それは現代の決闘者には必要不可欠な要素であり、時代が生んだ大いなる可能性。
DNAのゲノム解析を行い、遺伝子情報に適合した能力を診断して授ける【アトラ技術】の導入により加えられた新しいプレイヤースキルの名前であり、授けられる能力はまさに千差万別、DNAのように誰一人として同じ能力を持つ事はない個性だ。
突如として導入された次世代の科学技術は、デュエルモンスターズに変革の波を起こし、力を欲した決闘者たちは適応していった。
そんなある日、こんな噂が立ち始める。
「精霊巧紋を授けられた決闘者は、カードの精霊と心を通わせる事ができるようになる」
かつて、伝説の決闘者と呼ばれた初代【決闘王】である武藤遊戯は、カードの精霊と心を通わせ、神がかり的な決闘を行っていたと伝わっている。
時代は移り変わっても尚、決闘者たちは伝説に届こうと、武藤遊戯のようになろうと、日々を決闘と研鑽に費やす。
それは、誰もが精霊の存在を信じていた証明でもあった。
☆ ☆ ☆
決闘実技の授業が始まった。
1年F組の生徒全員が、各々のデッキを持ちこみ、
遊之たちF組が使用する第3決闘広場は、バスケットコート4面分はある広さがあり、室内には
それでも60人近くの生徒全員が一斉に決闘するにはスペースが足りないが、集中して決闘するには快適な環境が整えられていた。
整列する面々の顔つきや雰囲気からは、午前中までの教室での筆記授業とはまた違う、緊張感と真剣みが伺い知れた。
決闘実技の授業で行われる決闘の勝敗は、そのまま生徒個人の成績に反映されるからだ。
世界中から千華柄学園に集められた生徒たちは、10代の若さでプロ決闘者としての素質を認められて入学を果たした、全ての決闘者の頂点である【決闘王】の椅子に座する可能性を秘めた金の卵だ。
そんな将来を有望視される少年少女の前に立つのは、決闘実技の授業を受け持つ担当教師だった。
「えー、もう知ってると思うが、先週から育休に入られた前任の伊久間先生に代わりに本日付でお前らの決闘実技の担当教師を務める事になった牛尾哲だ。ぬるい決闘なんてするなら遠慮なく評価を落としてやるから覚悟しとけよ」
牛尾の口角を上げた強面の形相は、顔の傷と合い余って中々に凶悪そうだった。
「なんか、ちょっと怖い先生だね~」
珠美が不安そうな声色で耳打ちをしてきて、遊之はこればかりは仕方ないと牛尾のために弁明しておく。
「大丈夫だよ珠美、見た目は怖いけど悪い人じゃない」
「そうなの?」
「多分」
遊之と牛尾はプライベートでの付き合いが長い間柄だが、世間体を考慮して他人のフリをする約束をしているのでフォローはここまでが限度だった。
牛尾の本職は教師ではなく、アメリカに本社を置く企業の社長、遊之の義父をサポートする社長秘書兼ボディーガードだ。
特命として現在は秘書業を離れおり、当面の仕事は日本における遊之の護衛と身辺管理であり、教員免許を取ったのは自然な形で彼の傍に居る口実を作り上げるためだ。
だが、仮初の仕事であろうとも一切手を抜く気がないのが牛尾哲という漢の本質だ。
未来のプロ決闘者を相手に生半可な対応はできないと、厳格に生徒と接する選択をしたようだった。
教員用端末に視線を落とし、表示しているクラスの名簿欄を上から下にスクロールして全員の顔と名前をだいたい覚えると画面を切り替えて個人ごとの成績表を吟味する。
簡単に自分の受け持つ生徒たちを理解したら、次は何人かの生徒の名簿を『要注意生徒』の項目頁にコピペする。
「無駄にする時間がない、早速だがお前らの実力を決闘で見せて貰おう。だが、その前にだ」
再 び現実の生徒と向き合った牛尾は、『要注意生徒』として登録された生徒の名を列挙する。
「俺はプロ決闘者育成機関の教師として、純粋にお前らの実力を評価するとここに約束する。
そのために、以下の生徒には予め伝えておく。
天神・オルレア・遊之。
丸藤真澄。
浜巻良平。
以下の3名は、入学以前にも大した実績を持っているようだが、だからと言ってお前らを贔屓するつもりはない、以上だ」
突然の宣戦布告をしてきたとも取れる発言だったが、いくつかの狙いがあった。
名指しされた3人には、強さの自負と追われる側である覚悟を自覚させるため。
成績上、彼らの次点となる生徒たちには改めて彼我の差を認識させ、上位者への対抗意識を持たせるため。
デュエルモンスターズは、始まりこそトレーディングカードゲームという玩具だが、現在となっては決闘者が強さと存在価値を証明するための道具であり、武器である。
これから学園の生徒たちが目指す舞台は己の強さのみを頼みとした実力主義の世界、つまりプロリーグの世界だ。
プロ決闘者として成功した者には、富、名声、名誉、全てが手に入る。それがプロ決闘者というアスリートだ。
【決闘王】ともなれば、常識では計り知れない輝かしい未来が待っているのかもしれない。
