短めです
疑似的なハーレムを体験した、その翌日。
「…………」
「れっちゃん、お茶とって」
「う、うん」
わけあって午前中で授業が終わった俺とレッカは、部活も無かったため俺の家に集まってゲームをしていた。
テレビゲームで、オンライン対戦。
異様に操作テクニックが卓越しているれっちゃんに介護されながら、数時間くらいコレを続けている。
「……ポッキー?」
「なんぞ」
「どうしてコクの姿のまま……?」
俺は女の子の姿だ。いつも通りラフな部屋着に着替え、だらけながらゲーム三昧。最高の放課後ですわ。
「今日はくしゃみ多いから、あらかじめ変わっておこうと思ってな」
「……コクの為ってこと?」
「そんな感じ──あっ、スマッシュボール取られた」
今のは適当だ。とりあえずレッカが来たから、反射的にコクへ変身しただけである。
ほぼ毎日男の状態で接しているわけだし、コクというもう一人の存在がいる事を踏まえると、こうする方が自然だと思った。それだけの話だ。
「っ……」
とはいえ、レッカがチラチラと胸元や太ももに視線を向けている事も理解はしている。ゆるい恰好しているからいろいろ見えそうなんだよな。
これは別にレッカがむっつりだとかそういう話ではなく、単純に俺がからかっているだけというか、誘惑したら本当に気を向けてくれるのかを実験しているのだ。
……それと、アポロのままヒーロー部の女子たちと接していると、あの個別ルートのような間違いが起きそうで怖いから、しばらく変身しておこうという気になった、というのもある。
「なに、れっちゃん」
「えっ! あっ、いや、別に」
そんな分かりやすく照れてくれるんだ。かわいいなコイツ。
一年近くハーレムを体験して、現在だって女の子からもてはやされてるってのに、根は未だに純情を保ってるのスゴイな。
俺は複数人に囲まれただけで個別ルートまで妄想してしまう、典型的な勘違い男子だってのに。おまえは凄い男だ、れっちゃん。
「うへぇー、負けたぁ」
「今の人強かったね」
「休憩しようぜ、休憩」
コントローラーを放り投げ、仰向けに寝転がった。
シャツが捲れてお腹が出てしまっている。これはセンシティブに含まれるのだろうか。
……って、うわ。
レッカめっちゃガン見してるじゃん。ちゃんとコクの身体にも反応してくれる男の子でよかった。
「お、お腹見えてるって。隠しなよ、コクの身体なんだから」
「んんー……いやぁ、アイツだって割と勝手に俺の身体を使ってるし。あんまり神経質になりすぎなくてもいいっしょ」
ゴロン、とうつ伏せに。
コクの身体のサイズからするとかなり大きくてブカブカなシャツと半ズボンなので、油断をするとすぐにずれて臍なりパンツなりがチラリと見えてしまう。
女に変身すると、あの制服のような恰好をしたコクになるわけだが、そのとき一緒に下着も女物に変わる。
だから見えてるパンツは男の穿くものではなく、薄桃色の女の子らしいパンツ──というわけだ。
「夕飯どうすっか。れっちゃん、今日は泊まってくんだろ?」
「……あっ、ぅ、うん」
見すぎじゃない? 呆けるレベルで凝視させるなんて、コクの魅力は天井知らずだな。
「えと、寮の方には外泊許可をもらったし、着替えも持ってきてるよ」
「んじゃあ、一緒に夕飯の支度だな。今日は両親帰ってこないし、マユもヒカリの家に泊まってるから俺たち二人きり」
俺とレッカの二人きりになるという事はそれすなわち、男子のバカ騒ぎが発生するという事である。
今日はなんかヤベーもんでも食いますか、親友。
「……僕、馬刺し食べたいな」
「マジ? ウマの肉? じゃあついでにユッケとかも作るか」
「ポッキーはあんまりお金ないだろ。この前の出演料は少し貰ったし、今回は僕が出すよ」
「ぐぬぬ」
親友との経済差を見せつけられて実感したが、いい加減貯金を切り崩すだけじゃ厳しくなってきたな。
そもそも旅や逃亡生活で、資金はほとんど底をついていたのだ。
バイトでも始めよう……。
一時間後。
買い物を終えた俺たちは帰宅し、さっそく夕飯の準備に取り掛かろうとしていた。
スーパーではおばちゃんに兄妹扱いされたがそこは割愛。
「ふふふ、材料は買ってもらったからな。米炊きもタレ作りもこの俺に任せるがいい」
「大丈夫なの?」
「期待して待て!」
長い後ろ髪を一つにまとめ、エプロンを装着して支度にとりかかった。
「れっちゃんはテーブルでも拭いててくれな~」
「あ、うん」
エプロン姿で料理をする少女と、邪魔にならない程度に手伝いをする男の子──この構図だけ見るとなんだか同棲してるみたいだ。
くしゃみして俺からコクに変わったら、完全に好感度を上げるためのイベントと化すなコレ。
「……なんか、同棲してるみたいだね」
「お前が言うのかよ」
俺のセリフ取らないで。照れさせるつもりだったのに、こっちが赤くなるわ。
……
…………
飯食って遊んで寝て──気がつけば翌朝だった。
結局今回はレッカとただのお泊り回をやっただけで、イベント感のある出来事は何も起きなかった。本当にちょっとだけ彼が、俺の身体をチラ見していたくらいしか記憶にない。
コクというより、ずっとアポロだった。くしゃみもしなかったし。
「んんぅ……」
目の前には、布団で眠っているレッカがいる。
そろそろ起きないと遅刻してしまうのだが、普通に起こすんじゃつまらないと考えた。
ほんの僅かでもヒロインっぽい事を出来れば満足なのだ。ちょっとだけイタズラしてしまおう。
小さくくしゃみをして鼻をかみ、コクの姿のままレッカの毛布に潜り込んでみた。
間近で彼の顔を眺めながら、ときたま頬をぷにっと突いたりして遊ぶ。
すると、ようやく主人公くんが重い瞼をあけて目覚めてくれた。良い朝ですね。
「おはよう、レッカ」
「……。…………っ!? ッ!?」
その慌てふためく姿、とても懐かしい気持ちになるな。
そういえばコクとして一緒に寝たことは無かったね。そりゃビックリもするか。
「ぽ、ぽっ、ポッキー……!?」
「んっ。わたし」
「コク、なのか……? ぃ、いやっ、もっとダメじゃないか!?」
朝だぞ、あんまり大声出さないで頂戴。
「……レッカ。ズボンが盛り上がっているけれど、何かを隠しているの?」
「違うから! とりあえず離れて!」
「むっ。あやしい」
「やめっ、やめてぇ……! 本当に何でもない朝の生理現象だからぁ……!」
……あまりいじめすぎるのも可哀想か。
一日中、距離感が異様に近くて無防備な女の子として振る舞っていた俺に耐えきった彼の為にも、そろそろオチを作ってあげなければ。
ぷち美少女ごっこにも付き合ってくれてありがとね、れっちゃん。
「へくちっ。…………んぉ、れっちゃん?」
「ポ、ポッキー。よかったぁ……」
「えっ、何この状況。お前もしかして……遂に、コクに手ぇ出したか」
「違うってばァッ!!」
えへへ、知ってる!