【実況】鬼滅の刃RPG【祝100周目】   作:ゆう31

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上弦戦 元上弦の肆『稽葉』後編

 

 深い夜はまだ明けない。

 

 

 鬼殺隊最強の男、悲鳴嶼行冥は張り詰められた空気、気配、それを盲目であるというのにも関わらず正確に判断し、理解する。

 

 この相対する上弦の鬼は、紛う方なき強者!今まで戦ってきた鬼の中でも遥かに一線を画する、これが上弦、成る程。

 

 

 伊黒が何故あれ程の傷を負ったか合点が行く、戦う前から、この鬼の力量はある程度理解した。

 

 これで今の上弦でないというのなら、あの時戌亥達が戦った上弦の弐は更に上を行くというのか。

 

 

 

「さて……参る」

 

 

 

 居合の構えから、先に動いたのは元上弦の肆、稽葉だった。

 

 

 呼吸、そして鬼の圧倒的な身体能力、そこから踏み出される神速は鬼の特性上、最初から最後まで衰えない。

 

 

 瞬時に相対したのは悲鳴嶼だ、踏み込み加速的に向かってくる稽葉に鉄球を投擲、迫る鉄球を刀の柄で軌道を変え最小限の動きで対応する。

 

 ーーーーーー!

 

 腕が痺れる……!何という筋力、防ぎきってこれか!

 

 

 鉄球に隠れた様に投擲されていた投げ刀が稽葉の両目を潰そうと向かってくるが、瞬時に顔を逸らす事で回避する。

 

 臨花はその行動に不可解さ(・・・・)を感じた、今のを避けられるのか?完璧な奇襲だった、何だ?

 

 

 先ずはこの男からーーー刀の範囲内に到達した稽葉は居合から一閃を放とうとした判断を、背後から飛去来器の要領で向かってくる鉄球を見て(・・)横に跳ぶ。

 

 それに対し鎖を器用に使い、鉄球を手元に回し戻して横に跳んだ稽葉に向かって斧を飛ばした。

 

 鎖によってその射程は横に跳んだ稽葉に届く、向かってくる斧に刀で防ぎ流し、刀が鎖に巻き込まれないように鎖を蹴り離した。

 

 その蹴った瞬間の体勢の変化に踏み込んだ臨花は刀を振るった、だがまるで知っていたか(・・・・・・)の様に臨花の刀は容易く防がれ、臨花の目が稽葉の目とーーーまずい。

 

 

 目を逸らした隙は命を奪う刀になって返ってくる。

 

 

「夜の呼吸 陸ノ暝 常世兎月(とこようつき)無了(むりょう)

 

 

 縦方向に刀を振るい、無数の斬撃が繰り出される、先程よりも避け辛くまた防ぎ難い。

 

 猛攻、猛烈。

 

 技の切れが明らかに上がっている、それとも自分の動きが精細に欠けているのか、とにかくこれはーーー防ぎきれない!

 

 

 その猛攻に割って入って食い止めれる者が居なければ、だが。

 

 

「岩の呼吸・参ノ型 岩躯(がんく)(はだえ)!」

 

 

 臨花の前に突入し、自分を纏うように鎖のついた鉄球を振り回す技、迫り来る剣戟を受け止めた。

 

 

 ーーーこいつッ!

 

 

 稽葉は驚愕した、この男、戌亥臨花では捌き切れない私の呼吸から繰り出した剣戟を全て受け止め流し、捌いた!何より擦り傷を除けばあの男は目立った傷を負っていない。

 

 鉄球に鎖、斧。この手の奇怪な武器を使うのは岩の呼吸が筆頭、それ自体は良い、岩の呼吸使いとも戦った前例がある、こいつらの攻略法はある。

 

 だが、この男にその攻略法が通用するか?戦って理解した、この男の至高の肉体は、江戸時代どころかーーーまさか、そうか。

 

 

「お前がこの時代の……!」

 

 

 

 これはーーー判断を間違えた。

 

 私一人で現代の柱の最強と柱の中でも上位に位置するだろう標的を相手にして戦い勝つには、単体では些か不利!

 

 入念な準備、策が無ければーーー地形を間違えた、人里に近ければ人間を洗脳して壁にする事が出来た、見誤った。

 

 だが、不利ではあるが、ならば敗北するか?それこそあり得ない、元とはいえ上弦、理から外れない程度(あの時の柱未満)の人間に負ける通りは無い……!

