私は所詮、代理人に過ぎない   作:Dr.クロイツ

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 初めまして、黒逸と申します。今までは読み専でしたが、この度初めて小説を自分で書いて投稿しました。
 一番最初のところなのでほどほどの文量にしようと思ったのに、思ったより筆が乗ってしまって10000字を超えてしまいました……。初投稿のくせに調子に乗ってしまってすみません。読みづらかったらごめんなさい。
 読者の皆様が気に入られるかはわかりませんが、読んで頂けたら幸いです。


プロローグ

 私は所詮、代理人に過ぎない。それに何か思うところはない。事実として、その通りだから。

 

 

 私が深夜遅くまで、ある日は朝まで残業し、いくら書類の山を片付けようとも

 

 時には自らも最前線に立ち、自らも負傷しながら行動隊を指揮し、戦いを勝利に導こうとも

 

 日々奮闘するオペレーター達の心身を、医師としてケア・治療しようとも

 

 一人の医師として、鉱石病(オリパシー)を始めとする数多の病気の治療、根絶のために知恵を絞ろうとも

 

 私がロドス・アイランド製薬という、自らが所属する企業にどれだけ貢献しようとも

 

 

 それらは全て、「あの人」がこの場所に戻ってくるまでの“つなぎ”でしかない。なぜならば、どれもこれも本当は「あの人」がやることであるからだ。どこまでいっても、私は所詮、代理人に過ぎないのだから。

 

 私という個人に信頼、好意を寄せてくれるオペレーター達には申し訳ないが、「あの人」が戻ってくればそれらは全て私のもとを離れ、もとのあるべき場所に戻っていくのだ。だから正直に言えば、私には余り、必要以上に関与する必要はないのではないかと思う。──流石に面と向かってそういう事は言わないが。

 

 ……ただ、疑問には感じる。私にこれといった魅力は無いというのに、どうして私の周りには人が集まるのだろう。私のような人間と一緒にいても面白いとか楽しいどころか、むしろつまらないだろうに。

 自分で言うのも何だが、確かに様々なことをある程度の水準でこなすことはできる。しかし、それはどれも器用貧乏の域をでないものだ。万能ではない。どれもこれも、本当の天才には及ばない。

 

 本当に、分からない。彼等、彼女等に人を見る目がないと言うつもりはないが、私のような人間と何故関わりを持とうとするのかが分からない。かと言って、本人達に直接聞くわけにもいかない。私とて最低限のデリカシーは身につけている。

 ……今度時間があったら、ケルシー先生にでも聞いてみようか。こういうことは専門外だろうが、あの人なら何かしらの有益な情報を持っているかもしれない。

 とは言え、ケルシー先生も忙しい人だ。こんなことを聞いても、一顧だにされないかもしれない。だが、一人で悩み続けるぐらいなら、誰かに助力を仰いだほうが良いだろう。自分が抱える問題を一人で全て解決できると思うほど、私は自惚れてはいない。

 

 そもそもこんなことを何時までも考えていることが馬鹿馬鹿しいのではないか。明日も朝が早いというのに、くだらないことに思考を割いて、時間を無為に消費するのはあまりにも非合理的だ。

 それに、《例の作戦》が実行される日も近づいている。絶対に失敗は許されない、私達ロドスにとって最重要となる作戦だ。私は行動隊を率いてその作戦に従事しなければならないというのに、その私が「睡眠不足で体調を崩してしまったので参加できません」では話にならない。

 

 何より、私のためでもある。この作戦が成功すれば「あの人」がロドスに戻って来て、私は今の分不相応な重責から解放される。私のような、少し能力があるだけで凡人の域をでない人間に「あの人」の代わりなんて務まるわけがないんだ。これまで上手くいっていたのは偶々に過ぎない。アーミヤさんやケルシー先生を始めとするロドスの皆が協力してくれたから歯車が上手く回っていただけだ。私一人だったらすぐに破綻して投げ出してしまっていただろう。

 

 私一人で出来ることなどたかが知れている。いくら努力しても、その程度の人間だったからだ。自分の能力は自分が一番把握しているつもりだ。

 私には何もない。ただ、少し器用なだけだ。それなのに周囲の人は何故か私を称賛する。そんなに褒められるようなことを、したつもりはないというのに。

 

 

