遊戯王 ーknocking・gateー    作:光屋尭

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第1話「光る瞳の少年」

 ――― デュエルモンスターズ ―――

 

 

 

 それは、今や世界中で知らない人はいないカードゲームの名前。

 

 

 

 ――― 決闘者(デュエリスト) ―――

 

 

 

 それは、デュエルモンスターズのカードを駆使し戦う者たちを指す。

 

 

 

 ――― 決闘王(デュエリストキング) ―――

 

 

 

 それは、世界中に数多存在する好敵手(ライバル)を倒し、頂点を極めた決闘者に与えられる栄光の称号。

 この物語は、次世代の決闘王を目指す少年少女が通うプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)千華柄学園(せんかづかがくえん)に現れた、とある【王】の物語である。

 

 

 

                ☆ ☆ ☆

 

 

 

 彼が新東京都の地を踏んだのは、5月が始まってすぐの肌寒い春風がそよぐ日だった。

平日の朝、都内最大のメインターミナルである神薙駅のホームは、通勤通学の人波で混雑している時間だった。

そこに走り込んできた新幹線から降りてくる乗客の中に、自然と人目を集める2人組がいた。

20代後半のスーツの男と、学生服を着た12歳ほどの少年だった。

 

「おい遊之、覚えてると思うが、絶対に俺から離れるんじゃねえぞ」

 

 スーツ姿の男は、こめかみから頬に掛けて大きな傷跡のある強面の顔と、190はある身長と服の上からでもわかるほどの筋肉質な体格で、後ろに付いてくる少年を気にしながら通勤ラッシュで並ぶ人の壁に割り込んで道を開けていく。

 

「わかってる」

 

 遊之と呼ばれた少年は男の後ろにピッタリとくっつきながら、物珍しそうに、あちこちに視線を向けていた。

 

「それにしても牛尾、これが日本古来の伝統、ツウキンラッシュなんだね。斎が教えてくれた情報よりも想像以上に凄い人の数」

 

「古来でも伝統でもねえよ。箱入り息子に何吹き込んでんだあのお坊ちゃんは」

 

「牛尾」

 

「なんだ?」

 

 遊之は、オーバーサイズのマフラーに口元が隠れる、子どもらしくない表情の変化の乏しい顔で男の、牛尾哲《うしおてつ》の上着を引っ張る。

振り向いた牛尾は、しかし、付き合いの長さから目を見ただけで彼が心躍る心境なのがわかった。

表情や声色の変化が乏しくとも、感情を表現するように初々しい挙動が興奮を隠さず、オレンジ色の瞳を擁する大きな眼が、興味津々とばかりに輝いていたからだ。

 

「不思議なんだけど、どうしてここに居る人たちは皆死んだような目をしているの?」

 

「失礼な事を言うなお前は!?」

 

 遊之よりも大きな声で叫び、口を塞いだ牛尾は、周囲の不審な視線に晒されながらも慣れない愛想笑いをして逃げように移動する。

 牛尾と遊之が一緒に行動しているのを見た人たちは、彼らの関係を不思議に思った。

 年齢的にも親子は難しく、牛尾はれっきとした日本人だが、遊之の見た目は日本人のそれとはかけ離れていたからだった。

 オレンジ色の瞳。

 色素の薄い肌。

 顔立ちは中性的で身体の線も少女のように細いが、かろうじて新調したての学生服でズボンを履いているので、男子と判断できた。

 主に人目を惹くのは、特異な髪だった。

 女性のように柔らかく、お尻に届くほど長い髪は、煌めく水色と金色のコントラストに彩られていた。

 そんな2人組が堂々と騒いでいれば、嫌でも目立つのは当然だった。

 混雑から離れた場所まで来た牛尾は、一息ついでに文句をこぼす。

 

「ったく、大声出させんじゃねえよ」

 

「出したのは牛尾だよ」

 

「お前が余計な事を言わなければな!?」

 

 遊之は怒られた理由が理解できていないらしく、わずかに眉を寄せて首を傾げていた。

 そんな困った顔をされると、牛尾は文句の続きが言えなくなった。

 本人に悪気も無ければ、仕方のない事だったと悟ったからだ。

 親代わりの保護者が海外移住した日本人なのもあって日本語も熟れてはいるが、生まれてからほとんど海外で暮らしていた遊之が来日したのは昨日の今日だ。

 文化、価値観の差に気づけないのは当然、然るべき対応をするのは大人の役目だった。

 

