メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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おともだち

 

 

 僕は今、頭を抱えている。

 

 友人の自宅へ赴いたら、何故か本人ではなく最近接点を持ち始めた謎の少女が、彼の衣服を身に纏って現れたのだ。何を言っているか分からないと思うが、僕もこの状況が全くもって理解できていない。

 アポロが右手を骨折したというので、料理も大変そうだと思って弁当を買って、どうせなら少し遊んでから帰ろうかな──なんて考えていた数分前の自分は実に呑気だった。

 

「とりあえず、上がれば」

「ぁ、はい。…………えっ?」

 

 お互いが固まったまま気まずい雰囲気が続くかと思いきや、まるで意に介していない様子の少女は、そのまま僕を家の中に上げてくれた。……いやここアポロの家なんだけどな。

 二階建ての一軒家であるアポロ宅だが、彼から聞いていた通り両親の姿はない。海外赴任という話は本当だったようだ。

 それはいい。問題はそこじゃない。

 

「どうぞ」

「……ど、どうも」

 

 リビングのソファに腰かけると、コクがお茶の入ったコップをテーブルの上に置いてくれた。

 しかしそれに手を伸ばすことはなく、僕は彼女が何かしでかさないか不安になり、ずっと目で追ってしまっている。

 コクは自分の分のお茶も用意すると、テーブルを挟んだ正面の座椅子にちょこんと座った。慣れているような仕草に見えるけど、彼女はどれくらいこの家の事を知っているのだろうか。

 ……いやいや、それよりも先に聞かなきゃいけないことがあるだろ。

 

「あの、アポロはどこに」

「今はいない」

 

 居ないって、もしかしてあの状態で出かけたのか……? 買い物なら手伝うし、なんなら放課後に行けばそのまま付き添ったのに。片手で大丈夫かな。

 

「きみはどうしてこの家に? ……もしかして、アポロと同棲してたり……」

「出ていけというのなら、すぐにでも出ていく」

「追い出すなんてまさか。……その、ごめん」

 

 つい邪推してしまった。余計な考えは捨てて、正確な現在の状況を聞き出さないと。

 

「余裕が無いときは、このアジトを使用していいと、協力者からは聞いている」

「アジトって……ていうか、もしかして合鍵を持たされてるのか」

「カギ、ってこれ?」

 

 少女がズボンのポケットから、ジャラっと音を立てて鍵を取り出した。

 驚くべきことに、それは合鍵ではなくアポロが普段使いしているカギそのものであった。

 

「あのバカ……まさか鍵かけずに家を出たのか……」

「少し違う。入れ替わりだったから、鍵とアジトの防衛を、私が任されている」

「い、入れ替わり?」

 

 そうなるとアポロの状況判断が早すぎることになる。

 出かける直前にコクがこの家にやってきて、そのまま彼女に留守を任せて外出したということだ。大丈夫かあいつ。

 ……分からない。そういう判断ができる程、この子を信用しているってことなのか。

 

「いつも着ている服は、洗濯とクリーニングに出している。他の衣服がないので、協力者の部屋着らしきものを拝借した」

「……それなら、せめて上着を着てくれないか」

「なぜ?」

「逆に何で気づかないの……」

 

 この家に来た時から指摘しようとしていたのだが、服の首元がゆるいせいでコクの肩が見えているのだ。

 というか肩はおろか、危うく胸元まで見えそうになってしまっている。どうしてよりにもよって、アポロが使い倒しているヨレヨレのTシャツを選んだんだ。

 それにズボンだってあれゴムが伸びきってるやつだし、ずり落ちたらヤバイ。流石にもう少し自分に合ったものを選んでほしい。

 

「コク、そこの椅子にかかってるパーカーを使ってくれ」

「必要なこと?」

「早くして」

「はい」

 

