クライムトリガー   作:百合の間に男を挟むα

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アフトクラトル④

 血液に塗れた手。

 

 目の前で息絶えた見知らぬ人間。

 何度も嗅いだ鉄のような香りが周囲に散らばって、それと一緒に顔にかかった生暖かい液体。

 

「…………はは」

 

 試合中に何度も嗅いだ。

 

 僕はこの匂いが大好きだった。

 

 落ち着いて、それでいて興奮して、昂って。

 血が出る痛み、それに付随する苦しみ、相手の感情に僕の感情。何もかもを複合して快楽へと変換する僕の狂った脳は人体を構成する全てが好きだった。

 

 血が出る。

 傷が深く肉が見え、白い骨に油が付着する。

 

 そんな傷を負った男性が目の前で息絶えるのを見て、僕はどうしようもない程に興奮していた。

 

 どうしてこんな事が起きたのか、そんな事は考えなかった。

 僕の頭の中は正に革命。

 

 そうだ。

 

 ──今なら殺したって、バレやしない。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは主だった作戦を伝えるぞ」

「はいはい、よろしくね」

 

 仄暗い室内、長机に表示された投影型ディスプレイを見る。

 トリオンを利用して表示しているらしいが一体どういう技術なのか、鉱石類とかどうしてるのだろうか。

 

「作戦と言っても、トリオン兵を投入してトリガー使いが現れた所に俺かエネドラを突っ込ませるだけだが」

「ラービットで十分な気もするけどね。今回の作戦は敵トリガー使いの確保だよね?」

「ああ。俺もエネドラも捕縛向きではないからお前とラービットに確保を任せる」

 

 殺しは無しか。

 まあ仕方ない。別に殺さなくても恐怖を覚えた人間の顔は美しく儚いからね。

 

「ん、んふ。おっと失礼」

「キメぇから死ね」

「そんなこと言ったって、君も人が喚いてる様子は好きだろ?」

「一緒にすんな」

 

 まったく、連携が取れるのか不安になってくるね。

 僕はエネドラをこんなにも親しい友人だと思っているのに、どうやらエネドラからは負の感情しかやってこない。玄界にいた頃にはこんな事なかったんだけどなぁ。

 

 やっぱり社会的模範を務めなければ僕の人格は否定される立場にあるらしい。

 

「ハッハッハ、意外と仲良さそうだな」

「お前節穴か?」

「いやぁ照れるね」

「失せろ」

 

 ランバネイン曰く僕らは仲良く見えるらしい。

 前言撤回、やはり僕はこのままでも上手くいける。ソースはランバネイン。

 

「チッ……さっさと送れ!」

「エネドラ話聞いてなかったの? ラービットが先だよ」

「るせぇな! お前と離れたいんだよ!」

「んっっ……!」

 

 直接的な罵倒は中々に渋い。

 ミラや陰険隊長は遠回しに喜ばせてくれるが、エネドラは違う。ストレートに真っ直ぐに、何処までも自分の感情のみ考えて発言してくれる。

 

 その我儘さと直情的な表現は趣深いのだ。

 

「…………ふぅ」

「おいランバネイン、さっさと送れ。頼むから」

「まあ良いだろう。確保が優先だからあまり殺すなよ?」

「ハッ! 勝手に死ぬ雑魚が悪いだろが」

 

 僕が感嘆と賢者になっている間にエネドラは消えてしまった。

 へぇ、ミラのトリガー能力を少しだけ模倣できる機器があるのか。それは便利だ。

 

「普段我々が別に行動することはないからな、念のための装置だ」

「奪われる事でも想定してなけりゃ作らないもんね」

 

 本家本元が万能だから作る理由がない。

 

「さて、僕も送ってくれない? 折角だし色々試したいんだけど」

「一応これを持っていけ。一方的に遠征艇まで、三秒間ゲートが開く」

 

 そう言って手渡された指輪。

 男に指輪を渡されるのはなんだか複雑な気分になるんだけど、もしかしてランバネインはミラに直接手渡されたのか? もしそうなら嫉妬の炎を燃やさずにはいられない。

 

「了解。じゃあ適度に確保してくるよ」

「気軽にやれ。どうせ本命は兄者が用意しているからな!」

「流石は領主サマ、用意周到だねぇ」

 

 元より捕縛が目的ではあるが、だからといって期待している訳ではない。

 なんともわかりやすい根暗だ。

 

 他者を心の底から信用することはないのだろう。究極的なまでの現実主義者というか、憶測を頼りにしない上の立場の人間としては鑑だ。

 

 起動した装置を潜り、黒い円の向こう側へと辿り着く。

 

 白いトリオン兵の残骸と、それを中心に此方を見ている複数の人影。

 

「……やれやれ」

 

 僕は複数戦闘が得意じゃないんだけどな──これも領主サマの作戦かな? 

