遊戯王 ーknocking・gateー    作:光屋尭

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第2話「千華柄学園」

 

 

 遊之が初登校したその日、千華柄学園1年F組の教室は朝から騒がしくなっていた。

 

「あれが全米アマチュアチャンプ、噂の天才決闘者か」

 

「マジで12歳だったのかよ、まんま子どもじゃん」

 

「我らもかつてはそうだったのだぞ。あぁ、時の流れというのはなんと美しく、残酷なのだろうか」

 

「飛び級制度とか本当にあったんだ。ていうか男の子の割に髪長くない? 顔も可愛いし、女の子みたい」

 

 ホームルームの時間だった。

 クラスの担当教師が遊之を連れて来て黒板代わりの大型ディスプレイに彼のフルネームを映し出し、紹介したのが始まりだった。

 50人近くの生徒が教壇の前に立っている噂の飛び級天才決闘者に向けて、奇異への好奇心とわずかな緊張感を孕んだ視線を送りながら、思い思いの感想を口にする。

 本人たちは普段通りの声量のつもりでも、これだけの大人数が一斉に喋れば喧しかった。

 全校生徒数が9000人を超すマンモス校である千華柄学園において、1つの教室には60人分の収容スペースが確保されているがそれでも軽い騒音だ。

 対して、遊之は特に煩わしさは感じていなかった。

 耳を澄ませて聞き分けた自分の噂が、だいたい3種類に集約しているのを理解すると興味が薄れており、次に興味を示したのは、これから1年間、同じ教室で過ごす決闘者としての好敵手《ライバル》であり、クラスメイトである級友たちの観察に他ならなかったからだ。

 

「ねえ、噂の天才決闘者く~ん! 質問してもいい~?」

 

 前列にいる女子生徒がわざわざ手をあげてウィンクを送ってきた。

 甘い声に独特の語尾を伸ばす喋り方、手首にはシュシュをつけており、ウェーブのかけられた栗色の前髪には星型の飾りが特徴的なヘアピンが付けられてた。

 丸く大きな眼と紫色の瞳は、遊之への強い好奇心を隠そうとしていなかった。

 

「カガライタマミ」

 

「どうして私のフルネーム・・・・・・ま、いっか~」

 

 加賀頼珠美は、自己紹介もしていないのに名前を呼ばれた事を驚いたようだが、すぐに砕けたような柔和な笑みに変わる。

 語尾を伸ばす喋り方のせいか、相手をしているこっちの気まで緩みそうな、全体的に緩さを感じる女子生徒だった。

 遊之としては、名前と出席番号を言い当てるぐらい、驚かれるほどの推理をしたつもりはなかった。クラスメイト全員の言動から、まだ4月の入学以降に席替えは行われていないと仮定し、出席番号は席順から、名前は聞こえてきた会話から抽出した。

 完全ではないがクラスメイトの約9割の名前と顔は既に把握できていた。

 あまり自分を語らない彼の真価を、クラスメイトが知るのはまだ先の話だ。

 

「君は~」

 

「遊之か、天神(あまがみ)でいい」

 

「そっか、なら遊之くんって呼ぶねぇ~。遊之くんの歳と~、生まれた国は~?」

 

「12歳、アメリカ」

 

 端的に答えると、珠美は楽しそうに両手を合わせた。

 

「本当に小学生だったんだね~! 噂通りだったんだ~! え、じゃあじゃあ、好きな食べ物は~?ガールフレンドとかいるの~? 変わった髪色だけど生まれつきなの~? アメリカの小学校ってどんな感じだったの~?」

 

 立て続けに質問する珠美だったが、隣の席の女子生徒が彼女の袖を引っ張って制した。

 

「ちょっと珠美ちゃん、あんまり続けて質問したらダメだよ。びっくりしちゃうでしょ」

 

「あ、そっか。ごめんね遊之くん、続きはまたあとでね~?」

 

「わかった」

 

 こくん、と了承の頷きをすると、珠美は意外そうな顔をして瞬きをしていたがすぐに胸の前で小さく手を振っていた。

 

「もう、珠美ちゃんはいきなり過ぎるよ。仲良くしたいのはわかるけど」

 

「だって~、一目見て可愛いと思ったら、つい仲良くしたくなっちゃったんだもん」

 

 それから珠美が作った流れから他の生徒からも質問の手が上がるようになり、遊之は全てに同じ調子で答えていった。

 教師が強制的に打ち切るまで、質問攻めは続いた。

 

「なんか、子どもらしくないっていうか、表情がわからない奴だな」

 

 前髪の一房が鶏冠(とさか)のように逆立った男子生徒が、遊之に対する感想を呟く。

 それを拾い聞いた隣の席の、トラ柄のTシャツを着ている男子生徒が応える。

 

「子どもにしちゃしっかりしてるだけじゃねえの? 12歳でアマチュアチャンプだぜ? 普通の肝っ玉じゃねえだろ」

 

「うむ、若年にしてそれだけの偉業を成した少年だ。見た目だけでは測れないモノもあるだろう」

 

「そうとも言えるか」

 

 鶏冠の男子生徒はトラ柄Tシャツの男子生徒の返事に納得しているようで、どこか腑に落ちない部分があるようだった。

 

「でも、どうなんだろ」

 

 トラ柄Tシャツの前の席、切り揃えられた水色の髪の女子生徒が頬杖をしながら会話に参加してくる。

 

