「……なんで、こんなことしてたんだっけ」
月満ちる静寂の夜。
ヒトひとりいやしない公園のベンチで、空を仰ぎながら力なく呟いた。
俺のそばには誰もおらず、ただ手元に二つのペンダントがあるのみ。
思考する。
顧みる。
これまでしてきた自らの行いを、改めて思い返してみた。
といっても、なんら難しいことをしてきたわけではない。
至ってシンプルな、簡潔に言い表せる結論だ。
──美少女ごっこがしたかった。
俺はただ、それだけだった。
高校生になったばかりの頃、体育の授業でペアを決めることになった。
友達作りに成功している生徒ならいざ知らず、未だ学校やクラスに馴染めていない人間からすれば地獄のような提案だ。
案の定、俺は余って。
そしたら、意外なことにもう一人余っていて。
半強制的にその男子と組むことになり、俺は一時的に孤独ではない状態になることができた。
ペアを組んだ男子、彼の名はレッカ。
レッカ・ファイア。
高校生になった自分にとって、彼は初めての友人であった。
まず先に声をかけたのはどちらからだったか。
始まりの合図は覚えていない。
だが話していくうちに互いを理解して、気がつけば放課後に会う約束をする仲にまでなっていた。
そうなることができたのは、田舎から出てきた自分と、実家から飛び出してきたレッカ──条件は違えど、高校に馴染めず知り合いがいないという、二人だけの共通点があったことが大きな要因だったように思う。
休み時間にちょっとした話をして。
一緒に昼食をとって。
適当に街をぶらついたり、片方の自室へ赴いてゲームをしたり、時たまくだらない遊びなんかもしながら、そうして俺たちは二人だけの狭いコミュニティを築いていった。
この上なく充実していた。
それだけで、満足だった。
しかし、ある日。
その友人が腕に包帯を巻いて登校してきた。
中二病になっちゃった、だとか茶化してきたが、どこをどう見ても手の甲に酷い怪我を負っているのは明白だった。
転んだか、事故に遭ったか、それか喧嘩でもしたのか。
聞いても誤魔化して答えてくれないから、聞かれたくないことなんだなと、飲み込んでその怪我のことは気にしないことにした。
高校生とは多感でなんでもしたがる年頃だ。
怪我をするくらい不思議なことではないんだろうな、と自分を納得させた。
もし人には知られたくないような、恥ずかしい遊びなんかで負った傷なら、確かに自分でも恥ずかしくて人には絶対に教えたくないと考えるだろう。
だから、詮索はやめておこう。
親しき中にも礼儀あり、だ。
──怪我がそれだけなら、俺もそうやって割り切ることができたのだが。
日を追うごとにレッカの傷が増えていく。
ひどいときなんか、二週間以上も入院することだってあった。
我慢が、できなくなった。
俺と遊ぶ時間が減っていったことに関しては、この際だから無視した。
彼にも事情があるのだろう、もっと仲の良い友達でもできたのだろう、もしくはアルバイトに精を出しているのだろう、と。
しかしレッカの怪我や多忙具合は、彼の個人的な都合だから、と納得できる範囲をはるかに逸脱していたから。
放課後、額から血を流してフラフラしている彼を見つけて、堪忍袋の緒が切れた自分は詰め寄った。
『お前いつも何してんだ』
『危険なことなら、今すぐやめてくれ』
そう言っても、レッカは聞いてくれなかった。
ある日の晩、スーパーへ買い出しに向かった帰り道で、偶然レッカを見つけたのだが。
声をかけることはできなかった。
そんなことが可能な状況ではなかった。
彼は──闘っていたのだ。
ゲームとかアニメとか、そういう話の中でよく見かける”戦う高校生”という立場に、彼はあった。
手から炎を出して、顔を強く殴り飛ばして、とにかく悪い人と暴力を振るい合っていた。
そりゃあ、怪我もするだろう。
入院したとしても不思議ではないだろう。
来る日も来る日も殺し合いをしていたのだから、無事で済むわけがないだろう。
このことを話さなかったのは、こういった事情に巻き込まないため。
俺のことを心配して、俺のことを突き放していた。
その事実を理解した頃には、これがどうして俺は憤りを覚えていた。
