仮面ライダーツルギ・ANOTHER RIDERS 作:黒井福
今回はファスト編第3話。ウィドゥ編の3話とリンクした話です。
翌日、何とか精神的に持ち直した未希はいつも通り朝早くから登校していたが、その日は一日覇気も無く過ごしていた。
あれからずっと考えていたのだ。自分は何をしたいのか?
正樹の事は絶対に諦めたくない。例え悪魔に魂を売ってでも、彼の事を助けたいと思う気持ちに嘘はない。
ではその為に他の無関係な誰かを犠牲にするのか? そんな事をして正樹の前に堂々と顔を出せるのか?
だが何もしなければ正樹は何時まで経っても目を覚まさない。医者の話では自然と目覚める可能性は限りなく低く、このまま一生目覚めない可能性の方が高いとの事だ。
ならば行動に移すしかない。例えその手を血で染める事になろうとも、願いを叶える為に戦うべきだ。
しかし正樹自身がそれを望むだろうか?
こんな感じで、ぐるぐると同じところを回ってしまうのだ。考えが纏まらず、昨夜はロクに眠ることも出来なかった。
見かねた大河が、放課後部活に向かおうとする未希を無理矢理保健室に引っ張った。
「未希、ちょっとこっち来な」
「え? あの、大河さん!?」
「那美! 剣道部の方に未希は今日部活休むって伝えといて!」
「りょうか~い!」
「あの、ちょっと!?」
勝手にどんどん進む話に、困惑して流される未希に構わず大河は彼女を保健室に引っ張っていった。
保健室まであと少しと言うところで、冷静さを取り戻した未希は自分を引っ張る大河の手を振り払う。
「何なんですか、大河さん!? 今日ちょっとおかしいですよ!?」
「おかしいのは、未希の方でしょ?」
未希にしては珍しく声を荒げて抗議するが、大河は涼しい顔で未希の抗議を受け止め反論した。
「今日一日見てたけど、幾ら何でも元気無さ過ぎるよ。これで心配するななんて無理な話だって、言われれば流石に分かるでしょ?」
大河の言葉に言い返そうとする未希だったが、頭の中の冷静な部分が逆の立場だった場合の事を考え何も言い返せなくなってしまう。自分が少し前と同じコンディションかと聞かれたら、そうだとはとても答えられない自覚が少なからずあるからだ。
「那美だって、ここ最近未希の様子がおかしい事には気付いてる。もし何か困ってることがあるならアタシら幾らでも相談に乗るよ。アタシら2人とも、あんたの事が好きなんだからさ」
「大河……さん」
「それとも、何か言えない事情でもあるの? 例えば誰かに脅されてるとか?」
本当はこの時、大河は未希に「自分達は信用できないか?」と訊ねるつもりだった。だがそれは、友情に乗っかった脅迫に近い言葉だ。口にすれば逆に未希を追い詰める。
それは嫌だったので、何か言えない理由があると見当をつけ訊ねてみた。すると未希の反応は顕著だった。
「えと、その…………ごめんなさい!?」
未希は言い淀むと逃げる様にその場を立ち去って行った。
去っていく未希の後姿を見て、大河は眉間に手を当て深く溜め息を吐いた。この問題がなかなかに深刻なものである事を察したからだ。
――こいつは一筋縄じゃいかなそうだ――
「大河ちゃ~ん! 言ってきたよ~……って、あれ? 未希ちゃんは?」
「ん? あ~、マジで体調悪いからもう帰るって」
「そっか~、元気になるといいね」
「そうだね。ホントに……」
大河は適当に相槌を打ちながら、未希が去っていった方を見て溜め息を吐くのだった。
一方、逃げ出す様にあの場を離れた未希は、もう部活に顔を出す気にもなれずそのままの勢いで下校していた。
しかしだからと言ってまっすぐ帰る気にもなれず、当てもなく街中をブラブラと歩いていた。彼女らしからぬ行動である。
