転生したら山内でした。 作:鴨の加茂
でっかい樽みたいなポッドの中で全身をスキャンされながら、俺は『よう実』の学生服のコスプレをしたスタッフの説明を聞いていた。
スーパーリアル体験・ようこそ実力至上主義の教室へ EXPERIENCE。
半年ほど前からアミューズメント業界を賑わせている、超人気コンテンツだ。
発表と同時に予約したのに、順番が回ってくるまで随分と待たされた。それでも、半年ならラッキーなほうらしい。それもこれも第一希望を平日遊戯にしていたおかげだろう。土日に遊ぼうと思ったら、予約は二年待ちだとか。
会社帰りに寄らざるを得なかったので、やらなきゃいけないアレコレをほっぽり出して来てしまった。しわ寄せについては、まあ……考えないようにしよう。今考えるべきは、このゲームをどうやって楽しむか、だ。
スタッフの説明をさえぎってゲームの開始が遅れるのは不本意だったけど、ワクワクが抑えきれなくて、俺はつい話しかけてしまった。
「山内 春樹になって高校生活を送れるなんて、ヤバいっすよ。ところでこの、記憶を思い出すタイミングに関してなんですけど、どのタイミングでも大丈夫なんですか?」
「事前にある程度絞られたポイントから選択して貰う事になりますね。ですが選択肢は無限にあるので実質的には好きなタイミングで記憶を思い出せますよ。それと、記憶を思い出さずに原作通りの山内春樹の高校生活を体験する事も可能ですよ」
つまり、よくある大好きな世界に転生した風の楽しみも出来ると言うことだ。
それから暫くはスタッフの人と設定の確認をした。
「この、追加プログラムってどんな内容でもいいんですか?」
「そうですね。規制の入る様な内容で無ければある程度可能となってますよ。」
なるほど。つまり堀北や櫛田と○○○や○○○は出来なくても、ある程度の主人公補正を山内に宿す事はできるのか。
「はい。それではゴーグルを下ろしますね」
スタッフが端末を操作すると、額にかかっていたゴーグルが下がってきた。
「中の文字は読めますか?」
ゴーグルに設定が表示される。
操作キャラ:山内 春樹
記憶を思い出すポイント:入学前のバスの中
追加プログラム:1
どれも問題無し。
「設定に間違いございませんか?」
「ないです」
今のが最終確認だったらしく、樽型ポッドの蓋が閉まっていく。
「では始めます。楽しんできて下さい」
蓋が完全に締まりきると、ゴーグル越しの視界がブロック状のデータで埋め尽くされて──俺は、誰かの夢でも覗くみたいに、山内 春樹の少年時代をなぞりはじめた。
月城理事長代理の言葉が呼び水となり、俺の頭に、現実の記憶が流れ込んでくる。
そうだ。ここは……ゲームの世界。
うなだれたまま、俺は月城理事長代理に尋ねた。
「お前はなんでこの世界を壊す?何故そっとしておいてくれない?」
「私を作った人間は、このバーチャル世界の住人たちが嫌いで嫌いで仕方がないようです。それで私を作り、送り込みました」
「そんな理由でか……?そんなくだらない理由で!?」
「そんなもんですよ。天才プログラマーのただの暇つぶしです。そうそう、彼から伝言があります。『大人になれ』……だそうです」
「大人……?」
何を言っているんだ。俺は大人だ。それとも……
その天才プログラマーとやらが伝えようとしていることを察して、俺は喉を引きつらせた。
「さあ、現実に戻りなさい」
それについて問いつめるより早く、月城理事長代理が手をかざす。そこには光の渦が生じた。全てを飲み込もうとする光の奔流。抗う俺の体から、メッキが剥がれるように色が抜け、やつの手に吸い込まれていく。
「ぐううあああ……」
「さあ、早く!」
俺は必死に耐えた。光の渦は傍から見れば綺麗なものだろう。入学前に夢見た輝かしい高校生活と言う名の幻想にも負けていない。でも、これは破壊の光だ。誰も救えない。救おうともしない。善悪を問わずゼロに帰すだけの、暗黒にも劣る輝きだ。