そんな夢を実現させようと歩む若い芽を育てる側の教師が、生半可な覚悟で務まるはずがないのを牛尾は理解していた。
「わかった」
「上等っすわ」
「わかりました」
遊之、良平、真澄は不満もなく返答する。
公平に評価されなければ、強くなる意味などありはしないからだ。
「よし、ならペアを作って決闘の準備をしろ。余った奴は俺が直に相手をしてやる!」
指を鳴らして気合を入れる牛尾の餌食になるのは誰なのか。
前もって対戦相手を決めていたペアは、床に白線で縁取られたスペースに従ってスタンディングポジションに立って決闘を始める。
順番待ちの生徒たちは、各々に気になる決闘を観戦しようと散らばる。
遊之と良平もスタンディングポジションに入り、デッキを決闘円盤にセットする。
戦う意志に呼応するように、決闘円盤と立体映像装置が起動する。
決闘円盤は折りたたまれていたアームが展開され、投影される立体映像によりフローリングの床に光の線が走り、両者の前に決闘フィールドを描く。
足元に描かれた光線からは、青白い粒子が宙に舞い上がる。
その残光が半透明の壁となり、外の景色が色を失う。
まるで、決闘者たちを2人だけの世界への誘うように。
「いくぞ遊之。飛び級全米アマチュアチャンプの実力、俺が試させてもらうぜ!」
「ボクも、挑戦者として挑むよ」
「良いねその心意気、つまらない決闘をしてくれるなよ?」
ギャラリーの中に真澄と珠美が入ってきたのを横目に、持ち主の高ぶる興奮を現わすように、両者の手の甲にあるそれぞれの精霊巧紋の刻印が光を放つ。
良平は3つの歯車が描かれた精霊巧紋が白色に。
遊之は旗を模した精霊巧紋が赤色に輝く。
「「決闘!」」
掛け声と共に、戦いの火ぶたが切って落とされる。
「一応、確認な。ライフは4000、先攻側はドローは無しだ」
「問題ない、アメリカのルールも同じだから」
「頑張って、2人とも~!」
珠美が手を振ってきて、遊之が振り返すと嬉しそうに笑っていた。
他のクラスメイトたちも、噂の的になっていた遊之の決闘が気になるようでギャラリーが増えていく。
堂々とスマートフォンで撮影を始める生徒、遠目から目を見張る生徒、決闘中でも横目で盗み見ようとする生徒もいた。
この場にいる1年F組の生徒のほとんどが遊之に注目していた。
全米アマチュア大会の覇者。
12歳の年齢は関係ない。
その称号は、アメリカにおいてもっともプロに近い決闘者であるのを意味しているのだから。
「先攻はボクが貰うよ」
「おう、いいぜ」
遊之はデッキから引いた最初の5枚の手札を見つめるとしばらく目を瞑った。
イメージしたのは、目の前に並ぶ手札のカード。
イメージの中のカードたちからは無数の光の線が天に向かって伸び、別のカードへと繋がり、また別のカードから伸びた光の線が別のカードへと繋がっていき、そのつながりが延々と縦と横の十字に広がり、最終的にカードと光の線が作り出した造形は見上げても全容が把握できないほど巨大な逆ピラミッドだった。
逆ピラミッドの完成と共に、光に包まれた1枚のカードが天から遊之の手元に落ちて来る。
光による膜がはがれ、顔を出したカードの正体を見た遊之はぽつりと呟いた。
「・・・・・・、そうか、今回はお前が来てくれるんだね」
「なんか言ったか?」
「ううん、ただの独り言」
目を開けた遊之の手には最初の手札の5枚しか握られていない。
光のカードは、彼のイメージの中にある。
「いくよ、手札から〔斬機シグマ〕を召喚」
「〔斬機〕デッキ!」
「〔斬機〕か良いね! 殴り合うのは好きだぜ!」
決闘円盤から伸びるアーム部のモンスターゾーンに遊之がカードを置くと、本体がカード情報を読み込み、立体映像装置と連携して立体映像として現実にモンスターを出現させる。
赤と白の鎧を身にまとった機械の剣士が、主である遊之を守る騎士のように剣の切っ先を良平に向けて立つ。
「えーと、ニューロン、ニューロン~」
珠美はスマートフォンのアプリを起動させると連動させたカメラで〔斬機シグマ〕を撮影する。すると、画面上にカードの詳細なデータが表示される。
デュエリストニューロン、というアプリ機能だ。
「えーと、〔斬機〕とはサイバース族のみで構成されるカテゴリー。見た目はロボットのようであり、その名前には物理学の数学に関連した用語が多く用いられている・・・・・・なんだか、男の子が好きそうな見た目だよね~? 遊之くんもああいうの好きなのかな~? マスミン」
楽しそうに聞いてくる珠美に、真澄は苦笑していた。
「わざわざ調べてるの? 〔斬機〕ぐらい知ってるでしょ? もう何年も前だけど今の【決闘王】が世界大会の決勝で使ってたぐらいだし」
「名前だけはね~? でも詳しくは知らなかったんだ、私は好きなカードしか興味がないから~」
「はあ」
世 の中には変わった決闘者がいるんだな。真澄は呆れながらもそう飲み込んでおいた。