未希があの場を逃げ出したのは、単純に答えに窮して他にやりようがなかったからと言うだけではない。あのままだと本当に全てを打ち明けてしまいそうだったのだ。大河にはそれをさせるだけの包容力がある。
だがそれは絶対に許容できなかった。こんな事に、掛け替えのない友である大河と那美を巻き込む訳にはいかない。
目的も無く歩き続ける内に、周囲は大分暗くなってきた。そろそろ帰らないとマズいかもしれないと思い、未希は小さく溜め息を吐きながら帰路へと着こうとした。
「は~い、こんばんわ~! ご機嫌如何ですか?」
そんな彼女に、神出鬼没のアリスが声を掛ける。出鼻を挫かれるように声を掛けられ、未希は鏡の中に居るアリスを睨んだ。
「……何の用ですか一体?」
「いやですねぇ、そんな怖い顔で見つめないでくださいよ! 今日は私主催で楽しいパーティーを企画したんですから!」
「パーティー?」
何でもアリスが言うには、最近ライダーが増えてきたのでここらで一つ、大勢のライダーを一堂に会して一斉にライダーバトルを行おうと言う事らしい。既に何人かには声を掛けており、既に現場に向かった者も居るとの事だ。
「未希さんは未だにまともなライダーバトルをしていない様子ですので、ここいらで一つライダー同士の戦いを実際に経験してはいかがですか?」
それはある意味で、未希にとって渡りに船な話だった。未希は今まで何だかんだでまともなライダー同士の戦いを避けてきた。しかし本気で願いを叶える為なら、こんな事ではいけないだろう。実際に他のライダーと戦い、ライダー同士の戦いがどんなものなのかを経験しなければ。
だがその一方で、はやりどうしても足踏みしてしまう自分が居る事に未希は気付いていた。
そんな彼女の葛藤を見抜いてか、アリスが彼女の心を抉るかのような言葉を口にした。
「それともぉ~、今回も何だかんだで逃げますか? 最愛の恋人を捨てて?」
「なっ!?」
アリスは今まで未希が意図的にライダー同士の戦いを避けてきたことを知っているのだ。その事実に未希は胃袋を鷲掴みされたような感覚を覚えた。
「知ってますよ? 今まで他のライダーと戦う機会があったのに、その全てから逃げてきた事。敢えて聞きますけど……本当に願い叶える気あるんですかぁ?」
それは問い掛けている様で、まるで脅しをかけているかのような威圧感だった。一つ返答を誤れば、即座にアリスが隠していた牙を剥いてくるのではと思わせるほどの圧を感じた。目の前に居るのが本当に見た目通りの少女なのかと言う疑問を抱かずにはいられなかった。
「あ、あります!? 先輩を諦めるなんて事、する訳ありません!?」
気付けば未希はそう口走っていた。それは決して嘘偽りのない言葉である。正樹の事をこのまま見捨てるなんて事出来ないししたくない。助ける為に何でもすると、未希は心に誓った事を思い出した。
その返答に満足したのか、アリスから威圧感が霧散していった。重圧から解放されて、未希は気付けば荒く呼吸していた。
「ならいいんです! それでは私は他の参加者を招待しに行かなければならないので、これで失礼しますね! 未希さんが来るの、楽しみにしてますから!」
それだけ言うとアリスは何処かへと立ち去って行った。アリスの気配が無くなったのを見て、未希は胸に手を当て何度も大きく呼吸を繰り返した。
暫くそうして、呼吸が落ち着いてくると今度は別の不安が首を擡げてきた。ライダーバトルに対する不安だ。今宵、未希は遂に本格的に他のライダーとの殺し合いに臨む。果たして自分は、他のライダーを殺して願いを叶える為に勝利を得ることが出来るだろうか?