 作戦が終わると、行動隊の面々は口々に『素晴しい指揮でした。貴方のもとで戦えて光栄です』と感嘆したように言う。

 ──そんなことはない。これぐらいのこと、「あの人」なら苦もなくやり遂げるだろうし、私よりももっと上手くやれるだろう。それに私と「あの人」の指揮とは重視するところが違うため、いきなり私の指揮に従うことになって大変だったと思う。もっとも私個人は「あの人」の指揮方針は余りにも強引過ぎて好きではなかったが。

 

 私が書類仕事に取り組んでいると、アーミヤさんは『貴方のお陰でロドスの各業務が円滑に進んでいます。やはり、貴方にお任せして正解でした』と手放しで称賛する。

 ──そんなことはない。確かに業務量は膨大だが、私はただ割り振られた仕事をこなしているだけで、特別なことはしていない。「あの人」ならもっと効率よく作業を進めるだろう。

 

 私が鉱石病や他の病気について研究していると、ケルシー先生は『君がロドスに来てくれことで、ロドスの医療技術は飛躍的に進歩した。君はもっと胸を張っていい。君は間違いなく、多くの分野でロドスの発展に貢献してくれた』といつも厳しいことで知られるケルシー先生が珍しく他人──それも私のことだ──を絶賛した。

 ──そんなことはない。私は医師として当然のことをしただけだ。特別褒められるようなことはしていない。それに「あの人」のこれまでの功績に比べれば、とても矮小なものだ。何より、結果的に私が成したこととは言え、その中には「あの人」が元々行っていた研究を引き継いだものもある。本当に私の功績と言えるものは少数だろう。「あの人」と比べることすらおこがましいのではないか。

 

 

 人に褒められたり、評価されることに悪い気はしない。むしろ誇らしい気持ちになることもあった。しかし、どこか過大評価されているような気がしてならない。私が今までやってきたことはそんなにすごいことなのだろうか? 

 人々からの評価を参考にするならば、きっとそうなのだろう。事実として、ロドスでは多くの方からの称賛をこの身に浴びてきた。そうだとしても、私の心の内では常に疑問が渦巻いていた。『本当に私は、称賛されるに値するのか?』と。ただ会社にそれなりに貢献したから、建前上褒めないわけにはいかなかっただけではないのか? 本当は大したことじゃないのではないか? 

 

 アーミヤさんやケルシー先生、ロドスの皆を疑うのは心苦しいが、どうしても素直に受け取って喜ぶことができなかった。もしかしたら、私は捻くれているのかもしれない。

 

 しかし、そんな私でも素直に喜ぶことができたことがあった。何時だったか、クルビアの科学技術団体であるライン生命医科学研究所に企業連携の一環ということで視察として派遣された時だ。その際に何度もライン生命の医師、研究者達と意見交換をする機会があった。

 複数回あった意見交換はどれも実りのあるもので、さして大きな問題もなく終えることができた。しかし、私は一度だけミスを犯してしまった。ある時、私は議論に熱中し過ぎてしまい、自分がロドスを代表してライン生命を訪れたことを忘れて、時間も忘れて長々と“私個人の”考えを披露してしまったのだ。話に区切りがついて冷静になったところで、ようやく自分がやらかしてしまっことに気付いて慌てて相手に謝罪する羽目になってしまった。

 しかし、相手のライン生命の医師は、特に気を悪くした風でもなく、それどころか『どうして謝るのですか? 貴方がロドスを代表してここに来たとは言え、それが貴方個人の考えを口にしてはならない理由にはなりません。貴方が謝る必要は全くありません。むしろ素晴らしいお考えを聞けて、とても有益な時間を過ごせたと思っています。良ければ、もっと貴方の考えをお聞きしてもいいですか?』と更に続きを促され、結果として暫くの間、その人との議論が途切れることはなかった。

 

 そう言われた時、何とも言えない高揚感があったことを覚えている。その時は分からなかったが、今ではなんとなく分かる。──あれは嬉しかったのだ、と。

 恐らくは、それまでは何を成そうとも、ロドスの一社員としてしか評価されていない、必要とされていないと感じることしか出来なかったのに対して、図らずも“私個人”の考えを披露したことで、初めて純粋に、“私個人”が評価されて必要とされた、と認識することが出来たからではないか。

 

 ──いや、もしかしたら今までの評価も、私が気付いていないだけで“私個人”に対するものだったのかも知れない。本当はどうだったのか分からないが、そう思うようにすれば、いくらか気分が晴れてくる感じがする。正直、我ながら現金だと思う。

 

 

 

 ……駄目だ。何でも自分に都合のいいように解釈してはならない。自惚れてはならない。そうやって良い気になって調子に乗ったから、()()()()()になったのだ。常に謙虚でいなければ。もう二度と、()()()()()にならないようにしなければ。

