前回の後書きで行動予備隊A1の子達について書くと言いましたが、撤回します。書きたいものを詰め込んでいたら文字数がとんでもないことになりそうだったので、急遽前編と後編に分けて投稿することにしました。
後編については出来るだけ早めに投稿できるようにします。大変申し訳ありません。
「ハァッハァッハァッ…………ふぅー……よし、武器庫に着いたぞ……」
少し息を整えてから、ICカードを取り出して壁に備え付けられた機器を操作し、武器庫に入る。ふと腕時計を見ると、七時三十七分。食堂を出たのが三十五分だから、食堂を出てから武器庫まで二分しかかかっていない。やはり走ればそんなに時間はかからないようだ。
走るのは久し振りだったが、思ったより衰えてはいないらしい。この距離を走って二分というのは、そんなに悪いタイムではないはずだ。
「ここから訓練室までは普通に歩けば十五分ぐらい……。だが訓練用の武器をいくつも持って行くとなると、普通に歩くより遅くなるのは確実……。ちょっとまずいかもな……」
十五分で訓練室に着いたとしてもすでに五十二分。訓練は八時からなので結構ギリギリだ。そこに訓練用の武器を持った場合は更に遅くなるだろうから、早めに見積もっても五十五分に着ければ良い方だ。
しかし仮にも教官ともあろうものが準備があったとはいえ、五分前になって到着とはどういうものか。彼女等は少なくとも十分前には集合しているだろうし、A1の隊長であるフェンはかなり真面目な子だ。それよりも早く訓練室に行ってるかもしれない。
A1の隊員はみんな優しい子達だ。多少は大目に見てくれるかもしれないが、教官があんまり遅く来るというのには、あまりいい顔はされないだろう。武器庫まで来たときのように走れば訓練室に早く着くことができるが、重い荷物を持って走るのは容易ではない。
なにより私はオペレーターとは言え、最前線で敵と交戦する先鋒や前衛、重装といった職種ではなくあくまで後方支援を担当とする医療オペレーターなのだ。前線が突破されることや敵の奇襲、不意打ちといった様々な状況に対応できるようにもそれなりに鍛えてはいるが、本職の方々には及ばない。
当然力も劣る部類に入るため、それなりの距離を重い荷物を抱えながら走るのは結構堪えるものがある。恐らく体力を消耗して、途中でバテてしまうだろう。
いくら重いとは言っても、訓練用の武器も殆ど実物と重さは変わらない。私でもフェンの使うショートスピアやクルースが使うクロスボウとその矢、ビーグルが使う剣ぐらいなら、一度で簡単に運べる。
しかし、問題なのはビーグルが使う盾だ。繰り返すことになるが、訓練用の武器は実物と殆ど重さは変わらない。だが重装オペレーターが使う盾は特別な理由があって異なる。
早い話が実戦用のものよりも重く作られているのだ。実戦で使うものより重い訓練用の盾を使うことで重さに慣れ、実戦の際に通常の重さの盾を使っても取り回しに支障が出ないようにするため、らしい。
確かに重装オペレーターにとって盾は非常に重要なものだ。命の次に大事だと言ってもいいだろう。なぜなら盾を上手く使えるかどうかが本人の命だけではなく、ひいては仲間の命を守ることができるかどうかにも繋がってくるのだから。
どれだけ剣を上手く使えても、盾を使いこなすことができなければ、それは重装オペレーターとは言えない。それならむしろ、先鋒や前衛の方に転向したほうがいいだろう。
そのため重装オペレーターが訓練で使う盾は特別に重く作られているのだ。私としても合理的だと思うし、目的とするところもオペレーターの生存率向上に役立つものだ。何なら他の職種のオペレーターが使う訓練用の武器も重くすればいいと思う。──ただ、そうすると運ぶのが更に大変になってしまうのが難点だ。
ハイビスカスとラヴァはアーツユニットを媒介してアーツを使うため、訓練用の武器を用意する必要はない。必要なのはフェンのショートスピア、クルースのクロスボウと矢──矢は五十本ほどあればいいだろう。予め専用の筒に入れておく──、そしてビーグルの剣と盾だ。
フェンとクルースの武器、それとビーグルの剣は問題ないのだが、やはり盾がネックとなる。盾を持っていくとすると他の武器を持つことができず、逆にすると盾を持っていくことができない。
否応なしに往復しなくてはならなくなるのだ。流石にそんな時間はないため、できることなら一度で済ませたいが、不可能ではないにせよ私一人ではかなり難しい。
どうするか悩んでる時間もない。誰かに助力を仰ごうにも付近に人の気配はない。一度に全てを運べるような道具もない。……これってもしかして、詰んでるのでは?