未希は不安を抱えながら、ライダーバトルが開始されるのを待つ為家へと向かいその時を待つのだった。
それから暫く経ち、正樹との思い出の部屋で心を落ち着ける為正座して瞑想しているとミラーワールドから耳鳴りのような音が響いた。恐らくこれがライダーバトル開始の合図だろう。
「始まった。先輩……私、行ってきます。どうか私に力を…………変身!」
未希は覚悟を決めファストに変身すると、ミラーワールド内をライドシューターで進んだ。唯一の懸念はアリスがライダーバトルが行われる場所を何も言わなかった事だが、ミラーワールド内でも特有の耳鳴りが止まず特定の方向から聞こえるので、そこがライダーバトルが行われている場所である事が分かった。
ファストが誰も居ないミラーワールドの街中をライドシューターで爆走する。対向車や歩行者がいないので、道路のど真ん中を全速力だ。
と、その時である。もう少しで目的地に辿り着こうかと言う時、交差点に差し掛かった瞬間別のライドシューターが彼女から見て交差点の右から右折してきた。
考えてみればアリスが他にもライダーを誘っているのだから、道中で遭遇する事は十分予想できたことだ。だからファストも直ぐに平静を取り戻し、同時に気合を入れることが出来た。これからが本当の戦いなのだ。
だがそのライドシューターに乗っているライダーを見て、ファストは再び驚かされた。そのライドシューターに乗っていたのは、先日見たあの黒いライダー――ウィドゥだったのだ。
こんな所でしかも、この相手に再会するとは思ってもみなかったので、ファストは流石に度肝を抜かされた。
「ッ!! また会えた!」
「ッ!? 貴女はッ!?」
どうやら向こうも覚えていたらしい。喜色の混ざった声を上げるウィドゥに、ファストは驚きを隠せずにその場にライドシューターを停車させた。それにワンテンポ遅れてウィドゥもライドシューターを停めて降りた。
「うふふ……久しぶり。私の事、覚えてくれてた?」
「えぇ……以前、仮面ライダーをモンスターに食べさせようとしていましたね」
今思い出してもあの光景は常軌を逸していた。動けない相手がモンスターに食べられるのを黙って見ているなど、何時の時代の処刑だと思いたくなるような光景だった。もうこれだけでこの相手が、まともな精神をしていない事が分かると言うものだ。
ファストが嫌悪を滲ませてウィドゥを睨んでいると、ウィドゥはいやに熱の籠ったと息を吐きながら戦意を昂らせていった。
「今度は時間もたっぷりある事だし…………心行くまで愛し合お! アヒャ!」
【STRIKE VENT】
「ッ!」
【SWORD VENT】
突然声色と雰囲気を変えて指先が鋭い爪になっている手甲・ブラッククローを装着し襲い掛かってくるウィドゥ。まるで別人になったかのようなウィドゥに一瞬気を取られたファストだったが、直ぐに彼女もマッハセイバーを召喚して迎え撃った。
振り下ろされたブラッククローの一撃をマッハセイバーで受け止め、束の間手甲と太刀で鍔迫り合いのような状態となる。
「あぁん! アタシの愛を受け取ってくれないなんてイケずねぇ! 遠慮せずに受けとって、それで思いっきりアタシ達を愛してよ!」
ウィドゥの言葉にファストは精神的嫌悪感を感じずにはいられなかった。この相手とは何をどうやっても分かり合えない、そんな気がするのだ。
半歩下がって鍔迫り合いから解放されたウィドゥは、そのままインファイトでファストを攻め立てる。リーチは短いながらも取り回しには優れた武器を巧みに扱って、引っ掻き、突き、手刀で攻撃してきた。その動きは明らかに粗削りながら、本能的にその武器の最善の扱い方を理解しているのか実に効果的な動きをしている。
しかし技量自体にはファストの方に一日の長があった。ウィドゥの素早いインファイトでの連続攻撃に、ファストは全て対応してみせ防ぎきってしまった。
防いでみて分かったが、ウィドゥはパワー自体はそこまで大した事が無い。現にファストは防御を弾かれる事無く全て防げている。もしウィドゥのパワーがもっとあれば、どこかでマッハセイバーを弾かれ防御を崩されていただろう。
だがファストはウィドゥの攻撃に何か違和感を感じていた。何と言えばいいのかは分からないのだが、とにかく一撃でも貰うのはマズいと心の何処かが叫んでいるのだ。故にファストは、下手に攻勢に回らず堅実に防御に徹して相手が隙を晒すのを待っていた。
