「もう1人の、〔ファイナルシグマ〕?」
「そう、それが〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕。ボクの、このデッキの真の切り札だよ」
F組の全員は、遊之の言葉と〔ファイナルシグマ〕の異なる姿を前にしてしばらく立ち尽くしていた。
何が起こっているのか理解するのに時間が掛かったからだ。
良平の切り札である〔古代の機械戦斧巨人〕が〔ファイナルシグマ〕を撃破し、遊之の敗北が決定的だと誰もが考えていた。
それを覆したのが遊之の精霊巧紋、《紅の戦旗》の能力だった。
〔ファイナルシグマ〕以外、他にモンスターも手札もリバースカードも無い状態から新たなモンスターを召喚しただけでも十分に強烈な衝撃だったが、問題はそこではなかった。
遊之の能力は、世界中から選抜されて学園に入学したはずの実力の高いクラスメイトたちですら見た事も聞いた事もない、現代のデュエルモンスターズの常識ではありえないはずの能力だったからだ。
全員が共通の思考を連ねた。
そんな馬鹿な話があるのか、と。
そんな能力があり得ていいのか、と。
そんな存在があって良いはずがない、と。
断片的な情報から出てくるのは、答えのない疑問と常識との矛盾。
そんなバグが起こったのは、遊之のそれがこれまでのデュエルモンスターズというTCG競技の概念において当たり前とされてきた絶対的な法律をいとも簡単に侵害する能力だったからだ。
「まさか、冗談だろ!」
対戦している良平ですらも、目の前の奇跡は信じ難い代物だった。
「既存のモンスターを未知のモンスターへと進化させる能力だって言うのかよ!?」
「マキ! なにボーっとしてるの! 今は決闘中なのよ!」
「!?」
真澄の声に我に返り、最善の行動を瞬時に選択する。
「俺はリバースカードをオープン、カウンター罠〔バックギア〕! このカードはモンスターが特殊召喚された時、その召喚を無効にして破壊する! 〔BR〕の召喚を無効とし、破壊だ!」
「それは許されない」
「なんっ」
どころか、〔BR〕が剣の切っ先をリバースカードに向けると翼の蒼炎《そうえん》が刀身を伝って放たれ、〔バックギア〕を燃やし消す。
「〔バックギア〕が破壊された!?」
「《紅の戦旗》で召喚されたモンスターに魔法、罠カードは通用しない。でも、〔古代の機械戦斧巨人〕の攻撃は〔BR〕の特殊召喚により巻き戻っただけで無効化された訳じゃない。どうするの、マキ?」
「くそ、だったらバトル再開だ! 〔機械戦斧巨人〕で〔BR〕を攻撃! 俺の切り札はバトルなら負けねえ!」
〔機械戦斧巨人〕は再び斧の腕を振るう。
「誘われたな」
牛尾は静かに呟く。
遊之の光の灯ったオレンジ色の瞳が、視線が、微笑が、小さな決闘者から伝わる余裕が、決闘の勝敗を悟らせる。
「そういう事かちくしょう、ここまでの展開もお前の未来予測の範囲内だったってのかよ・・・・・・!」
「ボクはオーバーレイユニットを1つ使用し、〔BR〕の力を開放させる。このカードと戦闘を行うモンスターの効果を無効にし、墓地に存在するEXゾーンから召喚された〔斬機〕モンスターの攻撃力の合計を、1ターンのみこのカードの攻撃力に加算する」
「じゃあ、マキくんの〔機械戦斧巨人〕の効果は消えて、攻撃力が元に戻るとして・・・・・・遊之くんの墓地には~」
「シンクロモンスターの〔マグマ〕と〔ファイナルシグマ〕が居る。攻撃力の総合計は5500!」
珠美がアプリで確認するよりも早く、真澄は暗算する。
「〔BR〕の元々の攻撃力は3000。よって攻撃力は8500」
「8500だと!?」
〔古代の機械戦斧巨人〕 攻撃力3500 VS 〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕 攻撃力8500。
〔BR〕は〔戦斧巨人〕の攻撃を軽々と弾くと、宙に高く舞い上がり、全身に蒼い炎を纏って斬りかかる。
「楽しい決闘だったよ、マキ。 〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕の反撃、蒼炎閃軌剣《そうえんせんきけん》」