「何がだ、水橋?」

 

「私があの子の立場だったら、絶対に緊張で愛想笑いぐらいしかできないと思う。プレッシャーに強い子だったとしても、飛び級で周りは年上ばかりだし、おまけに日本語上手いけど外国人で、ここがアウェーであるのは変わらないじゃない。あの子、実はただ強がっているだけかもよ?」

 

「そうだよな、天才とか言われても12歳だしな」

 

 鶏冠の男子生徒にはトラ柄Tシャツよりも水橋という女子生徒の意見の方がしっくりくるようだった。

 

「なんだ? もうホームルーム終わったのか?」

 

 クラスの騒がしさに、教室の最後尾、右端の席で寝ていた男子生徒が起きた。

 日焼けした黒い肌。

 燃えるような赤い瞳。

 赤いヘアバンドで持ち上げられた黒髪。

 男らしさを思わせる顔立ちだが、寝ぼけて気の抜けた表情で台無しにしていた。

 本人はそんなのは構わないとばかりに、大きな欠伸をして背伸びをする。

 右手の甲には、歯車の精霊巧紋が刻まれていた。

 まだ覚醒しきれていない意識のまま、教室が騒がしい原因である遊之の姿を見た途端に眠気眼が一気に見開かれた。

 

「はっ!? もしかして、あいつが例のあいつか!? なんだよもう来てたのかよ、どうして起こしてくれなかったんだよ真澄(ますみ)!」

 

「起こしてなんて言われなかったからよ」

 

 男子生徒の隣、真澄と呼ばれた女子生徒は、読んでいる文庫本に視線を落としたまま男子生徒に素っ気ない返事をする。

 結び目に牡丹の花の髪飾り付けたハーフアップにした鮮やかな桜色の髪。

 目尻の上がった切れ長の眼。

 ツンとした愛想が控えめな印象を与えるのは、言い方もあるが、顔立ちが整っているせいでもあった。

 

「そこで起こしてくれるのが親切ってもんだろ」

 

「なら、そっとしておくのも優しさね」

 

 ああいえばこう言い返され、男子生徒は心を読んだように真意を察する。

 

「お前、メンドクサイと思ってるだろ」

 

「わかってるじゃない、メンドクサイから起こさなかったのよ」

 

「幼馴染だからって、もうちょっと言い方があるだろ普通・・・・・・」

 

 彼らが互いに無遠慮な物言いをするのは、初対面ではなく幼馴染の間柄だからだ。

 彼女の素っ気なさを理解している男子生徒は、引きずったりはせず遊之に視線を移して品定めをするように眺めて言った。

 

「へー、なんか変わった奴だな。でもあいつ、絶対に強いな」

 

 男子生徒は親指で下唇を触り、好戦的な眼差しをしていた。

 

「そう? アマチュア大会の優勝経験なんて、あの歳で全米規模なのはすごいけどこの学園ではそんなに珍しい経歴じゃないわよ。それに野球とかならまだしも、デュエルモンスターズは日本が世界を牽引しているのだから、外国人が、しかも小学生がどこまで通用するか」

 

 野球における本場がメジャーリーグ、つまりアメリカであるように、デュエルモンスターズにおける本場は日本とされているのが現代の決闘者の常識だ。

 日本がデュエルモンスターズ先進国であるのは、歴代のプロ決闘者の頂点である決闘王の顔ぶれに日本人が多い事。

 また、4年に1度行われる五輪オリンピックのメンタリティスポーツ部門としてデュエルモンスターズが種目としてあるが、国別代表戦とも言える大舞台ですらも、過去、日本国の決闘者がメダルを多く取っている事。

 海外のプロリーグで名を馳せたプロ決闘者が、レベルアップと称してこの島国に集まってくるのも珍しい話ではない事。

 これらの事実が、強い信憑性を持たせていた。

 もはや、デュエルモンスターズはここ日本の国技と言わしめるほどに普及し、認知されていた。

 だが、男子生徒は訂正をするつもりはなかった。

 

「生まれた国の違いなんて関係あるかよ。確かに普通のスポーツは体格の差がモノを言うんだろうが、デュエルモンスターズは興味さえあれば運動音痴だって馬鹿だって強くなれる卓上のスポーツだぜ? 門は広く、頂は果てしなく! それもデュエルモンスターズの魅力だと俺は思うね!」

 

「そうね。で、肝心の強さの根拠は?」

 

「俺の勘だ!」

 

 力強く親指で己を指す男子生徒。

 反して真澄の表情はとても冷めきっていた。

 あきれ果てた半眼をしている。

 真澄はこの男の性格を知っているから、それ以上の理由がないのを早々と理解した。

 

「あー、はいはい。マキのお得意のあれね、はいはい」

 

「幼馴染の冷めたい視線が辛い!」

 

 男子生徒、マキはついに精神的に屈して両手で顔を覆い、プルプルと震えていた。

 

「マキ、真澄?」

 

 遊之はふと聞こえた2人の名前と顔を確認した時、再び、今朝に凩風香と出会った時と同じ懐かしい感覚が湧いてくるのを感じた。

 まだ、名前と声と顔しか知らない彼らを見て、今は忘れてしまった、砂嵐に隠されて思い出せない過去の記憶が刺激されたが、今回は、砂嵐は晴れず何も思い出せなかった。

 何も思い出せなかったのは残念だったが、でも、ほんのわずかな記憶の残滓によって想起させられる感情がやるべき事を、気持ちに赴くままに行動するべきだと言ってくれているような気がした。