待っていたのだが、しかしこのウィドゥなかなか攻撃の手を緩めない。技量はファストの方に分があるのだが、勢いでは完全に向こうに出遅れてしまっていた。反撃に回る機会がなかなか訪れない。
――これじゃ埒が明かない。なら!――
【GUARD VENT】
ファストはガードベントを使用し、両肩に装着するやや小型の肩当の様な盾・マッハシールドを装着した。
この盾、場所が肩な上に大きさの所為で普通に相手の攻撃を防ぐにはやや使い辛い面があるのだが、これは普通に相手の攻撃を正面から受け止める為にあるものではない。
緩やかな曲線を描いたこの盾は、半身を逸らせて相手に突撃する際相手からの攻撃を受け流して逸らす事を可能としていたのだ。謂わば受け止める為の盾ではなく、受け流す為の盾なのである。
その効果は顕著であり、これを装着して突撃したファストをウィドゥが迎撃しようとすると、盾の曲面でブラッククローによる攻撃が逸らされ胴体に大きな隙が出来た。
「シッ!」
隙だらけとなった胴をファストが切り裂く。
そのまま勢いでウィドゥの背後に回ったファストは、今度はガラ空きの背中にマッハセイバーを叩き付けた。胴に続いて背中を切られ、常人ならばこれで大きく勢いを削がれる筈だ。
しかし――――――
「アヒャヒャ! イイわねぇ! 今のはなかなか良かったわよ!!」
「ッ!?」
ウィドゥの反応はまさかの歓喜である。攻撃されて喜ぶと言うのは、ファストにとっても初めての事でありその異質さは常軌を逸していた。
「くっ!」
故に、嫌悪のあまり動きが鈍ってしまった。
それが大きな隙となる。常人であれば気付けないような隙かもしれないが、ウィドゥは動物的勘の良さでその隙に気付き懐に入り込んできた。
しまったと思った時にはもう遅かった。
「アヒャ!」
「ぐぅっ?! あっ!?」
鋭い一撃がファストに襲い掛かる。ただの引っ掻き攻撃だったが、攻撃を喰らった瞬間痛みと痺れが全身に広がり体が思うように動かない。毒を喰らったのだ。
これがただの少女がライダーになったのであれば、ここから先はウィドゥに嬲り殺される未来が待っていた事だろう。
しかしファストは武芸を身に付ける為心身共に鍛え続けた事が幸いした。驚異的な精神力で痛みと痺れを堪え、先程までと寸分違わぬ動きで戦闘を続行した。
「うぐっ!? ア、ヒャヒャ!」
毒を喰らって尚まともに反撃してくる相手との戦闘は初めてなのか、ウィドゥは二度三度と反撃を受ける。
だが次の瞬間彼女は信じられない行動を取った。一瞬の隙を見て自身の体で太刀を受け止めると、そのまま刃を抱きしめ動かないようにしてしまったのだ。
「あっ!?」
「アンタはアタシの事を思いっきり愛してくれるのね! 嬉しいわ! 今度はアタシ達の愛も受け取って!!」
ファストは何とか太刀をウィドゥから引き剥がそうとするが、それよりも先にウィドゥの渾身の貫手がファストに突き刺さる。相手が貫手を放とうとした瞬間咄嗟に太刀を手放すファストだったが、一歩遅く手を離した瞬間再びウィドゥの毒を含んだ手甲による一撃を喰らってしまった。
「あぁぁっ!?」
貫手を喰らった瞬間、先程以上の毒が注ぎ込まれ全身に強い痛みと痺れが広がる。毒は足にも回り、満足に立つ事も出来ない。
痛みと痺れに苦しみながら何とか立ち上がろうとするファスト。そんな彼女にウィドゥがねっとりした動きで近付いてきた。
「あ……はぁぁぁ、ん~! この感覚久しぶり! でもまだ足りないなぁ……ねぇ? アンタをもっと愛したらさぁ……私達の事、もっともっと愛してくれる?」
近付きながらまたも突然声色を変えたウィドゥ。別人になったかのような彼女に違和感を感じていると、彼女は両手を振り上げながら飛び掛かった。
その様は獲物に飛び掛かる捕食者のそれであった。このままでは動けないのを良い事に徹底的に切り刻まれ、毒を盛られてしまう。
しかし、それはある意味で最大の好機であった。ウィドゥはファストを攻撃する事に全ての意識を向けており、防御に関しては微塵も考えてはいない。
その隙を逃すまいと、ファストは気合で体を動かしカードを一枚引き抜くとマッハバイザーにベントインした。
