侵入者がパソコンの作業に集中する無防備な遊之に手を伸ばす。
目も耳も塞いでしまうヘッドセットを使っていたのもあれば、まさかオートロック式の寮のセキュリティを易々と潜り抜けて来る者がいるとは思わない意識の隙もあり、手が届く距離までの接近を許してしまった。
だが、遊之は残された鋭い五感の内、嗅覚で侵入者の存在を察知し、即座に逆襲を開始した。
「え?」
女性らしい高さの声がした。侵入者から見て、遊之の頭の位置が不意に移動し、触れようとした手が空を切ったからだ。
香水の甘い匂いが強くなり、肌の触覚で手が顔の近くに迫ってきたタイミングに合わせてヘッドセットを脱ぎ捨てながら椅子から滑り降りるように机の下に潜り込み、そのまま椅子を力いっぱい押し出す。
「いっだぁ!?」
椅子の車輪が足の指を引き、悶絶させて更に畳みかける。
「ちょっと待って、スカートが!」
負傷させた方の片足を持ち上げ、侵入者は一緒にめくれるスカートを押さえるために両手を使ってしまい、狙いどおりバランスを崩してベットに押し倒す事に成功する。
「きゃっ!」
顔までは見ていないが相手が異性であるのはわかった。それでも年上であり、純粋な力比べなら幼い遊之は負ける可能性が大きいが、構造的なバランスを奪ってさえしまえば子どもの非力さでも体格差を覆せる。
「名前と目的を言え! 返答次第では・・・・・・」
マウントポジションを取って、ようやく彼女の顔を見た。
この時、遊之の瞳は神々しい光を灯し、目尻から溢れ出た光は粒となって涙のように宙に放たれ、漂い消えていた。
しかし、すぐに瞳の灯が収まったのは、紛れもなく相手が心を許す知り合いだったからだ。
「愛奈?」
「いたたっ、痛いしびっくりした。ごめんね遊之、驚かせちゃったみたいで」
「ううん、僕もごめん。まさか愛奈だとは思わなかったから」
「そっか、ならおあいこね」
遊之が押し倒していたのは、同校3年生の先輩に当たる少女だった。
着ているのは千華柄学園の校章が刺繍された制服。包まれている体型は服の上からでもわかるメリハリがあり、長い脚にはハイソックスを履いていた。
金髪、意志の強そうな性格を物語る目、茶色の瞳をした少女は
彼女も学園に来る以前の遊之の素性を知る数少ない人物だった。
「久しぶり」
「そうね、直接会うのは斎にアメリカに連れられて行った時だから4年前かしら? まあ、しょっちゅう斎が遊之の話をするから私はあまり久しぶりな感じはしないけど」
「実は僕も、斎は必ず愛奈の話を出すからあまり離れていた気がしない」
「へえ、ちなみにどんな?」
「愛奈は今日も美しかった、日に日に綺麗になっていく彼女に早く会わせて自慢してやりたいぐらいだって言っていたよ。昨日も日本に来る前に電話したらそう言ってた」
「あの馬鹿、聞かなきゃ良かった」
愛奈はうんざりとしているようで、ちょっと嬉しそうににやついてもいた。
それだけでなく、彼女の顔に恥ずかしさが見えたのは他の意味もあった。
「わかったわ、ありがとう。ところで、そろそろ色々とどいて欲しいのだけど?」
「ごめん、わざとじゃない」
非難の目が片手に集中して、遊之は急いで彼女の豊かな胸を鷲掴みにしていた手とマウントポジションを解いて謝罪した。
「まったく、こんなの私じゃなかったら裁判沙汰なんだから。でも遊之だから信じて許してあげるわ」
「ありがとう、愛奈は女神だね。その慈悲深さに感謝しかないよ」
「そのあいつが好きそうな言い方・・・・・・しばらく会ってない内にますます似てきたわね」
愛奈は悩ましそうに頭を抑えていたが「良いわ、私が口を挟む事じゃないし」と話を流した。
