「こんばんは。レッカ」
──思い返せばいろいろあった。
それはもう、目まぐるしい程のイベントの数々が、眼前にいるこの少年と自分の周囲で、嵐のように飛び交っていた。
様々な事情を抱えた一癖も二癖もある美少女たちや、創作からそのまま飛び出してきたようなコッテコテの悪役共であったり、とにかくこちらを暇させない連中がたくさんいた。
彼ら彼女らに振り回されてこんなにも数多くの死線とラブコメを渡り歩いた男子高校生は、この世に俺と“彼"の二人をおいて他にはいないだろう。
レッカ・ファイアという少年──親友は巨悪を打倒し救世の英雄になり、俺は世界中の悪い奴らから命を狙われる犯罪者と化したり、分裂したり異世界へ行ったり敵も仲間も自分の立場さえも右往左往の二転三転を続けてきた。
けれどやはりコレは、俺とアイツの二人から始まった物語だ。
だから結局何があろうと最後にはここへ収束する。
レッカと俺は、他に誰もいない高層ビルの屋上に立ち、二人で向かい合っていた。
これが俺にとっての正真正銘、最後の美少女ごっこになるだろう。
「私たちもそろそろ──エンディングへ入ろう」
「……あぁ、コク」
ここまでの経緯は簡単だ。
また、俺たち二人は非日常に巻き込まれた。
本当にただ、それだけの事である。
俺がとある少女から告白をされたり、発破をかけられたり、長い事停滞していた互いの関係性を整理し直して一歩先へ進んだのと同じように、親友で主人公で元ハーレムの中心だったレッカにも、ここへ訪れるまでに様々なドラマがあったに違いない。
だがそれは二の次で、本題ではない。
世界の事も仲間たちとの恋路の行方も関係ない。
ここで行うのは、数々のイベントに巻き込んできた悪役共や忙しない青春に緩急を与え続けてくれたあの少女たちの事でもなく──俺たち二人の話だ。
ここで決着をつけるために、俺たちはこうして向かい合っている。
「……とりあえず寒すぎるからコンビニいこ」
「えっ。……う、うん」
だがクリスマスを迎えた深夜の外は極寒の一言であり、寒さに屈した俺たちはシリアスな空気を保つことが出来ずそそくさと屋上を降りて付近のコンビニへと向かうのであった。さむい。
◆
「えっ……フッたんだ、みんなのこと」
「うん。これまでどっちつかずな態度だったことを謝って……想いを告げなきゃいけない相手がいるってみんなに言ってから、ここに来た」
「それは、なんというか……そうですか……」
場所はどこかの公園のベンチ。
クリスマス・イブだというのにイルミネーションの一つも無い小さな公園に並んで座り、暗い寒空の下で缶コーヒーを嗜んでいる。
そしてここで互いに全てを話した。
いま、俺たちを縛るものはもう何もない。
「でも、ごめんなさい。私は
「……そっか。──ありがとう。ちゃんと答えを返してくれて」
「んんっ…………フッた相手に感謝するってどうなの?」
「せめて言わせてくれよ。辛いことも苦しいこともあったけど、君に恋をしていた時間は間違いなく充実してたんだ」
「……まぁ、そういうことを真正面から言えるのは本当にレッカの才能だと思う。そりゃモテる」
「いまさっき君にはフラれたけどね」
「うぐっ」
二人の間に緊張はない。
覚悟を決めた、というよりはお互いに観念した、と言ったほうが正しいと思う。
──これまでの長い長い道程に反して“清算”はあっさりしていた。
学園を襲った悪いヤツらはみんなで協力してやっつけて。
俺とレッカは、それぞれ自分と関わってくれた少女たちと話をつけて。
ふたりで大切な話をすると告げ、彼女たちの前から姿を晦まして、今に至る。
話し合いは簡潔であまりにも緊張感のない状態だが、ここに来るまでは本当に長かった。
まず親友が一昔前のライトノベルの主人公かのごとく戦いに巻き込まれて。
あれよあれよという間に彼を想い慕うヒロインたちが増えていき、気がつけばレッカ・ファイアはありきたりなハーレム主人公としか言えないような立ち位置に君臨していた。
ズルい。
羨ましい。
何より俺だけ蚊帳の外なのが許せない。
そういった考えから、俺はかつて父親が開発した『美少女に変身できるペンダント』を手にして介入を始めた。
これが全ての始まり──謎の少女コクの幕開けだった。
狙う立場は親友のメインヒロイン。
具体的には物語の中盤辺りから謎の人物として参加して、他のヒロインとは一線を画すような特別な立場を利用して最終的に主人公の関心ごとメインヒロインの立場を掻っ攫っていくようなズルい美少女。
そのヒロインになることができれば
……いや、まぁ、計画と呼べるほど綿密な作戦は何も考えていなかったが。今にして思えば粗雑極まる行き当たりばったりな珍道中だった。
