空気が張り詰めていく。
この状況を何処か楽しんでいる様な、薄い笑みを浮かべる茜色の羽織を着た、黒髪、青緑色の目をした元上弦の肆。
稽葉は直に目の前に相対する自分の標的、戌亥臨花を見て、理解した。
今まで戦った柱の中で
先程戦った柱も悪くなかったが、彼と比べれば目に見えて違う、流石は今の上弦の弐を後一歩まで追い詰めた柱だ、アレは
あの血鬼術に立ち向かえる奴はそう居ない、今の上弦の参が入れ替わりの決戦で負けたと云うのは、聞いた時は信じられなかった。
その相手に頸に刃を振るった実力者……油断は出来ない、上弦との戦闘で生き残る柱は江戸の時代でもたった三人。
私が思うより若しくは……
稽葉が思考を巡らせている間、臨花もまた思考を巡らせていた。
間違い無くこの鬼は強い。
伊黒さんは柱だ、確かに柱として就任してまだ若いかも知れないが、それでもその実力は、私の見解だと煉獄くんとそう変わらない、隊士としての経験も長い。
伊黒さんはまだ動けると言っているが、右目以上に失った血液と、折れた骨が酷い……動けるだろうが、あの状態でこの鬼に通用する刃を届かせられるのか?
どちらにせよ有一郎くん達が、悲鳴嶼さんが来るまで私は一人で戦う事になる、この鬼に私の刀が通用するか、否か。
「さあ、やろうか?戌亥臨花……!」
“煌の呼吸ーーー五の型、煌々の采……ッ!”
次の一手で分かるーーーーー両者はほぼ同時に駆け出した。
限り無く黒くほんの少し月のような輝きの蒼刀と、練絹のような少し黄みの帯びた白刀が相対した。
稽葉は江戸時代にて“最初から上弦であった”鬼だ、その身体能力、強さは長い時間によって十二鬼月に成った鬼とは一線を画している。
鬼の身体能力は基本的、鬼舞辻無惨に与えられた血の量で決まる。
上弦の壱から刀を教わる前から既に完成されていた。
臨花は上弦の弐との戦闘後、長い休養の後にその経験を最大限活かし実力はあの時以上になったと自負出来る程に鍛錬を、呼吸を、剣術を極めた、人が成長出来る極地の器に近からずも、遠くない。
今、鬼殺隊で岩柱の次に強い者は誰かと言われれば、風柱か煌柱、上弦の弍に後一歩と迫った煌柱は、実際の戦闘力はやもすればーーーと噂される程に、強くなった。
臨花の初手から頸を狙った刃が襲う、それに稽葉は刀を合わせ、瞬間狙った様に投げられた投げ刀を顔を逸らす様に避ける。
一瞬の体勢の崩れを狙って稽葉の右側から刃が振られる、その振われた刀に瞬時に投げる様に刀をぶつけて弾き、瞬時に掬を逆手に取って突き技。
顔を狙った迫り来る刃を紙一重で避け、臨花が動くより前に稽葉は順手に持ち替えた刀で無防備になった上半身を斬りにかかった。
その瞬間、臨花は回避を止め反撃を試みた。
“肆の型
虹のかかる様な、一瞬の間に相手の動きに合わせた反撃攻撃、体勢はやや悪かったが絶妙の間だった、これまでの経験からこの瞬間で押せると判断した。
そして瞬時に気付く、これはーーー!
「夜の呼吸 参ノ暝
下から振り上げられた強烈な一撃、あの一瞬で刀を落として持ち手を変えそこから呼吸を繰り出した。
咄嗟に受けようと試みーーーだめだ、これは受けられない!これは刀が折れる程の一撃!
「……ッ!煌柱、無事か……!」
“フゥーーーッ、大丈夫。伊黒さんは治療に専念して”
先の少年の柱ならあれで終わった、だが何だ?この少女……
刀を受け止められないと判断して、瞬時に稲妻の如く退いた、何よりこの攻防で擦り傷一つも付いていない。
それどころかあの反撃……肩を斬られた。反応してからの回避がほんの僅か、間に合わなかった。
ーーーーー速すぎる。
判断、直感か?それもだがこの速度、足捌き、体術などでは説明がつかない、生まれ持った天性の才能!