蒼き炎の斬撃が鋭くも青白い光の線を描き、機械の巨人を縦に真っ二つにする。
良平 残りライフ0。
天神・オルレア・遊之 VS 浜巻良平の決闘は、天神・オルレア・遊之の勝利で終わった。
〔機械戦斧巨人〕の体が崩れていくと共に勝敗を告げるブザーが鳴り、立体映像装置が機能を停止する。
「ありがとう、〔BR〕」
遊之は姿が半透明になり、姿が消えゆく機械剣士に感謝を伝えた。
〔BR〕は忠誠を誓う騎士のように、胸に手を添え、膝を折って恭しく頭を下げて消えた。
「かーっ! 切り札まで出したのに負けちまった!」
髪をかき乱しながら近寄ってきた良平は、遊之に握手を求める。
「でも、面白い決闘だったぜ遊之。次は負けねえからな」
負けた悔しさを糧にして再戦を望む瞳は真っすぐで力強く、輝いて見えた。
遊之はこの瞬間に確信する。浜巻良平とは、今後幾度となく
「ボクも楽しかった。次も負けない」
「言ってくれるな、コイツめ」
生意気にも取れる遊之の発言でも、良平は好意的に捉えた。
しっかりと大きさの違う手で固い握手をする。
互いに実力を出し切った、後腐れないそんな決闘の終わりだった。
「良い報告書が書けそうで何よりだ・・・・・・」
牛尾は、遊之の笑顔を見届けて安堵の笑みを浮かべて息を吐くと、
「他の奴ら手が止まってるぞ! 後が詰まってるんだからさっさと決闘を再開しろ!」
遊之と良平の決闘に魅入って止まっていた他の生徒たちに喝を入れていた。
「遊之くん、勝利おめでと~! マキくんもお疲れ様、惜しかったね、でもすごい決闘だったよ~。 見てるこっちまでドキドキして落ち着かなかくて、なんか疲れちゃった~」
「なんで加賀頼が疲れてるんだよ。決闘してたのは俺たちだぞ、なあ遊之」
良平に同意を求められて、遊之は頷く。
「そっか、そうだよね~」
疲れた顔をしていたと思ったら楽しそうに笑った珠美に、遊之も良平も決闘で高ぶっていた興奮の気が抜かれて、肩の力も抜け、リラックスできた。
ちょっとした頭の重さを感じたのはそれだけ決闘に集中していたからで、程良い疲労感もあった。
「でもありがとう珠美、応援してくれて」
「だな。応援してくれる人がいるってのはテンション上がるもんだ」
「当たり前だよ~! 2人とも友達だもん、ガッチャ!」
「ガッチャ」
「ガッチャってなんだ?」
珠美が、『ガッチャ』の掛け声と一緒に揃えて伸ばした人差し指と中指に親指を添えた独特の動きをする。
遊之は、挨拶を返すように自然と同じ事をしたが良平は理解が出来ていない様だった。
遊之からして予想外だったのは、珠美が遊之を見てとても嬉しそうに目を輝かせていたかと思えば次の瞬間には肩を落として落胆の色を濃くしていた事だった。
「そっか、マキくんは知らなかったか~。私の地元だと普通の挨拶だったんだけどな~・・・・・・」
「いや、そんながっかりしなくてもいいだろ、すげえ悪いことした気分になる」
珠美は遊之がガッチャを知っていたのに良平が知らなかったのが悲しかったらしい。
感情とリアクションが忙しい少女だった。
「まあ、地元のマイナールールみたいなものだとはわかってるんだけどね~」
「あるよなそういうの。特に千華柄学園《ここ》は色んなトコから生徒が集められてるから、たまに通じないことがあると当たり前だと思ってたのが実はマイナールールだって気づかされる」
「でも、遊之くんが知ってたのは嬉しかったよ~! 私たち気が合うね~!」
「うん、ボクも嬉しい」
珠美は躊躇なく、遊之の手を両手で包んで持つ。
柔らかく暖かい、女性の手の感触と好意的な意味合いを含み見つめてくる視線が、彼女の気持ちをより強く伝えてきた。
「マキ、ガッチャは決闘をした後にする挨拶みたいなものだよ」
「お互いに良い決闘をした時に使ったりするんだよ~」
「へえ、なんか良いなそれ。でも不思議じゃないか? マイナールールだとしたらどうして外国人の遊之が知ってるんだ?」
「それなんだよ~! だから私もびっくりしちゃった」
「故郷にガッチャをする友達が居た」
「だとしたも、凄い偶然ではあるよな」
「わかった! きっとそのお友達は十代さんのファンなんだよきっと~!」
