メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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あらすじ:セクハラして好感度チェック


vs 図書館で『男性器を生やす魔法』を借りた女

 

 

 

 ──風菜。

 フウナ・ウィンド。

 その少女は、この俺、アポロ・キィにとって。

 何の例えも見つからないくらい、他とは一線を画す程に特別な存在であった。

 

 

 彼女は世界有数の魔法教育機関である東京都魔法学園に在籍しており、いまや世界中の誰もが知る『市民のヒーロー部』の一員でもある、風魔法のエキスパートだ。

 以前までは影の薄い日陰の存在だった彼女だが、もはや現在はあの時とは比べ物にならない程に、周囲の人間たちから実力とその人間性を認められた大物になっている。

 悪の組織との戦いを通じて身も心も大きく成長し、ヒーロー部に相応しい高潔な精神とそれを貫けるだけの高い実力を持った、立派な戦士となったのだ。

 

 しかし、そんなことは関係ない。

 世界を救おうが、皆から尊敬される英雄になろうが、まるで何も関係ない。

 俺が風菜を特別視する、その理由はたった一つだ。

 

 彼女が、この世で初めて()()()()()()()()()()()、明確に恋愛的な意味での『好意』を示してくれた人間だから──である。

 

 

「コクさん。……いえ、キィ君。何でもあたしに話してください」

 

 だからこそ、風菜が目の前にいるこの少女(おれ)を、コクではなくアポロとして扱ったことが、何よりもショックだった。

 

「悩みがあるんですよね? 任せてください、あたしもヒーロー部の一員なんですから、必ず力になれるはずです」

 

 俺はセクハラをしようと、勇気を出して彼女の手を握った。

 その結果がコレだ。

 突然手を握られたことで妙な雰囲気を感じ取った風菜が、俺を連れて屋上まで移動し、鉄柵に腰を下ろして語り掛けてきた。

 こちらの予想をはるかに超えて、風菜は大人に成長していたのだ。

 

 手を握られても照れなかった。

 純真無垢にこの黒髪の少女を『コク』だと信じていたわけでもなかった。

 俺を──アポロ・キィを、未だにペンダントの力に溺れている哀れな人間として捉えている。

 救うべき人間だと認識している。

 コクを慕うあの振る舞いは全て演技、だったんだ。

 俺を気遣っての行動だったのだ。

 

「風菜……どうして」

「ふふ。分かりますよ、それくらい」

 

 俺の質問に、彼女は微笑を浮かべながら応対する。

 以前とは違って、その姿はとても大人びて見えた。

 

「そりゃまあ、音無ちゃんから話を聞いた時は……ハッキリ言って、ショックでした。コクっていう女の子なんか存在しなくて、全てキィ君の演技だったんだって聞いた時は」

「っ……。その、私──」

「謝る必要なんてありませんよ」

 

 風菜は既に俺の手を放している。

 自分を騙していた女男の手など握っていたくもないのだろう。

 

「衣月さんを守るために、仕方なくやっていた事なんですから。……勝手に、コクさんを好きになったあたしが悪いんです」

 

 これまでは自分の感情をひた隠しにしていたにも拘らず、今の風菜はあっさりと告白まがいのセリフを淡々と呟いていく。

 見て分かる通り、もう俺の知っている風菜ではない。

 片想い。

 失恋。

 そして世界を救ったという経験と実績が、彼女の精神年齢を底上げしてしまったのだ。

 風菜はもう、子供ではない。

 

「と、とにかく、あたしの事なんて今はどうでもいいでしょ。キィ君の方がもっと大変な状況にあるんですから。遠慮せず何でもあたしに話してください、ねっ」

 

 その現実を。

 余裕を持った彼女の姿を前にして、俺は。

 

 

 どうしようもなく──憤りを感じていた。

 

 

 は。

 ほーん。

 はぁ。

 なるほど。

 

 ……いや、これはちょっと受け入れ難いな。

 風魔法の練習にかこつけて手のひらをプニプニしてきたり、鼻息荒くして後ろから腰を密着してくるようなセクハラ女が、いまは高潔なヒーローですか。

 

 いや、もちろん良いヤツなのは知ってるけども、あの風菜に場の主導権を奪われるほど、俺の美少女ごっこって浅いものだったのか。

 浅いモンだったかもしれないけども。

 でも単純に悔しくない?

