メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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ファーストキスはカレーうどん

 

 

 ショタっ子をネカフェに連れ込んでから数時間後。

 時間をかけてゆっくりと話しているうちに太陽の緊張もほぐれてきたようで、彼との会話もだいぶ円滑に進められるようになった。

 

 コク(おれ)による励ましと許しは必要最低限をこなしたとして、残りの会話イベントはほぼすべてマユに任せることに。

 寝たふりをしている間にそれをやってくれ、と口裏を合わせて俺は太陽の膝を枕に狸寝入りを決め、様子見をすることになった。

 

 マユ曰く、私も太陽君も似たようなモンだから彼の存在の肯定は私が一番の適任なんだポヨ、とのことで。

 特殊な出生だったり人間離れした能力持ちだったりなど、確かに太陽の説得なら共通点の多いマユが合っているんだろうな、と俺も思った。

 

 で、その結果。

 

「ごめんなさい……ひぐっ、ごめっ、なさ……!」

「大丈夫。よしよし」

 

 ずっと涙を我慢していた太陽君を、年相応の少年へと戻すことに成功したようだ。

 マユに任せて正解だったな。

 よかったよかった。

 ていうか、俺が喋ってないときは変な語尾にはならないんですね。線引きがしっかりあって安心しました。

 

 

 運命に翻弄され続けた少年少女たちのメンタルケアも、ようやくこれで一段落だ。

 マユはどうやらレッカから良いアドバイスを貰ったようだし、太陽は見ての通りそのマユ本人がレッカと同じように導いてくれた。

 元を辿れば今回のワチャワチャはほとんどレッカが解決した形になる。

 こっちの出番はほとんどなかった。

 もう俺の周囲で道に迷ってる人間なんて一人もいないし、これでしばらくは面倒事が舞い込んで来ることも無くなるだろう。

 

 ……今も道に迷ってるのは俺だけだしな。

 そこら辺はまぁ、うまいこと自分の中だけで咀嚼しようと思ってる。

 修学旅行中の親友に攻略してもらおうだなんてのは流石に甘え過ぎだから。

 太陽に対してのアプローチの結果、コクの姿は必然的に無くてはならないものになったため、美少女としての活動自体はしばらく続くことになるだろう。

 

 だが──ぶっちゃけ美少女ごっこについては未定だ。

 

 まさか『漆黒』というキャラクターにここまで現実的な人間としての責任が付与される事になろうとは、美少女ごっこを始めたばかりのあの頃の俺では考えもしなかった。

 親友をからかいつつヒロインっぽい役をちょっと楽しめればそれでいいか、なんて当初は思っていたのに、随分と遠いところまで来ちゃったもんだな。

 レッカのことをヒロイン攻略中の主人公だとかなんとか茶化していたのに、気がつけば俺も彼と同等くらいの面倒に巻き込まれている。

 人生って何が起きるか分からないものなんだなぁ。みつを。

 

 

 

 

 突然やってきたショタっ子のイベントも何とかこなし、その後の修学旅行も普通に楽しんでから数日後。

 旅行イベントを終えて学園都市に帰ってきた俺たちは、日曜というこの世で最も尊い安息日を返上して、学校の部室へ訪れていた。

 

「ヒーロー部一同、球技大会の準備がんばるぞー」

『お~』

 

 ライ会長の合図と同時に全員が部室内を掃除し始めた。

 この学園はあと三週間後に、全校舎を使った大規模な球技大会こと”ハイパーボール鬼”を予定している。

 鬼がボールを持って人間を追い回し、球を当てて人類側を全滅させる恐怖のイベントだ。

 

 窓ガラスや細かな備品などは強化魔法で保護されるのだが、部室内の道具類などは対象外なので、ボール鬼の際に破壊されない為にこうして急遽部室の大掃除が開催されたわけである。

 てかこの学園イベントが多すぎない?