(長い付き合いで慣れちまったのもあるが、色々あって忘れかけてたぜ。こいつを、この日本で守るのが俺の使命だったな)

 

 牛尾は仕事として、任務として、故郷の国に戻ってきていた。

 現在勤めている会社の社長から、遊之の保護者である人物から、直々に命じられた特命任務で、この日本で遊之を学生として、普通の子どもとして、一般人としての暮らしと日常を送って貰うため、そんなありふれているはずの平穏を守るために元警察官だった彼が同伴する事になったのだった。

 理由は見た目の特異性以外にも、遊之が子どもながらに複雑な経歴を持っているからだった。

 生まれた時から、親の顔すら知らず。

 白色の壁に囲まれた無菌室以外の、景色を知らず。

 培養液に満たされた試験管の中で、見知らぬ大人たちに支配されながら、身体に管を繋がれながら生きてきた子どもたちの1人。

 遊之は、これまでの短い人生の大半を、常識とはかけ離れた数奇な経験で埋められてきた。

 そんな境遇と将来を考えた保護者が、期間限定とはいえ、最低3年間は比較的に安全な国の学校に通わせるように環境を整え、手配した先がこの日本だったという話だ。

 

(今思い返しても信じられねえよ、見た目は変わっているが、ただの子どものはずのこいつが実は)

 

 過去を振り返り、複雑な心境を双眸に滲ませた牛尾は短く大きく深呼吸をすると、力まかせに両手で頬を叩き、気合を入れ直す。

思い出すのは、尊敬する、恩人でもある社長の顔だった。

 

(この漢、牛尾哲! 貴方から任せられた役目、キッチリ果たしてみせますぜ!)

 

 牛尾は遊之と目線を合わせるようにしゃがむと、華奢な肩に手を置く。

 

「そうだな、大声を出した俺が悪かった、驚かせちまってすまん」

 

「大丈夫、びっくりしたけど、牛尾が意味もなく怒鳴ったりする人じゃないのはわかってる」

 

 遊之は、声色も表情も大して変えずに続ける。

 

「だからきっと、さっきまでのボクの言動で適切じゃない部分があったんだと思う。ダメなところは直していくからちゃんと教えて欲しい、牛尾の事、信頼してるから」

 

 だが、牛尾には遊之のわずかな感情の機微が読み取れていた。

その子どもらしくないしっかりとした意思を込めた、嘘偽りない言葉と微笑みをぶつけられて、気恥ずかしさから顔を手で覆った。

 

「今更だが、お前、ほんと子どもらしくねえよな」

 

「ごめんなさい。子どもらしく振舞うのはボクにはちょっと難しいみたい」

 

「いや、そういう意味じゃねえんだ。それはお前の立派な個性だ、ただ、日本人にはちょっと刺激が強いのかもしれねえな」

 

「どうして?」

 

「日本人ってのは、お前の故郷(アメリカ)の人たちほど気持ちを正直に伝えられねえんだ、だから包み隠さない言い方をされるのにも慣れてねえって事だ」

 

「そんなに違うんだね、気を付ける」

 

「まあ、お前ならすぐに慣れるだろ。それはそれとしてだ、目的地を前に最後のチェックをするぞ、遊之、お前はこれから日本の高等学校に、千華柄学園(せんかづかがくえん)に入学するのはわかってるな」

 

「わかってる」

 

「よし、そして俺は学園に教師として赴任する、いいな?」

 

「似合ってないけど、わかってる」

 

「ほっとけ!」

 

 牛尾も自分が人にモノを教える柄ではないと思っているが、仕事である以上は勤めなければならない。

 でなければ丸々3年を使って、頑張って教員免許を取得した意味がない。

 

「でだ、ここから先が重要だぞ。この国では、教師と生徒が私的な交流をするのをあまり良しとしない風潮がある」

 

「なるほど」

 

 コクコク、と遊之は素直に相槌を打つ。

 12歳、日本では小学校を卒業したばかりの子どもにしては、物わかりが良かった。

 

「だから、俺とお前が以前から交流があるのは、最低限伏せておく必要がある。学園では一応他人として通すんだ、これからは俺を牛尾先生と呼ぶんだぞ」

 

「わかった、牛尾先生」

 

「良い子だ」

 