その時、部屋の外から別の少女の慌てた大声が聞こえた。
「愛奈様どうかなさいましたか! 悲鳴が聞こえましたけど何があったんですか!?」
「あ、忘れてた! あの子待たせてるんだった!」
「この声は」
遊之は、口調は違っているものの同質の声の持ち主を知っていた。
「入りますよ! 失礼します!」
新たな侵入者、少女もまたマスターキーでも持っているのかオートロックを解除して部屋に上がって来る。
「愛奈様!? え?」
「やっぱり珠美だ」
「ゆ、遊之くん?」
現れたのは可愛らしいフリルがあしらわれた白黒のメイド服を着た、加賀頼珠美だった。
純白のヘッドドレスと髪留めでボリュームのある髪が纏められ、化粧も変えているせいか教室での姿とは雰囲気も印象もだいぶ変わっていた。
「なんで、どうして遊之くんが女子寮に?」
「女子寮?」
「嘘、まさか斎から何も聞いてなかったの? じゃあ、私が寮長としてあいさつしに来る事も知らなかったって事!?」
「初耳」
「そういう事か、道理で何か変だなって思ったのよ! もう、なんであいつは完璧超人のくせにこういうところは抜けてるの!」
「え? え? どういうこと?」
それぞれが予期せぬ事態に翻弄されている中、珠美の混乱は最高潮に達していた。
女子寮に本来ならば居るはずのない男子の遊之がいる事。
時間は夕暮れ時になっており、電気をつけていないせいで部屋がだいぶ薄暗くなっていた事。
愛奈の衣服が微妙に乱れていた事。
なによりも刺激が強かったのは、そんな薄暗い部屋のベットの上で男女が初対面とは思えない至近距離で、隣同士で座っている事だった。
導き出された勘違いが、珠美の顔を羞恥心で真っ赤にしていた。
「ご、ごめんなさい! まさか2人がそんな関係だったなんて知らなかったので!」
「珠美、誤解だよ」
遊之は勘違いを悟らせようとしたが、珠美の思い込みはそう簡単には止められなかった。
「そ、その・・・・・・わかっていらっしゃると思いますが、一応、女子寮は男子禁制ですし、そういう事をするならもっと別の場所が良いと思いますし・・・・・・・・・・・・副会長には会長というパートナーがいるのにそういうのはあまり良くないと思います!」
「珠美さん!?」
もじもじと落ち着かない様子だった珠美は、伝える事を伝えきると顔を両手で覆い、逃げるように部屋を出ていった。
「ど、どうなってるの?」
「僕たちがまぐわってると勘違いされた」
「まぐわ、る?」
愛奈も事の重大さを理解し、同じく顔を真っ赤にした。
「まぐわるって、はあ!? 珠美さん違うわよ、誤解よ! あーもう! あの子思い込み激しいんだから!」
珠美を追いかけようとした愛奈は、すぐに遊之の元に引き返してくると頭を平手で軽く叩いた。
「いたっ」
「遊之も言い方が間違ってるからね! もっと別の言い方があるでしょ!」
「意味は間違ってないと思う。珠美の勘違いの内容とも合致しているはず」
「そうかもしれないけどそうじゃないのよ! とりあえずまた後で来るからね! ちょっと珠美さん待ちなさーい!」
愛奈も出ていき、遊之だけが静かになった部屋に取り残された。
学園から送られてきた寮の案内メールを読み返し、用意された部屋が間違っていないのを確認して、状況を整理しようと思考を巡らせる。
どれだけ考えても珠美がなぜメイド服を着ていたのかだけはわからなかったが、大体の事態は飲み込み、冷静になれた。
今は、愛奈が帰って来るのを待つ以外に選択肢はなさそうだった。
「なんか疲れた」