遊之は自らの意思で、マキと真澄が座る席の前まで足を進めていた。

 

「おっ、どうした噂の天才決闘者。俺たちに何か用か?」

 

 マキと真澄に向かい合った遊之は、2人に両手を差し出す。

 

「?」

 

 微妙な間が空いた。

 遊之の無言の行動に、真澄は真意を測りかねていた。

 

「もしかして、俺たちと握手しようとしてるのか?」

 

「そういう意味なの?」

 

 真澄に聞かれ、遊之は正解の頷きを返す。

 

「仲良くして欲しい、よろしく」

 

「ふは! やっぱり変わった奴だな!」

 

 初対面なのに、大勢いる他の同級生を素通りしてわざわざ指名をしてくるなんて、何かしらの意図があるか、風変わりな性格でなければできない。

 想像以上の行動に笑ったマキは自ら遊之の手を取る。

 

「でも、なんだか気に入った! 俺は浜巻良平(はままきりょうへい)、仲良くするならマキって呼んでくれ!」

 

「私は丸藤真澄よ、よろしく」

 

 真澄も遊之と手を繋ぎ、握手をする。

 2人と握手を交わせた遊之は、内心だけで他の誰も知りはしない再会に喜んでいた。

 

 

 

                                           ☆ ☆ ☆

 

 

 

 昼休みより少し早い時間にも関わらず、遊之と真澄は一足先に食堂に来ていた。

 

「教室に来る時に通るから見たと思うけど、ここが学園の食堂よ」

 

「うん、見た」

 

 真澄の説明に相槌を打ちながら、改めて食堂を見渡す。

 全ての決闘王を目指す決闘者の登竜門とされるプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)

 その中でも世界中に点在する同系列校から頭1つ抜けた規模と、数多のプロ決闘者を誕生させてきた実績から世界最高峰と称されるのが千華柄学園だ。

 実績に名声がつき、名声という拍により学園はその声に恥じぬように発展を繰り返した。

 他国からの留学生も積極的に受け入れている千華学園は、多国籍、大人数の生徒たちの要望に応えられるように、あらゆる施設、設備が最新技術を導入しており、特に有意義な学園生活を送るのに必要不可欠な衣食住に関する箇所には力を注いでいる。

 その代表的な例が食堂だ。

 大がかりなダンスパーティーができそうな広さの、背の高いフロアを大胆に利用したスペースには壁に沿って20以上の店舗が軒を連ねている。

 全国に知れ渡っているほどのチェーン店の看板もあれば、国別の料理を提供する店もあり、他にも創作料理やなかなか見られないニッチな料理をメニューに並べている店もある。

 食後も楽しんで貰おうと、飲み物やデザートのみの専門店もあったりする。

 食事を堪能するテーブル群も、落ち着いた雰囲気とゆとりある空間を壊さない程度に装飾がほどこされたエリアが形成されている。

 生徒数に見合う充分な席数が用意されていながら、太陽が通る西側の壁は全面がガラス張りになっており、陽光を入れると同時に緑豊かなガーデンデザインのされた庭が見渡せるようになっていて、天気の良い日には外で飲食ができるようにテラス席もあった。

 

「これが、日本の食堂・・・・・・」

 

「そうよ。最初は驚くわよね、こんな規模の食堂なんてこの学園ぐらいのものだろうし、あ、ちょっと天神君?」

 

 淡々とした口調で心は躍っていた遊之は、真澄との会話を放り出して店に向かって歩き出す。

 まだ付き合いの浅い真澄には、遊之がどれほどこの場所を見て感動を覚えたか計り知れないようだった。

 迷ってしまうほど並んでいる店からお腹の減り具合で考えて選び、遊之は世界的に有名なファーストフード店からハンバーガーセットを、真澄はファミレス風チェーン店でパスタセットを注文する。

 

「会計は先に済ませるの。天神君、生徒手帳は持ってる?」

 

「うん」

 

 ポケットから出した、スマートフォン型の電子生徒手帳を見せる。

 

「そう、それを」

 

 真澄は、自分の生徒手帳を注文窓口の隅に置いてある電子読み取り機に添える。

 子気味良い音が鳴り、生徒手帳の画面に支払い完了の表示が映し出されていた。

 電子マネー機能が付いているようだ。

 

「わかった?」

 

「うん、理解した」

 

「基本的に、学園内での金銭の支払いはこの生徒手帳で行うの。購買とか施設を使ったりする時も変わらないから、生徒手帳は常に持ち歩いていた方が便利よ」

 

 注文の品物ができるまで窓際のテーブルに座って待つ。

 椅子に座った真澄は、早速、途中かけの文庫本を読み進めていた。

 遊之は先にカウンターでもらったコーラーをストローで飲みながら、ガラス越し見える広い庭の一角にある、菜の花やネモフィラ、ナデシコなど、春の花が咲く花壇を眺め、広々とした空間に他に誰もいない食堂の静けさを感じていた。

 遊之たちがここに来たのは、昼休憩と定められている時間の30分以上も前で、つまり今は本来ならば授業中の時間だった。

 千華柄学園では授業で習得するノルマ、教科範囲が毎授業で設定されており、生徒たちは範囲が終わりさえすれば、時間に区切りを持たずに自由時間にしていいと校則によって決められている。