 大きく、コクン、と頷く。

 そんな遊之の頭を牛尾は男らしく、髪をくしゃくしゃにするように撫でた。

 

「うし、まあ、事前の口裏合わせはこんなもんだろ」

 

 やる事もやり、牛尾は辺りを見渡す。

 駅構内には、早朝にも関わらず様々な店がすでに開店していた。

 

「登校時刻までまだ時間があるな。長旅でお前も疲れただろ、どこか適当な店で時間でも潰すか」

 

「登下校中は道草や買い食いをしたらいけないって、斎《さい》が言ってた」

 

「つまんねえ事はしっかり教えてるんだな、あいつ」

 

 文句は言うが、牛尾も今日から教師だ。生徒の前で悪い手本を見せる訳にもいかない。

 仕方なく、自販機で飲み物を買うだけに止めておく。

 遊之にはミネラルウォーターをおごり、自分は缶コーヒーを煽った。

 駅構内を何気なく見渡すと、忙しなく行き交うサラリーマンや学生に混じって、元警察官としての勘に引っかかる人物が数人いた。

 

(私服警察、か?)

 

 微細な行動や雰囲気から、元同業者だと察知した。

 新東京都、神薙駅。

 日本首都の公共交通網の中心であるこの駅は、毎日300万もの人が利用する。

すると、人が多くなればなるほど犯罪件数も多くなる。

 特に神薙駅は、すぐ近くに世界有数のプロ決闘者育成機関、デュエルアカデミアである千華柄学園があり、様々な国籍の年頃の学生が多いせいか、犯罪が増幅する傾向にあった。

 グレーの制服を着た高校生ほどの少年少女らが学園の生徒だ。

 遊之が着ているのも千華柄学園の制服で、本来ならば、4月にわずか12歳で海外から飛び級で入学する予定だったが、渡航審査に手間取り、月を跨いだ入学となってしまった。

 学園の生徒である彼らの手の甲には、それぞれ形の異なる刻印がある。

 遊之も例外に漏れず、右手に、旗を思わせる刻印が施されていた。

 

 

 

【精霊巧紋】(エレメトラ)

 

 

 

 精霊巧紋と呼ばれる刻印は、現代の決闘者には欠かせない要素であり、必然として、全員が決闘者である千華柄学園の生徒にとっては、ありふれた身体の特徴となっていた。

 中にはファッションにまで昇華させている生徒もいたりするが、根っこは決闘者である彼ら彼女らにとってその価値は、己の個性、または決闘者としての実力の証でもあった。

 牛尾も決闘者であるため精霊巧紋を所有しているが、どうにもこの最新技術は好きになれなかった。 

空になった缶を縦に潰してゴミ箱に放り込み、時計を確かめる。

 

「ちょうど良い具合の時間だな、遊之、そろそろ行くぞってあれぇええ!?」

 

 心臓が口から飛び出るぐらい驚いた。

 さっきまで隣で水を飲んでいたはずの遊之が、いつの間にかいなくなっていたからだ。

 付近を捜したが影すらなかった。

 

「あいつ、だからあれほど離れるなって言ったじゃねえかよおおお!?」

 

 一大事に咆哮する牛尾は、再び不審な目で見られてしまうのだった。

 

 

 

                             ☆ ☆ ☆

 

 

 

 遊之は誰かを追うように、早足で移動していた。

 追っている背中は、同じ学園の制服を着ている少女だった。

 胸元のリボンの色から、2年生だとわかった。

 普段からスキンケアを欠かしていないだろう若く瑞々しい肌は健康的で、眩しい美しさがあった。

 爪先から手首までも手入れをしているのか、美意識の高さが伺える綺麗な右手の甲には、天使の両翼を象った精霊巧紋が刻まれていた。

 ヤグルマギクの花が刺繍された水色のリボンで縛った銀髪。

 新雪のような白い肌は、異なる血が混ざり生んだ賜物。

 また、横顔から伺える端正な容姿は知的で、育ちの良さを感じさせた。

 遊之が彼女を追いかけたのは、何も優れた容姿に見惚れたからだけではなかった。

 酔ってしまうほどの人波を眺めていたら、偶然にも、目を赤く腫らし、今にも泣きそうなのを我慢しながら歩いている姿を見かけたからだった。

 なぜそんな顔をしていたのかも気になったが、初対面である彼女を見た時に脳裏を過った強い懐かしさの正体を、ちゃんと見て確かめたかったのも理由だった。

 少女は泣くのを堪え、肩から下げた鞄を身を守るようにしっかりと抱きながら、しきりに周りを怯えた様子で気にしていた。

 目が合ってしまった鍔付き帽子を深く被った男を見て、顔面が蒼白となった。

 男から逃げるように、でも、無関係な人には悟られたくないのか、早足でホームを出ようとする。

 階段の前で、渋滞が起こっていた。

 なんとか割り込んで先に行こうとしたが、人の壁をか弱い力でどうにかできるはずもなく、男が追い付き、気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「っ!」