「くっ!」
【SWORD VENT】
「あ――――」
使用したのはソードベント。ファストはこのカードを2枚持っていたのだ。先程手放してしまった奴の代わりに、新しくマッハセイバーを召喚しこちらに向けて飛び掛かってくるウィドゥに切っ先を向ける。
何もする必要は無い。相手は防ぐ事など考えず飛び掛かってきたのだから、向けるだけで勝手に切り裂かれてくれる。
「あがぁっ?!」
狙いは見事に的中し、ファストの持つ太刀の切っ先はウィドゥの申し訳程度の胸部アーマーを大きく切り裂いた。ウィドゥは反動で吹き飛ばされ、倒れた上にダメージで立ち上がることが出来ずにいる。
攻守が逆転した。ファストの体を蝕んでいた毒は長時間残るものではなかったのか、痛みや痺れは残るが動けない程ではない程度に回復してきた。ファストはよろめきながらも立ち上がり、ゆっくりとウィドゥに近付く。
「あぁ、あはぁ……うふふふ……痛い、痛いね。愛を感じるよ瑠美」
「アタシも感じてるよ麗美! 久しぶりだね!」
突然ウィドゥが誰かと……と言うより自分と話し始めた。自分に向けて麗美、瑠美と話し掛けそれに答えている。まるで1人で複数の人間を演じる落語の様だ。しかもその内容は、凡そこの場に相応しくない。彼女は明らかに喜んでいる。こんな危機的状況にあると言うのに、ファストに立ち上がれないほどのダメージを受けて歓喜しているのだ。
あまりの気持ち悪さに、ファストは思わず彼女から目を背けてしまう。
「すぅ……はぁ……」
だが軽く深呼吸をして心を落ち着けると、ウィドゥに止めを刺すべく近付いていった。これは好機なのだ。ここでライダーを1人倒せば、正樹回復への一歩となる。
マッハセイバーを握り締め近付くファスト。ウィドゥはそれを両手を広げて迎え入れた。
「さぁ、もっともぉっと私達を愛して」
「痛みが欲しいの! 愛が欲しいの! みんなにアタシ達を愛してほしいの!!」
「貴女は私達を愛してくれるんでしょ?」
「さぁ、キて!」
いっそ淫靡さすら感じさせるウィドゥの言葉に、ファストは嫌悪を感じずにはいられない。もうこんな奴放ってしまいたかったが、それをグッと堪えマッハセイバーを振り上げウィドゥの首を切り落とそうとした。
――これで!!――
瞬間、彼女の脳裏に家にある完成間近の絵と正樹の姿が浮かんだ。正樹は絵を見ていたが、不意に顔をファスト――未希の方に向けると柔らかな笑みを浮かべる。
「ッ!?!?」
気付けば、彼女は首を切り裂く寸前で太刀を止めていた。あと少し止めるのが遅ければ間違いなくウィドゥの首を断っていただろう。その瞬間、ファストの手は血で染まっていた筈だ。
その光景を想像した瞬間、全身から嫌な汗が吹き出し吐き気にも似た不快感が込み上げてきた。
「う、く!? はっ――はっ――!?」
あと一歩と言うところでウィドゥを倒せると言うのに、ファストは自分のやろうとしていた事が急に恐ろしくなった。他者の死と言う今まで漠然としていたものが目前に迫り、明確に意識できるようになって躊躇してしまったのだ。
そうこうしていると、ウィドゥが立ち上がった。ファストが躊躇している間に、彼女の方も体力が回復してしまったのだ。
「どうしたの?」
「アタシ達を愛してくれるんじゃないの?」
「ヒッ――――!?」
不穏な雰囲気を纏いながら近付いてくるウィドゥに、小さく悲鳴を上げながらファストは咄嗟にマッハセイバーを振るうがそれは普段の彼女を知る者からすれば信じられない程太刀筋が乱れた一撃だった。ウィドゥはそんな攻撃ものともせず近付いてくる。
「何それ?」
「これじゃ全然感じない」
「もっと愛してよ?」
「アタシを、アタシ達を愛してよ!?」
ウィドゥがファストに掴み掛り、押し倒すと両手で彼女の細い首を締め付け始めた。押し倒された拍子に、マッハセイバーが彼女の手から零れ落ちる。
「あが、かっ――――!?」
まさかの絞首に加え、先程感じた恐怖の影響でファストの頭はパニックを起こす。首を絞めつけるウィドゥの手を引き剥がそうとするが、ウィドゥの手はファストの首をがっちり掴んでいるのでなかなか離れない。
「ほら、痛いでしょ? 苦しいでしょ?」
「アタシ達はこんなにアンタの事を愛してるのよ!?」
「私達が愛してるんだから、貴女も私達の事を愛してよ」