「今召喚された〔斬機シグマ〕はチューナーモンスターで、〔斬機〕デッキの中核となるモンスターよ。デュエルモンスターズには色々な特殊召喚方法があるけれど、中でも〔斬機〕はシンクロ召喚とエクシーズ召喚を駆使して、瞬間的なパワーで圧倒する攻撃型のデッキなの。先に攻撃権のある後攻を取るべきだったのでしょうけど天神君には何か考えがあるのかしら」
「さすがマスミン、物知り~」
「はあ・・・・・・」
この程度の知識で拍手されても何も嬉しくなく、気の抜ける声に脱力をしかける真澄はつくづく珠美とは相性が悪いんじゃないかと思った。
そんなギャラリーの様子なんて知らず、決闘は進んでいく。
「更に、手札から〔斬機アディオン〕を自身の効果で特殊召喚。この時、〔斬機シグマ〕の攻撃力を1000ポイントアップさせる代わりに、このターン、〔アディオン〕は攻撃ができず、ボクはサイバースモンスターしか特殊召喚できなくなる」
「知ってるぜ。そんなものはデメリットにすらなってないんだろ?」
「そう。ボクはレベル4の〔斬機アディオン〕にレベル4のチューナーモンスター〔斬機シグマ〕をチューニング」
遊之が人差し指で指さした頭上に、〔アディオン〕と〔シグマ〕が飛び上がる。
2体のモンスターの身体が半透明となり、その中にはそれぞれのレベルと同じ数の光の球が浮かんでいる。
そして、合計にして2つの命、8つの光球が縦一列に繋がり合い、光と柱に包まれて新たなモンスターへと生まれ変わる条件が成立する。
「昇華されし魂が炎の剣に力を宿す、新たな命に再誕せよ。シンクロ召喚、レベル8〔斬機マグマ〕!」
シンクロ召喚。
それは通常のデッキとは異なる、EXデッキから召喚されるモンスターの召喚方法の1つだ。
チューナーと名の付くモンスターとチューナーではないモンスターを墓地へと送り、合計したレベルと同じシンクロモンスターを特殊召喚する。
光の柱から出てきたモンスターの鎧は炎のように赤く、背にはマントを翻し、手に持つ剣には轟々と揺らめく炎が燃えていた。
炎を灯した紅蓮の機械剣士、〔斬機マグマ〕の誕生だった。
「攻撃力2500、エースのご登場か」
「先攻プレイヤーは攻撃ができない。ボクはリバースカードを2枚伏せてターン終了」
「なるほどな。俺のターンだ、ドロー!」
良平は遊之の行動から察する。
「そっちがその気なら、俺もエースを見せておかないと失礼だよな。相手フィールドにモンスターが居る場合、手札から
良平のフィールドに床を砕いて地中から現れたのは、古ぼけた外套を纏った人型の機械兵士だった。
体中の露出した歯車がぎこちない駆動音を鳴らしながら回し、目の役割をする錆びたレンズの無感情な眼差しで遊之を監視しているようだった。
古代の機械斥候兵 地属性
機械族・効果モンスター
レベル2 ATK500 DEF1000
このカードの①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①相手フィールド上にモンスターが存在する場合、またはこのカードと同名カードがフィールド上に存在する場合、手札か墓地から特殊召喚できる。この効果で特殊召喚されたこのカードはフィールドを離れた時に除外される。
②このカードをリリースして発動する。攻撃力が500以下の地属性、機械族モンスターをデッキから2枚まで選択し手札に加える。
③このカードが、カードの効果により墓地に送られた場合、デッキからカード名または効果テキストに〔古代の機械〕と明記された魔法、罠カードを1枚手札に加える。この効果により手札に加わったカードをそのターンに使用する事はできない。
「〔古代の機械〕とは珍しいデッキを使うんだな」
「牛尾先生」
牛尾も遊之と良平の決闘を観戦しに、真澄と珠美の傍にやってくる。
「もう、先生の決闘は終わったんですか?」
「まあな、千華柄学園の生徒がどれほどの実力かと大人げなく張り切り過ぎた。全力を出させる前に終わらせちまったのは俺もまだまだ未熟だってとこだな」
「そうですか」
言い草からして、大人が子どもを全力で負かしたと捉えられる内容だったが、男子特有の見栄を張るような雰囲気が無く、決闘の勝敗よりも決闘実技の教師として生徒の実力を引き出せず終わらせてしまったのを反省しているようだった。
牛尾が相手を務めたのはトラ柄Tシャツの男子生徒で、決闘の成績だけ見ればクラスで中の上ぐらいの実力で弱くはないはずだった。
その彼を、時間的に2ターンも掛けずに倒したのだとすれば、牛尾の決闘者としての実力は相当なものだと真澄は推測した。
「ところで聞いた話なんだが、丸藤と浜巻は幼馴染らしいな。あいつはどんな奴なんだ?」
「幼馴染というか腐れ縁ですね。性格は単純で、無駄に前向きで、デリカシーがなくて暑苦しい奴ですよ。少しだけ同じ決闘塾に通っていた時期もありました」
「ほう、その頃から強かったのか?」
「気になりますか?」