途端に疲労と眠気が押し寄せてきたのは、初来日、痴漢騒動、学園への初登校、異国でできた初めての友達との決闘など、色々な出来事がこの1日に凝縮されていたからだった。
目を擦って眠気を我慢し、愛奈が戻って来るまでに中断していた故郷の義理の両親や他の家族に宛てたメールの作成を済ませようとヘッドセットを被り、またパソコンの画面に意識を集中させた。
☆ ☆ ☆
「先ほどはとてつもない勘違いの末に逃亡してしまい、大変申し訳ありませんでした!」
「気にしないで、珠美は何も悪くない」
深々と土下座をするメイド姿の珠美の顔を遊之は上げさせる。
「そうよ珠美さん、一番の元凶はこいつなんだから」
「いやー、俺としたことがすっかり寮の説明をすっかり忘れていた。わざわざ言わなくても遊之なら順応するだろうと勝手に思ってたのもあったんだが、まさかこんな事になっていたとは。皆には迷惑を掛けたな、すまなかった」
愛奈は約束どおり珠美の勘違いを訂正させてから遊之の部屋に戻ってきたが、新たに男子生徒が1人増えていた。
紫色の髪の前髪の一房だけが白く変色しており、右目の瞳の色は赤く、左目は常に閉じている。
手足の長い高身長に優男的な顔立ちをしており、制服のネクタイは緩められ、胸ポケットには万年筆が刺さっていた。
彼も愛奈と同じく遊之を良く知る人物であり、家族とも呼べる間柄の少年だった。
リビングに用意されたローテーブルに、遊之と珠美、斎と愛奈が隣同士になり、双方が向かい合って座る形になっていた。
斎は正面で見つめ合う遊之に、優しい眼差しと笑みを向けていた。
遊之も普段からポーカーフェイスを維持している表情が柔らかくなり、口元がわずかに笑みを作っていた。
2人には親密な関係を物語る雰囲気があった。
「とまあ、こんな形の再会になったが俺も直接顔を合わせたのは去年ぶりか、だいぶ身長も髪も伸びたな遊之」
「身長は5センチ伸びたよ、髪は切ってない」
「おー! その調子で高校生になる頃には俺と同じぐらいに成長してくれよ! なるほど、予想以上の感慨深さだ、実際に家族の成長を感じられるって言うのはこんなに嬉しいものなんだな」
「大袈裟だよ、それに僕ももう立場としては高校生だよ」
「そうだったな、じゃあ答え合わせは大学生になるまでお預けか!」
慣れ親しんだ会話をする斎と遊之を横目に、珠美は声を抑えて愛奈に聞いた。
「あの愛奈様、遊之くんと生徒会長ってどういう関係なんですか?」
「あら、聞いてないの? 確か珠美さんと遊之は同じクラスになったのよね?」
「はい、早速友達になれました! とても可愛くて私からアタックさせていただきました!」
「その可愛いと思ったモノに対する執念のブレなさはとても尊敬するわ」
目を輝かせて断言する珠美に、愛奈は苦笑していた。
「それはそれとして遊之と斎はね、兄弟なのよ」
「え!? あの生徒会長と遊之くんが兄弟!?」
珠美は驚きもあり、雰囲気も手伝い、この時はまだ深く追求はしなかった。
何も事情を知らない他人からすれば、彼らは似ても似つかない兄弟だからだ。
「おっと、久しぶりの弟との再会を楽しみたい所だがこのままだと夜になってしまうな。やるべき事をやらないといけない」
「生徒会長の仕事はやっぱり大変?」
「そうだな。こうも大きな学園だと生徒会長ってのもやる事が多くて、俺もこうやってお忍びで来ないと碌に雑談もできやしないぐらいだ」
楽しそうにしている会話に愛奈は遠慮なく割り込む。
「違うわよ、謝罪要求ついでに生徒会室で暇そうにしていたから連れてきただけよ」
愛奈の告白に斎の表情が固まった。