 

 

 

 

 

 そういえば、あの時に私の考えをよく聞いてくれたのは……確かリーベリの女性で、サイレンスという医師だったか。彼女は私個人の考えを評価してくれたが、彼女の持つ考えもとても興味深く、多いに学べるものばかりだった。ずっとこの時間が続いてもいい、と思ってしまう程に、とても有意義な時間だった。

 ただ、楽しい時間というのは、得てして自分が感じる以上に早く時間が過ぎてしまうものだ。それを認識したのは、サイレンスさんの変調を捉えたときだった。つい先程まで、こちらにも伝わる熱心さで私との議論に興じていた彼女が、どこか上の空で議論に集中できていないように見えた。しきりに瞬きをしているし、目も既に半分閉じかけている。ひと目で睡魔に襲われていることがわかった。リーベリには嗜眠の傾向があると以前本で読んだことがあるが、それでもサイレンスさんのそれは──私が気付くのが遅れただけかもしれないが──余りにも突然過ぎた。

 

 私はすぐに話を切り上げて、サイレンスさんに仮眠をとって休んだほうがいい、と進言した。しかし、予想通りと言うべきか、サイレンスさんはそれを『お気遣いはとてもありがたいですが、これはよくあることです。これぐらいのことで、一々休んでいるわけにはいきません。私は大丈夫ですので、最後まで貴方の考えを聞かせてください』と気丈に振る舞って、私の提案をやんわりと断った。

 そうは言っても、彼女は明らかに眠そうだったし、無理をしていることは火を見るより明らかだった。もちろん私だってサイレンスさんとはもっと話していたかったが、それよりも優先すべきはサイレンスさんの体調だ。私は引き下がることなく粘り強く彼女を説得した。最初はサイレンスさんは渋っていたが、段々とこちらの勢いに押されたのか──或いは睡魔によって思考が鈍っていたからか──問答を始めてそれなりの時間がたった頃、ようやくサイレンスさんが折れて休息をとることに同意してくれた。

 

 そこでサイレンスさんとは別れて、私はあてがわれた部屋に戻ることにした。しかし、私が戻ろうと背を向けて歩きだした瞬間、後ろからドサッ、と人が倒れる音がした。私が驚いて振り返ると、やはりサイレンスさんが床に倒れてしまっていた。

 大事になってはいけないと思い、直ぐに駆け寄って息はしているか、脈は正常か、どこか怪我はないか──等を確認したが、どうやら杞憂だったようだ。直ぐに寝息が聞こえてきたため、睡魔に負けて眠ってしまっただけらしい。正直ホッとして安心した。

 とは言え、廊下に放置するわけにはいかないので、サイレンスさんを彼女の部屋に送ることにした。彼女はそのまま自分の研究室に戻って仮眠を取ろうとしていたようだが、椅子に座った状態では満足に眠ることもできないだろう。こうなってしまった以上は、ちゃんとしたベッドで眠ったほうが良い。そのほうが疲れも取れるだろう。

 

 サイレンスさんを背負って──想像以上に軽い。ちゃんと食べているのだろうか? 心配だ──彼女の軽さに少々驚きながらもサイレンスさんの部屋へ向かう、というところで足が止まる。私はライン生命社内の構造は殆ど把握していない。今回は案内役の方が急用で不在だったため、教えられた通りに一人でサイレンスさんの研究室まで来たが、サイレンスさんの私室なんて分かるはずもない。貸与された地図端末も、充電するのを忘れていた上、サイレンスさんとずっと話し込んでいたお陰で相当の時間が経ってしまったため、充電が切れてしまっている。

 さてどうしたものか、と悩んでいると、丁度良く前方に人影を発見。──何やら武装しているようにも見えるため、恐らく警備課の方だろう。このチャンスを逃す手はない。──警備課の方なら、サイレンスさんの部屋の場所を知っているかもしれない──善は急げとばかりに前方の人物に駆け寄る。サイレンスさんを背負っていたため、彼女の睡眠を妨げないようにできるだけ控えめに、されど前方の人物が去ってしまわないよう、できるだけ急いで小走りで向う。

 しかし、人を背負いながらその人に振動が伝わらないように走るのは意外と難しく、中々距離が縮まらない。このままでは見失ってしまう。前方の人物が角を曲がって視界から消えてしまったら面倒だ。ただでさえ構造を把握していないのに、一度見失ったらそれきりになってしまうだろう。そのため、──大声を出すのはあまり好きではないが、そうも言ってられない。致し方ない──その人を呼び止めることにした。