「十代っていうと、プロ決闘者の遊城十代さんか?」
「そう! 私の地元はあの人の出身地なの~」
友達がどういった人物なのか、遊之はこの場で言う必要はないと判断した。
そこに、真澄が会話に混ざってくる。
「天神君、勝利おめでとう」
「ありがとう、真澄」
遊之には微笑んでいた真澄だったが、一転して良平を見る目は厳しかった。
「マキは計算不足が仇になったわね。この前の反省会で指摘したじゃない、もっと相手の反撃を予測しながら戦術を練るべきだって。だから天神君の第2ターンで〔ファイナルシグマ〕のワンターンキルを仕掛けられる隙を与えるし、不安要素だった精霊巧紋の対応《ケア》も掻い潜られて押し切られたのよ」
「うるせーな! そんなの俺が一番わかってるつーの!」
良平は悔しそうに頭を無造作に掻き、不貞腐れていた。
「それと加賀頼さんはいつまで天神君の手を握ってるの、目立ってるわよ」
「あっ、ごめんね~。迷惑だったよね?」
「別に気にしてない」
「そっか、ありがと~」
珠美は咄嗟に手を引いて、頬を赤くしながら恥ずかしさを紛らわすように笑顔を作っていた。
手を握ってきたのはその時の勢いで無意識だったのかもしれない。
「ところで天神君、ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
「何?」
尋ねてきた真澄はどこか緊張しているような気がした。
表情が強張り、まるで遊之に対して恐れと迷いを混在させた気持ちを持っているようだった。
「ねえ天神君、君が優勝したっていう大会ってもしかして2年前の」
そこまで口に出して迷いの色を濃くした。
「ごめん、やっぱりいいわ。忘れて」
「わかった」
本人から退いたならこちらから問う必要もない。
「それじゃあ、マスミン。スペースも空いたみたいだし私たちも決闘しよ~」
「そうね、約束は忘れてないわよね?」
「もちろんだよ~、勝った方が遊之くんを好きにしていいって約束でしょ~?」
「ちょっと変わった気がするけど、そうね」
「だいぶ変わったよ?」
昼休み、今度の休日に遊之と珠美が一緒に服を買いに行くかどうかという話の流れでこの決闘の対戦カードが決まったはずなのに、いつの間にか内容が変化していた。
遊之は遠慮なく主張をするが、真澄も珠美も聞こえていないフリをしていた。
眼中には対戦相手しか収まっておらず、互いに主張と勝利を譲ろうとしない気迫が立ち昇っていた。
彼女たちの決闘は、スタンディングポジションに着く前から始まっていた。
「そういえばマスミンと決闘するのは2回目になるよね~、お手柔らかにお願いね~?」
「何回目だろうと、私は私の決闘をするだけよ」
「その前に、ボクの意見も尊重するべきだと思う」
「もう諦めろ遊之、今のあいつらにお前の言葉は届かねえよ。決闘者ってのはそういう生き物だろ?」
良平が諭してくるが、いつから決闘者はそんな野蛮な生き物になってしまったのかと遊之は信じられない胸中に至っていた。
「それにだ。結果はもう見えてる、この対戦カードは真澄の勝ちだろ」
平然と告げる良平からは冗談や嘘を言っている気配はなく、淡々と決闘の決着を見据えているだけのようだった。
彼は真澄には同年代で敵がいないと評価していた。
彼女自身もそれなりの自信を持っていたし、直接、決闘者特有の殺気を向けられた訳ではないが雰囲気だけでも真澄が良平と同等以上の実力の持ち主である可能性は遊之も薄々察してはいた。
となると、気になるのは珠美の方だった。
「マキ、珠美は強いの?」
「わからねえ」
「わからない?」
歯切れの悪い言い方は似合わないと思った。
「まだ把握できてねえんだ。俺たちはお前よりも一か月早くクラスメイトとして皆と接してきたのは確かなんだが、たかが一か月だからまだ決闘もしてない奴もいれば名前すらも覚えてない奴も多いんだ」
「なるほど」
「とはいっても加賀頼はあんな感じで人当たりは良いだろ? だから、俺も真澄も1回は決闘をした事があるんだが、そこまで強くないって印象だったんだよな」
「だった?」
「うーん」
遊之の追求に良平は腕を組んで目を瞑り、黙り込んだ。