図星の挙動だったが、正面と真横から刺される痛い視線を避けるために優男らしい作り笑顔をする。
「・・・・・・たまたまだぞ遊之? ちょっと休憩していたタイミングだったんだ」
「わざわざ〔ブラックマジシャンガール〕を
「いや、だからちゃんと説明しただろ愛奈! あれは企業案件だったんだよ。学園のスポンサー企業から新型
「だからって、わざわざ〔ガール〕じゃなくても問題ないわよね?」
「たまたま手元にあったカードがそれだっただけだ」
「色々なモーションを試していたのも?」
「当然だろう。細微な箇所まで立体的に、忠実にカードを再現してこその立体映像装置なんだからな」
「服の中を覗こうとしていたのもそうだって言いたいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
決定的な現場を見られていたらしく、斎は何も言い返せなかった。
「不潔、変態」
「生徒会長、最低です」
「いや待ってくれ! 遊之ならわかってくれるはずだ、お前なら俺を信じてくれるだろ?」
「人間として軽蔑する」
「だから誤解なんだ! どうして信用してくれないんだ、俺はこの学園の生徒会長なんだぞ!?」
「立場は関係ない」
「ごもっともです、すいませんでしたー! 俺は不潔で変態で最低な生徒会長ですー! もうしませんので許してくださいー!」
女子からの蔑みの視線に耐え切れず遊之に助けを求めたが拒絶され、逆ギレして嘆いていた。
これが世界最高峰の
千華柄学園全生徒の〟頂点〝に立つ決闘者。龍皇斎という男だった。
「さて、雑談はここまでにしておいて本題の話をしよう」
「流石、私たちの生徒会長は開き直りが得意なのね」
「斎の特技だから」
「非を認めるって言ってるだろ!? まったく、反省している人間を苛めてなにが面白いんだ、どうして俺の周りにはこうも我が強い奴しか集まらないんだか・・・・・・」
「あなたが好んで選んでいるからでしょ? 生徒会メンバーなんてそのままじゃない」
ため息交じりの愚痴にもすぐに愛奈が反応する。
それが事実であり、愚痴は零しても好んだ人物に対する斎の愛情の持ち様を現わしていた。
「そうだな、あいつらは自慢の仲間だよ。そして愛してもいるさ、勿論、愛奈も遊之もな」
「あらそう、ありがとう」
恥ずかしがらず、照れもせず、斎は好意を肯定し、さっきまでの情けない生徒会長の顔とは別人のような無邪気な子どもっぽい笑い方をする。
素っ気ない言葉とは裏腹に愛奈はまんざらでもない様子で、遊之も彼の本質が垣間見れて微笑ましくなった。
「斎の方は、変わってないみたいだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの、珠美?」
「ご、ごめんねガン見しちゃって、遊之くんってこんな風に柔らかく笑うんだって思って! 変な意味はないからね!?」
「変な意味?」
遊之は横から見惚れているかのように見つめてきた珠美に話しかけたが、慌てて言い訳をする様子が可笑しく思えた。
「僕だって笑うよ?」
「うん、そうだよね」
その後、生徒会長である斎の個人的な計らいで入学式に出席できなかった遊之のために彼直々に入学に対する感謝と激励の言葉が送られ、寮の説明もしっかりとされた。
本来なら男子寮に用意されるはずだった遊之の部屋は相部屋を希望していた他生徒が急に個室を望んだために埋められてしまい、加えて、その変更手続きと報告を寮長が怠っていたため把握が遅れてしまった事。
重なって、他の空いていた男子寮も改装などで使用ができなくなってしまい、様々な要因が絡まった結果、急遽、遊之の部屋は空いていた女子寮に割り当てられてしまった事。