 

 大きな声なんて最近は出すことがなかったため、ちゃんと聞こえるか不安だったが──眠っているサイレンスさんには申し訳なかったが──上手く大きめの声を出すことができ、その人が角を曲がる直前に何とか呼び止めることができた。

 軽くお互い自己紹介をすると、やはり彼女は警備課の方で、警備課主任のサリアという方らしい。最初サリアさんは、サイレンスさんを背負っている私を訝しげな目で見ていたが、私が事情を説明すると納得してくれたようで、まずは私に『同僚を助けてくれた』ということで感謝の言葉を、次いで自分の方が社内の構造は理解しているため、社外の人間であるため施設内の構造に疎い私の代わりに、サリアさんがサイレンスさんを部屋まで送っておく、ということだった。

 サリアさんの言うことが正しいのは明らかだったし、代わりに部屋まで送ってくれると言うのにはありがたい気持ちもした。しかし、元はと言えば私の長話に付き合わせてしまったからサイレンスさんに迷惑をかけ、結果として今の状況が生まれてしまったのだ。元凶の私がここで手を引くのは、無責任な気がした。

 そのためサリアさんに、こうなってしまったことには私に責任があること、私に責任がある以上サリアさんに任せきりにしてしまうのは申し訳ないということ、それらを踏まえた上でサイレンスさんを一緒に部屋まで送らせてほしい旨を口にした。

 

 私の提案に、サリアさんは難色を示した。こういうことは言いたくないが、と前置きした上で『貴方を疑っているわけではないが、企業同士が協力関係にあるとはいえ、まだそれ程までに信頼関係を醸成できていない社外の人間、悪い言い方をすると部外者を当社の個人の部屋に案内するのは、安全上余り好ましくない』とのことだった。

 確かに一理ある。──もちろん私はそんなことはないが──協力関係にあっても、相手企業に悪いイメージを持つ人間はいるからだ。私がそうじゃないとしても、それを今の段階で相手側、この場合はサリアさんが窺い知ることは難しい。それに、いかに急を要する事態にあるとはいえ、男性を本人の許可なく女性の部屋に案内するのは、倫理的にも問題がある可能性もある。それらを踏まえれば、サリアさんの反応は当然と言えよう。

 

 それでも、このときの私は納得できなかった。──今思えば、罪悪感と責任感で思考が硬直化していたのだろう。私はサリアさんに詰め寄り、申し訳ないから一緒にサイレンスさんを部屋まで送らせてほしい、と何度も頼んだ。サリアさんも結構頑固な人で当初は、それはできないの一点張りだったが、しばらく話を続けるうちに、ある程度お互いを知ることができたのだろうか。

 サリアさんは『少し話しただけではあるが、この短い時間だけでも貴方がとても真面目で誠実な方であることがわかった。私は変な先入観を抱いていたようだ。大変申し訳ない』と私にそれまでのことを謝罪し、次いでサイレンスさんを一緒に部屋まで送ることを特別に許可してくれた。

 サイレンスさんはサリアさんが代わりに背負ってくれた。サリアさんは女性ながら、さすがはライン生命の警備課主任を務めるだけはあり、男性にも勝るとも劣らない力の持ち主で──サイレンスさんが軽すぎるということもあるだろうが──サイレンスさんを軽々と背負っていた。女性に労力を割かせてしまうのは男として恥ずかしかったが、特別に許可して頂いたこともあってここは大人しく引き下がることにした。

 

 道中、サリアさんとはいろんな話をした。他愛もない世間話や趣味の話から、それぞれの専門分野のこと、お互いのアーツがどのようなものか、ロドスとライン生命の今後はどうなるのか、鉱石病はなぜ治療法が未だに確立されないのか、など話の内容は多岐にわたった。

 そうやって二人で話しながら歩いている間に、いつの間にかサイレンスさんの部屋に到着したようだ。さすがに部屋に入ってベッドにサイレンスさんを寝かせるのはサリアさんに任せ、私はサリアさんに感謝の言葉を述べてから、部屋の前で別れてあてがわれた部屋に戻った。

 

 別れ際に、『しばらくライン生命に滞在しているのなら、今度時間があったら一緒に飲まないか』と誘われ、サリアさんは私に自分の携帯電話番号と私用のメールアドレスを書いたメモを手渡した。

 女性からこのようなことをされたのは初めてだったため、少し驚いてしまったが、何とか平静を保ってはいたと思う。その時、変な顔をしていなかっただろうか。未だに心配だ。

 