元とはいえ上弦の私より速い……やもすれば、速さだけ見れば。
「驚いたよ、それと同時に理解した……戌亥臨花、お前は確かに……邪魔だ」
この鬼ーーーッ、
剣術の極地、刀の練度がまるで違う、呼吸も相まって隙がない。
こと剣術に於いて、この鬼より私は劣っている、攻防の瞬間の行動が人智を逸している。
並外れた到達者から授かった技術を学び、更に独学で自身に最適の剣技を編み出したというのか。
それに不規則ーーー利き手の概念がない。まるで夜の様に不気味、信じたくないがあの一瞬で、あの瞬間に僅かに刃が
私の剣術が目の前の鬼に追いついていない。
それでも、この鬼相手に透き通る世界に入れる隙が、一瞬の思考の切り替えが出来そうにない、あの世界に入るには時間がいる。
数秒、無駄な全てを閉ざす為の時間が、まだ完成しきってない臨花には必要だ。
伊黒さんはまだ動けそうにない、火縄銃は装填済み、投げ刀も充分……体術に仙術を駆使すれば、だがあの剣戟の間を詰められるか。
「来ないのか?なら少し話でもしようか?」
“……するか!”
再びの攻防、次は臨花から踏み出した。
踏み込んだ瞬間と同時に投げられた投げ刀は刀に弾かれる、弾いて、火縄銃を構える臨花の姿を確認して成る程これが本命。
放たれる銃弾を防ごうと刀を構えーーー違う、あれはーーー残像!
瞬時に背後に振り向いて、迫り来る刃に刀で防ぐ。
煌の呼吸 弐の型は光の様に駆け出してその場に残像をも生み出せる程速く動ける、回避以外にも使い方次第で、別の用途にも作用できる。
「強い、認めるよ、この時代ではお前が最強なのか?戌亥臨花!」
”ーーーッ!“
刀で防がれるのは想定済み、その体勢から下半身を宙に、顔面を狙った回転空中回し蹴りを繰り出した。
「ぐっーーーッ!」
稽葉は顔に迫る蹴りを左腕で受け、体勢が崩れる、それを見て確信した、この鬼はあの圧倒的な剣術以外の武芸に長けていない!
それならーーー体勢を崩した隙を狙った刀に、稽葉はその体勢から刀諸共破壊する程の強い薙ぎ払いを放った。
それは鬼の身体能力と、呼吸が組み合わさったからこそ出来る行動、その強烈な一撃は、確かに臨花を捉えたが、空を切った。
忍術。
音柱から技術を学んだ臨花は人間が可能な可動域、空間の動きを完璧に掴んだ、瞬時に地面に潜る様に薙ぎ払われる剣戟の隙間を避けたのだ。
鬼の体勢は崩れた、この絶好の機会、逃す訳がない。
呼吸を繰り出す、壱の型で頸に刃を振るう、確かにこの鬼は強い、剣の腕で私は負けている、ただ、だが、剣以外の選択肢のある私の方が手数は多い!
元上弦の肆の青緑の瞳と目があった。
あの奥に鬼舞辻無惨はいるのか、見ているのか、どちらにせよ、この一撃でーーーーー!
刹那、世界が止まった。
「……だがな、アレより、
“……ッ?!”
確実に動ける、動けた、あの瞬間。
まるで世界が止まったかの様に、
「スゥゥゥゥゥ……!夜の呼吸」
まずい、もう目の前の鬼は体勢を元に戻した……!
ーーーーーッ来る!
「肆ノ暝
瞬時に繰り出される無数の蓮撃。
縦、横、上、下、斜めーーー。
速い、重い、一つ一つが確実に命を刈り取る死神の鎌のようだ!この包囲から抜け出せる隙がない!出し抜く暇もない!
防戦一方に徹する以外に無い!体術で形勢を崩す余裕も、暗器を使って仕切り直す事も不可能、これは……相手の土俵に立たされた!
この鬼の鋭い太刀筋を全て対応するには自身の技術が足りない、足りない技術は腕の、足の、身体の切り傷に変えられるーーーまずい、長く保たないッ、退けるか!?
“ ッ……!煌の呼吸、陸の型
縦横無尽に稲妻の如く、立体機動を繰り返す、剣戟を刀で受け流し、返しながら、僅かに押し返した瞬間、そのまま後方へと退く。
一度仕切り直す、その判断自体は間違いじゃ無い、だが戦国時代から生きる十二鬼月最強の鬼から指導を受け授かった術は、この機会を逃す程甘く無い。
納刀。
居合の構えーーーーーー臨花は
「夜の呼吸 伍ノ暝
神速。
居合から抜刀と共に迅速に一点に向かって繰り出される、一閃。
それは偶然か必然か、臨花が得意であった雷の呼吸の、壱の型に類似していた。
だからこそ臨花は避けるのを辞めた、見て避けるのは不可能で、刀で受ける他に無かった。
そう判断した臨花は、迫り来る刃の構えを見て、自分が
これは、まさか、心臓を狙った突き技?!可能なのか、居合から……あの一瞬で、そんなことがーーーッ!
