メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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狂っても平気?

 

 

「ねぇアポロ。いつになったら、その遊びをやめるの?」

 

 

 真夜中の公園を後にしようとしたその時、背中に声を掛けられた。

 マユだ。

 女の子に変身した俺の姿にそっくりな、もう一人の自分だ。

 藪から棒に何だというのか。

 

 てっきり彼女は何も言わずに協力してくれる存在だと考えていたのだが、それは俺の驕りだったのかもしれない。

 まさかマユの方から美少女ごっこを辞めさせに来るとは。

 ともあれ、振り返る。

 生気の無い能面を彷彿とさせるような、まるで表情を持たない少女が、上目遣いでこちらを見上げていた。

 

「美少女ごっこのことだよ。みんなと合流する前に答えて。有耶無耶にしたらさっきのこと、全部バラすから」

 

 彼女の目には本気の意思が宿っていた。

 いま口にしたことは間違いなく冗談などではない。

 俺が答えなかった場合は実際に情報を拡散させるつもりだ。

 

「……何なんだよ、急に」

「はいイエローカード。あと一回誤魔化したら、スマホでみんなにメッセージ送るから」

「ちょっと待ってちょっと」

 

 どうやら本気で問答無用らしい。

 既に文言を綴ったスマホをチラつかせているあたり、脅しも入っていてまるで容赦がない。

 まずい状況だ。

 ここで時間をかければかけるほど、合流が遅くなってヒーロー部のメンバーに怪しまれてしまうから、どうしても早急に戻らねばならないというのに。

 ……しかし、マユをこの場で説得するのは不可能に近い。

 それこそ本当に自分の心の内を曝け出さなければ彼女は絶対に納得しないだろう。

 言わなければならない。

 語らねばならない、今すぐに。

 

 俺の行動原理。

 今なお美少女であり続けようとする、その理由を。

 

「……はぁ」

 

 大きく深呼吸。

 それから、一拍置いて。

 高鳴る心臓の鼓動を感じながら、俺は話を切り出した。

 まずは──いいや、思いついた事から喋ろう。

 

「まだ、やめるつもりは無い」

 

 聞くと、マユは首をかしげる。

 

「じゃあいつになったら終わるの?」

「たぶん二ヵ月後。恐らくその日に全てが変わる……はずだ」

 

 首から下にかけられてるペンダントを握り、溜息を吐いた。

 少しだけ警視監との会話を思い出している。

 二ヵ月後に終わる。

 ……終わる?

 いや、強制的に終わらせられるだけなんじゃなかろうか。

 当たり前だが、死んだら美少女ごっこなんて続けられるワケがないし。

 もし勝負に勝って生き残ったとしても、やはり何かしら行動をして、その日を節目にするのは決まっている気がする。

 クリスマス・イヴってこともあるし丁度良さそうだ。

 

「私が要領悪いだけかな? アポロの言葉の意味が分からないんだ。警視監と戦う際にコクの姿は必要無いじゃない。別にいますぐやめても問題はないと思うんだけど」

「……確かに、それはお前の言うとおりだ」

 

 誰の目から見ても明らかな正論という事もあり、俺は言い返せない。

 だが反論できないのはそれだけではなかった。

 責め立てるような彼女の口調に、少なからず怯んでしまっている。

 そしてマユ自身もそれは理解していたようで、これ幸いと間髪を容れずに詰め寄ってきた。

 

「聞いてアポロ。あなたが今いるその立場を明確に言語化するから、聞き漏らさずに全部頭に詰め込んで」

 

 身体が密着する位置まで距離を詰めた。

 彼女よりも身長が高いおかげで顔はまだ離れているが、もしマユが背伸びでもしたらそのままキスできてしまうくらいには近い。

 コイツの距離感どうなってんだよ。

 そういうのドキドキしちゃうので勘弁してください──なんて茶化せる雰囲気でもない為、端的に言って現在の状況は地獄そのものだ。

 そんな逃げ出したい気持ちが顔に出かかっている俺を前にしても、マユは構わず滔々と話を続けた。

 

「ほぼ全ての人類が洗脳された世界をも救ってしまえる程の強い力を持っていながら、アポロが口にする言葉なら大抵のことは信じてしまうくらい、誰よりもあなたを信頼してくれている──人望ある親友がいる」

 

 誰の事を言っているのか一瞬で理解できる。

 しかし俺が口を挟む隙はない。

 