「教師としては生徒の事は出来るだけ知っておきたいんだ。全米アマチュアチャンプである天神や、現役のプロ決闘者を負かした経験のあるお前の実績と比べれば見劣りするが、小規模であっても公式大会を982回も優勝した経験といくつかのショップから出禁を食らっている大会荒らしなんて経歴の持ち主はそうそういないだろ」
「何も考えてない体力馬鹿なだけですよ」
真澄は貶していたが嫌っているニュアンスはなかった。
「決闘塾の頃のマキは、筆記の成績が悪い落ちこぼれ扱いですぐにやめてしまいました。当時の塾長が礼儀作法に五月蠅い人で自由人のあいつとは相性が悪かったんだと思います。でも、実際の決闘の勝率で見れば塾生の中でも上位にいましたよ」
「本当に相性が悪かったんだな」
「塾長は余計にそれが気に入らなかったんだと思います」
塾長と似た立場となった牛尾には、苦笑いしかできなかった。
「特に、あいつが親指で下唇を触る癖を出した時が調子に乗ってて厄介だったりするんです」
視線を移すとちょうど良平は下唇を親指で擦るように触っていた。
「うん、今日の俺は調子が良いぞ」
手札を見定め、戦術を見出した良平は次なる手を打つ。
「更に、手札から魔法カード
どこからともなく鐘の鳴る音が響き聞こえてくる。
響き渡る音に呼び寄せられるように地震のような振動が足元から伝わってきたかと思えば、床を割って出てきた巨大な機械仕掛けの掌が〔斥候兵〕を握り潰し、本体が地上に姿を現す。
「こいつが俺のエース、〔古代の機械巨人〕だ!」
「これがあの? こんなに大きいなんて・・・・・・」
地中から現れたのは、〔炎斬機マグマ〕すらも余裕で超える、4メートルはある巨躯をした巨人の機械兵士だった。
〔古代の機械〕デッキは、とあるプロ決闘者育成機関において優秀な教員にのみ使用するのを許された貴重なカードであると聞いていた。
かつての使用者だった決闘者は生徒たちから慕われる優秀な教師であり、神のカードである三幻神と並ぶ強大な力を秘めたカード、三幻魔の復活を阻止するために命を懸けて戦った勇者の1人だったそうだ。
「そんでもって破壊された〔斥候兵〕の効果も発動! こいつが墓地に送られた時、デッキから〔古代の機械融合〕を手札に加える。ただし、このターンにサーチしたカードは使えないんだがな」
「エースの召喚から、次手の組み立て、消耗した手札のケアまでするなんて」
「どうした遊之、怖気づいたのか?」
「ううん、素直に凄いと思った。マキはやっぱり強いんだね」
「ありがとう! でも容赦はしないぜ! 俺は
〔古代の機械巨人〕ATK3000 VS 〔炎斬機マグマ〕ATK2500
機械巨人の巨腕が突き出され、〔マグマ〕を砕こうと迫る。
エースのピンチに遊之は動く。
「ボクは」
「おっと〔古代の機械巨人〕が攻撃する時、魔法、罠カードは使えないぜ!」
「手札から〔斬機アール〕を墓地に送り、モンスター効果を発動。〔マグマ〕への攻撃を1度だけ無効にする!」
「モンスター効果で、戦闘を無効にするのか!」
良平が驚いたのも束の間だった。
「なら、予定よりも早いが俺の精霊巧紋を先にお披露目するぜ!」
不敵な笑みが意味したのは、攻撃が止まったはずの巨人が行動を再開する予兆だった。
歯車の精霊巧紋が刻まれた手を掲げる。
「俺は俺の精霊巧紋《マキシマム・ギア》を発動! 決闘中に3度まで、相手のターンも含めて1ターンに1度、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターへの相手カードの効果を全て無効にし、ターン終了時まで攻撃力を倍にする!」
「無効化に加えて、攻撃力6000!?」
「つまり、〔古代の機械巨人〕に対する〔斬機アール〕の効果を無効化し、倍の攻撃力にして攻撃を再開するって事だ! 俺の全力の一撃は重いぜ? マキシマムパウンド!」
主からの力を授かり、動き出した〔古代の機械巨人〕は駆動系である歯車を高速回転させ、火花を散らす。
あまりの回転運動に熱が籠り、全身が高熱に晒されて煙を上げる。
その状態から繰り出される威力の拳は、炎の剣を振り上げて迎撃した〔マグマ〕を軽々と粉砕し、遊之まで圧し潰した。
「遊之くん! 大丈夫!?」
「平気よ、だけど、相当な衝撃はあったはず」
真澄の言うとおり、〔古代の機械巨人〕が手をどかすと、倒れ込んでいた遊之はゆっくり立ち上がった。
立体映像が如何に精工であろうと所詮は映像だ。
〔マグマ〕が灯す炎も、〔古代の機械巨人〕の無機質な拳も、全てに実体はなく、決闘者の身体に害を及ぼす事はない。
だが、あまりの現実味を帯びた映像技術は人間の脳そのものに強い錯覚という影響を与えるため、実際に攻撃されたかのような反応を起こさせてしまう事もある。
「大丈夫か、遊之」
「大丈夫、でもすごく効いた」
「そりゃそうだ。俺の精霊巧紋《マキシマム・ギア》は、使用したターンのバトルフェイズ終了時に対象としたモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを受けるデメリットがある。それなりに効いてくれないと使った意味がないね」