 

「ま、平原とかに放り出されないだけマシだね」

 

 事前情報と照らし合わせようか。

 相対するのは合計五人、トリオン兵の残骸と住宅街。素材は不明だけど、少なくとも木材じゃなさそうだ。強度がそれなりにあることを期待してもいいかな? 

 

 両方の掌から鎖を射出して、鎖を切り離して繋ぎ合わせる。

 

 様子見に徹している相手は近づいてくる気配もないし、遠距離からの攻撃も無し。

 多分エネドラが暴れまくったから不用意に近づくなって警告が来てるんだろうな。そういう意味で切り込み隊長がいるのは安心する。僕がその役目を担いたい。愉しそうだ。

 

 そうして軽く陣地形成を終えてから、声を出す。

 

「やあ、元気してる?」

 

 友人に話しかけるような気軽さで。

 僕からしてみれば全員友人みたいなものだ。全人類に友愛を持っている訳じゃないけど、僕は全部を愛せるからね。

 

「……何が目的だ」

「返事をしたって事は君がリーダーって事で正解かな?」

 

 有無を言わさず、アリシダを射出する。

 

 エネドラとの戦いでは使わなかったが、僕のアリシダは二つの要素に分けることができる。

 

 一つ、鎖そのものの強度を補正する。

 トリオンの消費量と比例して強度を上げられるアリシダは全力の硬さに変化させれば、ボルボロスで貫くことが出来ない程の硬さを得る。

 

 もう一つ、射出する速度。

 これはトリオンの消費量に関係ないんだけど、鎖の硬さを決めるのをリアルタイムで調整しなきゃいけないから操作難易度が上昇する。まだ使い始めて日が浅いから慣れてないんだけど──実戦なんだ、試すに限る。

 

 速度を最大限に、硬さはそれなり。

 

 流石に真正面から突破できるほどは容易くなく、周囲の人間によって阻まれる。

 

「──いいね、楽しめそうだ」

「総員展開しろ!」

 

 厳つい顔立ちの男が指示をする。

 

 先手は僕から。

 周囲に散らばっていく一人に向かってアリシダを射出、さっきので最大速度に対応できる事は理解した。なので今回は速度をそのまま、硬さを先程以上に上げることにする。

 

 僕のアリシダはこれしか無い代わりに、この基本をどれだけ使い分けられるかパターンを用意してるんだ。

 

 強化トリガーの割に完成度が低い理由は、まあ……改造する前提だよね。

 僕はよそ者で、故郷は玄界で、遠征部隊という実力者集団に入ってはいるがまだ信用足らない人間だ。だからこそ罪の鎖(アリシダ)なんてトリガーを渡されたんだろうな。

 

 伸びていくアリシダに対し、攻撃を仕掛ける剣を持った男。

 

 先程と同様に防げると判断したんだろうけど、それは甘い。

 

 インパクトの寸前で手元を軽く動かして鎖を調節する。

 連動して鏃部分が畝り剣に絡みつく。刀身部分に鎖が触れているが特に変化はなし、ただ切れるだけかな? 

 

 特殊な効果は無さそうだ。

 

「──ふふ」

 

 そのまま引き寄せるように鎖を引き、男のバランスを崩す。

 

 ──トリオン体は通常の肉体の数倍の身体能力を持つ。

 ただし、そこには個体差が出る。所詮は通常の肉体の延長線であり、元々超人的な能力を持つ人間がトリオン体を得た際どうなるのか? 