「どんな状況でもあなたを見捨てず、支え続け、真実を知っても尚付き従ってあろうことか敬愛の念すら抱いて、未だに慕ってくれているような……理想の後輩がいる。しかもすっごくかわいい女の子」

 

 マユはこちらを煽る様に笑みを浮かべる。

 当然分かってるだろう──彼女の表情がそんな言葉を物語っていた。

 

「あなたを兄の様に想ってくれている少女もいれば、学生が出歩いちゃいけないこんな深夜でもあなたの為に学校を抜け出して、職務や矜持よりもあなたを優先して協力してくれる生徒会長もいる。他にも沢山いてもうキリがない。

 学校を休んで国を飛び出してまであなたを探しに向かったり、心身ともに限界を迎えていたあなたを熱心に支えて怪我を治すばかりかメンタルケアまでしてくれたり──ねぇ、分かる?」

 

 当然だ、わからない筈がない。

 マユの言わんとしていることは、否が応でも自覚させられてしまった。

 

「……あぁ、分かる」

「答えてみて?」

「俺は、恵まれてる」

「そう」

 

 そうだよ。周りを見ればすぐに自覚できるはずじゃん。

 言いながら、マユは呆れたように息を吐いた。

 

「だったらこれ以上の何を望むの? 凄い親友がいて、女の子たちには囲まれて、頼れる人がたくさんいてさ。

 はたから見れば今のアポロ、半年前のレッカみたいな『学園の皆が羨む主人公』そのものじゃない。

 どこが不満なの。何が足りないの。どうしてこれ以上、リスクしかない遊びを続ける必要があるの?

 学園を出る前と今とじゃ状況が変わってる。音無に『学園にいて』って言われたんだ。一人で勝手にどこかへ雲隠れしようだなんてもう不可能だよ?」

 

 彼女の意見はごもっともだった。

 食い下がってはいけないタイプの正論であった。

 冷静に周囲と今の自分と半年前の俺を照らし合わせれば、現状がどれほど恵まれているのかなど秒速で理解できる。

 皆が羨む主人公……そうかもしれない。

 どうやら俺は少なからず数人から好かれているらしいし、なかでもレッカからの信頼度はどう捉えてもエベレストより高い。

 こんな自分でも、こと人間関係の関しては確実に誇れる部分があると思う。

 

 

 ──なの、だが。

 

 

「……マユ」

 

 何故だか心が反駁してしまう。

 彼女の言葉には間違った指摘など何一つ存在していなかったというのに、それは違うと言いたくなってしまった。

 

 ……いやいや、落ち着けって。

 マユの主張は正しいんだ。

 だからそれに対して返す言葉は、先ほどの事実を否定するものじゃなくて、『それでも俺は』と開き直った感じの何かそれっぽいアレこそが相応しい。……何言ってんのか分かんなくなってきた。

 

 とにかく、マユによる怒涛の詰問ラッシュは落ち着いた。

 狼狽えてばかりじゃ格好がつかないし、ここからは俺のターンに入らせてもらおう。

 俺の言うべきことはもう決まっている。

 

「俺は──コクを()()にしたいんだ」

「……は?」

 

 この主張を必ず通す。

 それがこの場で俺がやるべき最善の行動だ。

 

「ごめんアポロ。ちょっと何言ってるのか分かんない」

「そのままの意味だよ」

「どのまま?」

「だ、だから……悪い、説明不足だよな」

 

 表現を捻ったつもりは欠片も無かったのだが、やはりそう簡単には伝わらないらしい。

 もう一人の自分とはいえ、以心伝心ではない部分も存在していたようだ。

 彼女にだけはこの熱意を理解して貰わないと困る。つたわれーっ。

 

「コクっていう女の子自体は架空の存在だろ?」

「うん。アポロが演じてるキャラクターの名前だね」

「それを本物の人間として確立させたい……いや、周囲に”コクは存在するんだ”と認識させたい──っていう話だ」

「……あぁ、まあ、うん。意味は確かに伝わったよ。意味だけはね」

 

 未だに困惑して眉が斜めになってるマユ。

 そうだ、意味だけを教えたところで説得にはならない。

 この主張へ至ることになった経緯が最も大切なのだ。

 