 

 

 

 “ふぅーーッ……すいません、悲鳴嶼さん“

 

 

「……奴、妙だ。まるで背後に目が見えている様に動く、感覚が良いのか、はたまた……」

 

 

 悲鳴嶼の言葉に、臨花はこの攻防で得た結論を出した。

 

 背後からくる鉄球を見もせずに交わした事。

 

 踏み込んだ後にまるでわかっていたかの様にあわせてきたあの判断。

 

 そして何よりーーーあの呼吸から繰り出された猛攻を防いでいる際に、視線が合わなかった(・・・・・・・・・)

 

 

 それは臨花の失敗、だがその失敗にあの鬼は反応しなかった。

 

 つまり、これは。

 

 

 ”血鬼術……この空間に隠れて潜む小動物を目にして、視界を共有している、先程犬を操って居たのを見ました、きっとこれだ”

 

 

「奇怪な、だが道理ではあるか」

 

 

 悲鳴嶼は思考する、この攻防で奴の力量、技術は漠然とだが把握した、やはり強者、それも思った以上に。

 

 剣術に穴は無いだろう、あれは到達点の一つ、だがそれ以上に空間を支配する様なあの気配の悟り方、動物を通した目で何処から攻撃が来るのか、私と戌亥、どちらの動きも分かるという事。

 

 それ(・・)がある限り、突破口を作るのは難しい。

 

 

 ……この状況を変えるには。

 

 

「戌亥、数分時間を稼ぐ」

 

 

 ”……!、わかりました“

 

 

 悲鳴嶼の言葉に、臨花は瞬時に理解した。

 

 

 

 

「ーーー岩の呼吸」

 

 

 

 刹那、行動を開始したのは悲鳴嶼だった。

 

 

「壱の型 蛇紋岩(じゃもんがん)双極(そうきょく)!」

 

 

 鉄球と斧がそれぞれ左右から稽葉に向かっていく。

 

 並外れた豪速球、狙い、あの肉体でこれ程の速度、アレ(岩柱)は私とは違う別の到達点か!まさか大正の時代でこれ程の。

 

 

 江戸の時代の時であれば、三百年前の私であったらこれは避けられない。

 

 

 

 だが、あの時とは違う、鉄球と斧……共に対処可能!

 

 

 

「夜の呼吸 漆ノ暝 淵源(えんげん)夜永の漠(やえのすなはら)!」

 

 

 

 まるで竜巻の様な回転斬り、それは迫り来る左右の鉄球と斧を弾き飛ばす程の威力、すぐさま鎖を使って手元に戻す頃には、稽葉はそこにはいなかった。

 

 瞬時の硬直、視界外、左回転の剣術、回転の勢いを使った瞬足ーーー右からか!

 

 体を向けた悲鳴嶼に稽葉は目を合わせた、この距離、この間合い、避けられる筈がない、そしてこの距離なら硬直する!

 

 一瞬の動きの硬直は、ただそれだけでも死に繋がる隙となる。

 

 

 

 悲鳴嶼と稽葉の目があった。

 

 

 

 体が硬直ーーーーーしない!?

 

 

 そうか、この男ーーー盲目!驚愕に値する!盲目でこの動きが出来るというのか、音で空間を把握しているのか、こんなにも正確に!

 

 いやそれより、そんなことより、盲目であるならば私の血鬼術による影響は受けない!先程話していたであろう会話はそれか?

 

 

 

 まずい、動揺しすぎた、攻撃が来るーーー!

 

 

 振り落とされた鉄球を刀を逸らして弾く、と同時に投げられた斧に、動揺を隙を突かれた稽葉は、限り限りで刀を持っていない方の腕を盾にし、直撃を左腕に受ける。

 

 

 腕が落ちた、これは好機か?この体勢ならば、或いは。

 

 

 

「岩の呼吸・弐ノ型 天面砕き!」

 

 

 

 鎖を踏みつけて投げた鉄球の軌道を変える、軌道の変わった鉄球は天から下され、だが稽葉にもう焦りはなかった。

 

 この程度なら瞬時に左腕を再生出来る、元とはいえ上弦の再生速度は一瞬。

 

 

 頭上に迫る鉄球を稽葉は刀身で受けるのではなく、あえて踏み込んだ、避けるのではなく、攻める。

 

 悲鳴嶼にとっての好機でもあったがそれは、稽葉にとっても間合いを詰めれる好機であった。

 

 

 岩柱の計算違いは二つ、如何に悲鳴嶼行冥といえど、上弦と相対した事は無かった、だからこそ鬼の再生速度を見誤った。

 

 そしてもう一つの計算違いは、目の前の鬼の咄嗟の判断力、決して軽んじていた訳ではない、にも関わらず少なからず決定打であるこの攻撃に対しての行動が速い。

 

 動物を視界と共有しているだけじゃない、この目の血鬼術……視界で見えているものが多いというのか、視力自体も強化されていると?

