仮面ライダーツルギ・ANOTHER RIDERS 作:黒井福
今回よりもう1人の応募キャラ、川内 未希こと仮面ライダーファスト編が始まります。
前回までのウィドゥ編と打って変わったテイストのストーリーとなります。
エピソード ファスト・1:葛藤の始まり
聖山高校にある道場。校舎からは少し離れた位置にあるそこで、1人の道着を着たポニーテールの少女が一心不乱に竹刀を振るっていた。
もうすでに日は大分傾き、照明を点けていない道場内は夕焼けで濃い影と赤く染まったところがはっきりと分かれている。
そんな中で、夕日に照らされた少女は汗が流れ落ちるのも構わず素振りを続けていた。
もしここに少女以外の誰かが居たら、彼女の様子に違和感を覚えた事だろう。少女の放つその気迫は、まるで殺し合いに臨む剣士の様。間違っても、高校生が身に纏っていい雰囲気ではない。
どれほどそうしていたか、少女は徐に素振りを止め竹刀を下ろすと、息を整えながら近くに置いてあったタオルで汗を拭った。顔中汗まみれで首筋から道着の胸元に汗が流れ落ちているが、疲労以上に彼女の顔には苦悩が浮かんでいた。
「ダメだ、こんなんじゃ。これじゃあ、先輩を助けるなんて……」
弱音らしきものを口にする少女は、その思いを振り払うかのように頭を振るとタオルと一緒に置いてあったスポーツドリンクの入ったペットボトルを口にする。素振りで汗を流し火照った体に、清涼感と水分が染み渡り一時だが爽快な気分になる。
その時、少女の耳に耳鳴りのような音が聞こえてきた。
「ッ!?」
少女はその音を聞くと、弾かれたように近くの窓ガラスを見ると自分の荷物の中から紺色の平べったい小箱の様な物――カードデッキを取り出しそちらへ向かう。
日が大分沈み、向こう側が暗くなった窓ガラスに僅かな光を反射して少女――
未希が鏡面となった窓ガラスに向け両手で持ったカードデッキを向けると、鏡の中の未希の腰に銀色のベルトが巻かれ、更に反転するようにして実像の方の彼女の腰に巻かれた。
腰にベルトが巻かれると、未希はカードデッキを右手に持ち両腕を肩幅より少し広い程度に広げる。それはまるで刀を鞘から抜いたような動き。
更に続いて右手はベルトのバックルの左横、左手は指を伸ばして右肩の前に素早く移動させるとある言霊を口にした。
「変身!」
掛け声と共にカードデッキをベルトのバックル部分に装填すると、彼女の姿を変化させる。
次の瞬間そこに立っていたのは、鎧武者か侍を彷彿とさせる戦士だった。全体的に紺色を基調とし、頭は隼か何かの鳥の頭の様。胴体は鎧武者の様な胴当てで覆われ、左腕には鷹匠が身に着ける様な籠手の様な物がある。
腰には前垂れがあり、両足は袴の様な布で覆われている。
そこに居たのは仮面ライダーファスト。未希が変身し、彼女が願いを叶える為の力の具現化した存在がそこに居た。
未希が変身したファストは窓ガラスに飛び込む。ガラスは割れることなく、彼女は鏡で出来たトンネルの中を変わった形のバイクの様な乗り物・ライドシューターに乗って移動する。
その道中で、彼女はこれまでの自分を振り返っていた。
彼女、未希がその出会いをしたのは本当に偶然だった。
未希はそもそも、剣道場の娘として生まれた。物心ついた時には竹刀を握り、父や祖父から剣道の手解きを受けてきていた。子供の頃から厳しく育てられてきた影響からか、気真面目で控えめ、且つストイックな性格に育った。
そんな彼女が聖山高校に入学して少し経ち、勉学と剣道部の部活動に精を出していた頃、友人に半ば無理やり「たまには屋上で」と昼食に誘われた。教室か食堂以外で昼食を摂るなど、行儀が悪いと思わずにはいられなかったがさりとて友人を蔑ろにする訳にもいかなかったので彼女は渋々と言った様子で友人と共に弁当を手に屋上へと向かった。
弁当を食べ終え、食後のお喋りを何だかんだで楽しみそろそろ教室に戻ろうと屋上から出て美術室の前を通り掛かった未希は、そこで扉の隙間から見えた美術室の中で1人の男子生徒が昼休みであるにも拘らず一枚の絵を描いているのを目にした。