遊之 残りライフ500。
マキ 残りライフ2500。
効果に対してデメリットが軽すぎる。危うく1ターンキルされる威力だった。
そう思えてしまうほど、強烈な一撃だった。
でも、それがあり得るのが現代のデュエルモンスターズであり、文句は言えない。
だが、何も精霊巧紋は良平だけの特権ではない。遊之にだって彼だけの能力が備わっている。
ピンチには変わりないが、逆転の勝機はそこある。
「なんだ、余裕か?」
「そうでもないよ」
「ポーカーフェイスだからわかんねえよ。本当に変わった奴だな」
良平が喋りかける目的は表情の変わらない遊之の精神状態を探るのもあれば、自分が焦っている内心を悟らせないためでもあった。
瀕死級のダメージを受けても僅かな焦りも伺わせない遊之のポーカーフェイスが、真っすぐにこちらを見つめる大きなオレンジ色の瞳が、この戦況をひっくり返す逆転の手立てがあると勘ぐらせるからだった
そんな遊之の顔を見ているとなぜか初代【決闘王】、武藤遊戯の逸話を思い出した。
武藤遊戯はカードに宿るモンスターの精霊と意思を通わせ、未来を見通したような絶対的な勝利を導く戦い方をする決闘者だったという。
「まさか、な」
妄想に苦笑いをする。
カードの精霊だの未来を見通すだのそんなオカルト染みた話を彼は信じないが、実際にプロ決闘者の中でもトップにランクインする決闘者には、勝利への道筋をイメージしただけで実現させる神がかりな決闘を成す者が存在するという。
その可能性を、遊之に感じ取ったような気がした。
「どっちにしても、やればわかるか」
勝手に沸いた妄想を散らし、決闘に集中する。
〔斬機〕デッキとの戦いは以前にも他の決闘者との決闘で経験しているので、ミスをしなければ脅威にはならないはずだと算段する。
だから最も警戒するべきは、未知数の能力を持つ、遊之の旗の形をした精霊巧紋の効果だ。
沈黙をする精霊巧紋ほど強力な効果を秘めている。この界隈では良く知られた言葉だ。
「〔マグマ〕が破壊された事で効果が発動、デッキから〔斬機〕と名の付く魔法、罠カードを手札に加える。〔斬機補助線〕を選択して手札に加える」
「俺は、リバースカードを1枚伏せてターン終了だ」
「ならボクは、マキのエンドフェイズにリバースカードオープン。罠カード〔斬機超階乗〕を発動」
「まあ、そう来るよな」
「〔斬機超階乗〕の効果により、墓地の斬機モンスター、〔シグマ〕 〔アディオン〕 〔アール〕を効果を無効にしてフィールドに特殊召喚し、この3体でシンクロ召喚を行う! レベル4 〔アディオン〕と〔アール〕に、レベル4 〔シグマ〕をチューニング! 連なる戦士の魂よ、煉獄の終に極まり、新たな命に再誕せよ! シンクロ召喚、レベル12! 燃え猛る剣〔炎斬機ファイナルシグマ〕!」
再び立ち昇る光の柱から出てきた炎の機械剣士は、〔マグマ〕が更なる進化を遂げた姿だった。
マントは炎のように赤く染まり、はためく様は不死鳥の翼を連想させ、剣の刀身に灯る炎は更に気高く強く燃え上がっていた。
〔斬機〕シリーズの最終兵器、切り札が主のピンチに現れる。
「〔ファイナルシグマ〕はEⅩゾーンに召喚させる、そしてボクのターン、ドロー。バトルフェイズ! 〔炎斬機ファイナルシグマ〕で〔古代の機械巨人〕に攻撃、ファイナルソード!」
〔ファイナルシグマ〕が、炎を巻く剣で〔機械巨人〕に斬りかかる。
「正面からぶつかるつもりか、自殺行為だろ!」
「EXゾーンに召喚された〔ファイナルシグマ〕がモンスターと戦闘を行う時、発生した戦闘ダメージは倍になる!」
「攻撃力が同じなら意味ないだろ! それに俺にはまだ2回の《マキシマム・ギア》が残ってる! 俺は《マキシマム・ギア》を発動、〔古代の機械巨人〕の攻撃力を倍加する!」
遊之の、マフラーに隠れた口元が笑みを作った。
「この瞬間を待ってたよ」
「はっ!?」
良平が動揺したのは遊之がプレイングを誘導させたような台詞のせいもあり、本日3度目の笑顔を見せたせいでもあったが、主な原因は彼の大きな瞳が一瞬だけ光を灯したかのように輝いて見えたからでもあった。
「ボクはリバースカードオープン。罠カード〔斬機加法〕!」
「そのカードは!? そうか、俺のターンでは〔古代の機械巨人〕の効果で封じられて使えなかったのか!」
良平は失念していた。
遊之の精霊巧紋を意識するあまり、現【決闘王】が使用した〔斬機〕デッキの必殺カードの存在が意識から薄れていた。
「〔斬機加法〕はコストとして〔斬機〕カードを手札から1枚捨てなければならない、そして、追加で手札のカードを捨てる度に効果を増やしていく。捨てるのは最後の手札1枚である〔斬機補助線〕、発動できる効果は〔ファイナルシグマ〕の攻撃力の倍加」
「そっちも倍加かよ! だが、それでも攻撃力は同じ6000!」