 

 いや、それだけじゃ無い、長い時間に生きる鬼、経験、勘、それらのものが極地に値する!

 

 

 次の瞬間、迫り来るであろう攻撃に対応しようと、動き、鎖の音の反響で空間を、動きを把握。

 

 

 

 悲鳴嶼の計算違いは二つ、そして失敗は一つ(・・・・・)

 

 

 自身が盲目なのを、稽葉に知られてはならなかった。

 

 

 三百年、ただ自身の呼吸と向き合い、剣を振り、来たる日までただひたすらに刀を極めたその鬼は。

 

 

 自身にとっての弱点になり得る存在に対しての攻略法を編み出していた。

 

 

「捌ノ暝 暁夜衝(ぎょうやしょう)

 

 

 夜に、闇に隠れ、紛れた不可視から繰り出される無音の一撃、それは音で空間を把握し動く悲鳴嶼にとって致命傷になり得る一撃。

 

 

 だがそれでも咄嗟に直感、経験、生物の生存本能が悲鳴嶼の体に警告が走り、一歩引き、腕を十字に守ることによって命に届いた一撃を逸らす。

 

 

 稽葉は思わず舌打ちをしかけた、今ので上半身を切り落とす事も出来なければ、腕を切り落とす事も出来ないのか!

 

 

 浅くない、だが刀の感触的に深い程斬れていない、あれはまだ武器を持てる腕だ、あの肉体だ、致命傷にもなっていない!

 

 ここで逃す手はない、攻あるのみ……この一瞬、この形勢ーーー行ける。

 

 あの時とは違う。

 

 江戸時代にて無惨様の集めた精鋭の殆どを斬り刻み、頸を落とし、更には当時の上弦の壱、弐、参、そして私を一人で相手にし、互角の戦いを陽が昇るまで続けて、更には当時の上弦の参の頸を落としたあの男と比べれば。

 

 

 やはりこの男もまた理の外を出ない(・・・・・・・)!早々いてなるものか、あんな者。

 

 

 

 

「夜の呼吸 弐ノ暝 流夜翡翠(りゅうやひすい)!」

 

「岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩(りゅうもんがん)速征(そくせい)!」

 

 

 踏み込み放たれたほぼ同時の二連撃、それに対して両手で鎖を掴み鉄球と斧を同時に投げつけそれを防ぐ、だが稽葉の本命は次の三連撃目の、ずらした一閃。

 

 

 空間を狂わせる様に放たれた一閃は持っている鎖を巧みに使い、当て投げ、軌道をずらして左肩を掠める程度に抑える。

 

 

 強い、江戸の例外を除けば、随一!だがお前に、あの時代を生き抜き三百年ただひたすらに磨き上げた私のこの一撃を躱せるか?防げるか!?

 

 

「見せてみろよーーー!」

 

 

 納刀、刀を納める。

 

 

 これはーーー悲鳴嶼は今の鎖当てによって変えた、変えられた(・・・・・)事を理解した、あの機会をずらした一閃が本命ではない、次に来る居合からの抜刀、本命はこれだ。

 

 

 即座に斧の方の鎖を引っ張り戻す、間に合うかーーー?

 

 

 

「壱ノ暝 夜月(やげつ)宮の宵(みやのやみ)!」

 

 

 初めて呼吸に触れ、一の型を習得し、それから暫く経って自分にとっての最初の一撃は、型は、居合の構えから編み出す方が体にあっていると気付いた。

 

 『夜』と命名した。私はあの人のように、月の様に光り輝けない、夜に紛れている方がいい。

 

 

 日は好きじゃない、昔から(・・・)

 

 夜は私を何度も助けてくれた、あの時も(・・・・)

 

 

 

 居合から瞬きする間に放たれる、強力な一太刀。

 

 

 

 神速ーーーこれは、避けるには距離が近過ぎる、防ぐ他ない、手元に斧は手繰り寄せた、鎖を駆使すればーーー!

 

 

 

 

 

 

 技術、実力、共に互角ーーー否、悲鳴嶼行冥の肉体の強さ、鬼殺隊士としてのこの経験、悪鬼滅殺の体現は、稽葉を上回る!

 

 

 

 だがこの刹那、この瞬き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一歩、踏み足りなかったか!

 

 

 

 

 その神速の居合斬りは悲鳴嶼の上半身を肩から斜めに大きく斬り裂いた、目に見えての重傷、だが至高の肉体を持ち、並外れた強靭力を持つ岩柱であれば未だまだ、戦闘可能!

 

 あの一瞬の攻防、迫り来る刀に向かって斧を盾にし、鎖で軌道を変える事が出来る芸当は、この時代の柱で出来るのは悲鳴嶼行冥ただ一人だろう。

 

 人並外れた技術を持っているのは稽葉だけではない、悲鳴嶼もまたその領域に一歩、踏み出している!

