育ちまで何から何までシリアスの塊だからな。別段違和感はない。
そしてこういうのは真に受けちゃダメだ。
いちいちシリアス風味のオーラに構ってたら時間が足りない。
「オレが魔王の力を振るったのは……自分自身の意思です。力に吞まれるような感覚はあったけど、確実に自我は存在していた」
公園のベンチに座り込む群青くん。
そんな彼を俺とマユで両サイドから座って挟み込んでみた。
ふふふ、近い。
「っ……? え、えと……その、許されるとは思っていません。オレは貴方の命を奪うところだった。……たとえ殺されても文句は言えない」
「ふむふむ」
「見てコク、この子まつ毛が長いよ」
「将来はイケメンだな」
「……ぁ、あの……?」
群青と名付けられるだけのことはあって、彼の前髪は奇麗な海色のメッシュになっている。黒髪の中心にあるからなお目立つな。
顔立ちも年相応に幼くはあるがクッキリしているし、成長したら顔面暴力みたいなイケメンになる事だろう。
衣月といい彼といい、悪の組織というのは美少年や美少女をモルモットにするのが決まりだったりするのだろうか。どんだけ顔面偏差値を上げたいんだ。
「オレをどうするんですか。もう純白には手を出しませんし、どんな罰でも……受けるつもりです」
俺と同じく人としての罪悪感はそれなりに持っていたらしい。
それだけあれば十分だ。残りの部分の矯正はヒーロー部とかいう聖人集団に任せてしまえばいい。
俺の任務は彼を許すこと。
彼に自分がまだ子供なんだと自覚させること。
そして彼の本当の
色々あって俺を殺しかけたことに関しては、結果的にマユを生み出す要因を作ってくれたわけだし、ここは不問に処す事としようじゃないか。
「はい、よしよし」
「ふぇっ……ちょ、ちょっと?」
「ほら、マユも」
「ハーイよしよしヨーシヨシ」
「あ、あのぅ……!」
まずは衣月の時と同じく、しっかりと年上ムーブをかまして相手の心を絆していく。
今はマユもいるのでせっかくだからお姉さんハーレムでもお見舞いしてやろう。
小さい子供には温かい愛情──これが基本だ。
組織によって親の愛を受ける機会を奪われたとあらば、なおさらそれが大切になる。
衣月に対して兄のように振る舞ったように、今度はお姉ちゃんとしてこのショタっ子を導いてやるぜ。
ふふ、おねーちゃんに任せちゃってください!
「まずは名前を教えてくれるかな?」
「……群青、です」
そっちじゃなくて、本当の名前の方ね。
「きみ、純白の本当の名前、知ってる?」
「い、いえ……」
「あの子は衣月って言うの。藤宮衣月、ね」
「藤宮……いつき……」
「それと同じようにきみにも名前があるでしょ? ……お姉さんに、それを教えてほしいな」
「ぁっ、えと……」
そっと手を握り、め~ちゃくちゃ頑張って温和で優しめな声音で語り掛けていく。
すると少年は顔を赤くして俯いてしまった。初心だね。
アイコンタクトを取り、マユにも彼の手を握って肩を寄せさせてみようか。
「拙者も知りたいでござる。コポォ」
その変な語尾まだ継続中なの……?
まあいい、ともかく両耳攻めASMR音声みたいな感じで、彼の凝り固まった心をやんわりほぐして、わる~い気持ちを吐き出させてあげなければ。
「オレは……たい、ょぅ」
「「もう一回♡」」
「~っ!? たっ、太陽です! 藤宮太陽!」
なんと。
マユと同時に囁いてみたら予想外の返答が飛んできた。
藤宮は衣月と同じ苗字で、太陽って漢字は俺のアポロと全く一緒だ。
名前はともかく苗字に関してはただの偶然とは思えないし、なにかワケありなのは確定だな。
まぁ今は深く詮索する必要もあるまい。
とにかく現状は優しく穏やかにお姉ちゃんムーブを、だ。
「私はコク。特別にお姉ちゃんって呼んでもいいよ、太陽くん」
本当は男だけどそこら辺の説明は面倒なので割愛。
「ワテクシはマユ。こっちも特別にお姉ちゃん呼びを許すわよぜ」
お前は語尾がバグりすぎ。
「そ、そんな、おねっ……なんて……」
「いきなりは難しかったよね。夜も更けてそろそろ寒くなってくるし、とりあえずどこか休める所へ行こっか」
「わわっ。ちょ、まって……!」
完全に誘い文句が人攫いのそれだったが勢いで誤魔化す。
その後、俺は群青こと藤宮太陽くんが逃げないようマユと両サイドからがっちり腕を組みつつ、店員をうまく誤魔化して三人一緒にネカフェへ駆け込むのであった。
寒いからとりあえず温まろうね!