 

 アフトクラトルでは既に実証済みであった。

 

「──なんだ、この力は……!」

「そら、剣を離さなくていいのかい?」

 

 張り合おうとする男が僕と顔を見合わせる程の距離まで引き寄せられる。なるほど、これは弱いと評価される訳だ。

 

「得体の知れない相手に対して、不用意に近づくのはやめた方がいいよ」

 

 そのまま男に鏃を突き刺し、アリシダで共有する。

 捕まえるならこれで終わりだ。もう彼は僕から逃げられないし、逃がすつもりもない。

 

「それ」

 

 ブチリと、特に何の躊躇いもなく男の腕を引きちぎった。

 

「──ヅアッ……!!」

「痛い? 痛いよね、わかるよその気持ち。僕も痛いもん、苦しいよね」

 

 この燃えるような灼熱。

 切断された箇所が、言い表せないような温度に晒されてるこの感覚。火傷に火傷を重ね、凝縮された溶接を行われている様な熱。

 

「堪んないよねぇ!」

 

 そのまま鏃を掌に生み出したまま、射出する速度をほぼ無に設定して掌底を叩きつける。

 

 格闘技ではあるが、武道と呼べる空手。

 僕は空手の有段者だ。こう見えて幼い頃から神童なんて言われる程度には人体の壊し方は知っているし、理解している。

 

 トリオン体を熟知した戦闘の経験値も積んでいるベテランが相手ならまだしも、素人同然の相手に負ける程弱くない。

 

「そらそらそらそらッ!!」

 

 腹をぶち抜き、腕を圧し折り、首を捻じ切り、頭蓋を砕く。

 その痛みが男を通して僕に共有されて、心の奥底から喜色が滲み出る。笑みがこぼれて、痛みに顔を顰める。

 

「あははははっ! いいね、君はどうだい!?」

 

 トリオン体が解除された男をアリシダの鎖で巻き付けて端に投げ捨てる。まあ死なないだろう、次だ次。

 男の様子がおかしい事に気が付いたのか、周りの奴が少しずつ距離を詰めてくる。

 

「飛び道具は無いのかい? 人類が生き残って来た唯一の手段を捨てるとは、これまた奇特な国だねぇ」

 

 既に展開済みの鎖に手をかけて、高所を取る。

 射撃が無いと思わせての狙撃もあり得るけれど、ここでは心配しない事にする。僕の所にいる部隊がこれだけって事は多分本隊は壊滅してるだろ。

 

 ラービット──莫大なトリオンと引き換えに作成された新型トリオン兵によって蹂躙されたこの国は、ランバネインとエネドラに対抗する手段はない。主力がトリオン兵に勝てないのだから、それを上回る総合力を兼ね揃えた二人に勝つとは思えないね。

 

 上に居る僕が隙を見せたと判断したのか、先に斬りこんでくる二人組。

 多対一の絶対的優位をちゃんと使おうとしてるあたり先程の男よりはマシだけど動きが粗い。これじゃあアフトクラトルの尖兵にすらなれないねぇ。

 

 どうやって生き残って来たんだが──戦わないからこそ生き残れたのかもしれない。

 

 腕を振りながら鎖を射出し、突如射程が伸びたかのような使い方をする。

 

 横薙ぎに振るわれたそれは止められたとしても伸び続け、ぐるぐると二人を鎖で巻き付けた。

 

 切り離し、接近してきていた隊長格と相対する。

 振るわれる剣を受け流し、そのまま鏃を突き刺す。

 

 悪くない動きだけど、こう……決め手に欠けてる。

 

 痛みによって興奮出来てるけど、内心あまり楽しんでない。

 弱すぎて話にならないのだ。

 

 トリガーも、兵隊の練度も、殺し合いの密度も何もかも弱い。

 

 命を奪い合わない空手のほうがよっぽど緊迫感があって楽しかった。

 

 隊長格の剣を折り、両腕を砕く。

 苦悶に表情を歪めるのを見て僅かに悦びながら顔面を蹴り砕いた。

 

「あらら」

 

 そうこうしてる内にラービットが飛んできた。どうやら僕の場所まで援護に来れる程度には手が余っているらしい。

 

 残っていた一人を殴り飛ばして取り込んだラービットは再度飛び立つ。

 呆然とする隊長を鎖で縛って、その場に座り込む。

 

「……ふむ」

 

 まあいいか。

 遠征のチャンスは何度でもある。僕はまだ寿命が来ないし、まだまだ強くなれる。それこそ最盛を迎えるのは数年後になるだろう。

 

 その時に誰を敵にするのか。

 

「楽しみだなぁ」

 

 今を楽しんで、未来を楽しんで、何でもかんでも楽しんでしまおう。

 

「あ、そういえば」

 

 さっき縛った中に女の子がいたな。

 そう思いながら目をやると、もぞもぞと身体を動かしながら鎖を解こうとしている二人。

 

「君らはトリオン体壊れてないもんね――ならさ」

 

 どれだけ壊しても壊れないよね?