 

 

 

「だが、なら!」

 

 

 目の前の男が深い傷を受けた事には変わりない!抜刀した刀を瞬時に軌道を変えて今度こそ、この男の命を断つ!

 

 

 

 岩柱に向けた刃を、いや、待て。

 

 

 あの男のあの表情は何だ……?

 

 

 ……そうか、奇襲が来る、戌亥臨花は何処に消えた?

 

 私の血鬼術は支配した人間、鬼、動物の視界を共有出来る、これによってこの戦いを俯瞰的に見る事も出来た。

 

 下弦の弐を支配して情報集めに使わしたのもこれによって随分捗った、戌亥臨花の家を把握して火で燃やして、その姿形を配下達に教え、足止めをさせ視界で状況を観察出来た。

 

 どう対策しようと不可能だ、小動物は夜に紛れる様にして隠れている、人間の視界では深い闇は見通せない。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーだというのに。

 

 

 

 

 視界が切り替わらない、何故、いや、理由は一つしかない、人に可能なのか、夜に隠れた小動物を、十五体の大小様々に種類の違う動物を、斬り落とすという事がーーー!

 

 

 

 “ッーーーーー!煌の呼吸 壱の型……!”

 

 

 気配のした方へ振り返る、迫り来る刀に稽葉は刀を構えた、どんな方法で目達(動物)を斬ったのかは理解出来ないが、それを考える暇も無い、不可能は不可能なまま思考を変える。稽葉にはそれが出来る、出来た。

 

 だからこそ冷静に向かってくる刀に相対する。

 

 

 

 だがこの瞬間、この刹那。

 

 

 

 至高の領域(透き通る世界)に足を踏み込んだ臨花は。

 

 

 元上弦の肆の剣戟を上回る。

 

 

 

 光彩奪頸(こうさつだつけい)!!“

 

 

 

 雷の様な閃光で踏み出し流れる水の様に刀を頸に向け、大地を踏み出し回転斬りの要領で風を生み出す、煌びやかな白い閃光。その一閃。

 

 

 その一閃に合わせようとした稽葉は、だが先程対峙した時と全く違う剣筋に、心から驚愕し、限り限りで何とか対応して、だがそれでも。

 

 

 

 稽葉の両腕が斬り落とされた。

 

 

 

「良くやった戌亥!」

 

 

 

 好機ーーーーーー!

 

 

 

 成る程アレが透けると言っていた現象!先程の戌亥の動きと明らかに違う、無駄を省いた完璧な呼吸、剣捌き、足捌き!

 

 戌亥は視界が透けると言っていた、文字通り見ている世界が透けて見えるのか……!

 

 私の判断は間違っていなかった!やはり戌亥がこの戦況を変える!目になっていた動物ももういないこの状況、この瞬間。

 

 

 悲鳴嶼は戦場を把握し、出血を呼吸での最低限の出血に抑えて後回しにして、即座に斧と鉄球を鬼に向かって振り放つ。

 

 鬼のあの再生速度、次の戌亥の行動には再生されると見て良い、ならばその行動を制限すれば、後は戌亥が意図を読んで頸を斬る筈だ。

 

 

 あの少女にはそれが出来る、そう信じている!

 

 

 

 稽葉は刀を持つ右腕の再生を最優先にして再生し、次に頸を狙う臨花に目を合わせようとするが、相手を見ているようで、全く別のものを見ている今の臨花に、血鬼術は作用しない。

 

 

 不思議な感覚だった、今まで短時間、集中して局所的に見れば、透けた世界だったそれが、今この瞬間最大限まで開かれた。

 

 そうか、これがあの時の視界か。

 

 

 見える、全てが。

 

 

 自分の体、悲鳴嶼さんの体、元上弦の肆の体、無駄なものを全て省き落とした、世界。

 

 使わない血液を意図的に止めれば、呼吸が格段に楽になった、これが正しい呼吸。

 

 

 この感覚は長くは持たない、他でも無い自分が解っている、これは、この感覚は生と死の境界線に近い、完全にこの透き通る世界に入門するには、私にはまだ足りないものがある。

 

 

 それは漠然と理解しているが、それよりもまず、考えるべき事、やるべきことは。

 

 

 目の前の鬼に刃を振るう事だ。

 

 

 確信がある、この刃は届く。

 

 

 稽葉は右腕を駆使して刀を振るわれる前に対処しようと振りかぶるが、その刃は臨花にたどり着く前に投擲された鉄球と斧によって塞がれ、その二つを斬り落とした時、臨花と稽葉の距離はすぐ目の前に迫っていた。