最初、昼休みを返上してまで絵を描くなんて、余程絵を描くのが好きなのかとあまり気にしていなかった彼女だがその際に目に入った描き途中の絵に強く引き込まれた。
魂が籠っているとでも言えばいいのか。絵は美術室の窓から見える景色を描いたものなのだが、ただの絵である筈なのに感じる熱が尋常ではなかった。
描き途中でこれなのだから、完成したら一体どうなるのか? 彼女がそんな期待に胸を膨らませるのはそう難しい事ではなかった。
その時は友人が肩を揺すった事で我に返った未希。彼女はそれから昼休みなどに僅かな時間を見つけては、美術室に赴き少しだけ開けられたドアの隙間(どうも換気の為に何時も開けてあるらしい)から男子生徒が絵を描く様子を見守っていた。
そしてその絵の完成品を見る事になる。完成した絵はコンクールに出され見事優勝。後日その絵は優勝作品と言う事で校舎の一画に飾られる事になった。
「ぅわ…………ぁぁ――――!」
見た瞬間、未希は一瞬でその絵の虜になった。正確にはその絵に込められた魂の、だ。
独特な色使い。有名なピカソか何かみたいに見方によってはドギツイ色使いとは違う、それでも普通に写真で撮るのとも違う、絵画だからこそできる表現。描いた者がその光景をどのように捉え、それを寸分違わず絵として表現出来た証拠だ。
未希は正直芸術に関してはあんまり詳しくはないが、それでもこの絵が見る者の魂を震わせるほどの素晴らしい出来である事は理解出来た。
「この絵、気に入ってくれた?」
「え、あ!」
息をするのも忘れるくらいその絵に見惚れていると、突然横から声を掛けられる。
弾かれるように声の方を見ると、そこには――後ろ姿しか見た事はないが――毎度美術室でこの絵を描いていた、男子生徒がそこに居た。
突然男子生徒に声を掛けられ、異性に慣れていない未希は何と答えたらいいか分からずとりあえず頭を下げた。
そんな彼女に柔らかな笑みを向けながら、男子生徒は驚く事を口にした。
「君、よく昼休みとかに僕がこの絵を描いてるのを見てたよね? もしかして完成を楽しみにしてくれてた?」
まさか気付かれていたとは思ってもみず、未希は顔を真っ赤にして固まってしまった。恐らくは、窓ガラスか何かに彼女の姿が反射して映り込んでいたのだろう。
己の迂闊さに恥ずかしくなり、同時に覗き見などと言う真似をして彼の集中を乱してしまっただろうことを思い申し訳なくなった。
「えと、その……はい」
「そっか。ありがと」
何とか絞り出した言葉に、男子生徒からは屈託のない笑みと感謝を返され、いよいよ未希の頭は一杯一杯になった。ただでさえ男子と話すのは得意ではないのだ。この上自分が虜になった絵とその作者に挟まれたりしたら、緊張と興奮で言葉なんて出てこない。
「あ、その……し、失礼します!?」
未希は強引に会話を切ると、男子生徒からの返答も聞かずその場を立ち去った。
後になってから冷静に考えれば、少し失礼だったかもしれない。せめてもう少し感想の一つでも言っておいた方が良かったに決まっている。
だが収穫はあった。あんな状況でも、絵の紹介文に書かれていた彼の名前だけはしっかり覚えることが出来たのだから。
あの絵を描いた男子生徒の名前は、
これが未希と彼との最初の出会いであった。
それからと言うもの、未希は毎日の様に朝早くから道場に向かうと、素振りを始めとした鍛錬に勤しんだ。
只管に竹刀を振るい、型を繰り返し、自身を高める事に全神経を集中した。そうしないと自分が腑抜けてしまいそうだったのだ。
もう何日も経つのに、未だにあの絵と彼の笑顔が忘れられない。気付けば足はあの絵が飾られている場所に向かってしまいそうになる。
未希はその行動の根幹にあるのが恋心である事に気付いていたが、男子生徒と話すなど出来なかったし何より色恋に現を抜かしている場合ではない。高校に進学してから初の剣道の大会が控えている。今は精進しなくては。
雑念を振り払うべく未希は毎日自分を追い込んでいたのだが、その気分が晴れる事は一向に無かった。