 なんとか見ないようにはしているものの、この状況が続くと目のやり場に困ってまともに応対ができない。コクが聞き分けの良いタイプでよかった。

 改めてパーカーを羽織ったコクと正面から対峙する。

 前々から質問したかった事が山積みなのだ。このままでは帰れない。

 

「……まず、君が何者なのかを教えてくれ」

「面接みたい」

「……ごめん、かなり険しい顔になってたね」

 

 確かに威圧するような雰囲気を出してしまっていたかもしれない。これは良くないな。

 僕はお茶を一口飲み、一度咳払いをしてから彼女に向き直った。

 彼女は既に僕を知っているようだが、改めて考えるとこっちから自己紹介をしたことはなかった。礼儀として、まずは自分からだろう。

 

「僕の名前はレッカ・ファイア。魔法学園の二年生で、市民のヒーロー部に所属している。普段は普通の学生として生活しているけど、必要とあらば悪とも戦う魔法使いだ。……って、こんな感じで教えてくれると助かるかな」

 

 手本を見せてから発言権をコクに渡すと、彼女は数秒ほど下を向いて逡巡したのち、顔を上げて僕を見つめた。

 

「コードネーム:漆黒。とある科学者の研究によって誕生した。所属組織は無い。活動目的は──」

 

 一拍置いて、再び口を開いた。

 

「あなたの戦いを終わらせること」

「ぼ、僕の……?」

 

 一回で理解することが出来ず、無意味に復唱してしまった。

 漆黒と名乗った彼女の目的とは、僕──つまりレッカ・ファイアの戦いを終わらせること……らしい。

 いやだめだ、全然分かんない。どういう意味だ。

 

「……僕を倒す、ってことか?」

「敵対するつもりはない。ただ、レッカがもう戦わなくてもいいようにする……という目的のために動いている」

「それは誰の指示だ」

「誰でもない。私の意思」

 

 コクはいつもの調子で、しかし確実にきっぱりと言い切った。

 それを見ただけでこの言葉は間違いなく彼女自身のモノであり、そこに嘘は無いと本能で理解できてしまった。

 

 ……頭が痛くなってきた。

 どうして彼女は、僕を戦わせたくないんだ。自分の記憶を辿ってみても、真夜中に邂逅したあの日以前に、この少女と関わりを持った出来事など存在しない。

 何のために自分を戦わせたくないのかが、まるで見当がつかない。

 

 僕が戦いをやめて喜ぶのは、現在敵対しているあの悪の組織や、犯罪に手を染める悪い魔法使いたちだけだろう。

 むしろ彼らの仲間だと言ってくれた方が納得できるというものだ。

 それなのに敵対するつもりはない、ときた。もう思考をやめたくなってくる。

 

「なんでキミは僕を知っているんだ? 悪いけど僕自身はキミの事なんて一つも知らないし、何の覚えも無い」

「…………」

「現状きみに何を言われたところで、僕はヒーロー部としての戦いをやめるつもりはないよ」

「…………私は、知っている」

 

 まるで人形の様な、美しくもあり無機質でもある、不動の表情が僅かに揺らいだ。

 

「ずっと前から、あなたを知っている」

 

 僕はすぐに気がついた。

 ほんの少し、僅かにだが──彼女の声が震えていることに。

 

「物語の主人公のように、誠実で、優しくて、強い事を知っている。だからこそ、強いからこそ、あなたは人一倍傷を負って、それを我慢出来てしまうのだと、私は知っている」

 

 どうしてそんなことを、とか。

 余計なお世話だ、とか。

 反駁したい気持ちは確かにあるのに、僕は口を挟めずにいた。

 相手は得体のしれない存在なのに。まるで自分の事を理解しているような、普通だったら癪に障るような言葉を口にされているというのに。

 静かな彼女の内に、僅かな燻りを見た。

 

 いや。

 これは──怒り、だろうか。

 

「自分の命を顧みない姿勢は、素晴らしいと思う。自己犠牲の精神が、ヒーローの本質だということも、理解している」

 