 何はともあれ、無事にサイレンスさんを部屋に送ることができて良かった。それ以来ライン生命への派遣中はサイレンスさんにもサリアさんにも──サリアさんとは主にメールを通じて何度か連絡し合っていた。しかし、何やら忙しくなってしまったらしく、一緒に飲みに行くことはできなかった──会うことはなかった。

 

 その後も私のライン生命での視察は続き、様々なライン生命の人々と交流して意見を交換し、私にとってとても実りのある、充実した時間を過ごすことができた。世界中に注目される名門企業なだけはあり、鉱石病の分野に関してはロドスも負けていない、むしろ先を行っていると確信したが、それ以外の分野ではほとんどが遅れを取っていることを認識させられた。

 

 そうしてライン生命での日々は過ぎていき、当初から定められていた一ヶ月の派遣期限を迎えたことで、私はライン生命を後にしてロドスへと戻った。

 

 一ヶ月という時間で、私はライン生命という企業がいかに優れているかをその身で十分に理解することができた。世界中がライン生命に注目するのにも納得できた。そんな世界に名だたる名門企業との協力関係は、必ずロドスに良い影響を与えてくれるだろう。

 

 ……しかし、ライン生命という企業には、何か後ろめたいことがあり、裏があるような気がする。と言うのも、一ヶ月間私はライン生命に滞在していたが、その間一度も鉱石病患者の治療室及び病室区画には立ち入りが許されなかったのだ。それに鉱石病患者に対する治療法の是非を検討するには、直接患者と言葉を交わしそれぞれの病状を把握することが重要だというのに、患者との接触も全面的に禁止されたため、ライン生命では一度として治療を受けている鉱石病患者と会うこともなかった。

 ライン生命がロドスとの協力に同意したのには、自社の鉱石病に関する研究が私達ロドスに遅れをとっていることを自覚していたため、と聞いている。それなのにロドスから派遣されてきた医師に鉱石病治療関連のことを見せない、触れさせないというのは不可解ではないか? 

 

 それに奇妙な体験もあった。ライン生命施設内を散策していたとき、何度か焦げ臭い匂いがしたのだ。最初はどこかで火事でもあったのかと思ったが、火災報知器も鳴っていないし、消化のために人が慌ただしく動くということもなかったため火事ではないと直ぐにわかった。

 しかし火事でないとしたらあの焦げ臭さは何だったのだろうか。アーツを使った燃焼実験か何かだろうか。それだけではなく、焦げ臭い匂いがしたたきは決まって周囲の温度が上昇していた。勘違いなどではない。明らかに熱さを感じたのだから。そういう実験をするときは普通、外部に影響を及ぼさないように密閉された空間で行われるものだと思うのだが、ライン生命に限ってそんなことを忘れるような簡単なミスを犯すとも思えない。

 

 情報が少なすぎて深いことまで知ることはできなかったが、ライン生命という企業を完全に信用するのは危険かもしれないと感じた。注意深く、今後の動向を観察する必要があるだろう。

 

 ──もっとも、ライン生命という企業が闇を抱えているとしても、そこに所属する個々人の評価に悪影響を及ぼすということはない。事実としてサイレンスさんやサリアさんは人間としても、医師としても、研究者としても、とても素晴らしく、正しく尊敬に値する人物だった。あれ程の信念を持った医師は、そうそういないのではないか。

 

 別にロドスの医師が大したことないとか、信念がないとかそういう事では全くない。勿論ロドスの医師、医療オペレーター達だって、ケルシー先生や「あの人」に代表されるように、皆素晴らしい方ばかりだ。……確かにワルファリンさんは……うん、まあ、ちょっと、いや、ちょっとどころかかなり変わった人だが、医療技術は確かものを持っている……ハズだ。そう信じたい。

 

 というか私は必死になってまで誰に向かって言い訳しているのだろうか。言い訳と言っても、何か悪いことをしたわけではないのから、言い訳というのもおかしな話だが。

 よく分からないが、何だかこうしなければならないような気がしたのだ。……ああ、段々自分が何を思考しようとしているのか、よく分からなくなってきた。私はそもそも、何について考えていたのだったか。ええと、確か最初は────

 

 

 

 

 

 ―*―*―*―*―

 

 

 

 

 

 ハッとして時計を見ると、もう深夜の12時を過ぎていた。……色々と思考しているうちに、随分時間が経ってしまったらしい。折角今日は早めに仕事が終わって、いつもより早く寝ることができただろうに、考え事をしていたせいでいつの間にか日付が変わってしまっていたとは。物事について深く考えるのもいいが、程々にしなければならないだろう。