これは自分が未熟な証と、未希は更に自身を律する為に朝は早くから、放課後は遅くまで道場に残り竹刀を振るい続けていた。
そんな日々を送ってどれほど経っただろう。
ある日、いつもの様に放課後他の生徒が居なくなった後も時間の許す限り1人鍛錬に勤しんでいた未希。流石にそろそろ帰らないとマズいかと、鍛錬を切り上げ帰ろうかとした時――――
「お疲れ様」
「ひゃっ!?」
突然頬によく冷えたスポーツドリンクの入ったペットボトルを当てられ、冷たさと人が居るとは思っていなかったことに驚き思わずその場で飛び上がった。
だが彼女が本当に驚いたのはその直後、ペットボトルを頬に当てた相手が誰かを確認した時だった。
「え!? さ、三枝、先輩――――!?」
そこに居たのは未希の意中の人こと、三枝 正樹その人だったのだ。彼はペットボトルを手に、初めて顔を合わせた時と同じ柔らかな笑みを未希に向けていた。
「い、いつの間にここに――――?」
「ゴメンね。実はちょっと前から来てはいたんだ。余りにも真剣だったから、声を掛けられなくて」
未希は全く気付かなかった己を恥じた。正樹の方はちょくちょく覗いていた未希に気付いていたのに、彼女の方は彼が見ている事に――それも覗き見るとかではなく道場に入って堂々と――気付けなかったのだ。情けないにも程がある。
恥ずかしさと情けなさ、何より意中であり異性でもある正樹を前にして、未希は何も言う事が出来ずにいた。黙り込む彼女を見て、正樹はペットボトルを渡しながら口を開いた。
「実はね…………悪いとは思ってたんだけど、前々から来てはいたんだよね」
「えっ?」
「いやほら、この間は絵の感想とかもらえなかったから、何か一言欲しいなって思って。それで何とか君を探して、話を聞こうと思ってたんだけど……」
そこまで言って、今度は正樹が黙り込む。夕日に照らされて分かり辛いが、その顔は赤く色付いていた。
「その……見惚れちゃってさ。君の真剣な姿に。一心不乱に雑念を払って竹刀を振るってる君の姿が、純粋に綺麗だと思ったらなかなか声を掛けられなくてね」
「え、あ……え……」
未希はこれ以上ない位顔を真っ赤にした。雑念を払おうとひたむきに竹刀を振るっていたあの姿を、純粋に綺麗だなどと言われるとは思ってもみなかったのだ。同時に頑張る姿を世辞やおべっかでもなく褒められて、堪らなく嬉しくなる。
顔を赤くして俯く未希を見て、正樹は咳払いを一つすると意を決したかのように言葉を紡いだ。
「それで、その…………んん! 川内 未希さん!」
「は、はい!!」
「僕と……付き合ってください!」
その言葉を聞いた瞬間、未希は心臓が止まったような錯覚に陥った。誰がどう聞いてもこれは愛の告白。恋人として付き合ってほしいと言う宣言を、意中の相手からしてもらえたのだ。
「僕の絵に惹かれてくれた感性、ひたむきに頑張るストイックさに僕は惹かれた。竹刀を振るってる時の姿もきれいだと思った。僕は真剣に君を好きになったんだ。だから――――」
「ま、待ってください!?」
矢継ぎ早に告げられる言葉に、堪らず未希は制止の声を上げた。あれ以上自分を持ち上げられては、恥ずかしさのあまり頭がパンクしてしまう。
一方の正樹はと言うと、言葉を遮られた事に未希が気分を害したかと勘違いして申し訳なさそうに頭を下げた。
「ゴメン。流石にいきなり過ぎたね。とにかく僕の気持ちは伝えたから…………もし答えが決まったら、その時は教えて欲しい。それじゃ……」
落ち着きを取り戻し、道場から立ち去ろうとする正樹。
去り行く彼の後ろ姿に、未希は束の間逡巡した。が、直ぐに答えは出た。
――ここで答えを言わなかったら、きっと先延ばしにして答えるなんてできない!――
思えば大会を理由に、色恋に現を抜かしている暇はないと正樹と接点を持とうとしなかったのも一種の逃避だ。満足に告白も出来ず、出来たとしても断られるのが怖いから剣道に逃げていたにすぎない。