親友が命を懸けなければならない状況を。
そんな彼に対して何もしてやれない自分の無力さを。
だけど、社交性も身体能力も、これといった長所が何もない俺では、戦いの場に赴いても大怪我を負って病院送りになるのが関の山。
何もできないことを知っていたから、何もしなかった。
ずっとずっと言い訳を続けて、俺は傍観者であり続けた。
──しかしある日、俺はレッカに戦いを強制させている大元の原因をこの目で発見したのだ。
市民のヒーロー部。
そんな、一風変わった名前の部活に、彼は席を置いていた。
部員、七人。
レッカを除くと女子六人。
そこには三年の生徒会長さんとか、有名財閥のご令嬢とか、小市民の自分とは一線を画すような存在が多数在籍していて。
その中の誰もがヒトを魅了する強い輝きを有していて、そんな彼女ら全員をレッカは魅了していた。
あぁ、なるほど。
こいつらが理由か、と。
六人の少女たちとの関係性が親友を縛り付け、命の危険が伴う戦場へ向かわせていたのだと、理解することができた。
それが分かったらどうすればいいのか──答えはシンプルだ。
引き剝がせばいい。
ヒーロー部とかいう意味不明なよくわからん美少女サークルから彼を引き抜けば、親友は今まで通りの普通の高校生に戻ることができる。
ヒロインたちを救いながら世界を守る勇敢なハーレム主人公ではなく、ただ毎日を青春に消化する一介の男子高校生に戻ってほしかった。
彼が戦わなくなることで発生する不具合など知ったことではない。
高校生の子供が命を張っていい理由などあるわけがない。
世界の秩序を守るのは大勢いる大人たちの仕事なんだから、親友がわざわざ無茶をする必要なんてないだろう、と。
そう思ってからは、早かった。
かつて優秀な研究者だった父の発明品に頼り、俺は黒髪を靡かせる美少女に変身した。
友人の俺の言葉が届かないなら、別の手段を試せばいい。
レッカを引き付けるナニかを演じる──思いついた方法はそれだった。
此方に関心を向けさせ、ヒーロー部のことなどどうでもいいと思わせてしまえば俺の勝ちだ。
これでいこう。
俺の友人のために。
彼の大切な青春のために。
俺の親友を救おう──
「……いや、違うよなぁ」
乾いた笑いが喉から漏れ出る。
そうだ。
確かに親友のレッカをただの高校生に戻してやりたい気持ちはあった。
また馬鹿なことしながら遊んで、彼と楽しい毎日を過ごしたいと思っていた。
だが、しかし。
やはり、冷静に考えると。
きっと、いままで思い返したソレは、客観的に見たときに自分を正当化するための口実であり、高尚なお気持ち表明ってやつなのだ。
俺が黒髪の少女に変身した本当の理由に、絡み合った複雑な事情などありはしなかった。
ただ、面白いことがしたかった。
仲のいい友達と距離が生まれてしまって、暇になったから。
シリアスな世界で主人公ぶっている親友をからかって、楽しく笑いたかったからそれを始めた。
ハーレムに属さない、唯一無二の特別なヒロインを演じてみるのも、面白そうだと思っていた。
いかにも只者ではなさそうな雰囲気を醸し出すことで、すっかり主人公属性が板についた友人や、彼と共にライトノベルもどきの学園バトル活劇を続ける
お前ら、ただの高校生だろ。
危険なことして世界を守るなんて、話の中だけで十分なんだよ。
学園バトルものの登場人物みたいに戦いの場に慣れて、シリアスに振る舞う立場に酔いしれて、一度しかない青春を対価にしてまで、命かけて戦ってんじゃねえよ。
もっと普通に学園生活を送ればいいだろ──って。
遠回しにこう言って、RPGのキャラみたいに世界を守ることに従事してるアホどもを解散させてやりたかったんだ。
いいんだよ、そういう危ないのは無い世界観で。
さっさと少年少女の戦いを終わらせて、あとは学園に通いながらレッカの恋愛物語を眺められればそれでよかった。
そりゃあ、ただの友人ポジションは暇だから、たまに美少女ごっこしてからかったりはするけど、逆に言えばそれ以上のことは何もしないし。
戦わなくてもラブコメはできるだろ。
難しいことは大人に任せればいいよ。