「ぐああぁぁ────ッ!」
「何故そうまでしてこの世界にしがみつくのだ?」
「お前にも……お前を送り込んだ人間にも……分からないだろうな!」
───中学の頃の話だ。
小遣いを貯めて新刊が出る度に書店に向かった。
最高の小説で、俺は夢中になった。
授業中に読んで怒られる日もあったけど、そんな日はボーッと自分があの世界に居たらと空想を楽しんでいた。この試験では、あの試験ではどうやって動いて、どこのクラスを出し抜いて───
「あの頃からずっと……俺にとって、『よう実』の世界は嘘じゃなかった!」
授業も受けずに読んでいたら親を学校に呼ばれて、親から小説を全て捨てると言われてしまったとき、俺は先生を困らせるぐらい泣きわめいた。
本が捨てられる事になったから泣いたんじゃない。そこには友達がいたんだ。寛治が。健が。綾小路が。そして、もっともっと大勢のクラスメイトたちが。あいつらとお別れもいえずに離ればなれになるのが辛かった。
「たとえそれが空想でも、あいつらと過ごした時間は本物だった!」
だから俺は、高校に上がるとバイトをして、また全巻揃えた。
「この高校生活だってそうだった……。寛治と健とバカなことをやったんだ。龍園とも戦って、綾小路や堀北、櫛田に……そして、一之瀬と坂柳にも出会えた。その思い出が、全部ここに残ってる!」
俺は自分の胸を叩いた。月城理事長代理が忌々しそうに目をすがめる。
「それは虚無だ。幻影だ」
「違う!もうひとつの現実だ!」
どうしてこいつを作ったプログラマーがこの世界を嫌ったのか、俺には分かった気がした。そいつはきっと、自分の人生を選択することができなかったんだ。誰かに敷かれたレールの上をトロッコで走らされて、いつか訪れる自由を夢見るうちにレバーが壊れ、同じ場所をグルグル回り続ける羽目になって……羨ましくなったんだ。自由気ままにレールを選択できる、他のトロッコが。
「黙れ……消え去れェ!」
月城理事長代理の光が輝きを増す。凄まじい吸引力にしゃべることもままならず、俺はただ、じっと耐えることしかできなかった。
と──不意にその力が弱まる。
前に向き直ると、月城理事長代理との間で立ち塞がるように、浮かんでいる者がいた。
「南雲副会長?」
てっきり他のみんなと同じように、月城理事長代理に消されてしまったものかと……いや。どうして副会長はここに?イラつく顔面もそのままだ。副会長は、理事長代理の力の影響を受けていない。
「惑わされるな、意識をしっかり持て!」
副会長が、はっきりとした声で叫んだ。
「副会長…?」
「俺はこの世界を監視していた、アンチウイルスプログラムだ。ワクチンを用意してある。これをお前に託す!」
苦しそうな副会長の頭部がメキメキと気持ち悪く裂け、中から黄金に輝くデータが溢れ出て、それはUSBになった。
見覚えのある高度育成高等学校の紋章があしらわれたUSB。それがなんであるか、月城理事長代理もすぐ理解したようだった。能面のような顔に、はっきりと嫌悪が浮かぶ。
「理事長代理の不正、試験への介入に関するデータだ!それで……」
何かを言ってる途中で、副会長は消えてしまった。
「えっ」
周りを見渡したが、USBを刺せそうな機械など何処にも見当たらない。そもそも理事長代理と俺以外がこの空間には何も無かったのだ。
「あっ」
理事長代理の手が俺に伸び、触れられた場所から自由が効かなくなっていく。
そしてそのまま意識は落ちて─────
目が覚めた。
知らない天井なんて事はなく、知ってる天井だ。
行きの船でも見た、豪華客船の天井だった。
何があったのかと考えたが結論は直ぐに出た。夢なのだろう。
何故俺がこの世界に来たのか、何故記憶をあのバスの中で思い出したのか、あんな夢を見た後なのだからそんな事も考えてはしまうが取り敢えずは置いておこう。下手をしたらこの学校にいられる時間は1年もないのだ。だからこそ、この素晴らしい学園生活を謳歌しようではないか。