そんなのは、二重の意味で嫌だった。意を決して告白してくれた正樹の勇気を自分の臆病な心で踏み躙るのも、子供の頃から共にあった剣道を逃避の理由にするのも。
気付けば未希は、道場から出ようとする正樹に後ろから抱き着いていた。
「待ってください!!」
「ッ!?」
突然抱き着いたことで正樹が少しよろけるが、未希は構わず彼に自分の気持ちを伝えた。
「その……私、芸術とか全然分からないんで、先輩のお話について行けるか、分かりません。それに、子供の頃から剣道をやっている関係で、腕っぷしは強い方ですから、女としては可愛げがないかもしれません。それでも…………」
思わず最後の一言を告げる事を躊躇する未希。向こうからの告白に答えるだけなのだから恐れる事は何もないと、頭では分かっているのだがそれでも口に出すのは恥ずかしい。こうして後ろから抱き着いて彼に真っ赤になった顔を見られないようにしておかなければ、満足に言葉を返す事も出来なかっただろう。
「それでも……こんな私で良ければ…………よろしく、お願いします」
最後の方は尻すぼみになって殆ど声が出ていなかった気がするが、それでも何とか答えは返せた。
答えを返すと、少し心に余裕が出来て抱き着くのを止めることが出来た。正樹の背中からそっと離れ、そこで漸く汗まみれの体で彼に抱き着いてしまった事に気付き申し訳なくなる。
「あっ!? ご、ごめんなさい!? 私ったら、汗だくのまま先輩に――――」
いきなりやらかしてしまった事に顔を青くする未希だったが、正樹は振り返ると最初に出会った時と同じ柔らかな笑みを浮かべながら彼女の手を取った。
「……ありがとう。こちらこそ、よろしく」
「あ…………は、はい――――!」
こうして未希と正樹は正式に付き合う事となった。
ただし、未希の希望でこの事に関しては周りに出来るだけ知られないようにする事となる。流石に友人達に恋人が出来たと知られ、その事で揶揄われでもしたら恥ずかしくて死んでしまう。
正樹も彼女の性格はそれなりに理解したのか、彼女の希望に応える事を約束してくれた。
それからと言うもの、未希はこれまでの人生の絶頂にあった。
正樹は未希に合わせて、朝は早くから放課後は遅くまで学校に残り、登下校を彼女と共にすることが出来るようにしていた。日中校舎内では普通の先輩後輩としてしか接することが出来ない2人にとって、他人の邪魔が入らないこの登下校は貴重な2人だけの時間となった。
勿論デートもした。あまり学友達が向かうようなところだと露見する危険があったので、そう言ったのとは外れた所が多かったがそれでもそれは2人は十分に楽しめた。
それだけではない。彼と付き合う様になってから、未希は剣道の腕をメキメキと上達させた。付き合う前は色恋にかまけて鍛錬を怠り腕が鈍るのではと危惧もしていたが、実際に付き合い始めると彼に相応しい女性になろうと言う想いが強くなり今まで以上に鍛錬に身が入った。彼に少しでもいいところを見せようと気合を入れて鍛錬に臨んだ結果、高校最初の剣道の大会で見事優勝を勝ち取ることが出来るまでになっていた。
その試合は当然正樹も観戦しており、彼の密かな応援も手伝ってかその大会で未希は破竹の勢いで勝ち進み優勝を果たしたのだ。
この頃の未希にとって、世界はとても光り輝いたものとなっていた。
そんな時、未希が二年に進学したある日、彼女は正樹からある願いを受けた。
「未希、その……絵のモデルをやってもらえないかな?」
それはある日の放課後、未希が放課後の鍛錬を終え正樹と共に下校する間際の事だ。
突然正樹からその様な願いを受けて、未希は少し困惑した。
「モデルって……私がですか!?」
「うん、そう。あ、言っておくけど、大会の為とかじゃないよ? 僕が個人的に、君をモデルに絵を描きたいんだ」
「それは……何故?」
突然モデルになってほしいと言われたら、流石の未希でも動揺せずにはいられない。当然の質問をする彼女に、彼は少しはにかみながら答えた。
「僕なりの、愛の形……かな? 僕が今持てる全力で未希を描いて、僕の愛を表現したいんだ。…………だめ、かな?」