はっきりとした結論を出そうと考えていたようで、しばらくすると口を開いた。
「これは勘なんだが」
そう前置きして。
「正直、戦った手ごたえだとクラスでも中の下ぐらいかなと思った。でも、あいつとの決闘には所々で違和感があったんだ。デッキと決闘の内容からして手を抜いていた訳でもなさそうだった、だけど、予想外の反撃で意表を突かれたりしたかと思えばあっさりと攻撃が通って勝っちまったり、何を考えてるのかがわからない、そんな感じだ」
「偶然じゃなくて?」
「それはない。他の奴らも同じ感想だったし、観戦していた時も同じ感触があった。なにより真澄が2度目の決闘をしているのが証拠だ。俺と違って頭の良いあいつは合理的だ、強くなるために無駄な決闘はしたがらない。成り行きがあったとしてもたったそれだけの理由で決闘をするような奴じゃない」
真澄は良平同様に珠美に対して感じた違和感の正体を突き止めようとしている、という事だ。
だが、あっさりと決着がついた。
「〔サイバー・ドラゴン〕で攻撃、エヴォリューションバースト!」
「きゃー!?」
白銀の装甲に全身を覆われた機械の龍、真澄の操る〔サイバー・ドラゴン〕の口から放射された白色の熱線の直撃を受けて珠美のライフポイントが0になった。
珠美のフィールドにはリバースカードが1枚伏せてあったが、最後の攻撃に対しては役に立っていなかった。
勝利を収めたはずの真澄には浮かれた感情は一切なく、決闘が終わった事で透明になって消えていく珠美のリバースカードに対して目を細めていた。
「お疲れ様、真澄」
「ありがとう、天神君」
「どうだったよ?」
「釈然としないわ、それだけ」
尋ねられるも、淡々とした感想だった。
2度目の決闘による2度目の勝利。遊之の目から見ても決闘の内容は終始、真澄が一方的にリードしていた。
彼女の猛攻を珠美はどうにか凌ぎながら反撃の機会を掴もうとするも、真澄の対応は完璧であり、攻めに焦らず、確実に珠美の防御を切り崩しながら反撃の目を潰し、止めを与えていた。
大まかな内容と結果だけならば、大体の人は単純な実力差があっただけだと思う決闘だった。
「惜しかったね、珠美ちゃん」
「ありがとう~、歩南ちゃん。やっぱりマスミンは強いね~、今度こそ行けるかと思ったけど負けちゃった~」
「仕方ないよ、相手は学年代表のあの丸藤さんなんだもん。サイバー流の継承者で天才なんだから、私たちとは最初から出来が違うよ」
「そうかもね~」
教室では席が隣同士で、親しい友人である女子生徒が珠美を労っていた。
珠美は友人にいつも通りの調子で返事をしながらも、決闘円盤から最後まで発動せず魔法・罠ゾーンに残っていたリバースカードを回収すると、
「でも、ホントに惜しかったな~」
じっと見つめ、嬉しそうにそう呟いていた。
「そういえば、結局使ってなかったカードはなんだったの?」
「ただのブラフだよ~、せめて攻撃を躊躇してくれないかなって思ったけどブラフに引っかかる人なんてほとんどいないよね~。でも今回の決闘だけは勝ちたかったな、せっかく遊之くんを私好みにコーディネート出来ると思ってたのに~」
「もしかして、珍しく凄いやる気があると思ってたのは・・・・・・」
「そう、今週の土曜日に遊之くんを好きにしていいっていう権利を賭けてマスミンと決闘したんだよ~! 遊之くんって男の子だけど可愛い服とか似合うと思わない~?」
「あぁ、今度は天神君が珠美ちゃんの毒牙に」
「何か言った~?」
「ううん、何も言ってないよ!?」
珠美たちの会話は耳の良い遊之には全て聞こえており、得体の知れない悪寒が背筋をなぞった。
「どうした、遊之」
「なんでもない」
「ところで天神君、君から見て私と加賀頼さんの決闘はどうだった?」
真澄が決闘の感想を遊之に聞く。
「最後まで戦況をコントロールしていた、真澄の実力の高さが良く分かった決闘だった」
「それはどうも」
真澄は軽く聞き流すように髪を耳に掛ける。
純粋な言葉の意味はありがたく受け止めつつも、遊之の次の言葉に期待を覗かせていた。
手の甲には2枚のカードを
「真澄はサイバー流の決闘者なの?」