しかしなんやかんやありつつ、当初の目的はたったいま達成された。
レッカに告白をされた。
何人もいたヒロインたちの中から
これにてメインヒロイン面した謎の美少女ごっこは無事完遂した、というわけである。
感想はいかほどかというと──やはり最高に気持ちよかった。
いままでの旅の道中でヒーロー紛いなことをしてきた俺だったが、嬉しいことに吐瀉物にまみれた腐肉に等しいカスそのものな感性はそのままでいてくれたらしい。
これが俺、アポロ・キィの本性というわけだ。最高にクズ! ありがとうございました。
「……もう気づいてるよね、レッカ」
というわけで今一度ネタバラシの時間だ。
実は前にも一回真実を告げているのだが、その時は様々な悪条件が重なって親友がそれを信じてくれないという結果に終わってしまっていたのだ。
お互いに落ち着いた精神状態で、言う事言ってスッキリした今ならちゃんと正面から受け入れてくれることだろう。
「私はアポロ・キィ。あなたが好きって言ってくれたコクという少女は、あなたの友人が被っていたただの仮面」
「……そうだね。流石にもう信じないわけにはいかないな」
苦笑いして頬をポリポリとかくレッカ。流石にもう、ってのはどういう事だろうか。
「もうこの際だから観念するけど、君に真実を告げられた時に僕は現実逃避したんだ。……で、いろいろあって嘘がそのまま真実になってくれたりしないかなって淡い……甘すぎる期待を抱きながら過ごしてた」
あの時マジで勘違いしてたわけじゃなかったんかい。
「君が僕の前で仮面を被っていたように、僕も君のことを騙していたんだよ。……お互い様だね」
「いや私の方が罪状重いと思うけど……まぁ、レッカが言うならそうだね。おあいこ」
親友だ何だと言っておきながら、俺たちは互いに互いを騙し合っていた。
自分のために相手を謀っていたのだ。
市民に対して、世界に対して、そして共に戦ってくれた少女たちに対してどれほど良い事をしようが、俺たちは親友に対してだけは永遠に不誠実だった。
だが、不誠実を貫くのもこれで終わりだ。
二人とも観念して、何より嘘をつき続けることに疲れた。
相手からの叱責だとか失望だとか、怖いものはたくさんあったがそれでも終わらせにかかった。
ずっとこうしたかったのだ。
俺たち二人だけで、何もかもぶっちゃけて話がしたかった。で、もう我慢するのはやめようと考えたのが二人同時だった。ゆえにこうなってる。
「……正直、コクとアポロがイコールだとどうしたらいいか分からなかったんだ。コクっていう少女に恋してるのか、それとも自分を理解してくれてる親友が女の子だから好きになったのか、何も判断できなくなっちゃうから。……でも、もう──」
「レッカ、フラれたかったんだね」
「……はは。まいったな、全部見透かされてる」
よく分からんことで懊悩するくらいならフラれて楽になりたい──そう考えるのはごく自然な事だ。
ましてや俺たちは思春期真っただ中の高校生。
自らの恋路なんぞ自分の感情と自身の都合で好き勝手に解釈して、都合のいい方向に運びたいに決まってる。
だからレッカを卑怯だとは思わない。
なにせ彼の百億倍は俺の方が卑劣なのだし、人のこと言えないとかそんな次元の話じゃないからだ。
「でもコクのことが好きだったのは本当だよ。それは今でも変わらない」
「うーん……変わってほしかったけど。まぁこれは私の責任か」
「少しはね。沖縄で濡れたワンピースで誘惑してきた事は忘れてないし、アレに関しては君がやり過ぎてたと思うな。どう思う?」
「その節は大変ご迷惑をおかけしました……」
場合によっては俺とレッカがくんずほぐれつの大運動会を始める世界線が発生するレベルでギリギリの美少女ごっこだった。アレはさすがに綱渡りが過ぎたと反省してる。
「……ははっ」
「なにレッカ」
「いや、別に。……ただなんというか、ようやくモヤモヤが晴れたなって」
「……それは確かに。……ふふっ」
小さな笑い声は白い吐息になって寒空に消えていく。
もうイブは終わりだ。
日付が変わってクリスマスの当日を迎える。
プレゼントをくれる白いひげのおじさんは現れなかったが、その代わりに俺たちは少しの憂いも無いさっぱりとした距離感を手に入れることができた。
非日常に身を置くレッカを妬み羨望していた頃に、喉から手が出るほど欲しかったもの。
互いの事情を理解し合っていて、言いたいことはなんでも言う。
守ったり守られたりしない、ただ隣に立つ関係性。
告白イベントを終えて遂にそれを獲得したのだ。