──まずい、まずい、まずい! そうこうしているうちにもう四十分だ。このままでは本当に間に合わなくなる。無理矢理にでも全部一度に運ぶか? いや、できなくはないが不可能に近い。ある程度の距離であればなんとかるが、ここから訓練室までは結構な距離があるため、途中で体力が尽きるだろう。
…………いっそのこと、アーツを使ってしまうか? 私のアーツは重力を操るものだ。これらの武器に反重力を作用させて浮かべてしまえば、物の重さや数に関係なく、確実に一度で全部を運ぶことができるだろう。
だが『戦闘以外でのアーツの使用は“本当の”非常時を除き絶対に禁止する』とケルシー先生にキツく何度も言われている。バレたらまず間違いなく怒られるだろう。怒ったケルシー先生はとてつもなく怖い。あの絶対零度の視線で睨まれながら延々と説教されるのは、かなりキツい。
しかし訓練に遅れてしまったら、今度はドーベルマン教官に怒られてしまう。ドーベルマン教官はケルシー先生のように延々と説教することはないが、その代わり身体で教え込まされる。
私はまだそのような目にあったことはないが、聞いた話によると以前サボりがバレたオペレーターは、罰として──鞭を持ったドーベルマン教官に監視されながら──訓練室を何十周も走らされたらしい。そのオペレーターが今どうしているのか、私には知る由もないが、そんな目に合うのは御免被りたい。
つまりはケルシー先生に怒られるか、それともドーベルマン教官に怒られるかの二つに一つ、という訳だ。甘い考えと言われるかもしれないが、正直に言って私はどっちも嫌だ。だって怖いし。
いや、待てよ……要はバレなければ良いという考え方もできる。ケルシー先生が常に私を監視してるわけではないし、たとえ他の誰かに見られることがあるとしても、この時間帯はまだそれほど多くの人が出歩いてはいないはずだ。
大体今起きてる人は殆どが食堂で朝食をとっているだろうし、この辺に用がない限り、わざわざここまでやってくる人もいないだろう。つまり誰かにアーツを使っているところを見られる可能性は低いのだ。
訓練室の手前までアーツを使って運んで、そこまで行ったらアーツを解除して普通に持てばいい。それぐらいの距離ならば、私でもこれだけの荷物を全部持って運ぶこともできる。
だが本当に良いのか? よくよく考えれば、遅刻はまだ取り返しのつくことだ。もちろん遅刻したら、その後はドーベルマン教官の罰が待っているわけだが。
罰があるとは言え、私が聞いたオペレーターと同じような内容なのだろうか? ──これは希望的観測に過ぎないが──ちゃんと理由を説明すれば、そこまでキツくしごかれることはないのでは?
……ないな。だって「朝風呂に入ってたり朝食選ぶのに時間かけてたら訓練に遅れました」だなんてドーベルマン教官が納得してくれるとは思えない。時間管理の甘さを指摘されて、キツい罰を与えられるのがオチだろう。
だからと言ってアーツを使うのは、鉱石病を悪化させるという途轍もないリスクがある。これはまさに取り返しのつかないことだ。誰も好き好んで、自分の死期を早めようとは思わない。ケルシー先生だけでなく、他にも多くの人に迷惑をかけてしまうだろう。
……でもほんの少しだけなら、身体への影響も最小限に留められるはずだ。何も自分の能力を超えた範囲でアーツを使おうという訳ではない。ただ少し、手間を省くだけだ。これは有効活用……そう、有効活用と言うやつだ。
世界中どこにも日常生活にアーツを使う人はいるし、このロドスにだって日常的にアーツを使う人はいる。それなら別に私がこういうことにアーツを使うのは──あまり好きではないが──別に変なことではないはずだ。問題ない。大丈夫。
そうして半ば無理矢理ではあったが、自分を納得させたことにした。ということで早速アーツを使って、これらの武器に反重力を作用させて浮かべ────
「──っ!? 誰だ!? いきなり何を──ぐわっ!」
アーツを使おうとしたその瞬間、突然後ろ、いや上?から何者かに襲いかかられた。咄嗟に銃を取り出して反撃しようとするが、撃つ暇もなく地面に押さえつけられてしまった。まさかロドスの艦内で襲われることになるなんて、想像もしなかった。
何とか抜け出そうとするが、うつ伏せ状態で馬乗りになられ、右腕を固められている状態ではろくな抵抗ができない。だが、銃を一発でも撃てれば、当てられなくても音で誰かに知らせることはできる。
「クソッ……! どうしてこんなことを……! 何が目的だ……?」
そう口に出すと、襲撃者が返答した。