 まぁ、元はと言えば本意ではないにせよ「あの人」が居なくなってしまったせいで、私が代理として彼の業務を行わなければならなくなったのが原因なのだが。私にも医師としての仕事や研究があるのに、アーミヤさんに頼まれて代理になってからはかなりやることが増えた。

 

 

 例えば、行動隊を率いての作戦活動への従事。これはまだいい。そんな毎日あるわけではないから。というか毎日あったらそれはそれで大変な事だ。正直、考えるだけでも少し憂鬱だ。

 

 オペレーターの訓練。これもそんなに苦ではない。いや、そもそもこれは「あの人」の代理とは違うか。ドーベルマン教官等に頼まれて、たまに自分が担当する事があるぐらいだから。それでも以前より頼まれる事が増えているのは事実だが。──ドーベルマン教官曰く、私が担当した訓練は思っていた以上に好評らしい。

 

 最も問題なのは書類仕事だ。一体何なんだ、あの量は。一人の人間に任せていい量じゃないのは、誰の目にも明らかではないか? 一つの山を片付けたら、また次の山をアーミヤさんが持ってくる。それが一回だけならどれほど良かったことか。何回も何回も、片付けても片付けても書類仕事が一向に終わらないのだ。

 最初のうちは冗談抜きで死ぬかと思った。全部片付けるのに徹夜で残業をする日が何日も続いたこともあったし、ある時は気が付いたら朝になっていた、なんてこともあった。余りにも目の下のクマが目立つものだから、ケルシー先生に強制的に寝かされることも一度や二度じゃなかった。

 そういえば食事の時間も惜しくて、食事を抜いてエナジーバーやサプリメントで済ましていたこともあった。それがケルシー先生にバレた時は洒落にならない剣幕で怒られたことをよく覚えている。……あれは恐ろしかった。今思い出しても背筋が凍る思いだ。二度と経験したくない。見間違いだったことを祈りたいが、背中から何かしらの生物?の一部のような何かが出てたし。……恐らく極度の疲労による幻覚だろう、そうだと信じたい。

 

 

 とは言え、最初の頃はそれだけ大変だったのだ。今は慣れたから以前よりもかなり早く終わらせることができるようになった。逆に徹夜をすることが珍しくなるぐらいには。

 それでもあの量は絶対におかしいから、何とかしてほしいと思うが。私ときたら書類仕事に慣れた今でもこれだ。いくら努力したところで、所詮は凡人だから致し方ないということか。もしかしたら、「あの人」ならあれだけの量の書類仕事も、苦もなく毎日普通にこなせていたのかもしれない。そうだとしたら「あの人」はやはり凄い人だ。

 

 

 

 

 

 いい加減、そろそろ寝よう。明日も朝は早く、やることが沢山だ。……もっとも今から寝たとしても、寝る直前までこれ程に脳を使っていては寝付きは悪くなるだろうが。──何事にも限度はあるが、少しでも睡眠時間を多く取るほうが健康にも良い。とは言っても、過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉もあるように、余りたくさん寝過ぎるのも身体には良くないのだが。何事もほどほどが重要だ。

 

 

 ……寝ようとして布団を被ったところで、ようやく気が付く。まだ風呂にも入っていないじゃないか……。こんなことにすら気付かないなんて、かなり疲れているらしい。いや、単に物思いに耽り過ぎて忘れていただけか。一度考え出すと止まらなくなるのは、私の悪い癖だ。

 何にしても面倒くさくなったので、今日はシャワーだけで済ますことにする。明日からも書類仕事に研究、オペレーターの訓練・演習と大忙しだ。汗だけでも流して、さっさと寝てしまおう。

 

 

 

 

 

 ──ああ、早く《ドクター》がロドスに戻って来てくれればいいのに。私のような何もない人間には、貴方の代理を務めるなんて分不相応に過ぎる。

 




 いかがでしたでしょうか。あらすじにも書いてあるとおり「ドクターがいなかった時に、ロドスには元々ドクターがやってた業務を変わりにやってた代理人がいたのでは?」という勝手な想像のもとで今回この小説を書かせていただきました。
 続きは書こうと決めていますが、まだ色々と試行錯誤の段階ですので、投稿は結構遅くなると思います。ここまで読んでいただいた方は、ありがとうございます。とても嬉しいです。気長に次話の投稿を待って頂ければと思います。
 
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