 

 

 迫り来る命の危険。

 

 

 限り限りの戦闘、生命の危機。

 

 

 思い返す(・・・・)、過去の記憶。

 

 

 

 

 

 江戸時代の貴族の出、妾から生まれ、名を呼ばれる事もなく、更には病弱、日に出るのも苦痛だった。

 

 扱いに困った貴族は秘密裏に処理を進め、それに気付いて衝動から屋敷を飛び出し、直ぐに路頭に迷った。

 

 

 月の明るい夜だった、息を荒く吐きながら、座り込んだ所を追い剥ぎに襲われる、だが不幸か幸運か、生命の危機に瀕した彼女は命の限りを持ってその追い剥ぎを殺した。

 

 

  人を殺した。

 

 その事自体に何か思う事はなかった、倫理観の欠如?感情の麻痺?

 

 何も違う、彼女は自分の意思で人を殺した、その事を「自然の摂理」と考えたのだ。

 

 襲われた、命を奪われそうになった、だから逆に奪ってやった。

 

 

 清々しい気持ちになった、呪縛から解放されたように。

 

 

 人が私を嫌う様に、私は人が嫌いだった、嫌いなモノを殺す気持ちは心地良かった。

 

 

 だがそれも長くは続かない。

 

 襲いかかってきた際に抵抗し、命を奪った行動に、激しい動きにこの弱い、病体は耐えられない。

 

 私はもうすぐ死ぬ、死んだら何処に行くのか、天?それとも、人を殺した私には地獄がお似合い?

 

 生きるのも疲れるし、死んでも良いとは思うが。

 

 ……ああでもやだな、やっぱ嫌だ。

 

 死ぬなら何か残して死にたい。

 

 

 

「良い。気に入った、お前は鬼にする、幸運に思うと良いーーーお前は死なない」

 

 

 ああ。

 

 そうだった、それからだ。

 

 

 時折、稀に人だった時の記憶が残って鬼になる事があると言う、私はその限り無く少ない例の一人だった、無惨様にとってそれは不都合、だけど無惨様は私を殺さなかった。

 

 「お前は記憶が有っても私に忠誠を誓っている、ならば生かしてやろう、私の役に立て、私の為に戦え、稽葉(・・)

 

 嬉しかった、必要とされるのが。

 

 それが利用でも、何でも良かった。

 

 私は知っている、無惨様がどんな鬼なのか。

 

 でも別に良い、無惨様に殺されるならそれで良い、私はあの時終わっていた、それをこの方は救ってくれた、それが全てで、確かな真実。

 

 

 

 無惨様はお認めにならないと思うし、私もあの方の前では思った事は無いが。

 

 似ていたんだ、きっと。無惨様と私は。

 

 

 人だった時から、人が嫌いだ、日が嫌いだ、世界が嫌いだ。

 

 

 

 

「ーーーーーーー」

 

 

 

 さあ、また来たぞ、生命の危機が。

 

 どうする?これで三度目(・・・)だ、一度目は殺せた、二度目は殺せなかった。

 

 

 さあ三度目は?

 

 

 

 

 

 ーーーーーああ、視界が開いていく(懐かしきこの感覚)

 

 

 

 

 

 

 岩柱、悲鳴嶼行冥は、たった今自分が見た光景を「確かか」と疑った。

 

 

 あの瞬間、頸に到達しかけていた戌亥の刀に、稽葉は左腕を、差していた刀の鞘を即座に取り出して刀にぶつけて命の危機を脱した。

 

 

 次に右手に持つ刀を臨花に振るうと見せかけて、瞬時に逆手持ちに切り替えて、軌道を変えた一閃を、だが透き通った世界に入っている臨花はその巧妙な剣戟に対応して刀を振るう。

 

 

 だが刀同士がぶつかるより先に稽葉の足払いが臨花の体勢を崩そうとし、それに反応した臨花が地面から離れる事によって避け、下から真っ二つにするかのように斬りかかった刃を、半身を逸らして紙一重で回避しする。

 

 

 

 もはやあれは、あの空間は、見様によっては舞踏だ、それ程までに完成されていた。

 

 

 そうか、あれが、透き通る世界。

 

 

 戌亥は分かる、前々から私に言っていた、理解出来る。

 

 

 だが、まさかそんな、あの鬼も、元上弦の肆もあの世界にいる(・・・・・・・)と言うのかーーーー!?

 

 

 目を凝らせ、観察しろ、今この瞬間でアレを学べーーーあの形勢が傾かない内に!