愛奈は遊之の部屋がある寮の寮長をしておりマスターキーを所持しており、勝手に部屋に入って来れたのはそのせいだった事。
「今更だけどごめんね遊之、私も間違っていたわ。親しい間柄だったとしても無断で部屋に立ち入るのはおかしわよね、本当にごめんなさい」
「気にしないで、元々プライベートな空間なんて僕には」
「遊之」
遊之の言葉を遮ったのは、真剣な面持ちの斎だった。
「プライベートは例外なく人間なら誰しもが持つモノだ。個人の大切な時間や空間を身勝手な理由で侵害するのは如何に家族だろうと友達だろうと良しとされていない、現代人において精神的な安定を保つための重要な
「わかった」
親が子を躾けるような言い方だったが、遊之はあっさりと頷いた。
「ありがとう、物分かりが良くて助かるよ。話を戻すが、こうなったのは俺たち生徒会の管理不行き届きが原因だ、改めて謝罪する。迷惑を掛けてすまなかった。まだ時間は掛かるができるだけ早く男子寮への転居の手続きは進めようと思っている、それまでこの部屋を利用して欲しい」
「ありがとう、僕は大丈夫だよ。でも、同じ寮の人たちは納得しているの?」
この学園にいる生徒たちは全員が遊之より年上だ、だから、異性というよりも子どもとして見られる目もあるのかもしれない。
それでも、自身は思春期を迎えた年齢の男子であり、間違いを犯さないとは限らない。
「斎、僕は万が一の危惧も望まないよ」
そう遊之は伝えた。
「ほんと、しっかりしてるわこの子」
普通の、小、中学生の年齢の男子がここまで周囲の事を考えて行動しているのか? そんな異質さを感じさせた。
「同じ寮生には説明をして理解を促した。事情が事情だけに了承はしてくれたよ、とはいえ男女の健全な交流のために節度ある行動と制約は必要になるが、そこは追って寮長である愛奈から説明させよう。質問疑問も彼女に聞くと良い。まあ、それ以前に生徒会でも同様の意見は挙がって、俺が問題ないと踏んで押し通した結果でもあるんだがな」
「どうして言い切れたの?」
「問題が起これば俺が責任を取る、だが、絶対にそうはならないからだ」
「根拠は?」
「お前はそういう人間ではないと信じているからだ」
「未来は誰にもわからないよ?」
「俺にはわかる。知っているはずだ、それだけで十分な理由になる事も」
斎の閉じられていた左目が、僅かな時間だけ見開かれる。
右の赤い瞳とは異なる青い瞳が遊之を眼中に収め、
「・・・・・・そうだね、わかった」
遊之が納得したというよりも引き下がるニュアンスを醸し出すと、斎は満足げに左目を閉じた。
「これで話は終わりだ。用事は済んだし、俺たちはお暇させてもらうな」
「わざわざ来てくれてありがとう」
「当然だろう、俺は千華柄学園の生徒会長だぞ? それに、兄として弟の顔を見たかったのもあるしな。お前という決闘者がこの学園に来てくれるのを待ってたぞ、誘ったあの日からずっとな」
「1ヶ月遅れてごめん」
「あれは仕方ない事だ、気にするな」
斎が両腕を広げると遊之は躊躇もなく近づき、欧米風の抱擁(ハグ)をした。
「お前と一緒ならきっと最高の学園生活を、決闘をできると信じてるぞ」
「斎の期待に応えられるように頑張るよ」
「大いに期待している」
この日は笑顔で別れる事になった。3人を見送る遊之は最後に珠美に声を掛けた。
「珠美、また明日」
「うん、また明日ね。遊之くん」
手を振って、振り返して、珠美は扉を閉めた。
「あれ? そういえば大事な事を言い忘れてるような~・・・・・・まあ、いっか~」