 クソ広い校舎をすべて使ったボール鬼とか、修学旅行の三週間後にやる行事じゃないよ……。

 

「あれ、アポロは楽しみじゃないの、ボール鬼?」

「人から追いかけられるのトラウマなんで……」

「かわいそう。よしよし」

 

 ロッカーの整理をしている途中、コアラみたいに背中にくっついて離れないマユに頭を撫でられた。

 ずっとひと一人を背負ってるの辛いし、なにより普通に邪魔だから早く降りてほしい。

 

「マユちゃん背中からおりて」

「やだ」

「うぜぇ。降りろオイっ」

「むぅ~っ」

 

 不要な装備アイテムを振り下ろそうと暴れていると、視界の端に背の低い二人が映った。

 お手伝いに来た衣月。

 それから初めてヒーロー部の部室へ訪れた太陽だ。

 小さい身体でせっせと動き回るロリとショタ、とても目の保養に効きます。かわいい。

 

「太陽。脚立もってきて」

「あ、うん。アレだね姉さん」

 

 藤宮太陽という少年の生い立ちはかなり特殊で、いろいろあった結果いまは衣月の弟ということになった。

 太陽も元は孤児院に預けられた子だったらしく、組織に目を付けられて誘拐されるなど、その辺りの生い立ちはほとんど衣月と一緒だ。

 二人の名字が同じ理由については──まだ分かっていない。

 年齢が幼いことや組織の実験で記憶が曖昧になっていたりなどの理由で、太陽自身にも自分の事で分からないことがかなり多いのだ。

 そういった部分の調査はレッカのお兄さんに任せてあるから、いずれは判明するだろうということで、細かい事情は後回しにした。

 

 藤宮太陽は藤宮衣月の弟、だ。

 今はそれでいいだろう。

 

「はい姉さん、脚立持ってきたよ」

「遅い。減点」

「んうぇぇっ! ほっぺ引っ張らにゃいへぇ! ごえんなひゃい!」

 

 ちなみに衣月は太陽に対してそこそこ当たりが強い。

 まぁ事実だけ見れば、衣月の親代わりみたいな事をしていた俺を半殺しにしたわけだから、彼女が太陽に対して厳しいのも無理はない。

 というか会話拒否をしてもおかしくないレベルの確執だ。

 太陽には『アポロとコクは別人』という風にしっかり認識させており、ついでにコクは衣月の血の繋がらないお姉さんという設定で通しているため、彼自身もコクを手にかけたことで衣月から良くない感情を向けられている事に関しては気がついているのだろう。

 

「うぅ……」

「ジュース買ってくる。太陽は何がいいの」

「えっ? ……あ、えとっ、お茶で」

「分かった。待ってて」

 

 ただ、見て分かるように衣月もただ太陽に対して厳しく当たるだけではないらしい。

 俺を殺しかけた事に対してはまだ憤りを覚えているが、それはそれとして彼のお姉ちゃんとしても振る舞おうと努力しているようだ。

 ちゃんと知り合ってからまだ数週間も経ってないし、ぎこちないながらも互いに適切な距離感を探っている途中なのだろう。

 二人とも優しく、物わかりの良い子でよかった。お兄ちゃんは安心しています。

 

「ポッキー、ロッカーの整理終わった?」

「おう」

 

 段ボールを持ったレッカが出現。荷物が重そう。

 

「僕ちょっと職員室に用があるから、このダンボール外の倉庫に持ってっといてくれる?」

「うい了解」

 

 そして俺が彼から大きなダンボールを受け取ろうとした──その瞬間。

 

 

「ウヒャアアァッ!! ゴキブリですわぁぁァ゛ッ!!?」

 

 

 足元に出現した黒光りのGにビビったヒカリが飛び上がり。

 

「ぴぃ~っ!!」

「うわっ!?」

 

 後ろからヒカリにぶつかられたレッカがバランスを崩し。

 

「ちょっ、おわっ!」

 

 そのまま重力に従った親友に押し倒され、ドミノの様に床へ転がった俺たちは──

 

 

「……」

「…………」

 

 

 見事に男同士で唇を重ね合わせてしまいました。

 

 思わずフリーズしちゃったよね。

 

「──っぷは! ぁっ、ご、ごめっ、ポッキー……」

「うえええぇぇぇッ!!!! げほっ! ゲホっ!!」

 

 何でよりにもよってこんな事故でチューする事になるんだろうね。

 ファーストキスが男同士とか悪夢だ。

 

「水道!!!!!」

「あっ、ぼ、僕も!」

 