 これまで世界を股にかけて行ってきた美少女ムーブの成れの果てが、このセクハラ女に諭されるエンドなの、普通に納得いかなくない?

 

 彼女の成長は喜ばしいことなのだろうけど、それはそれとして悔しい。

 美少女ごっこはそろそろ辞めようとか考えていたわけだが気が変わった。

 少なくともこの少女に『ペンダントを手放せない可哀想な人』という認識をされたまま終わりたくはない。

 ……いや、実際に俺が可哀想なヤツなのかどうかは一旦置いといて、風菜からそう思われてるままコクを終わらせてしまっては、これまで築き上げてきた『コク』という存在があまりにも不憫だ。

 

 それに、たとえ俺がアホで馬鹿でクズで美少女ごっこを辞められない悲しい変態なのだとしても、それはそれとしてコクを本気で好きになってくれた風菜に『コクの正体はこんな情けないヤツでした』と思って欲しくない。

 彼女の中にあるコクを、何としても魅力的な謎の少女のままにしたい。

 風菜が恋した存在を虚構という結論で片付けたくはないのだ。

 

 よし、久しぶりに本気を出そう。

 コクは存在するんだよ、風菜。

 

 ここからは俺の番だぜ、謎の美少女人格──ライドオン!

 

 

「……どうでもよくなんて、ないよ」

「っ?」

 

 完全なるポーカーフェイスモードを発動し、シリアス顔で俺はそう呟いた。

 隣に座る風菜の方へ顔を向け、コクの姿ではあまりやってこなかった微笑の表情を浮かべる。

 

「ねぇ風菜、一つ聞かせて」

「は、はい。なんでしょう……」

 

 神妙な顔つきになった彼女に言うべき言葉はただ一つ。

 コクという少女を、コクという人間そのものを、風菜の中で復活させるための魔法の言葉を、俺は告げた。

 

 

「風菜は、アポロとコク──どっちが本当の姿だと思う?」

 

 

 コクの声が静かな夜空へ消えていく。

 

「…………えっ」

 

 言葉に詰まる風菜。

 驚いたというよりは、何を言っているのか理解できていない顔だった。

 脳内で俺の言葉を咀嚼している途中なのだろう。

 飲み込むまでに時間が掛かっている。

 

 十秒。

 三十秒。

 ──そして一分が経過した頃になって、ようやく風菜は言葉の意味を理解し、驚くようにガタッと身を引いた。

 

「えっ? ……えッ!?」

 

 うーん、それだよそれ。

 俺が見たかったのはそういう表情だ。

 これだから意味深な発言をするのは止められないな。

 

「いやっ、ちょ……えっ? ま、待ってください」

「うん、待つ」

「ありがとうございます……あの、時間をくださいね」

 

 額に手を当てて、文字通り頭を抱える風菜。

 その姿は大変に愉快であった。

 美少女ごっこの本質を思い出した気分だ。

 俺がやりたかったムーブは本来、こうして相手を翻弄させるものだったんだよな。

 いつの間にやら、みんな俺より精神的に上の立場になっていたけど、どうやら風菜にはまだ付け入る隙が残っていたようだ。安心。

 

「いっ、いえいえ、あり得ませんって。音無ちゃんからは『先輩が演じていたんだ』って聞いてますし……その方が、辻褄も合うし……」

「風菜はどう思うの。他人がどうとかじゃなくて、私は風菜の意見が聞きたい」

「そ、そんな……」

 

 困ってる困ってる。

 これで第一の目標である『風菜を動揺させる』という目的は達成されたわけだ。

 では、そろそろ次のフェーズへ移行しよう。

 ただ迷わせるだけじゃ話が先に進まないからな。

 