「だから、美少女ごっこして気持ちよくなりながら、その立場を利用してあいつらに戦いを止めさせて──」
それで、終わり。
そうなれば、いい。
いや、たぶん、もうそうなってる。
「……」
ヒーロー部はほとんど戦わなくなった。
困ってる人は助けるけど、血みどろな戦いはほとんどしなくなった。
「……あぁ」
彼らは青春を謳歌している。
世界を救って有名人にこそなりはしたが、それでも彼らなりの学園生活を送れている。
「あぁー、そっか。……俺か」
そうだ。
明日、とある人と殺し合いをする。
そんな約束を二ヵ月前に交わした。
部活メンバーで集まって、みんながクリスマスパーティをしている中で、俺は席を外してひとり、悪人とゲームをすることになっている。
「……なんで、こんなことになってるんだっけ」
友人たちがクリスマスパーティといういかにも学生らしいイベントをするというのに、どうして俺は未だ血生臭い世界にいるのだろうか。
その疑問には、すでに答えが出ている。
「俺が……美少女ごっこをしたから、か。……ははっ」
自虐ではなく、本当に面白くなって笑ってしまった。
友達をからかうつもりで美少女に変身してたら、ものすごいしっぺ返しを食らっているのだからお笑いだ。
「っふふ、はははっ。いやぁ……何してんだろうな、俺って」
ただの高校生だろ。命をかけて戦うなんて、話の中だけで十分なんだよ。
……なんて、あいつらに言いたかったセリフが全部自分に返ってきている。
こんなに愉快なことがあるか。
ミイラ取りがミイラになってるじゃないか。
なんで俺だけ命がけで悪と戦ってんだよ。
「……はぁ。よしっ、やる気でた」
すっくとベンチから立ち上がり、頬を叩いて自らを鼓舞した。
思い返せば、最近はずっとシリアス主人公ごっこをしていた。
藤宮衣月という少女を庇ってから、荷が重すぎる異常が津波のように押し寄せてきていたからだ。
でも、俺が本来やりたかったのは、美少女たちに囲まれてムカつく親友を、美少女に変身してからかって遊ぶという、この世の終わりみたいな遊びだけなのだ。
明日殺し合いの予定が組まれている、あのロリっ娘アンドロイドに意識を入れ替えた、因縁の相手である警視監に勝てばその遊びも再び可能になる。
負けたらまぁ、それまでの男だったというだけの話だ。
シリアスな空気に流されて、懊悩するのはもうやめた。
俺は本来そういうのを茶化す立場だったんだから、いい加減暗い雰囲気は終わりにしよう。
「そうと決まれば最終調整だな。帰ろ」
今朝、ようやく”アポロ・キィ”の姿に変身できるペンダントが完成した。
これをマユに渡し、ヒーロー部のクリスマスパーティは、俺の姿に変身した彼女に乗り切ってもらう予定になっている。
俺が負けて死んだら、海外に飛んだとか適当に誤魔化してもらう算段だ。
抜かりはない。
これで安心して警視監とのデスゲームに専念できる──
「キィくんッ!!」
──と考えて、さっそく帰ろうと歩き出したその時だった。
不意に誰かが、俺の背中に大きな声を浴びせてきたのは。
…………普通にめちゃくちゃビビった。
心臓が跳ねたわ。
「はぁっ、はぁっ。……ようやく、見つけた」
現れたのは、緑色の髪が特徴的な学生服の少女。
使いやすい風魔法を伝授して、何度も窮地を脱するきっかけをくれた恩人。
そして数週間前に『本当の私をみつけて』と、コクが一番最後に謎の美少女ムーブをかました相手。
──風菜・ウィンド。
俺が変身した姿である美少女ことコクに対して、淡い恋心を抱いてくれていた女の子でもある、ヒーロー部の一員だった。
「……答えは出たのか?」
俺が女を演じている男なのか、それとも男を演じている女なのか。
それを見極めてくれと、以前の彼女に告げた。
あの後は人格が分裂したとかいろんな嘘が錯綜したが、聡い彼女ならそれらが偽りであったと察していてもおかしくない。
衣月や音無、ライ部長ですらもそれを察している節があった。
だからきっと、何を言われても驚かない。
……驚かないフリ、を頑張ろう。
「はい、出ました。あたしのなかで結論が。……きっと、こうだって」