 でも、と。

 

「あなたに傷ついて欲しくないと願う人も、いる。自らの命も勘定に入れて欲しいと、戦い続けることだけが人の為になるわけではないと、そう考える人も……確かに、いる。多くの人間を救ってきたあなたは、覚えてないかもしれないけれど」

「……そんな、人が……?」

 

 呆気にとられてしまった。周囲には、僕の戦いを応援してくれる人たちしかいないのだから。

 

 僕が戦うのは当たり前のことだ。かつて世界を救った勇者の血統を受け継ぎ、ヒーロー部として戦えない人々に代わって悪を討つのが、僕の存在理由なのだといっても過言ではない。

 確かに入学したばかりの頃は自分の事ばかり考えていたが、この学園で出会った少女たちと様々な世界を目にして、僕にしかできないことをやっと理解することができたんだ。

 

「……でも僕は戦うよ。きっと人々の為に戦うことが、僕が勇者の血を受け継いで生まれた意味なんだ」

「…………はぁ。勇者とか、ヒーローとか、そういうの関係ない」

「こ、コク? ちょ、ちょっと……」

 

 珍しくため息を吐いたと思ったら、彼女は立ち上がりテーブルを跨いで、僕の目の前に移動した。

 何事かと思った次の瞬間──僕はほっぺをつねられた。

 

「いはは(たた)っ! な、なひ(なに)っ!?」

「レッカ・ファイアは十六歳の男子高校生。昔ながらのご大層な肩書きを並べて勇ましく戦う勇者じゃなくて、魔法学園に通う普通の少年。……違うの?」

「うぅ、いてて……。ぃ、いや、違わないとは思うけどさ……」

 

 頬から手を離したコクは、また元のポジションに戻って座り込んでいる。いったい何だったんだ今のは。

 

「使命に突き動かされて、命を投げ出してまで戦うとか、そういうの古い」

「ふ、古い……?」

 

 これもしかして、僕は説教を受けてるのか?

 自分よりも頭一つ小さい女の子に……。

 

「もしレッカが悪との戦いで死んだとして、悲しむ人はいると思う?」

「そりゃ、いるにはいるんじゃないかな……いや、でも」

「はい、ザコ」

 

 ざ、雑魚!?

 

「そこで開き直るのがもうダメ。古すぎ。縄文時代。自分が死んだとしても、じゃなくて残された側のことをもっと考えて行動するのが、現代(いま)風のトレンド」

「と、トレンドって……」

 

 もしかしたら僕はひどい勘違いをしていたのかもしれない。

 コクは浮世離れした謎の少女というより、現代の知識が豊富なイマドキの女の子だという可能性が浮上してきた。

 まさか、これまでに助けてきた大勢の人々のなかに、この子もいたのか……?

 

「私じゃなくて、あなたの友達の事を、もっと考えて」

「なにを言うんだ。自分の友達のことなんて、僕が一番ちゃんと考えてるに決まってるじゃないか。どんなことがあっても僕が守る」

「ナチュラルに”守る”とか言っちゃう、そういう上から目線、キモい」

「き、きもい……」

 

 彼女、意外と毒舌……?

 すごい物静かで自主性が希薄な子だと思ってたんだけど、それこそ勘違いだったのかもしれない。

 

 彼女の中には真っすぐな芯がある。それを肌で感じ取れた。

 

「友達っていうのは、対等なもの。何でもかんでも遠ざけて、過剰に守られるだけの方の気持ち、考えてみた事あるの」

「……だ、だって、友達には傷ついて欲しくないし……」

「相手もそう思ってるかもしれないのに、それは無視するんだ。何も相談しないで『おまえは関係ない』の一点張りで、協力の提案だって拒否して、戦闘の翌日には傷だらけで登校して、何を聞いても『心配しないでいい』としか言わない。お前いつか死ぬぞ」

 

 あ、あれ、コクの語気が荒い。

 