 つまり、早々と授業範囲を終わらせ、ちゃんと理解できたかを試すミニテストも難なくクリアした遊之と真澄がまだ人のいない時間に食堂に来て先に食べていてもおかしくはない。

 

「おまたせしました」

 

 ウェイトレス風の男性が、トレーに乗せた2人分の昼食を持ってきた。

 真澄にはサラダセット、遊之にはハンバーガーセットの乗ったプレートが配膳される。

 

「では、ごゆっくりお楽しみください」

 

「待って」

 

 遊之が戻ろうとするウェイターを止めると、生徒手帳を取り出した。

 

「?」

 

「なにしてるの?」

 

 生徒手帳を出した遊之のアクションが何かを待っているかのようにそこから止まり、ウェイターも真澄も彼が何をしたいのかわからなった。

 

「チップ、どう払えばいい?」

 

「チップ、ですか?」

 

「そういう事か。天神君、日本にはチップの習慣はないの、この学園も同じよ」

 

「そうなんだね、すいません」

 

「いえいえ、お気持ちだけ受け取らせていただきます」

 

 真澄の機転もあり、ウェイターも遊之の外見から彼の勘違いを察したようだった。

 

「ありがとう」

 

「いいのよ、天神君は日本に来たばっかりみたいだし、習慣だもの仕方ないわよ」

 

 真澄に感謝をしてから、念願のハンバーガーに手をつける。

 実は遊之は今日の早朝の便の飛行機で日本にやってきたばかりであり、最寄りの神薙駅に着くまでは新幹線の中でほとんど眠っていたので、朝食を食べ損ねて空腹状態だった。

 小さな手では収まりきらないサイズの、外国人用のビックサイズバーガーに、小さな口でかぶりついて頬張る。

 

「・・・・・・・・」

 

 真澄は、遊之が巨大ハンバーガーを食べている様子を呆けた顔で凝視していた。

 目を丸くしている彼女の視線を最初は気にしなかったが、次第に満腹中枢が刺激されてお腹が満たされてくると視線の存在感が強くなる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 なぜ真澄はそんなに見つめてくるのか?

 視線に気づかないフリをしながら遊之は考え、ここは日本であるのを思い出す。

 食べかけのハンバーガーを皿に置いて席を立つと、ナイフとフォークを持ってきて、慣れた手つきでハンバーガーを切り分けて食べ始める。

 故郷のアメリカでは楽しむのが食事のマナー。

 日本では相手を不快にさせない行動がマナーだ。

 

「あ、ごめんね、気を使わせちゃって」

 

 遊之の行動を察した真澄は、関心しつつ微笑んだ。

 

「別に、天神君の食べ方が気になったわけじゃないの。すごく食べるんだなって、ちょっと驚いてただけ」

 

「ふつう」

 

「そうね、普通よね。男の子だものね」

 

「真澄は、それだけで良いの?」

 

「そうよ、これが私のふつうだから」

 

 真澄の昼ご飯は、パスタとチキンサラダ、小皿に収まる果物のデザートと、パックの豆乳だけだった。遊之としては物足りなさそうに見えるが、そこは人それぞれだ。

 確か、女子生徒に一番人気の美容メニューと宣伝されていた。

 

「真澄は、美容に気を使ってるんだね」

 

「そう? 特に意識した事はないけど」

 

「だから綺麗なんだって思った、真澄はあの庭に咲いてる花のように綺麗な女性だよ」

 

「・・・・・・、えっと、ありがとう」

 

 真澄の返事はぎこちなかったが、それは頬がほんのり赤くなった照れ隠しのせいだった。

 まさか、今日に出会ったばかりの級友に急に容姿を褒められるなんて思いもしなかったのもあれば、級友だとしても年下の男子に褒められて気が動転している自分に対しての混乱もあった。

 

「これが、文化の違いなのね・・・・・・」

 

「ボクも勉強になる」

 

「そうね、お互いにね」

 

 互いに感じ取っているモノは異なるのだが、真澄は悪い気分はしないと思った。

 それから遊之はハンバーガーを食べ尽くしてポテトをつまみながら、真澄は一旦読書をやめて学園やクラスメイトの事など軽い身の上話を喋っていた。

 そこに、疲れ果てた様子の浜巻良平と、なぜかホームルームで遊之に最初に喋りかけてきた加賀頼珠美も一緒にやってきて、遊之と真澄が居る席の空いている椅子に脱力するように座ってきた。

 全身から力が抜けてテーブルに頭を置いて動かない2人は、粉を吹くようにため息を吐き、精魂が尽き果てているようだった。

 昼食を一緒に食べる約束をしていなかったはずの珠美がなぜここに来たかもわからないが、良平は昼休みを使って真澄と一緒に遊之に学園の案内をする約束をしていたので、できるだけ早く授業を切り上げてきていた。

 どうやら彼らなりにいつも以上に頑張って授業範囲を終わらせたらしく、全力で頭を使った反動がこの有様であるようだった。

 

「マジで疲れた、久しぶりに本気で勉強したぜ」

 

「右に同じく~」

 

 疲弊して項垂れる良平と珠美を、遊之は不思議そうな目で見ていた。

 

「そんなに難しい問題だった?」

 

「1年F組のアンダーツートップなのよ、この2人」

 

「なるほど」

 

「ぐはっ!」

 

「うぐぅ」

 