「……聞かせてくれるか?」
頑張ってポーカーフェイスを保っている俺とは異なり、風菜は走ってここまで来た疲弊こそあれど、顔つきは極めて冷静だ。
「あなたは──キィくんは、キィくんです。コクさんじゃない。
……あの人は、この世に存在しない」
あの黒髪美少女は俺が変身した姿。
コクなんて少女は存在しない、と。
最初から事情を共有していた衣月以外で、初めてそう言い切ったのは親友ではなく、俺がずっと嘘だけを教えてきた少女だった。
「衣月さんみたいに一緒にいたわけじゃないし、レッカさんみたいな強い信頼関係を築いてきたなんてこともない──だからこそ、あたしはあたしのわかる範囲で、キィくんとコクさんのことを考えました」
淡々とこれまでの俺の行動、その真相を語っていく。
その姿を前にしたいまの俺は、さながら蛇に睨まれたカエル。
平静を保ったフリをしながら心臓バクバクで緊張し続けることしかできない。
「ヒーロー部が追い詰められたとき、あたしがワガママを言って動こうとしなかったから、キィくんはあたしを奮い立たせるために優しい女の子として振舞ってくれた」
レッカに対してはやけに距離を作っているのに、風菜に対してはかなり甘かった、というコクの矛盾点を突いてくる。
なるほど、確かにそうだった。
相手は二人とも同じヒーロー部の部員なのにもかかわらず、彼女に対して都合よく振る舞い過ぎていた。
それから──
「あたしたちの前から姿を消したあとの、ボロボロの瀕死状態で発見したときのキィくん……ヒーロー部総出でお世話していたときのキィくんは、どうしようもなく
警視監を殺し、その報復として悪の組織の残党に四六時中命を狙われながら、世界各地を逃げ回ったあとのことだ。
俺が精神的に死んでいて、それを発見したヒーロー部の女子たちから、献身的なメンタルケアと日常生活のサポートを受けていた。
あの時の俺は文字通り死んでいたから、美少女ごっこができるほどの気力が残っているはずもなく、ただ女の姿から男に戻れないアポロ・キィとしてそこにいた。
それが決定的な証拠。
あとから俺がどれほどハッタリ利かして設定を追加しようが、アレは揺るがぬ真実なのだ。
「……敵の特殊な攻撃を受けて、くしゃみで人格が変わるようになったって聞いたときは、正直言うと嬉しかったんです。コクさんは本当にいたんだ、幻想じゃなかったんだって」
「それは──」
「分かってます。全部。……ぜんぶ、わかってますから」
いつの間にか、風菜は目と鼻の先に立っている。
魔法も身体能力も彼女が格上である以上、これでは物理的に逃げられない。
聞くしかない。
これまで欺いてきた少女の、俺ではない俺に恋をしてくれた大切な存在の言葉を。
「コクさんがいるって信じたいのは、キィくんも同じだったんですよね。だから二重人格のように振る舞ってた」
「風菜……」
「……あたしの抱いた淡い幻想を、壊さないために。あたしのために、キィくんはあの少女として振舞ってくれていた」
──はい?
「…………へっ?」
「あたしに恋心を抱かせた責任を取ろうとして、みんなに嘘をつくってリスクを抱えてまで、コクさんでいてくれた。……優しすぎますよ、キィくんは」
「え、えっと。ちょっと待ってくれるか、風菜?」
「ふふっ。もう、だいじょうぶですよキィくん。さっき言ったじゃないですか、あたしはぜんぶ分かってるって」
待ってほしい。
本気で少し待ってほしい。
なにかすれ違いが発生してないか。
俺は俺のために二重人格のウソをついたのであって、風菜の心の行方まで察して行動するほどの余裕はなかったんだ。
「衣月さんを守る過程でついた必要なウソで、あたしが勝手に好きになっただけ。……それでも。道の途中で後ろについてきた、仲間でも何でもない、ただの邪魔者でしかないはずのあたしの恋心を守るために……また、ウソをついてくれた」
別にそんな、初恋の子を気遣って自分は美少女ですとウソをつき続ける優しいのかひどい詐欺師なのかよく分からないムーブをした覚えはないのに。
「だから、たぶん……こんな気持ちになっちゃったのかな」
風菜が優しく微笑んでいる。
き、気持ち……?