気が抜けたのか、いつも通りの語尾が伸びる口調に戻っていた。
先に歩いていく斎と愛奈の後ろを追いかける。
「ねえ、斎」
「どうした?」
隣を歩く斎の顔を愛奈は見つめ、
「なんでもないわよ」
そう、嬉しそうに笑っていた。
「なんだよ気になるじゃないか。愛しい君に見つめられるのは悪い気分じゃないが」
「別に大した事じゃないの、今日はとても気分が良いんだなって思っただけ」
「そうだな、我ながらはしゃいでしまったと思った」
「子どもみたいだったわよ」
「子どもだろう俺たちはまだ。それに遊之に掛けた言葉も嘘じゃない、きっとこの学園はあいつが来た事でもっと面白い場所になるはずだ。だから、そんな未来が来るとわかれば今からでも心が躍るのは当然の事だ」
「かもしれないわね」
「愛奈は違うのか?」
「どうかしらね、私は皆と価値観がちょっとズレてるみたいだから。銀条君や簪さんなら一緒に喜んでくれるわよきっと」
「あいつらはそのとおりだ、俺と似て好奇心旺盛だから絶対に遊之に興味を持つだろうな。牙城もそうだ」
「牙城君が? 他人には興味が無さそうだけど?」
「あいつは興味の対象が人より狭いだけだ」
「そうなのね、知らなかったわ」
「勘違いされるのも無理はないだろう、ストイックが過ぎて自分を表現したがらないからな。そこが面白くもあるんだが」
仲間を語る斎は楽しそうでもあり、嬉しそうでもあった。
「だが価値観は人それぞれだから感情が異なるは必然だ、でも愛奈も嬉しいだろ? 遊之とまた遊べるんだからな」
愛奈の脳裏には4年前に遊之と初めて出会った時の記憶が張り付いていた。
まだ今よりも幼く、髪も短かった男の子。
彼を斎に紹介された時、最初に強く抱いた感情があった。
「ええ、そうね」
彼女はその時と同じ感情が湧いているのを一切表に出さずに、笑顔を作っていた。
☆ ☆ ☆
次の日。
学園生活2日目になると、早速、クラスメイトたちの遊之への態度に変化が出てきた。
「おはよう、マキ」
「おはよう」
「おはよう遊之、真澄。一緒に来たのか?」
「たまたま途中で会ったのよ」
「ほーん、そうか」
良平は興味が薄そうに流していたが、遊之は内心で疑問が浮かんでいた。
登校中、真澄の部屋がある寮の前を通りかかった時に声を掛けられて一緒に行く流れにはなったが、タイミングが良すぎて待ち構えていたように感じたからだった。
道のりでした会話を記憶から掘り返して、疑問の手がかりを掴もうとすると寮の話題が中心にあったと思えた。
もしかすると遊之の部屋がある寮が女子寮にあるのを真澄は知っているのかもしれなかったが、追求もしてこないため、あえて無視する選択をした。
珠美はまだいないが、朝のホームルームまで時間があるため不自然ではなかった。
そこに、昨日までは関わらなかったクラスメイトが混ざって来る。
「おはよう、マキ、丸藤さん。それと天神」
「よう、禽野」
「おはよう、禽野君」
「おはよう、たしか禽野竜一」
「フルネームで覚えてるなんて凄いな、でも改めて自己紹介させてもらうよ。同じクラスの禽野竜一だ、よろしくな。天神って呼んでいいか?」
「問題ない、僕からは竜一って呼べばいい?」
「好きに呼んでくれていいけど、じゃあそれで」
禽野竜一は鶏冠のような独特の前髪を持つ少年だった。
年下のクラスメイトとも対等に接する対応から『良い人』だと遊之は直感した。
「それで何か用か?」
「用って程でもないんだけど、ほら、この学園って1つのクラスに入ってる生徒の数が多いだろ? まだ全然顔も名前も覚えきれてないんだよね。だからできるだけ皆と関わって覚えたいと思ってるんだ、それで今日は天神にって思ったんだよ。昨日のマキとの決闘で興味も沸いたしね」