「……レッカの言うその友達って、本当に友達? あなたにとって都合のいい”日常の象徴”にしてるだけなんじゃないの」

「なっ! 知ったようなこと言うなよ! あいつは……アポロは強くないんだ! 弱いしポンコツなの! 戦場に連れて行ったら死ぬに決まってるだろ!」

「んだとテメェッ!!」

「えぇっ!?」

 

 なぜか本人でもないのにキレられた。

 すごい理不尽なはずなのにめちゃめちゃ怖かった。

 

「……って、きっとその友達も怒ると思う。だいたい、その友達の強さとかまともに知らないでしょ。あなた女の子たちとの修行はしたのに、友達との特訓とかは付き合ってあげたの?」

「い、いや、危ないからやめようって言って、魔法の特訓はさせなかった……」

「チッ、過保護がよ」

「……キャラ変わってない?」

 

 この子本当に二重人格だったりする? 普段の印象と全く違うんだけど……。

 

「一緒に特訓したら強くなれるかもしれない。レッカが思うほど弱い人間じゃないかもしれないでしょ。それを脆弱だと決めつけて、自分から遠ざけといて『守らないといけない友達』って、勝手すぎると思わないの」

「……何でそんな事をキミに言われないといけないんだ」

「私、その友達のこと知ってるから。彼の気持ちを代弁しています」

 

 まさか協力者であるアポロと僕の関係を知っているのか?

 謎に満ちた彼女なら知っていてもおかしくは無いだろうが、まさかここまで言われてしまうとは思わなかった。

 

 

 ……でも。

 

 確かにアポロの気持ち、考えた事なかったな。

 守るのが正しいとかそう思ってたわけじゃなくて、ただそうするべきだと思って、ずっとそうしてきた。

 思考停止もいいところだ。

 

 僕だって最初は弱かった。アポロと二人で、クラス内の魔法の成績は、下から数えた方が早かったくらいだ。

 強くなれたのは、入学式の日に出会ったコオリと一緒に、ヒーロー部で鍛えたからだ。そのおかげで炎の力に覚醒して、今の能力を手に入れることができた。

 

 自惚れではなく、アポロは僕の力になりたいと考えてくれた。ずっと前から態度で分かっていたのに、それを拒絶して彼の戦う力を得る機会を奪っていたんだ。

 最初は弱いだけで、現在の自分のように強くなれるかもしれないのに。

 

 

 ──いや、そう考えると、大概だ。

 よく僕の事をバカにするけれど、アポロだって大概お人好しじゃないか。

 いつもいつも僕の事を心配して、どうにかしようとして。力の差は歴然なのに。……普通なら、戦いなんて自分に関係ないって、守られることに慣れてしまうはずなのに。

 

 ……心配しすぎでしょ、あほ。

 

「ごめんコク、ちょっと行ってくる」

「どちらへ」

「アポロのとこ。たぶんいつものスーパーだろうから」

「右手を心配して、助けに行くの?」

「いいや、見ず知らずの女の子に自宅の留守を任せた、あのバカを叱りにいく」

「そう。いってらっしゃい」

 

 言うが早いか、僕は玄関で靴を履いてさっさと家を出ていった。

 

 コクの事は、今はいい。

 本気で怒ってくれたあの態度から、少なくとも敵ではないことは判断できたから。

 詳しい話ははぐらかされてしまったけど、アポロの家にいるなら事情を聞く機会はいくらでもあるんだ。

 

 今はまず、親友に一言謝りたい。

 そして右手が完治したら、とことん頼ってやろう。僕の手伝いをすることがどれほど大変なことなのかを思い知らせてやる。

 

 守るだけの存在じゃない。

 打ち明けて、相談して──本当の友達になりたい。

 ただそれだけの気持ちを抱えて、僕は夕焼けが照らす住宅街を駆け抜けるのであった。

 

 




ポ:(変身解いて着替えたら、偶然を装って合流しよ……)

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