 

 

 

 

 

 悲鳴嶼の考えは近からずも、遠くはなかった。

 

 

 稽葉の血鬼術は最初から強力だった、他者を洗脳、魅了する事など朝飯前であったし、視界を共有する能力は鬼舞辻無惨にとっても有用で、手柄を成した時には必ず血を貰った、貰えば貰うほど、出来る事は更に増えていった。

 

 人だけだったのが、生物全体に。

 

 意志の低い者なら、視界を通していなくても声を掛ければ即座に掛かるようになった。

 

 やがてそれは一度掛かれば例え太陽の元で有っても、効果が途切れる事は無かった。

 

 

 稽葉の血鬼術の最たるモノはそれらだ、だが三百年、ひたすらに積み重ねたモノは刀だけじゃ無い。

 

 

 稽葉は目に関する事なら、その超常的能力、洗脳以外も優れていた、上弦の壱の呼吸、型を盗み見て、漠然と掴んで、自分もああなりたいと江戸当時の刀鍛冶の里を襲って刀を盗んで、押しかける様に教えを乞いて。

 

 剣士でも無いのに(・・・・・・・)、人の才で出来る最高の、到達点までにその刀は研ぎ澄まされた。

 

 

 それを可能にしたのは血鬼術だ。

 

 

 稽葉の、強力な血鬼術、その目がそれを可能にした。

 

 

 命の危機に瀕した時に成長するのは人だけでは無い、鬼もまたそれは含まれるのだ。

 

 

 稽葉は血鬼術の焦点を限定し、自分の目以外に当てていた血鬼術を全てを解除して、自分の視界限界以上に血鬼術を使って。

 

 

 

 擬似的に透き通る世界を可能にさせた。

 

 

 

 今まで出来なかった、だが稽葉にはそれが出来た、無限の成長力、かつて鬼舞辻無惨が最も気に入った、唯一だった(・・・)

 

 

 それが江戸時代の生きる『鬼姫』

 

 

 

 元上弦の肆、稽葉だ。

 

 

 

 

 血鬼術緋眼(ひがん)

 

 

 

 

 

 

 

 臨花と稽葉、機しくもこの瞬間、互いにこの世界にいるのは自分と相手だけなのだろうかと、何処か外れた考えをした。

 

 

 稽葉には存じ得ない事だが臨花の透き通る世界には制限がある、短時間での入門でしか、未だ足りない(・・・・・・)臨花ではそれが限界で。

 

 

 また臨花が気付く事は無いが擬似的な透き通る世界への入門は、血鬼術を限界以上に酷使して強引に足を踏み入れている、生命の危機によって起きた火事場の力。長くは続かない。

 

 

 互いに時間が無いのは同じ。

 

 

 だからこそ、稽葉は踏み出した、この一手で終わらせる。その決意を激らせて。

 

 

 それを見た臨花は投げ刀を八本(・・)投げつけた、両手一回で投げられる人間の最大本数、牽制、少しでも動きが鈍れば上々。

 

 投げられた投げ刀は全て避けた、振り落とすよりも避ける方が楽だったから、呼吸を深く吐いてーーー吸う。

 

 

 踏み込んだ。

 

 

 臨花は火縄銃を発砲、それより前に見ていた稽葉はだがそれを受ける事に決めた。

 

 当たる場所は左足、これは良い、犠牲にしても直ぐ生える、それより向かうが先決。

 

 

 互いが刀の範囲内に入った。

 

 

 

 “煌の呼吸 参の型 星流れ・破天御剣(はてんみつるぎ)!”

 

 

 煌びやかな流星の様な、大地ごと巻き込む様な斬撃は臨花の型の選択肢でも、確かに破壊力の高い、強い一撃だ。

 

 過去を振り返ってもこの瞬間に出したこの呼吸は、透き通る世界に至って、無駄なものを全て省いて、正しい呼吸の元に繰り出された、完成された一撃。

 

 

 だが、それは。

 

 擬似的だが透き通る世界に足を踏み入れた稽葉もまた。

 

 

 そして臨花にとって、自分が出来うる最大限を出し切っても尚、どうにもならないのは。

 

 

 三百年以上一日も欠かさず刀を極めた、稽葉の。

 

 

 完成された一つの極地、その終わり。

 

 

 

 

「夜の呼吸 終ノ暝 緋ノ夜(あけのよる)

 

 

 

 血鬼術【緋眼】にて捉えた対象の状態から予測した回避不可能、防御不可能の斬撃を次々と繰り出す夜の呼吸の最終系。血鬼術との合わせ技。

 

 

 深い闇の深淵に、輝きは存在しない。

 

 夜に愛され、夜に生きた彼女の完成した呼吸の、奥義は。

 

 

 互いに同条件のこの状況の形勢が、この瞬間稽葉に傾いた。

 

 

 

 勝てる。

 

 

 この斬撃に耐えられる程、戌亥臨花は完成しきってない(・・・・・・・・)

 

 もし相対したのが一年後だったのならこの勝負は負けていただろうか。

 

 それか或いは、理から外れる者ならば、太刀打ち出来なかった。

 

 無惨様の、宿敵だった者の様に。

 

 江戸時代、修羅の様な柱の様に。

 

 

 それと比べて、戌亥臨花は外れきっていない、完成していない、理から逸脱していない。

 

 

 

 

 さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮血が迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーー」

 

 

 

 “……ッ!”