「……風菜にだけは教えてあげるけど、本当はコクもアポロも、二人ともすごいウソつきなの。音無から色々な話を聞いているとは思うけど、彼女にだって教えていない真実がある」

「ふ、二人ともウソつき……?」

「そう。だから私たちの言葉の全てを鵜呑みにはしないで。信じる前に、疑って」

 

 ここら辺でそれっぽい事も言っておく。

 『教えるのはあなただけ』という特別扱い満載のフレーズを付けておけば、否が応でも話を無視できなくなるはずだ。

 

「レッカはコクもアポロも疑わないし、答えもくれない。もしかしたら……私たちを止められるのは風菜だけかもしれない」

「……あたし、だけ」

 

 風菜は小さく呟きながら顔を俯かせ、何かを思考している。

 彼女が何を考えているのかは知らないが、特別なのは自分だけだとこれ程までに念を押して強調してやれば、多少は判断力も鈍ってくれることだろう。

 

「だからそんな風菜に一つだけ……本当のことを教えてあげる」

「そ、それって──ふぇッ!? わっ、ちょ、コクさんっ!?」

 

 俺は彼女の両手を正面から、いわゆる恋人繋ぎの形で握りしめる。

 こっちの目論見通り驚いた風菜から出た言葉は『コクさん』であり、ようやっと彼女の中でコクという少女の存在が復活してくれた事を実感でき、とりあえず一安心だ。

 

 

 そして。

 風菜は俺に最も重要なことを改めて教えてくれた。

 

 彼女の振る舞いとその言葉から、俺はようやく美少女ムーブに一番必要な要素を自覚する事が出来たのだ。

 その重要な要素とは『デレ』に他ならない。

 先ほどの風菜のように、簡単に好きという言葉を言ってしまえるような度胸と、相手から見た場合のこちらの心の緩みこそが、俺の振る舞うコクに足りなかったパズルのピースだったわけだ。

 

 いままでのコクはデレなさ過ぎた。

 ミステリアスな雰囲気を保つためといって、レッカや風菜からあまりにも距離を取り過ぎてしまっていた。

 それではダメだったのだ、レッカがルート確定の告白を先延ばしにするのも頷ける。

 アレでは扱いづらいだけのキャラで、決してヒロインと呼べるような存在ではなかった。

 あいつに対してデレを見せたのは沖縄での夜の時くらいだし、それ以前もそれ以降も元の距離感に戻ってしまったのは頂けない。

 多少なりとも好感を抱いてくれている相手に対しては、こちらも信頼と心の緩みを見せてあげなければいけなかったのだ。

 でなければレッカ側も『攻略している』という気持ちにはなれないだろう。

 

 俺は謎の美少女ヒロインなのだから、相手が攻略していて楽しいと思えるような存在でいるべきなんだ。

 ハーレムの一員になりたくない気持ちばかりが先行して、まず第一に意識するべき『ヒロイン』としての振る舞いが出来ていなかった。

 やろう。

 デレよう。

 俺に足りなかったモノを取り戻そう。

 

 

「コクを好きだと言ってくれたこと──本当に、うれしかった。これが嘘偽りのない、私の本当の気持ち」

 

 割とマジでコクを好きになってくれた風菜には感謝しているので、飾ることなくそれを伝えつつ距離を詰めていく。

 これまで無表情キャラの体裁を保ってきた影響で女の姿では一度もやってこなかった()()を浮かべて、俺は風菜に迫り、そして。

 

 

「──んっ」

 

 

 そっと、彼女の頬にキスをした。

 

「……? …………????」

 

 何をされたのかを、数秒経ってようやく理解した風菜は、顔を真っ赤にしてプルプルと震えだした。

 

「ぇっ、はっ……ぁ°……はわゎ……っ!」

 

 なるほどな、これは深い。

 生まれて初めて自分から口づけをしたわけだが、案外簡単だった。新しい技を覚えちゃったぜ。

 

