1:美少女ごっこして親友をからかってたらなんやかんやあって世界を救った
2:女に変身した時の自分に外見がそっくりな少女が何故か出現
3:実は生きてたラスボスと、クリスマスに殺し合いをする約束を交わした
親父が妙なことを言い出した。
悪の組織がやったように世界中の人々が洗脳されてしまうのなら、誰も洗脳されていない別の世界に一旦避難して、態勢を立て直してみるのはどうかな、と。
言わんとしている事は分かる。
この世界に逃げ場所がないのなら、別の世界に逃げればいいだろ、という至極簡単な話である。
分かる。
……わかる、けども。
いや、まぁ、やっぱり何言ってるか分かんないわ。
出来るのかな、そんなこと。
俺が警視監を倒して世界に一時の平和が訪れてから、親父はずっとその『別世界へ飛ぶ』ことを可能にする装置の研究に没頭していたらしい。
両親揃って全盛期の頃のように研究に明け暮れ、来る日も来る日も家に帰らず実験三昧。
二度と俺に重荷を背負わせないためにという理由でそんなことをしていたらしいのだが、はたから見れば単に研究に夢中になっているのは丸わかりだった。
此の子にして此の親ありというか、要するに美少女ごっこに邁進していた時期の俺と一緒だったというわけだ。
守るものや口当たりのいい建前があって、それらすべてを駆使して自分のやりたい事に全力で打ち込む。
紀依という名を持つ人間は総じてそういう性質があるのかもしれない。
結局、そんな両親の無茶な研究は驚くことに実を結び、彼らによって別の世界線へ移動する装置というものが完成したのだった。
──そんなわけで、装置の動作テストとして俺とマユが被験体になった。
これは俺自ら希望したこと……というかマユの要望を受けて提案したことだ。
彼女曰く、別の世界線をこの目で見れば、自分の出自について何かわかるかもしれないから、とのことで。
そういう事であれば協力せざるを得ないだろうという事で、俺も付き合う事にしたわけだ。
この装置で移動するのは別の世界線。
つまり以前俺が実験で見たあの『氷織と結ばれた未来』や『衣月と二人で逃亡を続ける未来』などの、別の道を歩んだ世界線へと実際に移動する形になる。
あの未来演算装置も、今回の研究の過程で生まれたものだったようだ。
つまり別世界と言っても、凄い近未来のSF世界だったり巨大なモンスターをハントする世界とかではないらしい。少し残念。
ややあって、ついにテレポート。
俺とマユの二人は両親が作ったなんかすごい装置の力によって、俺たちとは別の道を辿っている世界線へ──こちらがオリジナルと仮定した場合の『IF世界線』へと転移した。
そして。
「…………嘘つくんじゃないわよ。キィは死んだんだから」
「……あの」
「黙りなさいッ! アタシの質問にだけ答えろって言ったでしょ! アンタたち本当は誰なの!?」
……転移して早々、俺たちはなぜか風魔法を操る姉妹の姉のほうである、カゼコ・ウィンドに
◆
結論から先に言うと、ここは悪の組織に敗北した世界線──とのことで。
いまいちピンと来なかったのだが、カゼコの話ではどうやらこの世界線も途中までは俺たちと同じ道筋を辿っていたらしい。
沖縄を出発し悪の組織の本拠地へ殴り込みをかけ、その際カウンターをくらって俺とライ会長と風菜の三人を除く全人類が洗脳される……という所までは同じだったようだ。
まず、俺のいたオリジナル世界線での流れを振り返ってみよう。
あっちでは会長がレッカの洗脳をゴリ押しで解き、風菜が一人で殿を務め、俺とレッカが二人きりで逃げる事になって。
俺が女から男に戻れなくなり、レッカが『コクが死んでしまった』と思い込んだため、彼の精神状態を危惧した俺が全部ウソだったんだよと告白して。
それでも頑なに信じてくれなかったレッカにウンザリして、俺が再び美少女ごっこを再開し、コクとアポロの二つの人格を持っていると演技しながら、曖昧になんやかんやあって警視監を殺して世界を救ったのがオリジナル世界線での出来事だった。
しかしこちらのIF世界線では俺の”選択”が異なっていたらしい。
結果だけを言うなら、俺は美少女ごっこを再開しなかったのだ。
レッカに全てを打ち明けても信じてくれなかったところまでは同じだが、こちらの俺はコクが死んだという誤解を美少女ごっこで打ち消さず、そのままコクが死んだものとして扱い
まあ、ヤケになったという意味では俺と変わらない。