「待ってアポロ。それってレッカにもっとコクの存在を信じ込ませるってこと? そもそもレッカからは疑われてないし、やったところで無駄なんじゃ……」

「そうじゃない。レッカだけじゃなくて()()()()()()()に信じさせるんだ」

「…………」

 

 マユは言葉を失っている。まさしく絶句だ。

 困惑というか、呆れ顔というか……引いているというか。

 ともかく彼女を黙らせることには成功した。癇癪を起こしてメッセージを送信される前に、俺の主張を全て伝えきらなければ。

 

「レッカ以外の仲間たちには音無がネタばらしをしているから、コクなんて最初からいなかったって事になってる。レッカに教えなかったのは、その事実が相当なショックになるってのがあったのと、そもそもレッカ自身が信じようとしないからだったんだろうな」

 

 一拍置いて。

 噛まないように気をつけるのと、途中で言葉のチョイスをミスらないように、頭の中を整理する。

 二秒経過。

 うん、よし、もう大丈夫だ。おそらく会話中に詰まることはない。

 軽く深呼吸をしつつ、再び口を開いた。

 

「コクが確実なものになれば、レッカにショックを与えることは無くなるし、周囲の皆も『レッカに秘密を黙ってる』っていう罪悪感から解放される。……っていうのが一つ」

「……まだ、あるんだ?」

 

 まだある。

 まだまだ、ある。

 

「まぁ……正直な話、いま口にした理由のほとんどは言い訳だ」

「なら残りは何だろう。もっとしっかりした──」

「マユ、もう察しはついてるんだろ?」

 

 言うと、彼女は初めて俺から視線を逸らした。

 

「俺自身の極めて個人的な……くだらない理由だ」

 

 こっちは本気なんだぞって雰囲気を出すために、あえて真剣な表情に切り替えてシリアスっぽい感じを醸し出していく。

 いや、まぁ普通に本気ではあるのだが、重苦しい空気に耐えられなくて途中で茶化してしまう癖があるので、それを意図的に封印する為でもある。

 彼女には誠心誠意、真っ直ぐに気持ちをぶつけていかないと。

 

「なぁマユ。確かに俺はお前の言う通り、恵まれた環境にいるよ。凄い親友、かわいい後輩、頼れる仲間たち。しかもみんな芸能人顔負けの、世界中の誰もが知ってる有名人ときた。

 この状況は、この立場は、他の人からしたら皆が羨む主人公なのかもしれない」

 

 自己分析が出来ないわけではない。

 ずっと一人で寂寥感に包まれていた半年前とは違い、自分が表舞台で活躍する眩しい連中とよく絡むようになった事は自覚している。

 

 

「……でも」

 

 

 そうすることが出来たのは、俺の力じゃない。

 誰よりも()()を、俺は理解している。

 

「俺を”弱いから”って理由で遠ざけていた友達と、対等になれたのも」

 

 自分の力じゃない。

 

「俺になんて全くこれっぽっちも興味が無かった後輩から、一緒に学園生活を送りたいだなんて、告白まがいのセリフを言われたのも」

 

 アポロ・キィの魅力によるものじゃない。

 分かっているんだ、そんなことは。

 

「文武両道で才色兼備な生徒会長から『立ち上がれたのは君のおかげだ』だなんて過大評価されたのも、姉離れが出来ずに塞ぎ込んでいた女の子を一人前の正義の味方に押し上げる事が出来たのも、身寄りのない孤独な少女を世界中の悪意から守りきることが叶ったのも──」

 

 最後にもう一つ付け足そうとして、脳内に選択肢が二つ出てきた。

 

 【自分がいま生きていられるのも】←

 【マユと出会えたことも】

 

 ……うん、コレは下にしておこう。

 

「こうしてマユと出会えた事も──全部このペンダントがあったから。

 コクという少女がいてくれたから出来たことなんだ」

「……っ」

 

 間違いなく、俺一人ではここまで来られなかった。

 きっとアポロ・キィが必要以上に頑張ったところで、結局はレッカたちヒーロー部の足を引っ張ることくらいが精々だっただろう。

 そしてまた心が折れて、俺には荷が重すぎたんだと諦めて、みんなに失望されながらまたモブに戻っていく──そんな未来が容易に想像できる。

 

 そうならなかったのは、このペンダントがあったからだ。

 

「コクという仮面があったから。コクという少女が身代わりになってくれたから、俺は身の丈以上の立場を手に入れる事が出来た。”モブ”が”主要人物”になれたのは、全部コクのおかげなんだよ」