 

 少女は無言の悲鳴に喉を引きつらせ、全身を強張らせた。

 男の伸ばした手が彼女の黒いストッキングに包まれた足を、太ももから嫌らしい手つきで触り始めていた。

痴漢だった。

 男は右足を少女の両足の間に忍ばせると、柔肌を堪能する手を徐々に上に這わせ、スカートの中にまで延ばす。

 少女は卑劣な行為に晒されている恥ずかしさから、周りに気づかれるのを恐れてしまった。

 ショーツが露わになるのを阻止するために、たくし上げられるスカートを必死に押さえ、俯いて悔しさと屈辱を噛み殺しながら耐える選択をしてしまう。

 我慢をして声を出さないように口を塞ぐのが精一杯の抵抗のようだった。

 でも限界が近く、大粒の涙を流しながら拳を強く握りしめる。

 立ち止まってしまうほどの混雑の最中、誰も少女の声無き悲鳴に気づいていなかった。

 その時、するりと出てきた手が男の手首を掴む。

 男は最初は何も言わずに引き剥がそうとしたが、しつこく妨害してくる子どもの手に苛立ち、卑劣な行為の目撃者の登場に焦り、ついに声を荒げてしまう。

 

「なんだよお前! しがみついてくるな気持ち悪りぃ!」

 

「その人を、これ以上苦しませないで」

 

 突然の騒ぎに、面倒ごとを避けようと離れたい人、騒ぎの真相を知ろうとする人、状況が理解できない人の三すくみで、騒ぎの中心から上手く離れる事ができず、男と、男に対峙する少年、遊之を中心に人だかりの円が作られる状況になった。

 少女は涙を零しながら、助けてくれたのがまさか小学生ぐらいの少年だというのが信じられない様子だった。

 騒ぎに気付いた駅員や私服警察が駆け付けようとしたが、人の壁に阻まれてしまっていた。

 

「はあ!? なんの話だ」

 

「痴漢してた、もう言い逃れはできない」

 

「分けわかんねえよ、ど」

 

「痴漢は現行犯逮捕、証拠は目撃者がいれば十分だよ。それに、現代の警察の技術なら、細かく調べようとすれば決定的な証拠が出るのはそっちだ」

 

「ガキのくせにこいつ!?」

 

 男はまさか年下の、しかも男か女かもはっきりしないような子どもに、言葉を被せられた挙句正論で抑え込まれ、プライドが傷ついていた。

 逃げ道がなく、追い詰められて開き直ったのか、男は少女に喋りかけた。

 

「な、何言ってんだかおかしな奴だな。(こがらし)からも何とか言ってやってくれよ。俺たち友達だよな? 友達にそんな痴漢なんて酷い事する訳ねえよな? な! 凩!」

 

 凩と呼ばれた少女は、男と目を合わせようとはしなかった。

 違うと言いたい、でも、正直に喋ればどうなるかわからない圧力に、怖気づいているようだった。

 相手が抵抗できないとわかっていて、男は利用しようとする。

 どこまでも身勝手に少女を弄ぼうとする神経に、遊之の怒りに火花が散った。

 これでどうだ? とでも言いたげに勝ち誇った笑みをする卑劣漢が、邪魔者の負けた顔を拝もうと振り向く。

 しかし、表情が一変させられたのは彼の方だった。

 

「なんだよ、その目は!」

 

 男だけでなく、凩も、その場に居た多くの人が遊之の変化に、驚きを隠せなかった。

 オレンジ色の瞳が、瞳そのものが煌々とした光を灯していた。

 光量は次第に増し、最後には光の粒が目尻から溢れ出し、無数のホタルのように空中に漂う。

 

「気持ち悪ぃ、こいつ人間か」

 

「綺麗・・・・・・」

 