 唖然とする部員たちを置いて、俺とレッカは部室を飛び出て水道へと駆け出していった。

 犯されてしまった唇を洗浄するために。

 

 くそ。

 ちくしょう。

 アイツが昼に食ってたカレーうどんの味がした。

 初めてのキスがカレーうどんだった。

 相手が男でカレーうどんだった。

 縁結びで五百円ぶち込んだら一周回って不幸になりやがった……涙が止まらないよぅ……カレーうどん……。

 

「がらがらがら……ペッ」

「ポッキーごめん。きみのキス童貞を奪っちゃった……」

「そういう言い方やめろよお前!! きめぇマジで!!!」

 

 何で親友くんは割と余裕ありげなんですか!

 お前もしやキス初めてじゃないな? ラノベ主人公時代のラッキースケベで何回か経験してるな?

 いや、でも男同士のアレでここまで動揺が少ないのは流石にヤバい。

 こわい。

 コレが勇者なのか。

 流石は世界を救ったヒーローだな。

 もはや尊敬の念を抱かざるを得ないぜ。

 

 これが美少女フォームの時の事故ならまだ『ヒロインとしてのイベントだからセーフ』とか何とかうまくメンタルを誤魔化せたのに。いやそれでもかなり辛いけども。

 どうしてよりにもよって男の時なんですか?

 誰も幸せにならないよこんなの……!

 

「このカレーうどん野郎がッ!!」

「理不尽」

 

 事故だから僕だって被害者なのに……とメソメソ半泣きになるレッカ。

 うるせぇよバカ。泣きたいのは俺の方だ。

 

「……三人とも、何やってるんですか」

 

 縁結びで運勢が逆にバグった俺たちの前に現れたのは、モップを片手に携えた音無後輩だった。

 てか三人ってどういうことだろう。

 ……あっ、そういえばマユが背中にくっ付いてたんだった。

 転んだ時に腹パンくらったような声上げてたわ。

 

「音無、俺とキスしてくれ」

「は?」

 

 上書きして欲しい。

 レッカの男らしい唇の感触を別の衝撃でかき消して欲しいんだ。

 頼む後輩。

 

「なにを急にトチ狂ったことを……」

「辛いんだ! たすけて!!」

「いや無理です。普通にキモい」

 

 あぁっ、行かないで。

 まずい失望されてしまった。

 レッカとキスした事で情緒不安定な状態に陥ってしまっていたようだ。

 俺は何てことを口走ってしまったんだ。

 後輩に嫌われちゃった。つらい。

 

「はぁ……あのですね先輩。そういうのは然るべき時に……えと、もっとこう、雰囲気とかあるじゃないですか普通」

「ふんいき……?」

「~ッ……あぁもうっ、先輩なんて知らないです。いきなり変なこと言うのキモすぎ。嫌い」

「そ、そんな……」

 

 ぷんすか音無ちゃんはモップを持ったまま廊下の奥へと消えていってしまった。

 流石にいきなり過ぎたせいか、思いっきり好感度が下がってしまったようだ。バッドコミュニケーション。

 あれか、すぐ近くにレッカとマユがいたのがいけなかったのかな。そういう問題じゃないですねはい。

 

「れっちゃん、ごめんな。ひどいこといっぱい言った」

「い、いや……うん。分かってくれたならいいよ」

 

 後輩にめちゃくちゃ嫌われてようやく自覚できた。

 今回ばかりは事故だし、レッカにはまるで非が無い。

 反省しよう。

 きっと今回のコレは美少女ごっこでいろんな人を翻弄してきた俺への罰なんだ。

 親友はとばっちりを受けただけなのだ。彼に当たるのはもうやめよう。

 

「何か飲み物買ってくるよ、ポッキーは何がいい?」

「味噌汁」

「アクエリでいいね」

「……うん」

 

 軽いジョークすらあっさりと受け流されてしまった俺は完全なる敗北者だ。

 せっかくの日曜だってのに気分ダダ下がりである。

 もう今日はずっとダメな日に違いない。

 

「アポロ、アポロ。私がキスしてあげる」

「遠慮します」

「はむっ」

「マユちゃん? あの、頬っぺた吸わないで──イデデェッ!!? 噛むなバカやめろお前オイ!!」

 

 ……本当に今日はダメな日だ。

 

 


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