頬を赤く染めながら正樹は訊ねるが、未希にそれに答える余裕は無かった。ここまでドストレートに愛だなんだと言われて冷静でいられるほど、彼女は恋愛慣れしていない。嬉しいやら恥ずかしいやらで、よく熟れた真夏のトマト並みに顔真っ赤だ。
だがここで答えないのは不誠実に当たる。未希は嬉しさと恥ずかしさで熱暴走を起こしそうになっている頭を根性で冷やし、言語機能を確保すると正樹からの提案に笑顔で答えた。
「わ、私で良ければ……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
未希が絵のモデルを快諾し、その週の週末には早速彼女をモデルとした肖像画の制作が始まった。
制作は未希の家の空き部屋で行われる事となった。何でも昔、住み込みで鍛錬に明け暮れる門下生の為に用意されていた部屋が今は幾つか余っているらしいのだ。学友たちにバレないように絵を描くにはちょうどいい。
静かな部屋の中で、向かい合う形で椅子に座る未希と正樹。正樹は真剣な表情でキャンバスに向かい、鉛筆で下書きをし、絵の具を塗っていく。
未希は彼が描きやすいようにと、呼吸も抑えて可能な限り動かないようにしていた。動かないようにするあまり、肩に余分な力が入る位だ。
そんな彼女に対し、正樹は何度も柔らかな笑みを向けた。彼女の緊張を解す為だ。絵と彼女を見比べる為彼は何度もキャンバスから顔を出し、その度に2人は目が合い正樹は未希に微笑みかけた。
それを繰り返されていくと、未希の方も段々と肩の力が抜け、次第に彼がキャンバスから顔を覗かせた時に微笑みを返す事が出来るようになった。
それなりに大きいキャンバスに描くという事で、完成までにはそこそこの時間を要した。毎週末に正樹は未希の家を訪れ、未希は彼を家に上げる日を毎週楽しみにしていた。
「未希ってさ、最近矢鱈綺麗になったよね?」
未希が友人からこんな事を言われたのは、その最中の事である。
正樹による未希の肖像画制作が始まってから幾日か経ったある日、何時もの様に友人とお昼を共にしていた時言われたのだ。
突然こんな事を言われ、未希は思わずキョトンとした顔になった。
「何ですか、藪から棒に?」
「いやそのまんまだよ。ちょっと前から気にはなっていたけど、ここの所前にも増して綺麗になったって思うよ?」
「あ! それ私も思った! 未希ちゃん最近すっごく綺麗になったよね?」
2人の友人から立て続けに綺麗になったと言われ、未希は照れ臭くなり頬を赤く染めながら咳払いを一つした。
「んん! 別に、私も女の嗜みとして少しはお洒落に気を遣うようになっただけです。別段おかしな事は無いでしょう」
「いやいや、それだけじゃないと見たね」
「もしかして未希ちゃん……恋しちゃってるとか?」
「甘い。アタシはその一歩先、既に付き合ってる男が居ると見た」
「うっそ!? 未希ちゃんそれホント!? 誰? 誰と付き合ってるの!?」
女子の好きなコイバナとなり、友人2人が未希に詰め寄る。
この時は未希も大分焦った。まさかこんな思わぬところから正樹との関係が明らかになるかもしれなかったのだから。
そんなことがありながらも、正樹による未希の肖像画は完成まであと僅かと言うところまで来た。残すは上半身の左下、胸と腕の一部を塗り終えれば完成だ。
完成直前の自分の肖像画を前にして、未希は色々な思いが溢れそうになった。恋焦がれた正樹と付き合う事になり、彼に恋心を抱くきっかけとなった彼の絵のモデルに自分がなっている。それを思うと未希は、心が温かい気持ちで一杯になるのを感じた。
この時未希は間違いなく人生の絶頂に居ただろう。
だが…………彼女の幸せな時間は唐突に終わりを告げた。
何時もの通り、正樹を玄関まで見送り彼の姿が見えなくなるまで手を振った未希。
彼の姿が見えなくなり、例の部屋に置かれている自分の肖像画を思い浮かべ、それが完成した時の事に想いを馳せた。
――あれが完成したら……絶対、先輩に伝えよう!――