なんだろう、見当がつかない。
いや待て、アレか。
もしかしてこれまでの全ての感情が怒りに変換されて、ついに俺をボコボコにしに来たのか。
過去の罪状を鑑みれば、今この場で殺されても何らおかしくはない。
初恋の相手は、実は女に変身して自分を騙してた男でした、なんて種明かしをされたら許せなくなるのも当然だろう。
ヤバい。
宿敵と殺し合いをする前に、過去の罪の清算で死ぬことになってしまう。
どうすれば。
俺はいったいどうすればいいんだ。
いっそ潔くぜんぶバラして──
「好きです、キィくん」
……。
「…………」
……。
…………。
「えっ」
──えっ。
「うへへ。……い、いっちゃった」
「…………えっ、え」
一瞬世界中の時が止まったような、思考が真っ白になるような、背後からいきなり銅鑼を鳴らされたような──とてつもない衝撃を全身に感じた。
告白。
告白だ。
おれ、いま、告白された。
メジャーリーガーでも目を疑うような、どストレートの剛速球をぶん投げられた。
「な、なっ、なにいって……!」
「聞いてください、キィくん」
なのに。
だというのに。
風菜は俺の気持ちなぞ露知らず、もしくは意図的に無視しているのか、とにかく自分のペースを崩す様子が見受けられない。
つよすぎる。
俺が出会ってきたこれまでの誰よりも、この場にいる彼女は間違いなく無敵の存在だ。
「コクさんの頃から察していたと思うけど、あたしは女の子が好きです。恋愛とか小さいときからよく分からなくて、お姉ちゃんみたいにフワフワでやわらかくて、気兼ねなく接することができるから、女の子が好きでした」
一歩。
こちらへ歩み寄ってくれた彼女を間近にして──ようやく気づいた。
ほんの少し、頬が赤みを帯びている。
「同年代も年上も、男の人はみんな苦手でした。仲良くなった子は、高学年になったら素っ気なくなったり、イタズラをしてくるようになったし。お父さんは大きい声で怒鳴るし、痛いこともしてくるし、あたしをさらった悪の組織の人たちも、みんなそんな感じだったから」
無敵だ何だと言っていたが、それはちがう。
彼女よりも俺のほうが、もっと大きな勘違いをしていた。
「レッカさんはお姉ちゃんの好きな人だから、あんまり近づかないようにしようって思って。……だから、まともな恋愛なんてしたことありません。いまの気持ちだってもしかしたら何か間違ってるかも。
でも、それでもいいんです」
いま自分の目の前にいるのは、恥ずかしい気持ちを押し殺して、異性に想いを伝える──ただの恋する少女だったのだ。
「上辺だけ好きだった女の子も、仲良くなりたいけど苦手だった男の人のことも、いまはどうでもいい話。あたしは、ただ──」
精一杯の勇気を振り絞って、彼女はこちらの手を握る。
だが、強くない。
自信のなさそうな、弱々しい力だ。
握るというより、そっと触れていると言ったほうが正しいかもしれない。
相手からの拒絶や困惑、自らに湧き上がる羞恥や恐怖など、それら全てを飲み込んで風菜は告げる。
「ただ、キィくんに恋をしました」
満面の笑みで、恥ずかしそうに、嬉しそうに。
ずっとずっと真っすぐに、眩しいくらいの好意を告白してくれた。
「ぇ、えへへ……」
頬が赤い。
顔が熱い。
それはきっと、俺にも言えることなのだろう。
あまりにも恥ずかしくて──それ以上に嬉しくて。
「好きです。好きだから、もっと知りたいです。キィくんのことを、もっともっと教えてほしいです。……だから。もし、キィくんが嫌じゃないなら」
生まれて初めて、真正面から『恋をしている』と、シンプルに『好きです』と伝えられて。
「お話し、してくれませんか。……もう、一人でどこかにいくなんて、そんなこと言わないでください。キィくんは一人じゃありません。
あたしがいます。あたしが、そばに──」
「ま、まって」
「えっ……?」
そんなこと言われて、多感な男子高校生が、平静を保てるわけがない。
比喩抜きに顔から火が出そうなのに、シリアスな空気なんて継続させられるはずがない。
「すっ、す、す……座らない? 風菜あのっ、ぁ、いっ、一旦ベンチに、一旦……すっ、座りませんか……?」
「あ……う、うん。じゃあ、えと……座りましょうか」
そうして、一旦、ベンチに座って。
──あまりにも無理すぎて、やっぱり何も言えなくなってしまった。
「っ…………」
「……えっと」
「あの、ゴメン……ほ、ほんと……ちょっと、まってくれ……ッ!」
「う、うん……」
「……、……っ!」
「……えっと、キィくん?」
「っ……!!! ッッ……!!!!」
おそらく風菜が人並みの恥ずかしさを取り戻したころ。
俺はその五百万倍くらい恥ずかしすぎて、歪みきってニヤついた表情を見せないために、顔を伏せてしまうのであった。