 月よりも神々しく、太陽よりも強く輝く瞳に、思わず出た男と凩の感想は異なった。

 その差は、遊之の向ける視線に、敵意に晒されているかどうかだった。

 誰もが釘付けになり、変化の顛末を見届ける。

 遊之が瞬きをすると、光は弾けて涙が散るように消え、瞳は、元のオレンジ色に戻っていた。

 

「どんな関係だろうと悲しませる理由にはならない。二度は言わない、これ以上、その人を傷つけるな」

 

 遊之は静かに怒り、駄弁を突き放す。

 男は、怒りに充てられて後ずさりをしてしまう。

 

「は?」

 

 思わず無意識にしてしまった行動に、男自身が間抜けな声を出す。

 なんでだ?

 どう見ても、相手は年下の子どもだ。

 殴っただけで大けがをしてしまいそうな、ひ弱そうなチビだ。

 脅威になんてなり得ないはずだ。

 なのに、何を恐れ、なぜ後ずさりをしたのか、理解できなかった。

 だが、確かに感じる。

 光を帯びていた瞳に、その奥に潜む別の何かに、全てを見透かされているような不快感を。

 この子どもの怒りに、これ以上関われば痛い目を見る危険を。

 

「もう、容赦はしない」

 

 既に手遅れだった。

 

「お兄さん、変わった靴を履いてるんだね」

 

「なん!?」

 

「カメラが付いてる靴なんて、初めて見たよ?」

 

「どうして、その事を!?」

 

 男は一瞬で絶望に塗り潰される錯覚に支配される。

 誰にもバレないと思っていた。

 巧妙に隠していたはずの犯した罪を記録したカメラが、初対面の、しかもヘンテコな髪色の小学生に暴露された。

 

「そのカメラで、何を映してたの?」

 

「そ、それは! くそぉ!!?」

 

 なぜ隠しカメラがバレたのか、これも理由はわからない。

 逃げようのない証拠を今度こそ摘み出され、男が窮地に対してポケットから取り出したのは、折り畳みナイフだった。

 使う気なんてなかった。

 万が一の脅し道具として持っていただけだったが、社会的抹殺の未来に、凶行という暴走を引き起こす。

 野次馬から、悲鳴とどよめきが起こる。

 誰も犯罪者から遊之をかばおうともせず、彼も、男を睨みつけたまま動こうとしなかった。

 こんな時でさえも、表情一つ、声色一つ、ほんのわずかにしか変わらない。

 

「チクショウ! チクショウチクショウチクショウ! もう何もかもおしまいだ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって! 俺は悪くない! お前らみたいな邪魔者が俺を」

 

「陥れてない、堕ちたのはお前だ。あと、やめた方がいい」

 

 悟ったような口ぶりで、哀れな男に告げた。

 

「そのナイフは、ボクには当たらない」

 

「うるせえぇ! さっきから俺の言葉に言葉を被せてくるんじゃねえぇぇえええええ!」

 

 男はナイフを振るおうと迫る。

 しかし、ナイフが届かないどころか気付けば視界には青空が映っていた。

 

「はえ?」

 

 空中に投げ出されているとも知らず、空を見上げたまま背中から落下する。

 

「ゲバハァ!?」

 

 背中を強打し、衝撃で気を失った。

 倒れた卑劣漢の代わりに、遊之の前に立ったのは、凩という見目麗しい少女だった。

 

「大丈夫ですか!? 怪我はありませんでしたか?」

 

「大丈夫、わかっていたから」

 

「良かった・・・・・・無関係な貴方まで傷ついたら、私はどう償えばいいかわかりませんでした」

 

 凩は遊之の無事に涙目になって安堵し、胸を撫でおろしていた。

 遊之にナイフが届きそうになった時、鞄を放り投げて走り出していた彼女が寸でのところで凶器を持った手を取り、合気道の技で男を投げ落とした。

 変わり映えのしない平日に突然起こった事件と、犯人を見事に退治した美少女の活躍に野次馬から歓声が沸く。

 

「お姉さんはやっぱり」

 

 遊之は、喧しい歓声に一切耳を貸さず、凩のみを見つめていた。

 初めて彼女を見つけた時に感じた強い懐かしさ、それを確かめたくて少女を追っていた。

 目と目を合わせ、直接声を聞き、ようやく懐かしさの正体の確信に至った。

 哀愁すら覚える感情は、遊之に目の前の少女とは別人の少女の姿を思い出させた。

 