「理由、簡単。ノーリがアーツ使おうとしたから、止めただけ。あと撃とうとしたら、腕折る」
ん? この声にこの話し方……。まさか……。
「もしかして、レッドか?」
「うん。レッドはレッド。それ以外に名前、ない」
「……ケルシー先生に言われて、私を監視していたのか?」
「ノーリがアーツ使おうとしたら、力ずくで止めろって、ケルシーに言われた」
「そうか……。何でも、お見通しってわけか。……わかった。レッド、もうアーツを使おうとしないから、私の上から退いてくれないかな?」
なんでケルシー先生がここまで私の考えを読んでいたのか気になるが、今はまずレッドに拘束を解いてもらおう。
「本当に、もうしない? レッドはノーリのこと好きだから、心配」
「本当さ。今まで私が、君に嘘をついたことがあったかい? 一度だってなかったはずだ。いい子だから、私のことを信じておくれ」
「……わかった。ノーリのこと、信じる」
レッドはそう言うと、直ぐに私の上から退いてくれた。起き上がって銃をしまう。……もしかしてケルシー先生は千里眼でも持っているのか? 常にレッドに監視させてるわけでもないだろうし、どうして私が今日この場所で、アーツを使おうとすることがわかったんだ……。
それにしても、レッドはいつまで私を監視するのだろう。流石にこの後もずっととは考え辛い。正直レッドにずっと監視されながらというのは、色々とやり辛い。
というか、それよりも早く訓練室に行かなければ。ただでさえ間に合うか不安だというのに。……アーツはレッドに監視されてて使えないし、頑張って普通に一人で運ぶか……。
いや待てよ。恐らくレッドは私が武器を運んでる間はアーツを使う可能性があると見て、監視を継続するのでは? だとしたら、結果的にレッドも訓練室にまで着いてくることになる。
──つまり、レッドに武器の一部を代わりに運んで貰えばいいのではないか? これは名案だ! そうと決まればレッドにこれからどうするのか聞いてみなくては。
「それで、レッドはこれからどうするんだい? ケルシー先生のところに戻るのか、それともまだ私の監視を継続するのかな?」
「まだ監視は続ける。ケルシーに、ノーリが武器を運び終わるまでは続けろって、言われた」
「そうかそうか……なら君に一つお願いがあるんだけど、いいかな?
──これらの武器を訓練室まで運ぶのを手伝って欲しいんだ。私一人ではちょっと厳しくてね。もちろん無理にとは言わないが、手伝ってくれるのであればお礼はする。私のできる範囲であれば、どんなことでも構わない」
そう言うと、レッドの耳がピクリと動いた。心なしか目もギラついているような気が……。
「……どんなことでも、いい?」
静かながらも凄い剣幕で聞きいてきたため、少したじろぎながら答える。
「あ、ああ。私にできる範囲であれば、どんなことでもいいよ」
「…………モフモフ……」
「え? なんだって? もう少し大きい声で──」
「モフモフ! ノーリのしっぽ、モフモフしたい!」
目をキラキラさせて尻尾をブンブンと振りながら、普段のレッドからは考えられないような勢いで迫ってきたため、面食らってしまう。
しかしレッドが以前から、主に同族であるループスのオペレーターの尻尾に興味を持っていたのは確かだ。
「そんなことでいいのかい? 君が以前から他のオペレーターの尻尾に興味を持っていたことは知っているけど、私はフェリーンだからループスに比べたら、私の尻尾にはあまりボリュームはないと思うが……」
「……レッドはみんなのしっぽ、触りたいだけ。でも、レッドが近づくと他のオオカミ、みんな避ける。だからオオカミのしっぽ、モフモフしたくても、モフモフできない……」
「……」
レッドは“ウルフハンター”という──そういう立場なのか仕事なのか、私には分からない──肩書を持っており、その名が意味するのは恐らく……同族殺しだろう。
他にも原因はあるかもしれないが、ループスは鼻が利く種族なため、他のループスはレッドに染み付いた同族の血の臭いを感知して恐怖心を抱いているのかもしれない。私だってその身から同族の血の臭いを漂わせている同族がいたら近寄りたくない。
しかしだからといって、レッドが避けられていることが正しいことだと言いたいわけではない。他のループスの気持ちも理解できるため、彼等彼女等が悪いということでもない。
確かなことは、レッドに悪気は全くないということだ。ロドスにいる別に他のループスを獲物として見ているわけではないし、ただ純粋に尻尾を触りたい──要は触れ合いたい──というだけだ。