 

 

 

 その鮮血は、確かに迸った。

 

 だがそれは臨花ではなかった、では稽葉か?

 

 違う。

 

 

 もう一人、この空間には居たーーー居る。

 

 

 

 

「ぐっ、フゥーーーッ!透ける……成程、見える!」

 

 

 岩柱、悲鳴嶼行冥。

 

 時間にすればほんの数秒か数分かの出来事、その限られた時間で観察し、考察し、研究し、鬼殺隊最強の名を持つ男は土壇場で透き通る世界に入門した。

 

 誰よりも長く柱であり、また現役の鬼殺隊の中でも最古参、長い間に積み重なった執念、鍛錬、それらは透き通る世界を可能に出来る。その才が悲鳴嶼にはある。

 

 

 “悲鳴嶼さーーー”

 

 

「私に構うな!ここでこの鬼を討伐する!」

 

 

 

 臨花は瞬時に切り替えた。刀を構えて、稽葉に向かって斬り掛かる。

 

 

 

 ……嗚呼、それでいい。

 

 

 後悔はない、この少女は鬼殺隊に必要だ、私以上に(・・・・)

 

 鬼殺隊は強くなった、柱だけではない、全体の質は、過去に比べれば目に見えて違う。

 

 最も過去と違う点は、殉職者の数だ、明らかに、圧倒的に少なくなった、何故か?それは単に、戌亥臨花その人物が、必ずと言っていいほどに、助太刀に向かう事が出来たからだ。

 

 生粋の速さ、だがそれ以上にその行動は、鬼殺隊の大きな希望になり、広がる波紋は勢いを増し、蟠を巻いていく。

 

 強固になっていく、お館様は言っていた、何れ遠くない内に鬼舞辻無惨に手が届く日は近いと。

 

 そうだろう、私自身もそう思える程に、ここ数年の出来事を思い返せる。

 

 彼女の歩く道は日の様に輝いて明るい、照らす光は星々の煌めきの様にも思える。私から見れば未だまだ若き身空、だがその才は勢いを止める事を知らず。

 

 たった今、透き通る世界をも習得した。

 

 確信がある、何れこの少女は私を超える柱になってくれる、皆を引っ張って行ける強き者に至ると、私の直感が告げている。

 

 

 そう思えば無くした右腕(・・・・・・)など、どうでも良いとさえ思えた。

 

 

 

 お館様の代わりが居るように。

 

 私の代わりもまた、ここに居る。

 

 

 

 

 ……こうなった以上、最早出し惜しみなど不要、私の全てを使ってこの上弦の鬼を討伐する!

 

 

 

 

「岩の呼吸・伍ノ型 瓦輪刑部(がりんぎょうぶ)!」

 

 

 

 鉄球と斧、片腕で両方持ち、同時に投げ、鎖によって軌道を変えながらの四連撃。その鎖が臨花の周囲を守りつつ、斧と鉄球が稽葉に向かっていく。

 

 如何に透き通った世界に入ったとはいえ、片腕を失った今、技の繊細には欠けるーーーそう判断した稽葉は、直ぐに判断を改めた。

 

 バカな、先程打ち合った時より寸分違わない、いやそれどころか、先程よりも優っている?!

 

 何がーーーそうか、そういう事か!悲鳴嶼を見て(・・)、稽葉は理解した。

 

 

 あれが黒死牟さんが言っていた、痣か!

 

 

「夜の呼吸 肆ノ暝 不夜の城(ふやのしろ)!」

 

 

 瞬時に繰り出される無数の連撃で悲鳴嶼の四連撃を防御する、鉄球を弾き切れず体に穴が空いたがこの程度動作もない!擬似的な透き通る世界は、次に来る攻撃を予測した。

 

 それを対処すれば、次こそは確実に届く!

 

 痣に透き通る世界、確かにあの男は強かった!だがそれでもここまでだ!出血、片腕の損傷!如何に至高の肉体とはいえ、あれ以上動ける筈が無い!

 

 

 次だーーー戌亥臨花、お前が何をしようとしているのか解る、理解出来る!呼吸、型ーーーお前の動きはもう既に掴んでる。

 

 

 私ももう後がない、何が来ようとも全力で対処してやる!