「うぐ、あ……くぁっ?!」
ウィドゥは元々スペック上他のライダーに比べパワーも防御力も低い。だがこの場合そのパワーの低さが残酷だった。ゆっくりと真綿で締め付ける様に首を絞められ、酸欠とパニックでファストは年頃の少女の様に足をジタバタと暴れさせる。
そんな状況で、生存本能が彼女の体を突き動かした。己の首を絞めつけるウィドゥの手を離し、カードデッキから1枚のカードを引くと朦朧としてきた意識の中で何とかカードをベントインする。
【ADVENT】
ファストによって召喚されたマッハファルコは、主の願いを即座に理解し行動を起こす。2人にある程度まで近づくと、その強靭な翼で突風を巻き起こし2人をその場から吹き飛ばしたのだ。
これは流石に予想外だったのか、ウィドゥはファストの首から手を離し吹き飛ばされるとそのまま吹き飛ばされた先にあった鏡でミラーワールドから追い出された。
同時に吹き飛ばされたファストも同様で、彼女はウィドゥとは別方向に吹き飛びそこにあった窓ガラスから現実世界へと戻る。
「うぐっ!?」
現実世界に戻ると同時に変身が解けるファスト。彼女は周囲を見渡し、ウィドゥと思しき少女が居ない事を確認すると大きく息を吐いて心を落ち着けた。
だが落ち着いてしまった事で、冷静に先程の事を思い返してしまった。ウィドゥとの戦い、そして彼女に止めを刺し命を奪おうとしてしまった事。その時に感じた恐怖やらなんやらを、改めて思い出してしまったのだ。
「うぶっ!?」
思い出すと今度は強烈な吐き気が込み上げてきた。自分がやろうとした事、その時に一瞬でも抱いた殺意。正樹の前に立つのに、これ以上相応しくない行為も感情もない。あんな清らかな男の前に、血みどろの人間が立つ資格があろうか。
「うえ、げぇっ――――!?」
それを思うともう抑えが利かなくなった。未希はその場で嘔吐し、吐瀉物が地面を汚す。
「未希っ!?」
未希がその場で吐いていると、唐突に誰かが話し掛けてきた。目尻に涙を浮かべながらそちらを見ると、そこにはなんと私服姿の大河が居た。
「あ、あぁ……あ――――!?」
彼女の姿を見た瞬間、未希は覚束ない足取りで逃げようとするが大河はそれを許さなかった。
「待て、逃げんな!? いきなりどうしたの!? 何があった!?」
「嫌ッ!? 放してッ!? 見ないでこんな私をッ!?」
「あぁん、もう!? 未希ッ!?」
もう何が何だか分からなくなってパニックを起こす未希を、大河は強引に抱きしめ捕まえる。大河の腕の中で尚も暴れる未希だったが、自分の服が未希の口周りで汚れることも厭わず彼女の頭を胸元に押し付け撫でてくる大河に、段々と抵抗を弱める。
「大丈夫……大丈夫だから。あたしはあんたを傷付けない。だから落ち着きなって、ね?」
大河は未希を落ち着かせると、とりあえず近くのベンチに連れて行った。そこで横並びに座り、大河は未希に事情を聴いた。
「それで? 一体全体どうしたのさ? あんなに取り乱すなんて、未希らしくないよ?」
問い掛けられるが、未希に答えることは出来なかった。信じてもらえるとは思っていなかったし、迂闊に話して巻き込む事もしたくはなかった。
だんまりを決め込む未希に、大河は小さく溜め息を吐くととっておきのジョーカーを切った。
「……三枝先輩に関係する事?」
「えっ!?」
何故そこで正樹の名前が出てきたのかが分からず、未希は驚きのあまり顔を上げてしまった。それは如実に大河の言葉が当たっている事を意味し、それに気付いた未希は言葉を失ってしまう。
「やっぱり、か」
「な、何で? 私、誰にも言わなかったし、先輩だって……」
「そりゃ、未希が三枝先輩の絵を描いてる姿に見惚れてたの知ってるもん。加えて未希がおかしくなってきたのは先輩が事故に遭ったって話を聞いてからだし、何か関係があるかもって思うのは普通でしょ?」
見事な観察力、洞察力、推理力である。普段不真面目なようでいて、こういう時信じられないような能力を発揮するのが大河と言う少女であると言う事を未希はまざまざと実感させられた。
未希はある種の敗北感に打ちのめされ、大きく頭を垂れた。
項垂れる未希を見て、大河は彼女の頭を胸元に抱き寄せ今度は優しく問い掛ける。
