散る花の如く   作:紫 李鳥

2 / 6


 

 

 片町まで出ると、時間潰しにウインドーショッピングをした。恋をすると、女はどうしてファッションに興味を持つのだろう……。欲しいものがあるとワクワクする。柊子は恋する乙女の気分だった。

 

 

 少し遅れて行くと、柊子に気付いた窓際の卓也が慌てて煙草を消していた。

 

「お呼び立てして申し訳ありません」

 

 卓也が立って会釈をした。

 

「私のほうこそ、遅れて申し訳ありません」

 

 頭を下げた。

 

「あ、いいえ。今日も素敵なお召し物で」

 

 腰を下ろしながら卓也が見とれた。

 

「ありがとうございます。あ、コーヒーを」

 

 コップを置いたウエイトレスに注文した。

 

「――それはいわゆる絞りというものですか」

 

 卓也が素朴な質問をした。

 

「ええ。絞りの一種で、“総鹿の子(そうかのこ)”と言います」

 

「いやぁ、素敵だ。お似合いです」

 

「ありがとうございます」

 

 柊子は恥ずかしそうに俯いた。

 

「おまちどおさまです」

 

 ウエイトレスが置いたコーヒーカップに目をやりながら、卓也の熱い視線を感じていた。

 

「お食事でもいかがですか」

 

 それは予期せぬ誘いだった。

 

「……よろしいんですか」

 

「ぜひ、お願いします。ご足労いただいたほんのお礼です」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

「よろしいですか」

 

 煙草を持った卓也が喫煙の許可を求めた。

 

「ええ、どうぞ」

 

「話は変わりますが、ゴルフはしますか」

 

「……ええ。以前、少し」

 

 東京にいた頃、付き合っていた男に連れられて、何度かプレーしたことがあった。

 

「じゃ、ぜひ今度行きませんか」

 

「ええ。教えてください」

 

 カップに口を当てた。

 

「どのぐらいで回られるんですか」

 

「恥ずかしいわ。60ぐらいです」

 

「えっ!ラウンドで?」

 

 わざとらしく驚いた顔をした。

 

「もう、意地悪ね。ハーフですわ」

 

 ()ねてみせた。

 

「でも、女性はそのぐらいでいいですよ。あまり(うま)いとやりづらい」

 

「小山内さんは?」

 

「僕も偉そうなことは言えなくて、44~5ぐらい。まぁ、アベレージゴルファーかな」

 

「わぁ、スゴい」

 

「いやいや。どうせならシングルを狙わなきゃ」

 

「期待してますわ」

 

「はい、頑張ります」

 

 二人は目を合わせて笑った。

 

「あ、じゃ、そろそろ行きましょうか」

 

 思い出したように言うと、煙草を消した。

 

 

 店を出て路地に入ると、運転手が乗った濃紺のベンツが()まっていた。運転手を待たせていたなんて考えもしなかった柊子は、運転手に申し訳ないと思った。

 

 初老の運転手は急いで車から降りると、後部座席のドアを開けた。卓也は柊子を奥に乗せると、自動車電話のボタンを押した。

 

「あ、小山内ですけど、女将いる?――はいはい。――あ、小山内です。――ハハハ……。すいませんね、息子のほうで。二名で今から行きますので、――はい、よろしく」

 

 電話を切ると、

 

「〈若槻(わかつき)〉に行ってくれ」

 

 と、運転手に指示した。

 

「はい、かしこまりました」

 

「和食ですが、いいですか」

 

 車窓を見ていた柊子に訊いた。

 

「ええ。お任せします」

 

 卓也に顔を戻した。

 

「あなたをがっかりさせることはしませんから」

 

 柊子に向けた卓也の目は自信に溢れていた。

 

 

 五分ぐらいで、老舗料亭の〈若槻〉に着いた。格子戸を抜けると小さな庭があって、そこから入り口まで敷石が続いていた。廊下の隅には九谷焼(くたにやき)の花器が置いてあり、紫色の牡丹(ぼたん)が活けてあった。

 

 仲居に案内されたのは、中庭が見える離れの座敷だった。座布団に挟まれた座卓には、所狭しと(たべもの)が並んでいた。仲居が運んできた銚子で二人が差しつ差されつ呑んでいると、女将が挨拶にやって来た。

 

「失礼する。こりゃまぁ、お坊っちゃま。ようおいでくださった」

 

 深々と三つ指をついた。五十半ばだろうか、鴬色の付け下げに金色の帯をした身形(みなり)には、いかにも女将の貫禄(かんろく)(うかが)えた。

 

「その、お坊っちゃまは、いい加減やめてくれないかな。三十過ぎた男にお坊っちゃまはないだろ?」

 

「ぷっ」

 

 柊子が失笑した。

 

「ほら、笑われたじゃないか」

 

「あらま、こちらのお美しい方は?」

 

「あ、紹介するよ。んと……」

 

 卓也は、肝心な名前を訊くのを忘れていた。

 

加藤柊子(かとうしゅうこ)と申します」

 

 お辞儀をした。

 

「これはこれは。ようまぁ、おいでくださった。まぁ、素敵なお召し物で」

 

「ありがとうございます」

 

「お坊っちゃまには、ご贔屓(ひいき)にしていただいとりまして。お父様の代からですさかい、もう、かれこれ――」

 

「女将、二人きりにしてくれないか」

 

 針魚(さより)の昆布酒漬けを口に運びながら、女将を邪魔者扱いした。

 

「まぁ、これはこれは気が利きませんで。失礼いたしました。どうぞ、ごゆっくりと」

 

 そう言って頭を下げると、雪見障子を閉めた。

 

「すいませんね、煩くて」

 

「ううん、そんなこと……」

 

「どうですか、味のほうは」

 

「ええ、とても美味しいです。この(たけのこ)の煮物も、とても美味しいです」

 

「良かった」

 

「あっ、そうそう。お着物、渡すの忘れてました」

 

「後でいいですよ」

 

「でも、忘れちゃうといけないので」

 

 膝を立てると、紙袋を卓也の傍に置いた。

 

「あ、どうも、ありがとう。おふくろ喜ぶな」

 

「親孝行なんですね」

 

「いや、プレゼントなんて滅多にしませんよ。還暦(かんれき)も兼ねてるから、いい機会だと思って」

 

 手酌をした。

 

「そんな大切なお品を、うちのような小さな店で選んでいただいて、ありがとうございます」

 

「……どうして、あなたの店にしたと思いますか」

 

「……さあ」

 

 首を傾げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。