そんなありふれた望みを、私が満たしてあげられるというのであれば、彼女が私の尻尾を触ることは別に構わない。むしろ気の済むまで触らせてあげたいところだ。
「ノーリはオオカミじゃないけど、レッドの好きな匂いする。それにノーリのしっぽ、とても気持ち良さそうだから、モフモフしたい」
「……わかった。直ぐにはできないけど、レッドが満足するまで私の尻尾を触ってくれて構わない。その代わり、武器を運ぶのを手伝ってくれるね?」
「うん! レッド、手伝う! レッドは何を運べばいい?」
「そうだな……。じゃあ盾は私が運ぶから、レッドはそこのショートスピアとクロスボウとその矢、剣を運んでくれるか? 数が多くて申し訳ないけど、そんなに重くないから大丈夫なはずだ」
そう言いながら指で指し示して、レッドに運ぶものを指示する。
「わかった。これを訓練室まで運んだら、しっぽモフモフしていい?」
「あー……実はこの後、訓練を担当しなきゃだから直ぐには無理なんだ。でも私が担当するのは正午までで、その後は書類仕事だから……まぁ午後からだし、割り当てられる量はそんなに多くないはず……。だとするとある程度は早い時間に終わらせられる……その後風呂に入ったりするから、そうだな……午後九時はどうだい?」
「じゃあその時間になったら、部屋に行けばいい?」
「そういうことだ。私の部屋の場所は分かるね?」
「ノーリの部屋なら、レッドは分かる。問題ない」
「それならいいんだ。──よし、時間もないことだし、さっさと運ぼうか」
私は盾を両手で抱えて廊下に出る。レッドは天井裏から行くようだ。広々とした廊下には、あまり慣れていないのだろう。こちらからは見えないがレッドが遅れることはないだろうから、私は走って向うことにする。
……それにしても重い。一体何キロあるんだ? 詳しくはわからないが、相当な重さだ。こんなものを持って訓練するなんて、本当に重装オペレーターの方々には頭が下がる。
しかし走ってるお陰で、何とか五十分には訓練室に到着できそうだ。レッドが手伝ってくれたお陰で往復もせずに済む。体感的にはあとちょっとで訓練室のはずだ。
よし、そこの角を曲がったら訓練室は目の前だ。レッドに手伝ってもらうのも、ここまでいい。天井にいるレッドに声をかけよう。
「レッド! 聞こえるかい? 訓練室はもう直ぐそこだから、降りてきてくれ!」
そう呼びかけると天井の一部が外れて、そこから武器を持ったレッドが飛び降りてきた。
「ありがとうレッド。お陰でとても助かったよ。これで遅刻せずに済む。ここからは私が全て運ぶから、レッドはケルシー先生のところに戻っていいよ」
「わかった。じゃあレッドは、ケルシーのところに戻る」
レッドは武器を置いてそう言うと、一瞬で天井裏に潜ってしまった。相変わらず動きが素早い。
「約束の時間は午後九時だぞ! 忘れないようにな!」
「わかった。レッド、大事な約束忘れない」
と天井から頭だけだして答える。そして外した天井を戻して、今度こそケルシー先生のところに戻って行った。
「……さて、私もこれらを持って、訓練室に行こう」
一度盾を床に横たえて、そこに他の武器を乗せる。さながら盾をトレイのようにして、運ぶことにした。
「ぐっ……お、重い……。でも、あと少しの辛抱だ……」
これだけのものを一度に運ぶとなると、流石に走ることはできない。武器を落としたり転んだりしないように、慎重に運ぶ。……本当に、レッドには感謝しなければならない。一人ならば絶対に間に合わなかっただろう。
そして角を曲がって少し歩いて、ようやく訓練室に着いた。時刻は丁度七時五十分。何とか間に合ったようだ。
あとは訓練室に入るだけだ。一旦武器を床に置いて胸ポケットからICカードを取り出すと、入り口の脇に備え付けられた機器にスキャンして操作する。ピッと音が鳴って解錠を示す緑のランプが点灯した。
そしたら床に置いた武器をもう一度抱えて、入る前に一度深呼吸をする。
──よし、これから訓練。気を引き締めなければ。
今回の話でノーリ君のアーツ能力と種族が明らかになりました。
どうしてアーツと種族をこれにしたのか、ってのは完全に私の趣味です。アーツを重力操作にしたのも、私が重力を操作する系の能力とかが大好きだからですし、種族をフェリーンにしたのも、私が猫好きだからです。
後編については今必死こいて書き進めております。申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さい。