 

 

                      ―――――・・・・・004・・・・・―――――

 

 

 

『ほら、こっちにおいでユウノ。丘の上まで登ったら貴方の大好きな日向ぼっこをしましょう。きっと、風が気持ち良いですよ』

 

意識の濁流の先、砂嵐が晴れた向こうの記憶の映像には、日本とは異なる景色が広がっており、懐かしくも愛おしさを感じさせる人の声が聞こえた。

都会の喧騒とは無縁な自然が広がる、牧歌的な平和を絵に描いたような心安らぐ場所。

記憶の中の少女は、遊之に手を差し伸べ、草原の丘の上へと誘おうとしていた。

 

 

 

                      ―――――・・・・・124・・・・・―――――

 

 

 

 思い出せたのは、ここまでだった。

 記憶の中の少女と凩は、顔と声、雰囲気が似ていた。

 それ以外、背格好も、親しむ文化も、着ている服も、人種も違っていた。

 なのに、異なる少女同士が繋がったのは、その記憶を持つ遊之だけが知っていた。

 

「どうかしました? 怪我をしているのなら、我慢せずに言ってください」

 

 見つめ過ぎたせいか、凩が変な勘繰りをしてくる。

 ようやく、駅員や私服警察が騒ぎの中心にまでやってくる。

 ついでに見慣れた大男もやってきた。

 

「すまん、ちょっと通してくれ! ようやく見つけたぞ遊之!」

 

「牛尾先生、ごめんなさい」

 

「あれだけ離れるなって言ったのに、先に謝ればいいって思ってんじゃねえぞ、まったく!」

 

「日本人は、怒られる前に謝ればだいたい許してくれるって斎が言ってた」

 

「どうやらお前らまとめて、再教育が必要らしいな・・・・・・」

 

「牛尾は先生、ボクは生徒、暴力反対」

 

牛尾が凶悪な笑顔でバキボキと指を鳴らすので、自分だけ予防線を張っておく遊之だった。

 

「うわああああ! やめろ、俺に触るんじゃねえ!」

 

「なんだ?」

 

 突然の大声に牛尾が迷惑気に見ると、痴漢が目を覚まし、駅員や私服警察に取り押さえられていた。

 一部始終を見ていた誰かが説明したのか、卑劣な犯罪の証拠である、隠しカメラの仕込まれた靴も取り上げられていた。

 

「何があった?」

 

「痴漢、この人が襲われてたから」

 

「助けたのか! よくやったな、偉いぞ」

 

 褒められた遊之は、ちょっとだけ誇らしく、嬉しそうに目を細める。

 牛尾と目が合った凩は、礼儀正しく、綺麗なお辞儀をしていた。

 

「失礼ですがお嬢さん、あなたは、千華柄学園の生徒で間違いないですか」

 

「はい、2年生の凩風香《こがらしふうか》です」

 

「こがらし、ふうか」

 

 遊之は忘れないように覚えておこうと思った。

 

「俺は牛尾哲、今日から千華柄学園の新人教師として赴任する予定の者だ。大変だったな、もう大丈夫だ」

 

「先生、だったのですか?」

 

「・・・・・・まあ、見えないと思うがそういう訳だ」

 

 律儀にも教員免許を提示して自己紹介をしたのだが、風香の正直な感想に、牛尾は咳払いをして聞き流す。

 遊之がくすりと笑ったのは見逃してやった。

 

「でだ、実は俺は元警官でもある。こういう事件の対応も慣れてる。今回の件は、学園側には俺が説明しておこう。勿論、ご家族や凩への配慮はするし、相談にも乗ろう、約束する」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 風香に感謝されて、牛尾は分厚い胸板を叩く。

 とても頼もしい漢だ。

 

「こがらしいぃ! 全部お前のせいだ!」

 

 男が負け惜しみのように、吠えた。

 投げ落とされた拍子に帽子が落ちて露わになった素顔は、風香と同じぐらいの高校生だった。

 

「お前と関わってから、俺の人生は狂い始めたんだ! 色目なんか使いやがって! お前みたいな疫病神がグループに入ってこなければ俺は学園を退学にもならなかったのに! プロ決闘者になって、金持ちになって、決闘王にだってなれてたはずなのに!」

 