「ありがとう」
「いやいや、お礼を言われる程の事じゃないし。俺の方こそフルネームで覚えていてくれてちょっと嬉しかったよ」
「鶏冠が気になったから印象に残ってた」
「鶏冠? あー髪型ね! なるほどね!」
独特な覚えられ方に苦笑する竜一だった。
「なんだよ竜一、早速仲良くなってんのか? ついでに俺たちも紹介してくれよ」
竜一の後ろから3人のクラスメイトが加わる。
「どれぐらい仲良くなったかはさておき、紹介するよ天神。こいつは
「虎河だ、よろしくなアマチュアチャンプ」
「遊之でいい」
「おう、昨日の決闘は見てて面白かったぜ! 変わった
「わかった」
トラ柄のTシャツを着た男子生徒で、目尻の尖った眼と八重歯が特徴的だった。
「で、こっちが
「よろしく」
「なんて呼べばいい?」
「できれば水橋の方がいいかな、その方が気楽だし」
「わかった」
前髪を切り揃えた水色の髪の女子生徒だった。
「で、後ろのが
「昨日の決闘は俺も拝見させてもらった、同じ決闘者として尊敬に値する素晴らしい内容だった。これも何かの縁、今後ともよろしく頼む」
「よねづでら?」
「どうかしたか?」
糸目と剃髪した頭、手首に数珠を巻いている仏教徒らしい出で立ちの男子生徒だった。
遊之は握手をしながら彼の顔を観察し、疑視感の正体を突き止めた。
「もしかして、京都南側総代のご子息?」
「ほう、俺の実家に赴いた事があるのか?」
「総代の朱翁さんにお世話になったから」
「そうだったのか。しかし世間とは狭い、既に別の縁で繋がっていたとは。もし父に用事があるなら俺が仲介しよう、我ら朱雀の者は縁ある者への助力は拒まない」
「ありがとう、今後ともよろしく」
「良き友、良き好敵手である事を望む」
硬い握手を交わしたのは、有益な交友を互いに求めていたからだった。
「なんだ? なんの話をしてるんだ?」
「天神とは元々顔見知りだったのか?」
「いや、初対面だ。天神は実家と接点を持っていたらしく俺は今初めて知った。父は人助けが好きな人でな、顔が広く、こうした遭遇もなくはない話だ」
「へー、そうなのか! 人助けが好きなら俺を決闘者としてもっと強くして欲しいぐらいだぜ!」
「ふむ、ならば今日の決闘実技、虎河の相手は俺がするとしよう」
「いいぜ、デッキは何でやる?」
「〔外道ビート〕でお相手しよう」
「お前それ俺が苦手なの知ってるだろ! ふざけんなっ!」
「むしろ、苦手じゃないデッキが珍しいと思うけど」
虎河の反発に共感してか、遊之と真澄以外のメンバーは苦笑をするかとても嫌そうな顔をしていた。
「己が弱点と向き合うのも成長の一歩だ、我らが目指すプロ決闘者への道のりはかくも険しい」
「物知り顔で語ってんじゃねえよ、この外道ハゲ!」
「誉め言葉として受け取っておこう」
「本当に嬉しそうに笑うなっつーの!」
「虎河、誠のペースに飲まれてるぞ。いつもそうやって負けてるだろ?」
「米津寺君って絶対Sでしょ」
「人間とは生まれながらにして業の深い生き物だからな」
新しく知り合えたクラスメイトの人となりがわかり、遊之は落ち着くために良平と真澄の近くに戻る。
「楽しい人たちだね」
「個性強いよなー」
「あんたが言うのそれ?」
「そういえば、今日はまだ加賀頼見てないよな? 真澄は何か知ってるか?」
「さあ?」
ホームルームが始まる10分前になり、良平は珠美がまだ教室にいないのに気づいた。
「遊之は?」
「珠美ならもうすぐ来るよ」
「来る?」