「まだだよ。ボクは今さっき手札から墓地に送った〔斬機補助線〕の効果を発動、墓地のこのカードを除外し、〔ファイナルシグマ〕を対象にその攻撃力を1200ポイントアップさせる!」
「1200!? まずい!」
〔ファイナルシグマ〕が〔古代の機械巨人〕を負かせば、勝る攻撃力1200ポイントの差が〔ファイナルシグマ〕効果により倍のダメージとなって襲い掛かる。
しまいにはバトルフェイズ終了時、良平は自らの精霊巧紋のデメリットにより自滅するのが確定していた。
ぶつかり合う機械の拳と炎の剣。
互角だった衝突に〔ファイナルシグマ〕の炎の剣に遊之が力を与え、決して単騎では叶わなかった戦いを勝利へと導く。
炎が勢いを増して
迫る渦巻く焔の強大さに、自分を守ってくれるはずの巨人の体がひび割れていく様に、良平は決闘者の本能から敗北を――――死を連想する。
感じないはずの熱波に、鉄が融解していく臭いに、全身に汗をかき、喉が渇いた。
身体中の水分と生気が一気に奪い去れたような気がした。
無意識の震えが、眼前に迫る驚異的な威力の情報量が、手札を持つ手の感覚を失わせ、思考すらも鈍化させていく。
戦わなければならない、このままでは負けてしまうはずなのに、奮い立たせるべき戦意を別の感情が押さえつけて邪魔していた。
「すげえ・・・・・・これが、全米アマチュアチャンピオンの決闘!」
鳴りを潜めた戦意の代わりに感嘆の情が出る。
敗北の間際に理解したのは、たった3ターンというあまりにも速く綺麗な戦いの終幕を成し遂げようとする遊之の実力の高さだった。
「そうか、お前から感じた余裕はそういう事だったのか!?」
同時に感じていた違和感の正体に気づく。
そんな彼らの決闘を見届けながら牛尾は言う。
「『一流の決闘者とは常に未来を見据え、己が描く勝利を疑わない者である。故に、彼らの存在は全てにおいて栄光が約束された道はどこにもない事を意味しているのだ』」
「え? それってどういう意味ですか~?」
「第23代目【決闘王】〟賢王〝ケリー・キングの言葉よ」
質問する珠美に応えるのは真澄だった。
「ケリー・キングは【決闘王】となった後、20度もの防衛を果たして【決闘王】として座位していた最長期間記録の保持者として有名よ。先生が言ったのは彼が引退する時に残した名言で、今も昔も変わる事のない決闘者の真実として語り継がれているの」
「そうなんだ~、で、どういう意味なんですか先生~?」
質問を繰り返す珠美と、彼女に対してそんな事も知らないのねと首を振る真澄に苦笑しながらも牛尾は繋いだ。
「わかりやすく言うとだ、決闘での勝ち負けってのはより未来を予測できた決闘者が勝つって事だ」
「未来を予測する?」
「見てて気づかなかった? 前のマキのターン、〔古代の機械巨人〕にエースモンスターである〔マグマ〕を倒されて、ライフポイントもギリギリまで削られたにも関わらず天神君に余裕がありそうに見えたのを」
「そうだったかな~? なんかまだ戦えるのかな~っとは思ったけど」
「遊之の余裕はそれだけじゃなかったって事だ、いずれ加賀頼にもわかる時が来るさ。丸藤と浜巻、あとちらほらそれを悟った奴はいるみたいだがな」
牛尾が見渡す遊之と良平の決闘を観戦していたクラスメイトの中には、あからさまにこれまでと表情が打って変わった者たちがいた。
良平は最もわかりやすく、何が面白いのか、敗北を前にして笑っていた。
「やっぱり俺の勘は当たってたんだな、お前も
|【未来予測】
それは、決闘者の素質ある者が持つ精霊巧紋とはまた別の能力だ。
未来予測を備える決闘者は、数ターン先の未来を予測できていると言われている。
遊之はこの3ターン目を迎えるために、決闘が始まり、最初の手札5枚を見た時から自分が勝利で終わる未来のイメージを定め、思い描いた勝利のターンが実現するように展開を行いながら決闘をしていたという事だ。
でなければ良平が感じた自信や余裕の正体は、この完璧にライフポイントを削りきるためにデザインされた戦術は納得ができなかった。
「なるほどな、流石は全米アマチュアチャンプだ! だがな、格上だからってはいそうですかって負ける程、俺は頭は悪くねえよ!」
手の震えは武者震い。
湧き上がる感情は感嘆から格上だとわかった好敵手への興奮と戦いたいという欲求に上書きされていた。
興奮で血走った眼で敵視するのはただ1人、たった12歳の全米アマチュアチャンプだ。
「俺は、〔古代の機械盾持ち〕の効果を発動! こいつをリリースしてこのターンに発生する戦闘、カード効果のダメージを0にし、〔古代の機械巨人〕を戦闘破壊から守る! 耐えろ、〔古代の機械巨人〕! お前は俺のエースだろう!」
良平の声が伝わり、巨人は焔に巻かれながらも最後の力を振り絞り、全身の歯車を壊れるまで回転させ、全身全霊の一撃を出し切る。
双方の攻撃は相殺し合い、この戦闘に勝敗はつかなかった。だが、〔ファイナルシグマ〕の攻撃を凌ぎ切った〔古代の機械巨人〕は満身創痍になっていた。