「何があったのか、話してみなって。1人で何もかも抱え込んで苦しむ未希の姿を見てる方があたしは辛いよ。あたしだけじゃない、那美だってそうさ。だから、話してみな。そうすれば少しは楽になる事もあるかもだよ?」
「大河……さん」
もう未希は限界だった。正樹が目覚めぬ悲しみに耐える事も、ライダーバトルに参加して他のライダーを殺めねばならぬ事に対する恐怖と嫌悪に耐える事も。
そして何より、こんなにも自分に真摯に接してくれる友人に秘密を守り続ける事も未希には耐えきれなかった。
「実は――――――」
未希はぽつりぽつりと話し始めた。
正樹と付き合っていた事。その正樹が交通事故に遭い2度と目覚めぬ体になってしまった事。彼を再び目覚めさせると言う願いを叶える為に、仮面ライダーとなって他のライダーと戦い勝ち残るバトルロワイヤルに参加してしまった事。そしてつい先程、他のライダーを殺せる機会を得たにも拘らずそれが出来なかった事。
最後の部分を話す頃には、未希の目から涙が零れ落ちていた。
「私、出来ません!? 先輩を助ける為とは言え、他の人を犠牲にするなんてやり方、私には出来ないんです!?」
「うん……そうだね。未希には似合わないよ」
「でも!? だけど、先輩を助ける為には他に方法が無いんです!? 医者は言ってました、先輩はもう目覚めないだろうと。私は先輩を助けたい!? でも……だけど――――!?」
「もういい、もういいよ。辛かったね、未希。我慢せず、ここで全部吐き出しちゃいな。受け止めてあげるからさ」
気付けば未希は大河に縋り付き、大粒の涙を流して大声で泣いていた。大河の言う通り、今まで抱えていたもの全てを吐き出すかのように。
「大河さん……うぅ!? あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
未希は泣いた。とにかく泣いた。これまでにも1人で泣いていたが、誰かに受け止めてもらうのはそれとは違う。奇妙な安心感に、未希は止め処なく涙を流して声を上げて泣いた。
暫く泣き続け、漸く落ち着いた未希は大河の胸元から離れた。大河の胸元は、最初の方の未希の口周りの吐瀉物やら涙やらでビショビショのドロドロになっていた。落ち着いた未希はそれを見て、非常に申し訳ない気持ちになった。
「ご、御免なさい大河さん!? 私の所為で服を汚しちゃって……あ! 私、ちゃんと洗って返しますから!」
「いいって、これ位。それよりそろそろ帰った方がいいよ。未希のお家の人が心配するからさ」
「で、でも……」
「いいからいいから」
大河はそう言って朗らかに笑い、未希を帰らせた。未希は何度も申し訳なさそうに頭を下げながらその場を去っていったが、その顔は先程までに比べると大分マシなものになっていた。涙と一緒にいろいろな感情を吐き出してスッキリしたのだろう。
未希の姿が見えなくなるまで、大河はその場で彼女に手を振り続けた。そして彼女の姿が見えなくなると、大河は急に真顔になり隠していた“それ”を取り出した。
「未希に殺し合いなんて似合わないよ……あたしに任せな」
その手の中にあったのは、ファストのカードデッキ。先程未希が泣いている隙に、抜き取って隠していたのだ。
「これ以上、未希に辛い思いはさせないから」
強い決意を胸に、大河はカードデッキを鏡に向ける。使い方は先程未希が話していた。戦い方も分かる。問題は彼女でも使えるかだが、腰にVバックルが巻かれたのを見てそれが杞憂であると知った。
「さて、やってみるか……変身!」
大河がファストに変身し、ミラーワールドへと入っていった。
未希がその事に気付く事は無く、何も言わず夜に外出したことを母親に叱られていたのだった。
と言う訳でファスト編3話でした。
もう未希は一杯一杯です。根が良い子なので、ライダーバトルには根本的に向いてない性格なんです。それでも強い願いがあるから、参加せずにはいられないと言うジレンマ。
そんな中で遂にカミングアウト。それを聞いて大河が未希に無断でファストに変身。ここは最初已むを得ぬ理由により未希が大河の前で変身すると言うシーンで考えていたのですが、気付けばこんな感じに。
次回でファスト編も最後となります。未希に代わってファストに変身した大河がどうなり、それに気付いた未希がどうするのか?
次回の更新もお楽しみに!それでは。