このままただの恋人で終わりたくはない。彼と人生を共にしたい。肖像画が完成したら彼に自分の想いを正直に告げる事を、未希は密かに決意していた。
彼がそこまで考えてくれるかは分からない。自分達にはまだ早い決断かもしれない。だが彼女は本気だった。正樹となら人生を共にできる。そう信じていた。
決意を新たに、見えなくなった正樹の姿を想いながら玄関の門を閉じようとする未希。
その彼女の耳に、車のブレーキ音と何かがぶつかる派手な音が立て続けに聞こえてきた。正樹が帰っていった方角からだ。
瞬間、未希は盛大に嫌な予感を感じた。
「先輩――――!?」
未希は正樹が帰っていった方に向け走り出す。自分の嫌な予感が気の所為である事を信じて。
だが現実は残酷だった。彼女が走っていった先には、変な所で停車した車とその傍に倒れている正樹の姿があったのだ。
「先輩ッ!?」
未希は脇目も振らず正樹に駆け寄り、彼に呼びかけながらその体に触れた。彼の周りには血が広がっており、未希からの呼び掛けに応じない。
「先輩ッ!? 先輩しっかりしてくださいッ!? 先輩ッ!?」
未希が必死に正樹に声を掛ける。頭の何処かが冷静だったのか、無理矢理揺さぶると言う真似はしなかったがそれでも彼女の頭はパニックを起こし救急車を呼ぶと言う発想が浮かばなかった。
しかし現場の近くに居た誰かが呼んでくれたのだろう。数分程で救急車が到着し、彼女は正樹と共に近くの病院へと向かった。
そのまま行われる緊急手術。結果、彼は何とか一命はとりとめた。
だが――――――
「結論から言います。恐らく彼は二度と目覚める事は無いでしょう」
医者が言うには、致命傷こそ避けたが脳に損傷を受けており目覚める可能性は限りなく低いと言うのだ。
手術の最中に駆け付けた正樹の両親と共に診断結果を聞き、未希は目の前が真っ暗になるのを感じた。
それから先の事は、彼女は覚えていない。ただ気が付いたら家に帰り、完成間近の肖像画が置かれた部屋で1人涙を流していた。
「先輩……こんな…………う、うぅ!?…………あぁっ!?」
もう二度と彼の笑顔が見れない。この絵が完成する事も絶対にない。そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。少し前まで感じていた温かさなど何処にもない。
今の彼女の心を占めているのは、指先の感覚が無くなりそうなほどに冷たい悲しみだけであった。
どれほど涙を流していただろう。もう涙も枯れ、ただただ心を悲しみが覆うだけとなった。
「もしも~し!」
不意に、聞きなれない少女の声が聞こえたような気がした。だが生きる気力を失い放心状態となった未希は全く意にも介さない。
「ちょっとそこのお姉さん! 無視しないでくださいよ! 良い話があるんですって!」
また聞こえた。それもハッキリとだ。流石にここまでハッキリ聞こえてくると、気にならない訳も無く声がした方を泣き腫らして充血した目で見た。
声のした方にあったのはごく普通の窓ガラス。明かりを点けていない部屋において、僅かな街灯の光を取り込むその窓は妙な輝きを放っていた。
その窓ガラスの中に、少女が居た。正確には窓ガラスに反射した室内に少女が居るのだ。
「え――――?」
未希は窓を開けて外を見て、再び閉めてガラスに少女の姿を確認すると今度は室内に目を向けた。どちらにも少女の姿どころか自分以外の人間の姿は欠片も見当たらない。
悲しみのあまり未希は自分の頭がおかしくなったのかと錯覚した。こんなにも身が引き裂かれそうな悲しみなのだ。頭がおかしくなっても仕方が無いと思った。
「いえいえ、お姉さんは何処もおかしくなってはいませんよ。落ち着いて、私の話を聞いてはもらえませんか?」
ガラスの中に映る少女はそう話し掛けてきた。流石にここまで来ると未希もこれを幻覚や幻聴で済ませる事が出来なくなった。意識がハッキリとしてきて、目の前の異常事態に驚愕せざるを得なくなる。