 良く見れば二人とも女の子だ。ランバネインには悪いけど、この娘たちは僕が個人で楽しむ様に確保させてもらおう。

 

「あ、あー。ランバネイン、聞こえてる?」

『――……聞こえてるぞ、どうした?』

「ラービット一体貸してくれない?キューブ化したほうがいいだろうし」

『わかった。こっちももうすぐ終わるから先に船に帰ってもいいぞ』

「了解、じゃあね」

 

 鼻歌混じりに近づいて、警戒の仕草を解かない二人の太ももに鏃を突き刺す。

 

「僕のトリガーは特別仕様でね。僕以外扱える人間がいないんだ」

 

 何に干渉するかを調節しながら、鏃を切り離す。

 アフトクラトルは不要な恨みを買う事を良しとしないだろうけど、僕はアフトクラトルの事を想って生きてる訳じゃ無いからね。そこはお互い様だよ。

 

「トリオン体に干渉して、わざわざ痛みが反映されるように改造した特別性。どういう事かわかるかな?」

「……痛みが?」

「そう、言い換えれば痛覚だ。トリオン体の良い所は痛覚遮断を行えて、部位欠損をしても作り直せば再度戦闘出来る事だ。メリットが無いと、そう思うよね」

 

 どこか怯える様な表情の二人に、教鞭を揮う様にゆっくりと飲み込ませていく。

 この段階が良いんだ。あり得ないモノを見るかのような表情に変化し、現実を目の当たりにして絶望と苦痛に歪むこの瞬間と行程。

 

「僕はね、痛いのが好きなんだ」

「痛いのが、好き……?」

「うん。被虐的で嗜虐的、君達に嬲られるのも嬲るのも好きなんだ――ねぇ、アリシダ」

 

 トリガーの共有設定をオンにする。  

 今回共有するのは痛覚共有、僕の痛みと彼女達の痛みは三人分となって襲い掛かる。

 

「――ああぁあぁッ!?」

 

 瞬間、轟く悲鳴。

 う、ふ。ふふふ、ははは。ああ、でも、どれだけ弱くでも、これはこれで良い。酷く嗜虐的じゃないか!

 

「はは、あははは!弱いね、弱いって残念だねぇ!」

 

 ぐりぐりと太ももを鏃で抉り傷口を広げる。

 正直トリオン体で痛みを反映できるようにしてから自傷しすぎてある程度慣れちゃったけど、それでも痛みは痛みで感じる。相変わらずの気持ち良さ、例えるならば丸まっている猫に顔を突っ込んで嗅ぐあの安心感。

 

「弱者を甚振るのも、強者に甚振られるのも、僕は大好物なんだ」

 

 でも、やはり弱いのはつまらない。

 少し手を加えただけで動かなくなってしまう。この虚無感も好きだけど、長い間楽しめる方が好きだ。

 

 余韻に浸りながら二人の少女を足蹴にしているとラービットが飛んでくる。二人をキューブ化させ、生身の二人もそのまま中に収納させた。

 

「――――……ふぅ……」

 

 今回は殺しまわれるような戦場じゃなかった。

 如何に弱くても、トリオン社会では使い道がある。永遠にトリオンを抽出するためだけに生き永らえさせるとか、税金の代わりにトリオンを提出させて農民として働かせるとか。向こうが死にたいと自死を願える程に文化的ならちょっと難しいけどね。

 

 まあ、そうでもないと僕のような人格破綻してる人間は扱ってもらえない。

 

 ある程度言う事を聞いて、ある程度優秀である人材。

 

 だからこそ遠征何て大事なポジションに置かれている訳で、彼らみたいな、言葉は悪いが雑魚では話にならないだろう。

 

「…………くく」

 

 堕ちた星特有の暗闇が広がっていくのを見届けながら、僕はワープゲートを起動する。

 

 ここにはいない彼女(ミラ)の香りがしたような気がして、僅かに昂った。

 

 

 





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