いまの俺はレッカにとっての唯一無二だ。
「……で、君はこれからどうするんだい?」
「ん……」
今後の事。
それは正直あまり考えてなかった。
やりたいことややるべき事はそこそこあるが、優柔不断なのでイマイチ決まらない。
そこで親友の出番というわけだ。
「いろいろあるから、レッカの意見を聞きたい」
「何でもどうぞ」
「ありがとう。……まずはこのペンダントをどうするかなんだけど」
「……まぁ、一番大事なとこか」
俺が謎の美少女でいるためのアイテム──ここまで来るともう不要かもしれないが、この姿を好きになってくれた少女もいる。そのため、一概に男の姿が一番いいとは言えないのだ。
「これを手放せば
「そのまま持ってれば……逆にずっとコクでいるってことかな」
「うん。もう両立はしない。もう片方を完全にいないものとして扱う」
この決定に関しては、責任というより俺自身の心に区切りをつけるためだ。
ずっと繰り返してたらアポロとコクのどっちでいるべきなのか迷ってしまうし、もうそれで悩むのは終わりにしたい。
だからどっちかだ。
アポロか。
コクか。
「それをレッカに決めてほしい。
そこで主人公くんへ提示する最後の選択肢だ。
セーブもロードもないこの世界でどっちのエンドを取るのかは、最初から最後まで俺という人間を見続けてきた彼が決めるべきだと思う。
ここまできて生きたい方を自分で選ぶのはズルすぎるから。
せめて最後のルート分岐の選択肢は、俺が振り回し続けた親友の手に委ねるべきだろう。
「責任だとか、あんまり重く考えすぎないで欲しい。自分としては、本当にどっちでも上手く生きていく自信があるから」
「それはそれで困るんだけど……うん、とにかく分かったよ。僕が決めていいなら、僕が決める」
わお。目に迷いがない。これが本編最終盤の頼もしい主人公くんってやつか。
ここまで乗り気なのは正直意外だったが話が早いのはこちらとしてもありがたい。
フッて、フラれて、俺たちを取り巻く感情の矢印はその全てがリセットされた。
ここから先は彼自身が進みたい未来を選ぶだけだ。
また
さあさどうするってんだい少年。
「……なぁ、僕ってさ。たぶん精神的には最初から、ずっと君の手のひらの上だったんだよな」
そうかな。そうかも。
少なくとも美少女に扮して関心を引きまくってた最初期は、手元にある情報量の多さから鑑みても、間違いなく俺の方が精神的には優位に立っていたと思う。でなけりゃ濡れ透けワンピースのまま夜の浜辺でスカートをたくし上げながら『思い出が欲しい』だなんてギリギリアウトなからかいは出来ん。
「そこで思ったことがあるんだ。騙されてた僕自身が悪いのはもちろんだけど、それはそれとしてムカつくなって」
微笑みながらそう言って、彼は俺の首元にぶら下がっているペンダントを優しく握る。
な、なんだなんだ。
……あれ、予想以上に怒ってるのかしらレッカくん。
優しい雰囲気を感じるけど俺は恐怖を感じてるよ、ヤバいよヤバいよ。
もしかして最後は僕の手でデッド・エンドだぜェーッてオチ? バッドエンドルート入ってるこれ?
「だから決めたよ
言いながらペンダントを俺の首から外すレッカ。
まだスイッチを押してないのとすぐ近くにあるから変身は解けず、俺の姿はコクのままだ。
まるで行動の意図が読めずに狼狽していると彼は──ペンダントを自分の首にかけて
「えっ。……まっ」
瞬間、発光。
親友が眩い光に包まれたかと思ったのも束の間。
ふと気がつけば自分はこれまでの戦いの蓄積で少々逞しくなった男の肉体に戻っていて。
「……おっ、うまくいった。やっぱり誰でも使えるんだね、このペンダント」
目の前には明朗快活ながら穏やかさも併せ持ったあの優しいイケメン男子とは似ても似つかない、ちんまくて艶やかな黒髪が特徴的でジト~っとした眠そうな赤い目の少女がベンチに座っていた。
そして少女は自分の指先に魔力を込めて自分の前髪をなぞり、いったい何の魔法を使ったのか分からないが自身の髪の一部に燃える炎を彷彿とさせる赤色のメッシュを入れて、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「どうかな、ポッキー? 第三の選択肢を選ばれた気分はさ。これで僕が
…………それは。
その。
なんというか。
間違いなく、予想だにしていない展開で。
間違いなく、今日この場に於いて俺の全てを理解した、メインヒロインに相応しい立ち位置にいて。
だから。
えぇと。
つまり、あの。
「………………………………はぇ……っ」
ものの見事に──困らされてしまったようだ。
次回で最後になります。