 納得して頷く遊之の反応は、アンダーツートップの自尊心を容赦なくえぐった。

 

「悪口が聞こえてるぞ、真澄ー」

 

「そうだそうだ~」

 

「事実だもの、他に言い様がないじゃない」

 

「鬼かこいつ」

 

「そうだそうだ~」

 

 容赦ない真澄と、嘆く良平、力ない声で同じ台詞を連呼するだけしかできない珠美。

 なかなかにユニークなクラスメイトだと遊之は思った。

 時間としては授業終了時刻の10分前で、この頃になると授業を早めに終わらせた生徒たちで食堂が賑わってくる。

 遊之は、増えてきた生徒たちを見渡して、全員のリボンとネクタイが同色、同学年であるのを確認してこの校舎は1年生専用の校舎なのだろうと察する。

 超マンモス校である千華柄学園は、島国である日本の学園の中で最大級の敷地面積を有している。

 校舎を含めた学園関連の施設が53棟。その他、学園関係者が利用可能な商業や娯楽施設も合わせると100以上の施設が点在し、更にはヘリポート、広大な学園敷地内のキャンパスを移動する路面電車まで存在する。

 学年毎に校舎が用意されていてもおかしくはない規模だ。

 遊之としては、今朝の痴漢騒ぎで被害に遭っていた凩風香とまた会えるかもと期待したのだがそう簡単ではないようだった。

 身体にも心にも傷を負う卑劣な犯罪だ、そのまま学校を休んでいるとも考えられる。

 なんにしろ、彼女と再会できるのは先になりそうだった。

 

「で、どうして加賀頼さんまでここにいるの?」

 

「居たらダメなの~!?」

 

「駄目とは言ってないんだけど」

 

 真澄の疑問に、大袈裟な反応をした珠美は力を振り絞って立ち上がる。

 握りこぶしを作り、ボリュームのある髪を大袈裟に揺らし、堂々とした大声で言った。

 

「だって、私だって遊之くんと仲良くなりたいから~!!!」

 

「うるさい」

 

「だって、私だって遊之くんと友達になりたいから~!!!」

 

「大声で言う事じゃないし、他の人に迷惑でしょ!」

 

「仲間に入れてよ~!! 仲間外れにしないでよ~!!!」

 

「入れてもないし、外してもないでしょ!?」

 

 言う事を聞かない甘えた声で嘆く珠美に釣られて、真澄の声も大きくなっていく。

 そこを収めたのは、2人の間に手を入れた遊之である。

 

「落ち着いて真澄。珠美、ポテト食べる?」

 

「食べる! うん、美味し~!」

 

 珠美はなぜか差し出した遊之の手を掴みながら満面の笑みでポテトを食べる。

 彼女の右手の甲には、ハート型の精霊巧紋が刻まれていた。

 

「やっぱり遊之くんは可愛いし優しいね~。私の目に狂いはなかったよ~、だから友達になって欲しいな~なんて」

 

「ありがとう、ボクの方こそ珠美に友達になって欲しい」

 

「だよね~、ちょっと強引だよね~・・・・・・って、え? 良いの!?」

 

「珠美さえよければ」

 

「やった~! よろしくね遊之くん~!」

 

 珠美はとても嬉しそうに遊之と握手をしていた。

 

「やっぱり私、この人苦手・・・・・・」

 

「お前が凹んでるとは珍しいな」

 

 一方で珠美の相手に疲れ、手で顔を覆う真澄だった。

 少し休めた良平と珠美も昼ご飯を注文してくる。

 良平はご飯が大盛の、豚の生姜焼きをメインにした定食セット。

 珠美はサーモンのカルパッチョとシーザーサラダだった。

 良平が利用したのは、質より量、日本では定番の定食屋さんの雰囲気を醸し出す店であり、珠美は、ミシュランで星を取った実績を持つ大人がデートや仕事の接待で使うような学生からすれば値の張る異国風のカフェの店だった。

 これだけの種類の店や食事のレパートリーがあると、注文するメニューだけでもその人となりが垣間見える。

 意外に思えたのは、珠美の食べ方がナイフとフォークの扱いに慣れていた事だった。

 小さい頃から練習して染みついたような、仏国式のテーブルマナーに慣れ親しんだ、綺麗で上品な食べ方だった。

 騒がしい、もとい、少し変わった言動をする彼女だが、食事の様子を見るに意外な一面があるのかもしれないと思えた。

 全員が昼食を済ませ、トレーを返却して席に戻ってきた良平が早速本題に入ろうと言った。

 

「んで、遊之に学園の案内をするって話だけどよ」

 

「そうだったの~?」

 

 何も知らない顔で遊之に聞いてきいたのは珠美だった。

 

「そういう約束をしてた」

 

「加賀頼さん、何も知らずに付いてきたの?」

 

「とりあえず浜巻くんに付いていけば、遊之くんにも会えるかなーって思って~。それに、浜巻くんとも丸藤さんとも友達になりたかったし~」

 

「はあ、そう・・・・・・」

 

 呆れた反応をする真澄だが、反して珠美は楽しそうにニコニコと微笑んでいる。

 

「この2人、相性悪くないか?」

 

「真澄が慣れてないだけだと思う」

 

「そうなのか?」

 

 真澄と珠美の間に流れる険悪にならないまでも空気が固まるような雰囲気に耐え切れず耳打ちしてきた良平は、はっきりと言い切る遊之の意見に押されて眉間に皺を寄せていた。

 