「何言ってんだ、こいつは?」

 

 

 

「いい加減にしなさい!!!」

 

 

 

 

 風香の一喝がホームに響き渡った。

 落ち着いた印象からは意外性に富んだ大声に、男や牛尾は唖然としてしまう。

 遊之にいたってはびっくりして、身体が跳ねてしまった。

 

「確かに、貴方やグループの皆には私のせいで迷惑を掛けたと思います! だから、どんな嫌がらせを受けたって今まで我慢してきたんです!」

 

 風香は堰を切ったように、顔を真っ赤にし、また大粒の涙を流しながら気持ちを曝け出す。

 遊之は理解する。

 彼女は理性的であろうとする人だ。

 本当の彼女は、感情的で、真っすぐで、ガラス細工のようにとても繊細な人だ。

 それは今しがた思い出した、風香に似た記憶の中の少女も同じだったからだ。

 

「でも、もう我慢できません! こんな小さな子にまで危害を加えようとするなんて、心底見損ないました! あなただって最初は、純粋にデュエルモンスターズを楽しんでいたはずなのに、そんな人じゃなかったじゃないですか!」

 

「っっ!?」

 

 男は何かを想い出した。しかし、すぐに悔しさに下唇を噛んだ。

 

「俺は、俺はただ、誰よりも強くなりたかった・・・・・・それだけなんだ」

 

 諭されたのか、ショックを受けた様子で言い返そうともせず、ただただ項垂れていた。

 大人しくなり、連行される背中を、風香は寂しそうに見つめていた。

 彼と風香との間にどんな事情があるのか、遊之はまだ聞くのを憚られた。

 

「被害者の方ですね? 大変な目に遭いましたね、もう大丈夫ですよ。詳しく話を伺いたいのですが、ご同行お願いできますか?」

 

「一緒に行こう、俺はこの子が通う学園の教師だ」

 

 警察に牛尾が名乗り出て遊之も付いていこうとするが、「お前は登校しろ、初日に遅刻する気か!」と押し返されてしまった。

 

「牛尾、俺から離れるなって言ってた」

 

「それは、ただ人混みで逸れるのを防ぐためだ。お前なら迷子になる心配なんてないし、自力で学園まで行けるだろ」

 

「むぅ」

 

 本来ならば牛尾の役目は遊之のボディーガード兼保護者代理であり、彼には守られるべき相応の理由がある。

 職務を忘れたかと言い返せたが、自分たちの素性を知らない人前で話せる内容ではないし、牛尾が職務放棄するような性格でもないのは知っている。だから、それだけ日本の治安が良く、警察も優秀なのだと判断できた。

 

「さっき、ナイフで襲われたのに」

 

「あんな気狂い、この国じゃそうそう出てこねえよ」

 

 不服でもあり、風香ともう少し一緒に居たかったが、今回は引き下がるしかなかった。

 

「ちょっと待ってくれませんか。あの子に、彼に、お礼を言わせてください」

 

 風香の方から、時間を作ってくれた。

 膝を折り、自分よりも小さな遊之と目線を合わせ、両手を包み持った。

 

「お礼を言いそびれていました。助けてくれてありがとうございます。貴方が助けてくれたから、私も勇気を持つ事ができました」

 

 微笑む風香の両手は震えていた。

 気丈に振舞っているだけで、本当は怖かったに違いなかった。

 

「もう泣かないで」

 

 遊之は風香の目尻に残っていた涙を人差し指で優しくすくった。

 

「あの人は、もう大丈夫だよ。風香先輩の気持ちはちゃんと届いたから立ち直ってくれる」

 

「それは、どういう」

 

 風香は、あまりにも遊之の自信を持った言い方が気休めとは思えず、まるで自分の心を読んだかのような言葉の真意を聞こうとして、やめた。

 今に優先するべき、言うべき言葉があるからだった。

 

「ありがとうございます。あなたは紳士的でもあるんですね、カッコいいですよ。でももう、あんな危険な真似はしないでくださいね」

 

「自重する、それとありがとう」

 

 遊之は、焦らずともこれから風香と共に過ごす時間はたくさんあると確信していた。

 風香も、無意識に、遊之とはこれから縁が繋がっていくと感じていた。

 

「お名前を聞かせてください」

 

「ボクの名前は遊之、天神・オルレア・遊之」

 

