俺は市民のヒーロー部が好きだ。
部活そのものではなく、そこに所属する人たち全員に好感を抱いている。
親友のレッカだけではなく、これまでの旅を通してその仲間たちへの理解も深めていき、結果的にいつの間にか彼ら彼女らを好きになってしまっていた。
そして、その感情が許されてはならない程に身勝手なモノだとも、当然理解している。
俺はあの少年少女たちを欺き、傍観者面して嘲笑し、もはや敵と言っても過言ではない程度にはたくさんの迷惑と損害を彼らに与え続けてきた。
だからこそ俺は罪悪感に苛まれて、マユの言ったようにくだらないシリアス主人公ごっこをして感情を整理し、ヒーロー部への罪滅ぼしを行う為と言う結論を出してから、学園を抜け出してラスボスを倒しに向かったわけだ。
その結果──
「ぁむっ、んっ」
現在、何故か俺はラスボスであるロリに、公衆便所の個室の中で、唐突に唇を奪われてしまっていた。
本当に突然すぎて意味が分からない。
「んぐっ──ぷはっ! はぁっ、はぁっ」
「ふぅ。くっくっく、リカバリー能力も高い私、やはり優秀……」
「……急に何してくれてんだ、この頭イカれロリっ娘」
「なっ!? ろ、ロリっ娘ではない!」
俺の暴言に逆ギレした警視監の元男だったが、すぐさま表情をドヤ顔に変えて便座の上で仁王立ちをした。なんだなんだ。
「ふふん、聞いて驚けアポロ・キィ! 私はいまの口移しで、貴様の体内にナノマシンを侵入させたのだっ!」
唐突にキスしてきたその理由とは、案外マジに油断ならないモノであったらしい。
意外と機転が利くやつだな、とつい感心してしまった。
「機械の体内だからこそ仕込んでおけた魔改造ナノマシンだぞ。そいつらは私の指示ひとつでオマエを内臓の内側から食い破って殺してしまうのだ」
こわ。即死スプラッターじゃん。
……いやまぁ、だいぶヤバい事をされたわけだが、ここで冷静さを欠いてしまってはこのロリっ娘の思う壺だ。
見るからにバカっぽそうだし、ハッタリの一つでも吹き込んでやれば状況をイーブンに持っていけることだろう。
「くっはっは! どうだ、恐れ慄け! ビビって声も出ないか!」
「……実はあの瞬間、俺もお前の中にナノマシンをブチ込んでおいた」
「ウェッ!? な、なんだとォッ!?」
リアクションがいちいち派手すぎるだろ。
わざとかコイツ?
……いや、たぶん余裕がないだけだ。深読みするのは疲れるだけだからやめておこう。
所属していた組織が崩壊して、頼りにしていたリーダーが死んで、自分自身の肉体も破壊されてさらに後ろ盾も無くなってしまったとあれば、ここまで精神的に張り詰めていたとしても別段不思議はない。
つまるところ、予想外の事態に対して極端に弱くなっているわけだ。
それならどんどん予想外の発言でコイツをアワアワさせてやろうな。
「俺のナノマシンは指示するだけで機械の体を緊急停止させて、ついでに爆発もさせてしまうのだ」
「ゃ、やば……っ」
ここまで分かりやすい反応されると、こっちも少しだけ楽しくなってしまう。
もう少しダメ押ししてやろうか。
「それから別の機械の体に乗り換えようとしても無駄だぞ。人格データごと破壊するからな」
「……いや、そもそもスペアボディは残されていないから、それは別にどうでもいいのだが」
意味なかった。恥ずかしい。
「しかし困ったぞ……これでは……」
「あぁ、お互いに指示一つで相手を殺すことができる。先に殺そうとしてきても反撃が間に合う以上、スピード勝負も意味をなさない。そんな状況になったわけだから、俺もお前も相手に対して強くは出られなくなったな」
もちろん俺の方のナノマシンはまったくのウソだが。
そこは『体内からナノマシンを取り出そうとしたり調べようとしたら自動で爆発する』とか適当な脅しをかけておけば問題ないはず。
「……ぁ、アポロ・キィ」
「ん、話し合いだ」
とにかく、これでようやく落ち着いて会話する状況を生み出すことができた。
この機会を逃す手はない。
下手すれば秒速で絶命する可能性のある場面だが、死にそうになった事なんて両手じゃ足りないくらい経験してきたんだ。
いまさら普通の人間みたいにビビったりはしないぞ。
……しないようにがんばるぞ。なるべく。
◆
「では、決着をつけるのはクリスマスイブの夕方から──という事でいいな、アポロ・キィ?」
あれから五分と少しが経過した。