両腕は肘の関節部まで溶けて無くなり、限界まで出力を上げた歯車は破壊され、粉々になっていた。
体は歪に傾き、姿勢制御もまともにできない。
両足で立っているだけでもやっとの無残な姿だった。
でも、まだ生きている。
エースさえ生きていてくれれば、勝利は目前だ。
「バトルフェイズ終了時! 俺は戦闘により発生するダメージは無力化したが、カード効果じゃない《マキシマム・ギア》の反動ダメージは受ける」
良平 残りライフ1000。
「ボクはこれでターン終了」
「俺のターンだな、ドロー」
良平は自ターンの宣言をして勝利に浮かれた笑みを作った。
切り札の一撃必殺である攻撃も防ぎ切られ、リバースカードも手札も残っていない遊之は大人しく相手にターンを渡すしかない。
唯一残された逆転の可能性はまだ発動の兆しすらない精霊巧紋だったが、決闘も終盤に入った状況になれば対した能力ではないブラフの可能性だってあった。
「久しぶりにヒヤヒヤした決闘だったぜ。やっぱり俺が見込んだ通りお前は強いな、一手間違えていればこのターンはなかったぞ」
良平は心底から正直な賞賛を遊之に送っていた。
3500もの大ダメージを受けながらも彼が描く勝利のイメージは完璧に近かったからだ。
良平が前のターンに伏せたリバースカードは、カウンター罠カード〔バックギア〕。
このカードは、相手モンスターの特殊召喚、またはモンスターを特殊召喚する効果を含むカード効果を無効にし、破壊する。
もし、遊之が〔ファイナルシグマ〕を召喚するために良平のターンではなく、自分のターンで〔斬機超階乗〕を発動してシンクロ召喚していれば、如何にEXゾーンに居る〔ファイナルシグマ〕が強力な耐性を持っていようと召喚自体を無効にされてしまい無力だった。
良平としては、もし遊之がどんなモンスターを呼び出そうとこれで詰ませる算段はついたと思っていた。
だが、遊之はそんな僅かな殺気を察知してそれを回避し、良平に精霊巧紋を使わせるようと誘導した上で超火力と精霊巧紋の反動ダメージで瞬殺しようとしていた。
彼が幸運だったのは、念のために召喚していた〔古代の機械盾持ち〕のおかげだった。
〔盾持ち〕の効果がなければ、遊之の勝利のイメージは完璧に再現されていたはずだった。
カード1枚、まさに紙一重の差。選択の違いで明暗が分かれていた勝負だった。
「だがこの決闘でお前にターンはもう回ってこない、お前の未来予測を俺は超えたぞ! スリル満点の決闘をしてくれた事に感謝して切り札で倒してやるよ! 俺は、手札から魔法カード〔古代の機械融合〕を発動、融合素材にフィールドの〔古代の機械巨人〕を選択、この場合、他の融合素材はデッキから選択できる。フィールドの〔古代の機械巨人〕とデッキの
良平の背後に空間を割いて現れた穴は、不規則に流動するミルク色に満たされた次元の穴だ。
そこに〔古代の機械巨人〕と〔古代の機械戦斧兵〕が吸い込まれ、死に体だった巨人が創造の力により復活する。
融合召喚とは、シンクロ召喚とは別のEXデッキからモンスターを呼び出す召喚方法であり、異なるモンスター同士を掛け合わせることで、新たなる存在を生み出す錬金術のような力だ。
穴から出てきたのは、失ったはずの腕が巨大な斧と化した〔古代の機械巨人〕だった。
「出てこい、俺の切り札!
古代の機械戦斧巨人 地属性
融合モンスター 機械族・効果
レベル10 ATK3500 DEF3000
〔古代の機械巨人〕+レベル6以上の〔古代の機械〕モンスター1体。
このカードは融合召喚でのみ、特殊召喚できる。
このカードの③の効果は、1ターンに1度しか使用できない。
①このカードが攻撃する時、相手はバトルフェイズ中に魔法、罠カードを発動できない。
②このカードと戦闘を行うモンスターを選択し発動できる。そのモンスターの攻撃力または守備力分の数値を、このターンのエンドフェイズまで、このカードの攻撃力に加える。
③このカードが破壊された場合、墓地から融合素材に使用された〔古代の機械巨人〕を召喚条件を無視して特殊召喚し、デッキからレベル6以上の〔古代の機械〕モンスターを1枚選び、手札に加える。
〔古代の機械〕シリーズは、中世の暗黒時代に戦争で使用されていた機械兵をモチーフに開発されたと言われている。
〔古代の機械巨人〕よりも高く聳え立つ巨人の、幾百幾千の敵を薙ぎ払い、戦争の最中に浴びた血と錆びと傷を鎧に残したまま古の時代を超えて召喚された姿は、まさに歴戦の猛者に相応しい風格を滲ませていた。
良平の切り札に対し、遊之の存在はあまりにも小さく弱く見えた。
「天神君には手札もリバースカードもない、墓地にも使えそうなカードはない。マキの勝ち、か」
真澄は残念な面持ちで決闘の行方が決定づけられたのを悟る。
期待は自分勝手で脆い願望だ。
「あれ~?」
「どうしたの、加賀頼さん」
珠美が横でスマートフォンと睨めっこをしながら、眉間に皺を寄せていた。