遊之が教室の出入口に視線を移し、良平と真澄も後を追う。
彼女が遊之の宣言どおりに来たのはその数秒後だった。
「本当に来た」
「マジかよ、お前、未来予知でもしたのか?」
良平と真澄の目が驚愕に丸くなっていた。
「珠美の足音がしたから。人によって違うからわかりやすい」
「そうなのかもしれないけど」
「どんな耳をしてたらわかるようになるんだよ」
「それよりも様子がおかしい」
やっぱり、昨日に寮で会った時のメイド服姿と学園での制服姿の彼女では印象と雰囲気がかなり異なって思えたが、そんな事よりもここまで全力で走ってきたかのように息を切らしているのが気になっていた。
呼吸と乱れた髪と制服を整えてから、珠美は無言のまま早歩きで近づいてくる。
隻が珠美と最も近くなった時、自ら顔を背けていた。
「おはよう加賀頼さん、あれ?」
竜一があいさつをしても珠美は反応せず、遊之の正面で止まり、しばらく何も言わずに見つめ続けた。
全員が普段の朗らかな珠美とはかけ離れた様子に戸惑いを覚えた時、遊之が切り出す。
「珠美、おはよう。どうしたの?」
「遊之くん、昨日の事、まだ誰にも話してないよね~?」
遊之の肩に手を置いて尋ねる珠美は、笑っているようで目が笑っていなかった。
「昨日の事?」
「もしかして僕の部屋に」
「わあああああああああ~! だからそれ以上は言っちゃだめええええええええ~!!!」
「わふ」
珠美は絶叫し、遊之の頭を両腕で抱え込むようにして引き寄せ、自らの胸元に顔を埋めさせていた。
突然の大声と、いくら友達だとしても異性にするとは思えない抱擁の仕方に1年F組の誰もが釘付けになっていた。
ただ遊之だけは平静を保っており、知る限り愛奈に次いで珠美の豊かな胸の谷間に挟まれた顔を動かし、どうにか呼吸を確保した。
「珠美、落ち着いて」
突拍子もない行動の理由はわからずとも焦りから生まれているのだと察し、落ち着かせるために彼女の背中に手を回して優しく叩く。
悪しからず教室全体を更に動揺させたのは、遊之の善意の行動と落ち着きようが、恋人同士がする熱い抱擁のように見させてしまう勘違いを誘発させたからだった。
「どうしたんだ加賀頼? 急に遊之に抱き着いて」
「はっ!?」
勇気ある良平の一言に正気に戻った珠美は、周囲の反応に気づいた。
自分が何をしでかしたのか、どんな風に思われているのか、理解するには一瞬だけで足りてしまい、わかりやすい程に珠美の顔は耳の先まで真っ赤になっていた。
それでも遊之を離さないのは、昨日の事を口にして欲しくない強い意志の表れだった。
「昨日、遊之の部屋でなんかあったのか?」
「馬鹿! 信じられない! あんた、どうしてそんなデリカシーが無い訳!?」
「いってえ!? マジで頭叩くんじゃねえよ!」
思いっきり良平の頭を叩いた真澄の顔も、同じぐらいに赤くなっていた。
「違うのマスミン、そうじゃなくて~! えーと、あの~・・・・・・」
「大丈夫だよ珠美、昨日の事を知られたくないのはわかったから。誰にも言わないから安心して」
「うぅう、ごめんなさ~い! ちょっと遊之くんをお借りします~!」
事態の悪化を止めるのに適した返事が見つけられず、涙目にまでなってしまった珠美は遊之の手を引いて教室から出て行ってしまった。
「ホームルームまで10分もねえけど大丈夫か?」
「よくわからないけど、俺、マキのそういうとこ凄いと思うよ」
「つまりどういうとこだ?」
呆然とする教室内で、竜一は良平をとりあえず尊敬していた。
遊戯王 ― knocking・gate ― 第5話「龍皇斎」・終
2022/12/09 微調整