「まっ、友達が多いのは悪い事じゃないだろ。仲良くしようぜ加賀頼、マキって呼んでくれ」

 

「じゃあ、マキくんで~。よろしくね~」

 

「ボクもよろしく」

 

「うん、遊之くんもありがと~!」

 

 嬉しいらしく、2人とハイタッチを交わす珠美。

 スキンシップが多いのは彼女なりの親交の証なのかもしれない。

 

「私は別に」

 

「じゃあ、丸藤さんはマスミンって呼ぶね~。よろしく~」

 

「私だけ強制!?」

 

「そんな釣れない言い方しないで女の子同士仲良くしようよ~! 友達一杯いた方が学園生活楽しいよ~!」

 

「あーもう鬱陶しい! 勝手にすればいいでしょもう!」

 

 楽しそうに腕に絡みついてくる珠美に、嫌々ながらも根負けする真澄だった。

 真澄よりも珠美の方が身長は高く、アンバランスな構図ではあった。

 

「珠美は強い人だね」

 

「ポジティブに取れるお前もメンタル強いな、さすが全米アマチュアチャンプだわ。話を戻すけどよ、実際、俺たちもこんなだだっ広い学園を案内できるほどわかってなくないか? せいぜい、校舎と寮を行き来するぐらいだろ」

 

「そんなのはわかってるわよ。だから、今日中は最低限の日常で使う場所だけは教えておいて、他は放課後とかも使ってこれから知っていけばいいんじゃない?」

 

「うん、マスミンの言う通りだと思うよ~? その方がきっと楽しいしね~」

 

「遊之もそれでいいか?」

 

「うん、問題ない」

 

「じゃあじゃあ、もし良かったら今度の土曜日に学園散策しに行かない? 私はね、商業エリアのショッピングモールとか行きたいな~!」

 

 珠美が身を乗り出し、電子生徒手帳の地図アプリを起動させて全員に見える位置に置いた。

 

「ちょっと待って加賀頼さん、話を飛ばし過ぎ。今は天神君の案内を優先させるべきでしょ」

 

「真澄、時間はまだあるよ」

 

「天神君が言うなら」

 

 遮る理由もなくなり真澄は大人しくする。彼女にしても、珠美の提案は悪い話ではないようだった。

 遊之としても乗らない理由はなかった。

 

「反対意見はなさそうだな、なら行こうぜ! 俺はカードショップに行きてえな! 校舎でも購買でカードは買えるけどよ、ショップにはショップにしかねえものがあるしな」

 

「なら、私は本屋」

 

「私は、発案しておいてなんだけどウィンドウショッピングで済ませようかな~」

 

「なんだ、言い出しっぺなのに本当にそれだけでいいのか?」

 

「日曜日に他の友達とも行く約束してるからね~。それに、ああいう場所は見てるだけでも楽しいから~」

 

「そういうもんか?」

 

「男の子にとっては、つまらない時間なのかもね~」

 

 珠美なりに気を使ってくれた選択肢なのかもしれない。

 それぞれに地図アプリで目当ての店舗がどこにあるかを探し始めていた。

 遊之も自分も何か商業エリアに用事はあるだろうかと考えていると、周りが静かになった気がして顔を上げる。

 視線の先では、良平、真澄、珠美が、遊之の方を見て、言葉を待っていてくれていた。

 

「天神君は、行きたいお店とかある?」

 

「遠慮せずに言わないと損だぞ、付いていくだけなんてつまらないだろ」

 

「せっかく友達になるんだから、遊之くんの興味のあるもの教えて欲しいな~」

 

 遊之はその光景に一瞬だけ驚きに感情が占められて思考が止まってしまった。

 でも、彼ら彼女らから感じられる雰囲気に触発されて、驚いてしまった原因を理解し、自然と口元が綻んだ。

 今になって、ようやく自分の置かれている境遇が大きく変化したのを実感した。

 なぜ、親代わりになってくれた保護者が、日本という国の学園に進学するのを勧めてきたのかも理解できたような気がした。

 もうここは、白色の壁に囲まれただけの無菌室でも培養液に満たされた試験管の中でもない。

 周囲にいるのは、遊之を実験体のモルモットのように扱う腹黒い思惑や人情の失せた冷たい損得勘定を持ち、支配する側の愉悦に浸る非人道に走った人間たちではない。

 この場所はプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)、千華柄学園。

 遊之が無菌室の外の世界で生まれて初めて触れた楽しいという感情を教えてくれたカードゲーム、デュエルモンスターズを愛し、誰よりも強くあろうとプロ決闘者として己を高めようとする人たちが集まる場所であり、周りにいるのは護ってくれる家族や大人たちと生まれた初めて得た同じ志を持つ友達であり好敵手になるクラスメイトたちだ。

 思い出すのは日本へ旅立つ直前、空港まで見送りに来てくれた義父がかけてくれた言葉だった。

 

『遊之、これから君は日本に行き、学園に通う一般人の子どもとして、生徒として生活していく事になる。色々な出会いがあるだろう、良い事も悪い事も経験するだろう、たった3年間の学園生活だが様々な物事を見て、聞いて、感じて来て欲しい。そこで得たモノはきっと君の人生にかけがえのないモノとなるはずだ。そして、できれば友達と呼べる存在を作ってきなさい。あの学園には斎も居るし、君と本気で決闘をしてくれる、良い遊び相手がたくさんいるはずだからね』