「これ見てマスミン。遊之くんの学園のデータバンクに登録してあるデッキ情報なんだけどEXデッキがおかしいんだよ~。EXデッキって15枚まで入れていいはずなのに、14枚しかないのなんで~?」
千華柄学園の生徒のデッキ情報は、決闘円盤にセットした時点でデータとして学園を管理する高性能AI【マザー】の管轄ネットワークに登録されており、学園の生徒として登録された決闘者のみが専用アプリをダウンロードする事で閲覧する事ができる。
差し出された画面の情報には15枚の枠があるはずのEXデッキに不自然に枠が1つ空いていた。
「別に入れたいカードが無かったとか、理由なんてどうとでも」
そこまで言いかけて、強烈な既視感を真澄は自覚した。
記憶に埋もれた過去の情報に手掛かりがあるような気がした。
「14枚のEXデッキ・・・・・・? なんだろう、何か引っかかる。天神君は12歳、噂が確かならあの子が優勝したって言う大会は2年前」
「どうしたのマスミン、怖い顔をして~?」
「加賀頼さんはちょっと黙ってて」
考え込む真澄の視界に入ったのは、遊之の右手の甲に刻まれた精霊巧紋だった。
旗の形成する枠の線は紅く、6つの球体が大きな六芒星を描いている旗だった。
「旗の精霊巧紋? 違う、あれは」
ただの旗というより、戦場で国の威信を背負い戦う兵士たちを鼓舞するために旗手によって振られる御旗、戦旗のようだと思えた。
「これがラストバトルだ! 〔古代の機械戦斧巨人〕で〔ファイナルシグマ〕を攻撃!」
良平の命令で進軍してくる〔戦斧巨人〕に、〔ファイナルシグマ〕は大きく跳躍して立ち向かっていく。
巨斧と炎の剣が、己と主の命を懸けてぶつかり合う。
超人的な剣戟が交わされた末に、〔戦斧巨人〕の斧によるパワーが、〔ファイナルシグマ〕の極められた剣を叩き折った。
「〔古代の機械戦斧巨人〕の効果発動! バトルするモンスターの攻撃力をこのカードの攻撃力に加算する! つまり〔戦斧巨人〕の攻撃力は、〔ファイナルシグマ〕の攻撃力を足した6500まで上昇する!」
「精霊巧紋も使わずにか!?」
「デカすぎる!」
「俺の勝ちだ! デストラクション・スラッシュ!」
観戦していた誰かが勝手な悲鳴を上げる。
〔ファイナルシグマ〕を一刀両断にしようと、勝敗を決しようと巨斧が迫る。
「っ!?」
が、良平は背筋に悪寒が走った。
勝敗が決まる瞬間において、遊之のその時の凛然とした態度は、眼差しは、決闘を諦めた決闘者の目ではなかったからだ。
むしろ、良平が攻撃してくるこの瞬間を待ち望んでいたような、対戦相手を倒すために全力を尽くす殺意と力強さに染まった、光を灯したオレンジ色の瞳をしていたからだった。
「瞳が光ってる!?」
窮地に対してありえないほど鷹揚に、ゆっくりと、遊之は精霊巧紋が刻まれた方の腕を持ち上げる。
「ボクはこの瞬間、精霊巧紋《紅の戦旗》を発動」
掲げられた手の甲に輝く紅色の戦旗の精霊巧紋が、〔戦斧巨人〕をも上回る大きく広い戦旗として立体映像化され、〔ファイナルシグマ〕を包み込み、斧の腕をはじき返した。
「攻撃が弾かれた!? 《紅の戦旗》、どういう効果だ!」
「ボクは、〔ファイナルシグマ〕を使い、新たな扉を開く」
「扉?」
《紅の戦旗》が消滅すると、〔ファイナルシグマ〕も消えて居なくなっていた。
代わりに、2枚の石板により形作られた扉があった。
扉は古代文字が羅列されているような模様が一面に描かれ、中央に六芒星を形作る6つの穴の開けられた石碑のようでもあった。
6つの穴の内1つには、黒い球体が埋まっている。
「今、進化の力が高次の力へと生まれ変わる。KNOCKING・GATE! 再誕せよ、〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕《ブルーレイ》!」
石碑の扉が開き、覗く暗黒の先から現れたのは〔ファイナルシグマ〕だったが、変貌ぶりに良平は驚きを隠せなかった。
「なんだそいつは、ファイナルシグマに亜種が居るなんて知らないぞ!? それに、どういう事だ!?」
鎧と纏う炎は、赤ではなく蒼の色へ。
マントは蒼炎が象る4枚の翼へ。
蒼き不死鳥の機械剣士、彼を中心にして光の球体が周っている。
光の球を見た決闘者たちは、すぐにそれがエクシーズモンスターのみが持つはずのオーバーレイユニットだとわかった。
だから、良平の言葉は他の生徒の代弁でもあった。
「シンクロモンスターの〔ファイナルシグマ〕に、どうしてオーバーレイユニットが付いてるんだ!?」
「違うよマキ、〔BR〕はもうシンクロモンスターの〔ファイナルシグマ〕じゃない。生まれ変わった、もう1人の〔ファイナルシグマ〕なんだよ」
「もう1人の、〔ファイナルシグマ〕?」
信じられない現象だった。しかし、遊之の言い分以外に何が正しいのかわからなくなっていた。
遊之の事をよく理解している牛尾以外、この日、F組の誰もが遊之の実力の片鱗を垣間見た瞬間でもあった。