「お礼にコクのファーストキス、風菜にあげるね」

「~っ!?」

 

 驚いた顔の風菜に迫る(コク)

 両手を繋ぎ、彼女の膝上に跨り、顔を超至近距離まで近づけて、寡黙なキャラをブチ壊して滔々と言葉を繋げていく。

 ここを逃したら勝機は無い。

 

「女を演じている男なのか、男を演じている女なのか」

 

 彼女と額をくっつけて、目を閉じながら意味深に聞こえるセリフを吐いていく。

 

「何が本当で、どれがウソなのか。全てを暴いて」

 

 分厚い闇夜が広がる空の下で、また一人。

 自分を想い慕う人間に、俺はまた一つ欺瞞を描いていく。

 

「本当の私を見つけて──風菜」

 

 祈りにも似たその言葉を受け取った風菜は、一体俺に何を見せてくれるのだろうか。

 とりあえずそれっぽい事を言いまくった俺は彼女から離れ、腕を後ろに組んで微笑んでおく。

 あとは風菜の行動次第だ。

 

 果たして彼女は、俺を止める人間になる事が出来るのか。

 それを楽しみに思いながら、雰囲気を壊さない為に俺は赤くなって呆けた彼女を置いてその場を去っていくのだった。

 

 

 

 

 あのあと他のメンバーと合流した俺たちは、また別のアジトを探すために移動を開始した。

 そういえば、あのロリっ娘ロボットに体を移し替えた警視監の男の拠点を探す、っていうミッションだったんだよな。

 美少女ムーブに熱が入り過ぎてすっかり忘れていた。

 

 先ほどの俺のデレデレ攻撃がうまくクリティカルヒットしてくれたおかげなのか、風菜はすっかり余裕のない慌てた雰囲気を出すようになり、それを前にした俺は徐々にモチベーションが回復しつつある。

 別の誰かと話している途中でも、軽くウィンクしてやるだけで照れてしまう彼女を目の当たりにしたら、こちらも楽しくなってしまうというものだろう。

 無くなりかけていた美少女への熱が再燃してきたかもしれない。

 ふっふっふ、ようやく何かが掴めてきた気がするし、風菜には感謝しなければな。

 

 ……あいつがポケットから落とした図書館の貸出カードには『性別を反転させずに()()()()()()()()()の研究について』とかいう本のタイトルが書かれていたが、俺は何も見てないぜ。

 今日の仕返しみたいな感じで、いつかアレを生やした風菜に襲われたらどうしよう……どうやって逃げようかな……。

 

 ──なんて呑気なことを考えつつ、男に戻って公園の公衆トイレに寄ったそのとき、事件は起こった。

 

 

「うぅ~っ! あのレッカ・ファイアの兄のグレンとかいう男め! 次々と私のアジトを特定しおって……! つ、次はどこへ逃げれば──」

 

 

 ……鍵の掛かっていない個室のトイレの中から、妙に甲高い──聞き覚えのある声が聞こえてきたので、そこをノックしてみた。

 コンコン。

 

「入ってます!」

 

 コンコン。

 

「はっ、入ってますってば! うるさいな!」

 

 どうやら鍵を閉めていない事に気づいていないらしく、彼女は返事を返すだけであった。

 そんな個室のトイレをゆっくりと開けてみると、そこには便座に座りながら、涙目でノートパソコンを操作している幼女が鎮座していた。

 

「ちょ、勝手に開けな──ゲェッ!?」

 

 そして俺は目的のターゲットであったそのロリを逃がさない為、そのまま個室へ入って後ろ手にドアのカギを閉めるのであった。

 

「き、ききっ、きさまはアポロ・キィっ!? なっ、なぜここが……っ!?」

 

 どうやら自分のクソデカい独り言を自覚していなかったラスボスを前にして、俺は思考する。

 

 

「あわわっ、バカなぁ……っ!」

「…………」

 

 

 ……どうしようかな、この状況。

 

 


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