 

 他人にコレを言ったところで、十中八九意味など伝わりはしないだろう。理解を拒まれるだろう。

 だがマユにだけは。

 もう一人の自分である彼女になら、きっと伝わるはずだ。()()()()()()()はずだ。

 もう一人の自分、なのだから。

 

「確かにコクを捨ててアポロとして生きて行こうと考えたことは何度もあった。でもダメなんだ。

 このペンダントを捨てて生きていきたいと思えるほど幸福な立場に至れたのは、間違いなくコクが俺を支えてくれていたからだ。

 コクは今の俺を形作る全てなんだよ。こいつが居なかったら今の俺はいない」

 

 だからこそ。

 

「コイツを捨てることはできない。コクに恩を返したい。存在を確立させることで、彼女の献身に報いたいんだ」

「……アポロ」

 

 マユはいつの間にか、呆れ顔から真剣な表情へと切り替わっている。

 俺の言葉が本気だと理解してくれたのだろう。熱く語った甲斐があったというものだ。

 未だに目は合わせてくれないが、きっと彼女の心は揺れ動いている。

 

「気づいてる? 今のアポロ、この世にいない存在に対して義理立てしようとしてるんだよ。分かってるの?」

「分かってるさ。きっと無意味だと思うんだろう。……でも、俺は止めない」

 

 おそらくあと一押しだ。

 

「これから生まれるんだ。みんなの中で本物の”コク”が。みんなが存在を認識してくれたのなら、そこにはもう彼女が()()。たとえ俺がコクにならなくてもコクという人間が存在するんだ」

「頭が痛くなってきた。それってみんなを騙すってことじゃない?」

「そうだ。俺の為に、コクの為に、レッカだけじゃなく全員を欺く」

「……はぁ、本当に頭痛が」

 

 ごめんねマユちゃん。

 でも今しかないから言わせてもらいます。

 ……こんな頭のおかしな事を立案して、剰え実行しようとしている辺り、やはり俺は主人公にもヒーローにもなれない──なってはいけない人間なのだろう。

 

「コクを本物にしたい。だから俺は美少女ごっこを止めない。その先に本当の美少女が待っているのだから」

「あの、ヤバいこと言ってる自覚あるのかな。鏡で自分の顔を見てみたら?」

 

 呆れた物言いをしている割に、マユの顔は明るい微笑を浮かべていた。

 仕方ないな、とでも言っているような表情だ。

 これは説得成功か、そう思った瞬間、ようやっとマユが俺と目を合わせてくれた。

 

 そして。

 

 

「今のアポロ──すっごく、狂ってるよ」

「……だろうな」

 

 

 ()()()()()()、俺も口角が釣り上がった。

 

 

 

「……ま、アポロの主張は大体分かった。それなら今すぐヒーロー部を騙す準備をしなくちゃね」

「えっ」

「とりあえず服装はボロボロにして……アレがバレるといけないから、警視監も二人でやっつけたって事にしとこうか」

「ちょっ、ちょっとマユちゃん?」

 

 待って、さすがに切り替え早すぎないか。

 どうなってんだ、これ。

 

「なに」

「サラッと協力ムーブするの、おかしくない?」

「何がおかしいの」

「な、なにがってお前……俺を止めたかったんじゃないのか?」

 

 そんな風に動揺する俺を前にして、マユはプッと吹き出した。なに笑っとんねん。

 

「アポロ。私は一言も『やめろ』なんて言ってないよ」

「…………は?」

 

 意味わからん。そういう感じの雰囲気だったじゃん。

 

「理由を聞いてただけだって。で、教えてくれたからこの話は終わり。違う? さぁホラ準備しよ」

「待ってまてまて。待てオイ。違う、違うと思うな、僕は。めっちゃ心臓バクバクしてたんだよ、ねぇキミ」

 

 ──うっっっぜえええぇぇぇぇ!!!!

 最初から協力するつもりだったのかよお前ェ! じゃああの神妙な空気は何だったんだよお前ぇ!!

 

「私はあなたなんだから、裏切るワケないでしょ。自分を裏切る自分がどこにいるの」

「い、いやっ、な……あぁっ、納得いかねぇ……!」

「どんな時でも、私はアポロの味方だよ。世界中を敵に回そうと、絶対にね」

「──えっ」

 

 トゥンク……。

 やだ、まゆすき。

 


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