ただノベルゲームの分岐点のように二つしかない選択肢の中で、俺は雑な二重人格美少女ごっこを、こっちの俺はそのままの現状維持を望んだ──それだけのことだった。
……で、なぜそんなアポロ・キィしか知らないような事情を知ることができたのか、だが。
「私は……いや、私になる前のアポロは、もう疲れちゃってたんだね」
「……マジですか、マユちゃん」
この世界に来てから数時間が経過し、時刻は夕方。
場所はほぼ廃墟と化した魔法学園の、ヒーロー部の部室。
なんやかんやあってカゼコによってこの場所へ連行された俺たちは、彼女が協力者を呼ぶために席を外している最中に、そんな重大な会話をしている。
「な、なんで急に思い出したんだ? ……その、昔の自分のこと……」
「分かんない。この世界のカゼコの顔を見た途端、脳裏によぎったの。……元々この世界の人間だからなのかな」
「えぇ……なにそれ……」
わけわからん。
多分シリアスなターンに入ってて、尚且つ重要な場面に遭遇してるから、マユには的確な助言を言ってやるべきなのだろうが。
今の俺は彼女の話を必死に脳内で整理するだけで手いっぱいだった。
なんだろう、世界を移動してから情報量が多すぎてそろそろ泣きそうだぞ。
落ち着け。
いったん冷静になって、言われた情報をしっかりと整理しよう。
──マユは、この世界の俺だった。
この言い方は少し語弊があるかもしれない。
もう少し詳しく言うのなら、記憶を失ったアポロ・キィに芽生えた、もう一つの新しい人格……だった。
らしい。
……だめだ、よく分からん。
とにかくアポロ・キィではない、とだけ覚えておこう。
まず、俺が美少女ごっこを再開しなかった場合、レッカは女の体になった俺を守る事に必死で、とても刹那的で強引な行動ばかり取るようになってしまったらしい。
そんなレッカに守られてるアポロは彼に対して反発できず、世界を救うどころか状況は悪化する一方で、終いには魔王が完全に復活してしまう始末。
こちらの世界以上にめちゃくちゃ体を張ったライ会長のおかげでヒーロー部のメンバーたちは洗脳が解けたものの、世界中が敵で尚且つ魔王とかいうワケわからん最強無敵ファンタジー存在がいる状況では多勢に無勢。
逃走が困難になるにつれてヒーロー部は各地へ散り散りに。
紆余曲折あって魔王とタイマンを張る事になったレッカは、あまりにも強大な敵に孤軍奮闘するも敗北。
魔王が彼を次元の狭間に放り捨てようとしたところを俺が庇って、次元の狭間とかいう意味不明な空間にブチ込まれたこの世界のアポロ・キィは死亡した──という扱いになっていたらしい。
だからカゼコも『キィは死んだ』と言って、俺たちの存在を信じてくれなかった冒頭の場面に繋がるわけだ。
「次元の狭間を彷徨う内に、こっちのアポロの肉体は記憶と共に消えてなくなった。……で、魂が完全に消え去るその前に、アポロがいるオリジナル世界線に流れ着いて、自分と同じ存在であるあなたの魂と共鳴し入り込んだ」
魂の共鳴とか、なんだか話がスピリチュアルになってきたな。
もう細かい事情はなんとなくで、ほとんどニュアンスだけで話を理解してる状況だぞ、こっちは。
「最初は、魂だけの存在だったからアポロの夢にしか現れなかったけど。……アポロが胴体をビームでブチ抜かれて瀕死になって、その時に入り込んできた勇者と魔王の力の残滓を半ば無意識に吸収して──これ」
コレ?
「これ」
…………えっと。
「そうして私が現実世界に肉体を持って誕生したの。……ここまでの話、理解できた?」
「……ごめんなさい」
理屈では分かるような気がしないでもないけど、そんな大量の情報を一気にぶつけられても、すぐさま咀嚼してハイわかりましたなんて事が出来るほど頭は良くないんだよな……。
もう少し簡単にまとめてほしい。
「つまり、アポロが美少女ごっこを辞めた世界線がここなの」
途轍もなく分かりやすい、ドストレートな表現でようやく少しだけ状況が飲み込めた気がする。
「アポロがあの時美少女ごっこを再開しなかった場合、こんな感じで世界が魔王に支配されるバッドエンドになってたってことだよ。分かった?」
「……まぁ、はい。なんとなくだけど理解できた」
つまりなんだ。
アレか。
オリジナル世界線では、俺が美少女ごっこを再開したから世界を救えたってことなのか。
……美少女ごっこって世界を救うんだ。知らなかったな。