 

 そんな、義父の願い事の1つを叶えてくれるかもしれない人たちと会えた気がした。

 きっと、目の前にいるのが本当の友達と呼べるような、そういう人たちなのかもしれないと思えた。

 

「お、笑った」

 

「ほんと」

 

 良平が可笑しな事を言ってきて、真澄も瞼が持ち上がっていた。

 経歴や体質は特殊かもしれないが人間なのだから当たり前だ。

 

「ボクだって笑うよ」

 

「いやいや、今さっきまで表情がほとんど動かなかった奴が言う言葉じゃないだろ。表情筋が固まってるのかと思ってたぞ」

 

「マキ、失礼」

 

「やっと緊張が解れたんじゃない? 噂の的だった訳だし」

 

 真澄も的外れな推測をしていて些か不服だった。

 

「きゃー! やっぱり笑顔も可愛い~!?」

 

 急にテンションと声が跳ねあがったのは珠美だった。

 遊之に輝く目で釘付けになっており、両頬に両手を当て、だらしない笑みを浮かべていた。

 

「見た時から遊之くんの事をずっと可愛いって思ってたんだ~! 女の子のように線の細い中性的な顔立ち! 大きな眼! 色は変わってるけどキューティクルで満ちた男の子とは思えないサラサラの髪の毛!」

 

 珠美は席を立つと興奮に鼻息を荒くしながら、遊之の長い髪を断りもなく勝手にいじっていた。

 

「なんだ? 急にテンション上がりまくりだな。加賀頼って子ども好きなのか?」

 

「あれは違うわ」

 

「じゃあ、なんなんだ?」

 

 何か危惧する真澄に要領を得ない良平だった。

 

「ねえ、遊之くん! 服に興味はない!?」

 

「興味があるほどじゃないけど、欲しいと思う」

 

「なら、私に選ばせて! ちょっと男の子には入りずらい店だと思うけどきっと似合うから~!」

 

「マキ、土曜日は天神君から目を離したら駄目よ! 私が珠美さんを牽制しとくから、マキが服を買うのを付き合いなさい!」

 

「はあ!? なんなんだよ一体」

 

「邪魔をしないでマスミン! メンズ用も責任持って私が選ぶから~!」

 

「メンズ以外に何があるの?」

 

「決闘者なら、決闘で私に勝ってから天神君を好きにしなさい」

 

「いいよ~? なら、次の決闘実技の時間に~」

 

「学年トップの成績の私に勝てるならね」

 

 決闘者とは決闘で揉め事を解決しようとする習性の生き物だ。

 勝手に話が進み、なぜか対立し合う事になった真澄と珠美は決闘をする戦意に満ち満ちた眼差しでにらみ合っていた。

 

「ボクの意思は?」

 

そして、話題の中心にいながら状況の理解に苦しむ遊之だった。

 

「口を挟むのはやめとけ遊之、女同士がいがみ合ってる時に男が割って入っても良い事がないぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、女って怖いんだぜ」

 

「そうなんだ」

 

 過去に何があったか知る由もないが、少なからず、その時のマキの横顔からはこれまでの苦労が滲み出ているように見えた。

 女性同士の喧嘩に、男性は仲裁に入ってはならない。

 遊之はしっかりと覚えておこうと思った。

 残りの時間を使って、校舎内で知っていて困らない程度の場所を遊之は案内される。

 

「そういえば~、育休で来れなくなった佐久間先生の代わりに今日から私たちの決闘実技担当として新しい先生が来るらしいよ~?」

 

「基本的に先生は見てるだけだし、たまに決闘の相手をしてくれるだけの最低限の実力があれば良いんじゃない?」

 

「言って俺らのクラスで頻繁に世話になってんの真澄だろ? 佐久間先生、聞いてたら悲しむぞ」

 

「それが教師の仕事なんだもの、仕方ないじゃない」

 

「お前なー」

 

 真澄が「当然でしょ?」と悪意なく言い張り、良平も珠美も苦笑するしかなかった。

 昼休み明けの授業は決闘実技で、今の話題はそれが発端だった。

 遊之にとっては佐久間先生なる人に縁はなかったという話で終わるのだが、もしかすると新しく来る先生というのが牛尾なのかもしれないと思った。

 牛尾は決闘者としても知る人ぞ知る実力者で、特にDホイールという決闘システムを搭載したバイクに乗って決闘をする種目、ライディング決闘で負けたのを見た事がない程だ。

 遊之にデュエルモンスターズの基礎を教えたのも彼であり、適任なのではないかと思えた。

 

「あ、私は先に決闘広場(アリーナ)に行ってるね~。他の友達に決闘円盤(デュエルディスク)とか持ってって貰ってるんだ~」

 

 決闘円盤とは決闘者が決闘をする時に使う機械の名称だ。

 片腕に装着し、デッキを半円形の本体に差し込んで起動できる。

 本体に繋がる決闘フィールドを模したアーム部分にカードを配置する事で、カードをスキャンした本体がソリットビジョンという立体映像装置と連動してカードに記されたモンスターや魔法、罠などの効果を立体映像に変換したり、現実の決闘に影響を与える装置で、決闘者が戦うための武器そのものとも言える代物だ。

 

「アリーナ?」

 

 学園内でしか通用しない専門用語も、使われている単語の元々の意味や会話の流れから想像は付くが聞いてみた方が理解が早いに変わりがない。

 説明してくれるのは真澄だ。

 