「そうよ、私はサイバー流決闘流派『桜嵐』の継承者よ」
デュエルモンスターズが長い歴史の中で無数のカードを生み出していったように、決闘者たちは常に勝利を追い求める内に数多の戦術と流派を作り出していった。
真澄の属するサイバー流とは〔サイバー・ドラゴン〕のカテゴリーに属すカードを駆使する流派であり、数ある決闘流派の中でも歴史はかなり古く、過去に多くのプロ決闘者を輩出した実績を持つ世界最大最強と目される一大流派でもあった。
「『桜嵐』?」
サイバー流は全世界に道場を開いており、門下生も数多だ。
遊之も故郷で何度か門下の決闘者と対峙した経験はあるが、『桜嵐』という派閥の名は聞いた事がなかった。
「その様子だとやっぱり遊之も知らなかったか。俺も『桜嵐』なんて名前を使ってるの真澄しか見た事ねえし」
「当たり前じゃない、私を含めて2人しか在籍してない派閥なのだから」
わかりきっている事を言った良平に真澄は呆れていた。
「もう1人は師範?」
「そう、私の師範が最後の1人なのだけど」
師範の話をしようとした真澄は歯切れが悪くなる。
躊躇するというよりも、どう説明するべきか迷っている印象だった。
「かなり変わった人でね、私が在籍したその日にデッキだけを寄越してどこかに行っちゃったのよ。たまに連絡をしてくるんだけど下らない話しかしないし」
深いため息からは苦労が滲み出ていた。
「お茶目な人なんだね」
「お前の師範の話は何度聞いても笑っちまいそうになるな」
「言っておくけど、師範がちゃんと教育してくれればマキが吐くまで私の練習に付き合う事はなかったのよ?」
「だとしても、俺を巻き込んだお前のせいだろ」
「どう足搔いても勝ち目なんて無かったのに、休憩しようって言ってもあんたが意地を張って勝つまで続けようとしたからでしょ?」
「意地なんか張ってねえし、何回か勝ったし」
「カードゲームなのだから運の要素もあるに決まってるでしょ? あんたが勝てたのは偶然、私の手札が悪かった時だけよ」
「はあ?」
「何? 違うの?」
「2人とも仲が良いんだね」
「「ただの腐れ縁だ(よ)!」」
日本の諺には、喧嘩する程仲が良いという言葉がある。
良好な関係である友達を微笑ましく思う遊之だった。
☆ ☆ ☆
時間は過ぎ、遊之の千華柄学園での初日に残ったのは帰りの
そのHRも担当教師から連絡事項を聞いて解散となるだけのあっさりした内容で、学業から解放されたクラスメイトたちは仲の良い友達同士で今から何をするかと予定を確認し合ったり、楽しそうに談笑したり、誰とも絡む間もなくそそくさと教室を出てったり、それぞれの放課後を過ごそうとしていた。
遊之は帰る準備を済ませて真澄と良平の席がある後ろの窓際を見やると、彼らはデュエルモンスターズの話でもしてるのか、周りの状況なんて気にしていない熱の入った様子で話し込んでいた。
「・・・・・・そもそも、〔斬機〕デッキとわかった時点でまともな戦闘は避けるべきだったのよ。いくらマキの〔古代の機械〕デッキでも一撃の瞬間火力は敵わないのはわかっていたはずでしょ」
「わかってたから〔盾持ち〕とか〔バックギア〕とかで隙を作らないようにしてたし、〔斬機〕の消耗の激しさを利用しようとしたんだよ。現に手札を使い切らせて追い詰めたと思ったんだ、お前だってあのターンは俺が勝ったと思っただろ? でも、悔しいけど遊之はそんな俺の心理も利用したんだ、きっと」
「そんなのはわかってるのよ、今話してるのは今回の反省を生かした上で似た状況になった時にどうするかを考えるべきだって言ってるの」
「そう言われても精霊巧紋の効果がわからない相手を仮想敵にしろってか? 考えるもへったくれもねえだろ」
「だからそれは」
「マキ、真澄、帰らないの?」
頃合いだと遊之は声を掛けた。
はっとした2人はようやく教室に残っているのが自分たちだけだと気づいた。
「うお、またやっちまった」
「天神君、待っててくれたの? もっと早く声を掛けてくれても良かったのに」
「問題ない。真剣に話してて止めるのが勿体なかったから」
クラスメイトや担当教師がHRの間も延々と話し続ける2人に対して特に反応しなかったのは、日常的な光景になっているからだろうと考えられた。