迫り来る命の危機。
脳が、心臓が、活性化していく。
それでも、それより先に刃は一点の曇りも無く臨花の心臓に到達しようとしてーーー
「蛇の呼吸! 伍ノ型
大蛇と見まがうほどの大幅なうねりの斬撃が、心臓に到達しかけた刃の軌道を外し、だが咄嗟に突きの構えを変えて刀を振って臨花の右腕を切り裂いた。
“……ッ、助かった、伊黒さん!”
「腕は!」
“利き手じゃない!深くは無いから大丈夫!”
惜しい。
横槍さえ無ければ倒せていた、思った以上に回復が早い……思えば江戸時代もこうだった、それすらも
三百年以上刀を握ってもこの有様、体たらく。
人智を越える、極地の先の剣術、
元より剣士でない身、所詮真似事だな。
「……俺は見ていた、あの瞬間何故動けなかった、何をされた」
”多分、血鬼術……の、はず。でも全く感知できない、
「何でもいい、何かないか、違和感は無かったか、あの鬼と相対出来るお前ならわかるだろう、きっとそれだ」
伊黒は傷の手当てをしながらも臨花とあの鬼の攻防を観察していた、目を見張る攻防、正直言って自分ではあの鬼にああも立ち回れない。
実際に見た煌柱の実力は流石としか言いようがない。
岩柱を除いて、上弦との戦闘を経験したかしてないか、ここで一段、線が引かれてる。これが柱上位の実力か。
伊黒から見て元上弦の肆と煌柱の実力は確かに離れているが、余程離れている訳じゃない、速度で見れば戌亥が一枚上。
刀の技巧はあの鬼が上だが戌亥は体術、忍術、剣以外の武芸もある、総合的に、互角。
だからこそあの瞬間の不可解。
戌亥は止まった。何故だ?血鬼術?だとすれば身体の動きを止める血鬼術だと言うのか?何故止まった?俺からでは見えなかった、あの瞬間、何かがあった。
“あの青緑の目……?“
「目だと?」
……いや、そうか、合点した!
この鬼の血鬼術の起点は目、あの瞳、詳細はまでは分からないが、戌亥が来る前に何処か遠くを見ていた、戌亥が到着する前にこちらに来る事を何故か見るように知っていた!
「そういう事か……!」
即席の仮定としてはよく出来てる、そうと動けば、まだやりようはあるはずーーー!
「良く思考が周る……二対一は確実性に欠けるか……」
稽葉にとって剣術というのは、戦いに於ける選択肢を増やす為のモノだ。
憧れというのもあったが、本格的に呼吸を学び、型を作り、剣の道を進んだのは、
稽葉は最初から強い鬼だった。
それは鬼舞辻無惨から与えられた血の量もある、だが如何に気に入られ、多く血を貰っても、鬼の身体能力だけで上弦になれるか?それは否だ。
元上弦の肆、稽葉の戦闘態勢、その真髄は血鬼術にある。
「後々に取って置きたかったが、まあいい」
元上弦の肆は指を慣らして、合図を出しーーーー笛の様な音がこの空間に響いた。
真っ先に反応出来たのは臨花だった、咄嗟に動こうとした行動は、他でもない稽葉の速攻によって防がれる。
”ぐっ……この!“
「お前の相手は私だろう?さあ踊ろうか……!」
迫り来る
犬ーーー動物だと?一体何処から、いや、考えは後だ、気が引けるが斬る他無い。
そう振り切って刀を振り斬り落とした犬の首の。
頭の、その目が、
「グッーーー?!」
瞬間、まるで金縛りにあったかのように体が硬直した、何だーーーこれは、いやまさか、血鬼術?!
血鬼術は人智の外の、超常的能力、ならばこれは、まさかあの犬の目を見たからか!
結論が弾き出されたと同時に、地面が”沼“の様に盛り上がる、これはーーー鬼!別の鬼だ、まさかあの合図はーーーッ!このためか!
これはーーー頭が……!
まずい、早く、逸らさなければ。
「柱は
”ッ……!なんの、話だ!“
刀と刀がぶつかる、体術の要領で鬼の左手を外しにかかるがそれより先に拮抗していた稽葉の刀が撫でるようにすり抜け、臨花の顔に向かった刃を間一髪で髪の数本に抑え、後方転回。
再度刀を構えーーー違和感。
目、この鬼の、元上弦の肆の血鬼術は目、動きを止める眼光ーーー瞳術?
まてーーーそうだ、あの時もそうだった。あの時、有一郎くんが襲われた時の違和感。
鬼の痕跡調査に行った時の何かに見られている様な視線の違和感。
私の家を燃やした……警官達の様子、目、そうだ、あの警官達の目も青緑に染まっていた。
まさか、だとすれば、これは、今の状況は……ッ!
“伊黒さーーー!”