俺のスマホの方には衣月から『まだトイレ?』というメッセージが届いており、早めに話し合いを終わらせるべくいろいろ端折って話を進めた結果、俺たちは二ヶ月後の今日──つまりクリスマス・イブの夕方頃に『ゲームで』決着をつけることに決めた。
「私と貴様でゲームをそれぞれ複数用意して、それをルーレットで決定。先に三勝したほうの勝利……だったな」
「あぁ。ゲームの準備期間であるこの二ヶ月間は、互いに一切干渉しない。次に会う時がどちらかの命日になる」
ただの殺し合いでは互いに色々と不便なため、勝負は公平性のあるゲームだ。
代表例で言うとジャンケン。
そんな感じのありふれたゲームを持ち寄って、人生最後の日に生涯相容れることのない宿敵と遊ぶ、というわけだ。
「ふふふ、楽しみだな。命を賭けているとはいえ、まさか貴様とゲームをする事になろうとは」
「……まあ、確かに楽しみではあるよ。振り返ってみても、お前とは殺し合ったことしかない」
「その通り。まったく野蛮な男だ、貴様は」
とんだ八つ当たりだ。お前が悪さをしなければ、俺だって殺そうとはしなかったのに。
……よくよく考えてみると、まったく不思議な関係性だ。
コイツは世界を脅かす悪の組織のナンバー2で、俺は正義の味方として活躍するハーレム主人公の友人キャラ。
本来なら交わるはずのない二人だったのに、いつの間にか命を賭けた遊びの約束を結んでいる。
一体どうしてこうなってしまったんだか。
「……なぁ、警視監」
「ん?」
善性の塊みたいなレッカ・ファイアと、汚い悪意を秘めたアポロ・キィ。
そんな、どうして親友という関係性が成り立っているのか、まるで意味が分からない俺たち二人と同じくらい、警視監と自分は妙な縁で繋がっている。
だから、なのだろうか。
関係性を持って気が緩んだのか。
俺は少しだけ彼という人間を知りたくなってしまった。
「お前、どうして悪の組織に入ったんだ?」
突拍子もない質問だということは分かっていた。
この男は数多の人々を不幸に陥れ、世界を混乱させ、一度は人類全てを洗脳した極悪人だ。
そんな心の底まで悪意に染まった人間に対して『なんで悪い事をやったんですか?』だなんて、死刑囚に殺人の理由を聞くぐらい意味のない質問なのだ。
そんなことは理解しているのに、俺は我慢ができなかった。
「……ふむ。なるほど」
どうして今更そんな質問をする? とかそんな感じで馬鹿にされると思っていたのだが、警視監は顎に手を添えて思考し始めた。
外見がツインテールのロリなせいで何も考えていないように見える。
……本当にいまさらになるけどコレ以外のボディは無かったのかな。少女姿の方が周囲に溶け込めるから、とか理由があるのだろうか。
警視監が考え込んで何も言わないからか、余計な思考がぽんぽんと増えていく。これは良くない、集中しないと。
「……まぁ、いいか。加入したのではなく、私とボスで組織を作ったのだが……そういう話ではないな。なぜ悪事を働くのか、という部分を貴様は疑問に感じているわけだ」
うんうん、と何度も頷き、便座の上に仁王立ちしている警視監ロリは俺と視線を重ね合わせた。
「ないよ」
さも当然かのように言い放つ。
彼女は淡々と続ける。
「貴様と……君と同じだ、アポロ・キィ。特に意味はない」
ヒーロー部のメンバーが聞いたら怒髪天を衝くような言葉を、俺はただ冷静に聞き続ける。
警視監の発言は驚きこそしたが、意外ではなかったから。
「知っているぞ。君は純白を守る場面以外でも、少女の姿に変身していたな」
「……ああ」
「腹の底は読めないが……私はこう考えている。君があぁしていたのは”そうする事ができたから”じゃないか?」
核心をつく様な彼女の言葉が、俺の茫漠としていた意思の靄を切り払っていく。
「可能だからやった。やれるからやった。一番最初こそ明確な理由たり得るものがあったのかもしれないが、その後は惰性にも近い感情で動いていた。……違ったかな?」
そして理解した。
この男は、この世界で、いまこの瞬間。
最も精神状態が俺に近い存在だ、という事を。
「私は仕えると決めたボスの為に。君は──」
俺は親友を揶揄って楽しむために。
「……分からないが、それを始めるに相応しい理由があったのだろうな。しかし今は違う、君も私も。
私は抗う意思と力が残っているから、未だに悪の組織を再興する為に動いている。……仕える筈だったボスは既にこの世には居ないというのに。
君もそうなんだろう?