「そうか、ありがとな。ちょっと待っててくれよ支度するから」
遊之たちはそれぞれの寮に着いて別れるまで一緒に帰った。
千華柄学園は全寮制であり、男女別は当然として、個人のプライベートを尊重するために全校生徒が1人1つずつ割り当てられる数の部屋が用意されている。
希望すれば相部屋にする事もでき、基本的な家具一式も揃っているそうだ。
遊之に割り当てられた部屋は先に牛尾がチェックを済ませており、天井と床と壁の厚さ、立地条件の他にも、セキュリティの面でも問題はないとの報告を受けていた。
曰く「俺が住みたいぐらい良い部屋だ」との評価だが、「安全ではあるが色々気を付けろよ」と謎の含み笑いと助言をしていたのが気になった。
「さっきよ、今日のお前と俺の決闘を真澄と喋ってたんだけどな」
「うん」
切り替えた話題に、真澄は僅かに緊張していた。
幼馴染の良平ならともかく、友達になったとはいえ日が浅い遊之本人を目の前に彼のしていた決闘を話題にするのは良くないと思っていたからだった。
「やっぱり全米アマチュアチャンプの実力は半端ねえなとも思ったし、精霊巧紋の効果もやべえと思った。こればっかりは運なんだろうけどな」
精霊巧紋の能力については、精霊巧紋を決闘者に付与するアトラ技術を開発した【アトラエデン社】の公式発表により能力の内容は完全にランダムだとされている。
「素直に凄い奴だって思った。そんなお前とこれから決闘を何回もできるって考えたら楽しいだろうなとも思った。だとしても今回負けた事は悔しいのは変わらねえけど」
「うん」
「まっ、何が言いたいかって言うとだ。これから頼むは、友達としても、決闘者としてもな」
決闘の後の同じように遊之は良平に握手を求められる。だが、意味は違っていた。
互いの実力を認めて称え合う握手ではく、友としてありたいと想う証明の握手だった。
「勿論、ボクからも言わせて欲しい。これからは友達として、
「好敵手、か・・・・・・」
遊之に快く握手を結ばれ、言葉を噛み締めるように呟いた良平は後頭部を掻いて照れくさそうにしていた。
「おう! まっ、次は絶対勝つけどな!」
「問題ない、ボクは次も絶対負けないから」
「何が問題ないだよ! お前、決闘の事になると結構生意気だよな!?」
良平は遊之に喧嘩腰になってヘッドロックをして懲らしめているように見えたが力加減はしていて、すぐに肩を組んで仲良く談笑しながら歩き始める。
「まったく、男子ってホント単純」
見ていた真澄は、男子特有の距離感に呆れながら笑っていた。
その後、生徒寮が並ぶエリアに入ってきて、良平が先に別れ、真澄と2人で歩く。
遊之は電子生徒手帳の地図アプリを参考にしながら割り当てられた部屋のある寮を目指してきたが、自分以外に近くを歩いているのが女子ばかりなのが気になった。
「天神君、私の寮、ここだから」
「わかった、また明日」
「うん、またね」
真澄とも別れて、遊之は地図とにらめっこをしながら歩いていく。
(そういえば、この先に男子寮なんてあったかしら?)
そんな真澄の心の声は、さすがに耳が良い遊之も聞こえなかった。
目指していた寮に着くと、よそ見もせず一直線に自室へと向かう。
部屋番号に間違いがないかを確認し、オートロック式のドアに備え付けられたパネルに電子手帳をかざす事で開錠できた。
これから3年間を過ごす新しい自室と顔を合わせてすぐに取り掛かったのは、先に配達されていた段ボールに詰め込まれた私物の荷ほどきではなく、椅子の背もたれに制服の上着を掛け、寮の基本家具として机の上に置いてあるデスクトップパソコンの電源を入れ、目から耳までを覆うヘッドセットを被り、ネットの中で行う作業だった。
カタカタとキーボードを叩く音だけが響く室内には視覚と聴覚と意識を画面へと向ける遊之が居るだけだったが、しばらくするとオートロックされていたはずのドアが勝手に開錠された時の音を鳴らし、何者かが丁寧に靴を脱いで侵入してくる。
何者かは、無防備な背中を見せる遊之に近づいていき、目も耳も塞がった、こちらの存在に気付く素振りのない彼の頭部に両手を伸ばしていくのだった。