「遊之君ですね、覚えました。このお礼は必ずします、連絡先を教えてくれませんか・・・・・・え?」

 

 風香はようやく遊之の服装が同じ学園の校章を付けた制服であるのに気づく。

 

「それは、千華柄学園の制服? それに右手の甲にあるのは精霊巧紋? もしかして、遊之君は」

 

「遅れたけど、新入生として今日から登校する予定」

 

小さな、幼い後輩を目の前に風香は瞬きを繰り返すが、思い当たる節があったようだ。

 

「もしかして、あなたが例の海外から飛び級入学すると噂が立っていた、たった10歳でアメリカのアマチュアリーグでチャンピオンになった天才決闘者なのですか?」

 

(そう来るんだ、斎・・・・・・)

 

 遊之は、自身の経歴の一部が知られていた事に、内心で兄弟の仕業だなと目星を付けた。

 何かしら噂は立つだろうと想定はできていたが、あまりにも正確すぎる情報に悪意を感じ取ったのだった。

 この様子だと、もう学園の全生徒が知っていてもおかしくない。

 

「そう」

 

 だから、素直に答えた。

 

「凄い! 噂は本当だったのですね! でもそうですか、遊之君もこの学園の決闘者になってしまうのですね・・・・・・」

 

 短く肯定すると風香は目を輝かせてくれたが、なぜかすぐに心苦しい、複雑な顔をする。

 

「ダメなの?」

 

「そんなことありません! 歓迎しますよ、遊之君。ようこそ、世界最高峰のプロ決闘者育成機関《デュエルアカデミア》、千華柄学園へ」

 

 作り笑顔に他ならなかったが、触れないでおいた。

 

「最後に聞いても、よろしいですか?」

 

「いいよ」

 

「遊之君は、デュエルモンスターズは好きですか?」

 

「うん、大好き」

 

 数年前まで、遊之の世界は、白衣を着た大人が支配する白色の部屋と試験管の中だけだった。

 そこから助け出してくれた人たちが、最初に教えてくれた遊びがデュエルモンスターズだった。

 あまり表情は変わらなかったが、遊之の言葉に嘘偽りがないと感じ取った風香は嬉しくなった。

 

「私も大好きですよ。だから遊之君はその気持ちを忘れずに、ずっと変わらずにいてくださいね」

 

 どういう意味があったのか、遊之は図り損ねる。

 でも、隠し切れなかったやるせなさを払い除けたくて、名残惜しそうに手を離した風香に伝える。

 

「風香先輩」

 

「なんでしょう?」

 

「今度会ったら、楽しい決闘しようね」

 

「はい!」

 

 一旦は言葉が詰まった、でも、彼女ははっきりと答えを返してくれた。

 別れて独りになった遊之は、駅を出て、学園の校門に辿り着く。

 見上げても全体を捉えられないほど大きい校舎の外壁には、校章と同じ壁画が埋め込まれていた。

 周囲の学生は、遊之の特異な見た目に奇異の関心を向けるが、すぐに興味を失い通り過ぎていく。

 だが、他人の視線など気にせず、遊之の心は踊っていた。

 ここが、プロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)

 ここが、世界最高峰と言われる、世界各国から優秀な決闘者が集まるプロ決闘者への登竜門、千華柄学園。

 ここにいる生徒全員が、デュエルモンスターズに魅入られ、プロ決闘者となるべく、未来の決闘王となるべく研鑽を積みに来たライバルたちだ。

 遊之も、今日からその一員となるべく、自らの足で門を跨いだ。

 

 

 

                                  ☆ ☆ ☆ 

 

 

 

 かつて、玩具として人気を博したデュエルモンスターズは、現在、既存のメジャースポーツと肩を並べる、世界的に注目度の高いメンタリティスポーツとして、ただいなる影響力を持っていた。

 その爆発的な人気から、プロリーグが設立され、選ばれたプロの決闘者たちは、日夜、高い実力で決闘を行い、文字通りの本気の戦い、または、エンターテインメントとして人々を魅了し続けている。

 誰もが、プロ決闘者になるのを、頂点である決闘王になるのを夢見る時代となっていた。

 デュエルモンスターズは、もう、ただのカードゲームではない。

 この物語は、そんな時代、世界中からプロ決闘者に、未来の決闘王になるべく集まった若き決闘者が通うデュエルアカデミア、千華柄学園に現れた・・・・・・とある【王】の物語である。

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