もう当初の目的や感情はほとんど残っていないのに、少女に変身できるそのペンダントを未だに所持しているから、所持してしまっているから──やめられない」
警視監の発言が的を射ていたのだろう。
俺は何も言い返す事が出来なかった。
美少女ごっこに対するモチベーションよりも、ヒーロー部に対する罪悪感の方が大きくなってしまっている今この状態は、紛れもなくいま彼女が口にした状況そのものだ。
しかしペンダントを所持しているせいで、何よりまだ美少女ごっこが出来るせいで俺は風菜を再びからかってしまった。
もはやこれは病。
病気だ。
美少女ごっこ病とでも言うべきか。
自分自身のヤバい性癖とペンダントが合わさって取り返しのつかない領域にまで到達してしまっている。
性癖は自分では治せないと聞くし、外からの治療を施されない限り、俺は恐らく死ぬまでこれを続けることになるのだろう。
それを警視監は言い当ててみせたわけだ。
理解者とは呼びたくないが、少なくとも俺の現状を冷静に分析して言語化できた人物は、この人を措いて他にはいない。
「ふっふっふ。どれ、私に話してみなさい」
自分が抱えているこの状況を目の前にいる彼女に相談したら、どれほど心が軽くなるのだろうか。
今この瞬間、確実に俺は警視監のロリっ娘に惹かれていた。
どんな手を使ったのかは知らないが警視監という役職にまで上り詰め、悪の組織を世界征服の一歩手前まで成長させたこの元男の、確かなカリスマ性に魅せられてしまったのだ。
……しかし。
「──デコピン」
「ぁだっ!? きっ、急に何をするっ!?」
気を許していい相手ではない、という事実を忘れたわけではない。
先ほどまでの俺と自分の状況を分析しているところまでは良かったが、最後の『話を聞いてやろう』とかほざいていた部分は、完全に俺を取り込んで傀儡にする気満々だった。
これ以上コイツの巧みな話術を真正面から受けるのは危険だ。
「……質問に答えてくれた事には感謝してる。おかげで自分自身の状況も少しは整理できた、ありがとう」
「だ、だったらなぜ話を遮る! 私は少しでも君の力になれればと……!」
「あんたのそれは余計なお世話ってヤツだから」
後ろ手にトイレの個室の鍵を開ける。
これ以上の時間ここにいるのはマズい。
もし仲間が心配して様子見にでも来たら、追い詰められた警視監が俺を巻き込んで自分もろとも自爆する可能性があるからだ。もう慣れ合っている場合ではない。
「あんたは俺のことをよく理解してくれている。でも」
それはそれ、これはこれだ。
「気を許すことはない。これ以上の相談もしない。
あんたが作った組織のせいで、衣月の人生は滅茶苦茶にされたんだ。
だから……あんたの事は絶対に許さない」
ここだけは譲れない線引きだ。
悪の組織はたくさんの悪事を働いてきたわけで、その過程で大勢の人々を不幸や死に陥れてきた。
もちろん、それ自体を咎めることはしない。
色々な人たちを傷つけただとか、人体実験だの犯罪だの世界征服だの、そんな事に対して怒りを見せるのは俺の管轄外だ。
ヒーローでなければ主人公でもないのだから。
俺自身が友達や同級生たちを傷つけてきたわけで、だったらなおさら俺の言えた義理ではないのだ。
正義を語るつもりは毛頭ない。それはヒーロー部の仕事だ。
『──…………私は、藤宮っ、衣月……』
しかし、彼女を泣かせた事だけは絶対に許さない。
あの少女から名前と表情を奪い、モルモットにした事実は忘れない。
衣月を傷つけた悪の組織、それを作った張本人である警視監だけは、何があっても必ず地獄へ落とす。
善悪の話ではなく、俺個人が屠ると決めた相手なのだ。
「分かったらホラ、さっさと行けよ。早くしないと俺の仲間が迎えに来るぞ」
「ぐっ、ぐぬぬ……」
悔しそうに歯ぎしりしながら個室を出ていった警視監は、一度振り返って俺に中指を立ててきた。子供か。
「後悔することになるからな、アポロ・キィ!」
「言ってろ。……えっと、あんたの本当の名前、なに?」
「ふんっ、教えぬわっ! 決戦の日に私を倒せたら教えてやる! さらばだクソガキッ!!」
言いたい事だけぶつけた警視監は、周囲を確認しながらそそくさと公衆便所から去っていった。
あいつにカリスマがあるのは間違いないが、熱くなるとすぐにガキっぽくなるあの性質のこともしっかりと覚えておこう。れっきとした弱点だ、今後に活かせるかもしれない。
……さて、これからどうしようか。
簡単にまとめると、ラスボスと殺し合う約束を交わしたワケだが。
あいつがここから去っていったという事は、これから向かおうと思っていたアジトにあいつは絶対にいないという事になる。ただの徒労に終わってしまうだろう。
しかし今回の事を仲間に伝えたら、その瞬間俺はナノマシンによって殺されてしまう。
一応『ナノマシンを起動したら俺のナノマシンも自動で発動される』と脅しをかけておいたので、不意打ちで殺されることはないだろうが、それを加味しても自爆特攻の危険性から考えて仲間との情報共有は危険だ。
「アポロ」
うぅん……と顎に手を添えて一人考えていると、女子トイレの方から茶髪の少女が姿を現した。
マユだ。
もしかすると──
「……マユお前、もしかして聞いてたのか?」
「うん、大変だねアポロ。二ヵ月後には死ぬかもしれないんだ」
あっさりと言ってのけるマユの顔は無表情そのもの。
イカれた話を聞いた直後だってのに、まるでいつも通りの仏頂面を見せる彼女を前にして、やはり俺は困ってしまった。
どうしたもんかね……と。
仲間に共有できない、なんて考えた直後に事情を知られてしまったし、もう好感度確認のセクハラなんてやろうとしてる場合ではないな──などと思い浮かべながら、俺はスマホで『トイレ終わった』と衣月にメッセージを送るのだった。
『トイレ長すぎ。便秘? 下痢?』
あらぬ誤解を生んでしまっている!