「え、あ……え? い、一体…………」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて! コホン! 改めまして自己紹介を。私の名はアリス! 悲しみに打ちひしがれる貴女に救いの手を差し伸べに来た天使の様なものですよ!」
天真爛漫を絵に描いた様な雰囲気でウィンクしながら告げる少女、アリス。彼女の姿に未希は友人の1人を思い浮かべた。
「……救い?」
「はい、そうです! 今、貴女はとても強い願いを持っていますね? 恋人を助けたいという願いです。違いますか?」
「な、何でそれを――――!?」
「私は何でもお見通しなのです! そして! 私には貴女の願いを叶える手段を与える事が出来ます!」
アリスの言葉に、未希は一筋の希望の光を見出した。絶望に染まった未希の心に、正樹を助ける事が出来ると言う言葉はこれ以上ない甘美な響きを持っていたのだ。
未希が強く興味を持ったのを見て、アリスは紺色のカードデッキを取り出した。
「これを使えば、貴女の恋人を助ける事が出来るかもしれません」
「それは?」
「このカードデッキこそ、貴女の願いを叶えてくれる魔法のアイテム! これを手に取り、見事他のライダーとの戦いに勝ち残る事が出来れば貴女は晴れて恋人との甘い生活を取り戻す事が出来るのです!」
正樹との日常を再び取り戻せる。その言葉に未希は一瞬手を伸ばしそうになったが、彼女の心の中にある冷静な部分が無視する訳にはいかない言葉を聞き逃さなかった。
「戦い? 勝ち残る? どう言う事ですか?」
「簡単な話です。貴女以外にも願いを持った人、仮面ライダーが居るのです。願いを叶える事が出来るのは、彼女達との戦いに勝ち残れた1人だけと言う話です」
それを聞いて未希は伸ばしかけた手を引っ込めた。アリスの話を信じるなら、早い話が他人を蹴落として正樹を助けるという事だ。
彼がそれを望むとは到底思えない。
「で、できませんそんな事!? 幾ら先輩を助ける為とは言え、他の誰かを犠牲にするなんて……」
「じゃあ、このまま恋人が目覚めない寒くて乾いた人生を送りますか? 私は別に構いませんが、貴女はそれに耐えられるんですか?」
「ッ!?!?」
アリスの言葉に、未希は想像力を掻き立てられた。
もしこのままアリスの提案を蹴って、正樹が目覚めない人生を送たらどうなるか。
目覚めぬ彼を待ち続け、ともすれば明日には彼が息を引き取っているかもしれないと言う恐怖。完成する事の無い肖像画を毎日眺める日々。希望の見えない未来を思い浮かべ、未希の心が急激に冷えた。体は震え、目尻に再び涙が浮かび上がる。
不安と絶望に恐怖し振るえる未希に、アリスが優しく話し掛けた。
「大丈夫ですよ。きっと貴女の恋人も、貴女と再び笑い合える日を望んでいます。それに、知られなければ結局は一緒じゃないですか」
「違いますか?」と首を傾げるアリス。
それは正しく、甘美な響きを持った悪魔の囁きだった。未希の体は、その甘い囁きに吸い寄せられるようにカードデッキに手を伸ばした。頭の中の冷静な部分が駄目だと叫んでいるが、未希の体は止まらない。
そして未希は、遂にカードデッキを手に取ってしまった。アリスの顔が、先程とは違う悪意を孕んだ笑みに歪む。
「おめでとうございます! これで貴女も晴れて願いを叶える権利を得ました! さ、早速変身してください。ミラーワールドに入り、貴女と契約するモンスターの元へとご案内します!」
未希はゆっくりと頷くと、アリスに教えられたとおりにカードデッキをガラスに翳してベルトを装着し、カードデッキを装填してブランク体のライダーに変身。
そのままアリスに手を引かれ、ミラーワールドへと入っていってしまった。
それは新たなライダーの誕生の瞬間であると同時に、1人の少女の葛藤と苦悩の始まりでもあった。
と言う訳でファスト編の1話となります。
麗美/瑠美が頭狂ったキャラなのに対し、未希は徹底して願いと良心の板挟みにあうキャラとなっています。
今回は名無しのモブとして登場した未希の友人2人ですが、次回には名前が明らかとなりますのでお待ちください。
次回の更新もお楽しみに!それでは。