臨花の振り向いた視界に映ったのは、伊黒がまるで伊黒の前にいる泥から出現した鬼に見つめられながら、操られている様に刀を持ち。自らの頸に刀を充てて。
「詰みだ、戌亥臨花」
向かおうとした動きを元上弦の肆が止める。
動揺、焦り、それは即ち、隙。
「夜の呼吸ーーー壱ノ暝」
臨花は自らが最大の失敗をしてしまった事を感じ取った。
他者を思うが故、その心の隙を突かれた、この瞬間、次に来る一手は確実に命を削ってくる、踏み込んでしまった以上、如何に全力の速度をもってしても回避は不可能。
同じく呼吸で対応、それしか無い、だがこの鬼の技術は私より上、完全に防げるか、浅く無い傷を負う事は確実。
それ以上に、今何とかして伊黒さんを止めないと、死ぬ、死んでしまう。
この鬼の血鬼術の正体を掴めた、目と目を合わす事によって発動する血鬼術!瞳術!
強力だ、動きを止めるだけじゃ無い、いや、本質はきっとそれじゃ無い、朝日、日光の元でさえあの警官達はまるで
一度受けてしまったら元凶が死ぬか、気を失わない限り、続くのか、どちらにせよ、本質はこれだ!
洗脳、魅力ーーー目を通じて他人を支配できる血鬼術!
「さようなら戌亥臨花、
居合から瞬きする間に放たれる、強力な一太刀。
ーーーー死ぬ。
これは、この一撃は、私の刀を破壊して胴を斬り落とす一撃だ、わかる。わかってしまう。
迫り来る命の終。
急激な成長、生存本能からの覚醒、言い方は多々ある。だが都合良く人生は廻らない。
人は誰しも特別では無い、特別に見えるのはただ、偶然的に、偶々何かが重なって出来る産物ーーー乱数だ。
戌亥臨花の物語はここで終わる。
「ーーーーーッ!」
稽葉の蒼刀が、空から振り落とされた
ーーーいつの間に!?いや待て、まさか……!全滅しているのか!
鬼狩りの兄弟を足止めをさせていた彼らは江戸時代からの、私を通して鬼になった配下達だ、数は少なくなったとはいえ今の下弦の実力より上の鬼達。
数で勝ってる、相手が柱でも物量で勝負出来る、実際
ーーーー倒したというのか、まさか、この男が!?
瞬間、臨花は考えるより先に刀を振った、振るわれた刀に反応し、稽葉は大きく後退するーーーーー頸の皮一枚、斬れていた。
直ぐに臨花は伊黒の状態を確認しようとして、岩柱が口を開く。
「彼方は時透兄弟があの沼鬼を斬った、同時に気絶した伊黒の容態は深刻だ……時透兄弟どちらも傷を負っている、蝶屋敷に向かわせる」
“わかりました……ありがとうございます”
「……相手は上弦だな?状況を」
“はい、目を合わせた者を操る血鬼術、私は動きを止められる程度で済むけど……それに、剣士として私より遥かに格上“
「成程、お館様の直感には畏れ入るな……」
ああ、普通に考えるなら終わるだろう。
だが戌亥臨花の積み上げた絆は、これまで歩んできた道のりは、時に助け、時に助けられてきた、綱渡りのような日々を全力で生きる人間のその強さは、時に奇跡を越える。
「……警官を操らせたのは予定通りだった、私の配下も足止めとしては上々……ここで増援が来るとはね。
機会を改めるか?
必要以上に今に拘る必要はない、無惨様との交わされた契約にはまだ時間がある、策を変えて、期を変えて、鬼殺隊を追い詰める事は出来る。
とはいえ私の情報を鬼殺隊に持ち帰られる方が問題か、それにまたと無い機会でもある。
私の配下は全て死んだ、私の全盛期に手伝ってくれた彼らはあの時に死んだ、残ったのは元々は弱かった鬼達……無理もない。
操れる人間をこの場に呼ばせるには時間が足りない、鬼殺隊士は洗脳が長続きしない関係上、必ず最後に自殺させている、これも使えない。
操れる動物はまだいる、本能に忠実だからこそ即席で操る事も可能。
……思えば、私が一人で戦った事は今まで無かったか。
「まだ夜は明かない、深い闇にお前の輝きは光らない」
ふっ……と一息入れ、稽葉は刀を構える。
空気が張り詰めていく気配を感じ、悲鳴嶼は幅の広い斧と刺付き鉄球を付けた鎖を握った。
臨花は刀を構え、呼吸を深く吸い、火を点けた。
この夜はまだ明かない。
鬼殺隊最強の男、“岩柱”悲鳴嶼行冥が戦場に参加した。
感想評価ありがとナス!誤字報告助かるゾ〜^ほなここすきも……オナシャス!
明日もこの時間ぐらいに出します。