 

 

 

 

 “ーーーーー煌の呼吸……”

 

 

 

 臨花の赤色の目が、稽葉の青緑の目と合った。

 

 

 擬似的な透き通る世界に踏み入れている今、目があっていても稽葉は動きを止める血鬼術は使えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっとそれが、勝敗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……!あの顔の紋様、戌亥臨花!こいつ、痣をーーーッ!

 

 

 

 

 漸く理解した(・・・・・・)

 

 

 痣は、焼き尽くす様な感情によって発現出来る、これはつまり体温を上げて、心拍数を早めれば、誰でも出来る様になる筈。

 

 あの上弦の弐、童磨との戦い以降燃える様な感情を起こす戦いはした事がなかった、思えば私が痣を発現出来なかったのは、限り限りの戦いをして来なかったからか。

 

 

 ああ、謝らないと、止血しないと、悲鳴嶼さん、あれじゃあ……それに、痣も。

 

 

 この鬼、元上弦の肆、稽葉……強い、強かった、能力だけじゃない、実力だけじゃない、透き通って、なんとなく、理解したんだ。

 

 

 「純粋」だった、鬼特有の狂気も、後悔も、懺悔も、何もかもなかった、ただそこにあるには、ただ一つの「忠誠」

 

 この鬼と私の戦う理由は、然程変わりないのかもしれない。

 

 

 だけど私と貴女はきっと分かり合えない、理解し合えない。

 

 だって私は人が好きだから、人が嫌いな貴女とは、相対する存在だ。

 

 でも、貴女にとっての居場所はそれでしか(・・・・・)なかった(・・・・)のかな。

 

 ごめんとは言わないよ、その居場所は私の居場所を容易く奪って破壊するから、貴女が私の居場所を壊す様に、私も貴女の居場所を壊すよ。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 ーーーーーーこれで終わらせよう。

 

 

 

 

 捌の型(・・・) 煌彩陸離(こうさいりんり)(あけぼの)

 

 

 

 

 光が乱れ輝き、まばゆいばかりに美しく輝いていく。

 

 それは呼吸が見せる幻覚、それを稽葉は理解していてもなお、月の輝きでしか見惚れなかったというのに、その美しさに一瞬だけ、動きを止めた。

 

 光の閃光が入り乱れる、輝きが強過ぎて動きが掴めない、通常なら、その視界は眩い煌めきで見えない。

 

 だが、擬似的な透き通る世界を可能にしている稽葉には、その閃光の輝きの先が理解出来る。

 

 

 上から叩き潰す様な一撃、それは雷の呼吸から派生し、その派生から更に派生した煌の呼吸、その中でも、指南書を通さないで編み出した、即席の型。

 

 機動力を捨てて強烈な一撃を叩き込む、それは煌の呼吸の元を辿れば、なんと異質な事だろうか。

 

 

 だが、今この瞬間、自分に相対する鬼を倒すには、破壊力が足りない、この鬼を倒す方法は、一撃の元で一気に叩き斬る事だ。

 

 

 

 稽葉は真っ向から対抗した、避けては通れない、受ける他ない、だがこれを制すれば大地に立つのは私の方だーーー!

 

 

 如何に痣を発現していようとも、剣術の差は埋まらない、狭まらない、どれだけ命を燃やそうとも、身体能力の差は縮まらない。

 

 

 上空から振り落とす強烈な一撃、強いだろうが単純だ、早く、重いだろうが、それだけーーー技術に差がある、私なら受け止めれる、私なら受け流せる。

 

 

 

 

 ーーーーーそう、思っているんだろ。

 

 

 だから私は、万力の握力(・・・・・)で刀を握るんだ。

 

 

 

 練絹のような少し黄みの白い刀が赫く染まっていく。

 

 

 万力の力で振り落とした刃は、受け流そうとした稽葉の蒼刀と相対しーーーーー

 

 

 

 なかった、何故か、稽葉はすぐに気付いた。

 

 

 

 構えた手に数珠玉のようなものがめり込んでいるーーーこれは、あの岩柱のか!?満身創痍だというのに、これ程までに粘るか!

 

 

 万全に握れていない、この状況であの刀を受け止めるのは不可能!

 

 

 血鬼術を、擬似的な透き通る世界を見通す、見渡し。

 

 

 

 

 迫り来る刃は、稽葉の頸をたった今捉え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お見事」

 

 

 

 

 

 元上弦の肆、稽葉の頸を斬り落とした。

 




 これにて閉幕。

 感想評価ありがとナス〜^誤字報告助かります、ほなここすきも……ええねんな……

 明日もこの時間ぐらいに。

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