「千華柄学園ではね、決闘実技の授業は決闘専用の広い教室を使うのそれが決闘広場。そうね、私たちの校舎には第1から第7決闘広場までが隣接してて今日は第3決闘広場を使う予定よ。一般的な体育館ぐらいの広さがあると思うわ」

 

「なるほど。珠美、また後で」

 

「うん! マキくんも遊之くんも後でね~。 マスミンは、約束を忘れないでね~?」

 

「誰に言ってるのか思い知らせてあげるわよ」

 

 真澄の得意げな表情は、慢心は無く、ただ純粋に自信に満ちていた。

 珠美と別れた遊之たちは一旦教室に戻り、ロッカールームに決闘円盤を取りに行くため真澄とも別れる。

 自分のロッカーから決闘円盤を取り出して、腕に装着する。

 

「遊之、デッキは忘れてないか?」

 

「問題ない」

 

 良平に聞かれ、遊之はベルトに装着するタイプのデッキケースを見せる。

 デッキは肌身離さず持っている派だ。

 

「ねえマキ」

 

「なんだ?」

 

「真澄は強いの?」

 

 遊之は気になっていた事を聞いてみる。

 やましい気持ちがある訳ではないが、本人を前に聞くのは失礼かと遊之は考え、良平と2人きりになったタイミングで切り出した。

 食堂やさっきの廊下での会話で、真澄が決闘者としての実力の高さを匂わせる節があったからだ。

 純粋な決闘者としての強者を好む習性が、好奇心を駆り立てていた。

 

「強いぜ」

 

 良平はあっさりと認めた。

 真面目に、他意もなく、真澄の実力を評価していた。

 

「俺はあいつと幼馴染なんだ、んで、今の遊之ぐらいの歳から散々決闘の相手をしてきたから嫌でもわかる。いくら千華柄学園が世界最高峰のプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)で、世界中から実力者が集ってきてるとしても同学年じゃ真澄に勝てる奴はそうそういねえよ。なんせあいつは現役のプロ決闘者にも勝った実績があるんだからな」

 

「現役のプロにも?」

 

 その話が本当ならば驚異的な実力と才能だった。

 プロ決闘者という現役のアスリートを一般人の少女が打ち負かすというのは、アマチュア決闘者1000人の頂点に立つとはまた別次元のレベルの話だと遊之は理解していた。

 

「俺も学園入学前の武者修行で公式大会を巡りまくって強くなった気がしたんだが、まだまだあいつに届く気がしねえ」

 

「どれぐらい勝ってきたの?」

 

「100回ぐらいは勝ったんじゃねえの? でも途中で気づいたんだよ、いくら勝ち星が多くてもそんな数字と実力は別物で意味なんてないんだって。俺の目標に届くには、俺を負かしてくれるぐらい強い奴らと戦わないといけないんだってな」

 

 決闘円盤を装着する良平の横顔からは、張りつめた感情が伝わってくるようだった。

 

「まっ! つまりだ」

 

 さっきまで真面目な表情をしていた彼は話題を切り替えるように笑みを浮かべ、自分を親指で指さした。

 

「それだけ強い真澄の幼馴染であるこの俺も、そこら辺の奴らより強いって意味だ」

 

 笑ったまま顎を引き、好戦的な眼差しを遊之に向けていた。

 向けたのは視線だけではなく、決闘者特有の殺気も含まれていた。

 遊之は良平が纏う緊張感と力強さが醸し出す雰囲気に肌がヒリつく感覚を覚えた。

 それと同じ感覚を、以前にも味わった事があった。

 制覇したアマチュア大会にも数人ほど、本物の実力を備えた者のみが纏える独特の雰囲気の持ち主がいた。特に強かったのは決勝の対戦相手だったが良平から感じる雰囲気はその時以上の、息が詰まるほどの迫力があった。

 顔から手の指先までだった肌がヒリつく感覚が背中にまで広がり、背筋に静電気が立っているかのような痺れを感じる。

 そして、沸き立ってきた抑えられない衝動から遊之も笑った。

 自分よりも実力が高い、または近い者同士が接敵した時に感じる殺気または闘気と呼ばれる雰囲気。それに刺激されて生まれてくる戦いたいと思ってしまう衝動。

 2人は互いに、目の前の相手が好敵手と成り得る強者であるのを決闘者としての本能から感じ取った瞬間だった。

 

「決闘実技の時間はな、基本的に決闘する相手は自由なんだ。くじ引きで決めてるクラスもあれば、担当教師の気分に任せてるクラスもある、俺たちのF組は予め誰と決闘するかは当人同士で話し合って決めるスタイルをしてる訳だ」

 

「そうなんだ」

 

「でだ、ホームルームで見た時から俺の勘がお前が強いってのを俺に教えてくれてたんだ。遊之、友達になった挨拶がてらに今日は俺と決闘してみないか?」

 

「いいよ」

 

 遊之は即答で返す。

 当たり前だった。まだ見ぬ決闘王の座を目指す強い決闘者を求めて、彼はこの世界中からプロ決闘者の金の卵たちが集まる学園への誘いを受けてやってきたのだから。

 それ以上の言葉はいらない。決闘者たちは、好敵手とは惹かれ合う運命にある。

 遊之の記念すべき学園での最初の対戦相手は浜巻良平になった。

 

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