初見の人はゆっくりと見ていってください。
朝、目を覚ますと、隣に大切な人がいる。これがどれだけ幸福なことか、最近段々とわかってきた。
今までは遊びに来たら何日かで帰ってしまっていたから、新鮮だし、嬉しい。
私の隣で眠るのは高校時代からの友人にして、唯一無二の親友──そして、互いに想いを伝え、晴れて恋人になることだできた女性
絹糸のようなサラサラとした綺麗な焦げ茶色の髪に、閉じていて今は見えないけど、黄金色の輝く瞳が特徴。
凛々しい顔立ちと、明るく真面目な性格をしていて、友達も多い。
正直、私には釣り合わないような、そんな人。だって……私は性格も暗いし、他人の考えてることだって、上手く分からない。人付き合いも苦手。
桜には悪いけど、本当はそんなこと思ってないけど、嬉しい半面、怖くなる。
いつか、いなくなってしまうんじゃないかと、怖くなるんだ。
彼女がそんなことしないと、わかっているのに。
「臆病で、ごめんね」
未だ夢の中にいる桜にそう言って、首筋に優しく歯を立てる。痛くないように、跡になるように、時間をかけて、ゆっくりと。
髪から香るシャンプーの甘い匂い嗅ぎながら、刻み付ける。
最低だ、本当に最低だ。
でも、きっと、彼女は──桜は、笑って許してくれる。少し怒ってみせるけど、最後は優しく微笑んで、しょうがないわね、と言ってくれる。
恋は、人の良い所にばかり目がいってしまう病気だと、彼女は言った。
愛は、人の悪い所も汚い所も、全てを好きになることだと、彼女は言った。
どちらも受け売りだと、苦笑していたが、その通りだと思った。
私は今になっても、自分を愛せない。
環境を憎んで、人が苦手になったあの頃から、変われていない。
折角、桜の隣にいられるようになったのに、ただぬるま湯に浸ってるだけ。
「っ……はぁ……はぁ……」
赤くなった首筋から唇を、歯を離した時、ふと昔を思い出した。
人生のターニングポイントとも言える高校一年の春。
桜と出会ったことを。
◇
今日もダメだった。
入学から一月。そう一人、放課後に誰も居ない教室で愚痴るのが、私の日課になりつつある。
本当なら、今日もその筈だったのに……よりによって一番会いたくないクラスメイトが、教室に残っていた。
累塚桜。学級委員長をやっているキッチリとした真面目系のクラスメイトだが、明るい性格が功を奏し、ウザがられることもなく、誰からも好かれている。
一番会いたくない理由は、妬みなんかじゃない。勿論、羨んではいるが、手に入らないものの為に背伸びをしても、意味が無いと知っているから。そんなことはしない。
本当の理由は……一目惚れをしたから、だ。きめ細やかな綺麗な肌、可愛らしくも凛々しい顔立ち、黄金にも劣らない輝く黄金色の瞳、流れるような焦げ茶色のロングヘアー。
元から同性が好きという訳ではなかった私でさえも虜にするほど、彼女は優れた容姿をしていた。
その上、性格も良いし頭も悪くない、運動だってできるのだから、より好きになるしかなかった。
今日もダメだった、この言葉の意味は、ただ一つ。それは、累塚さんと話すこと。
中学時代に、イジメで植え付けられた人嫌いも、彼女のことは対象外らしく、自然と教室でも目で追ってしまい、気の迷いからか、危うく行動日記をつける手前まで至った。
教室には累塚さん一人。チャンスではあるが、ここで失敗したら、高校生活が終わってしまう可能性が高い。
ま、まずは、落ち着こう。
最悪でも、挨拶くらいはして帰らないと不味い。
けど、それは最低ライン。
できるなら、無難に会話を続け、自分を覚えてもらうくらいはしたい。
良し!
決意は固まった、あとは行動に移すだけ。
机に紙束を乗せて作業をする累塚さんに、私は勇気をだして声をかけた。
「あ、あの……累塚さん? 何、してるんですか?」
「あぁ、これ? 実は、担任の先生に頼まれて、明日授業で配るプリントのホチキス止めをしていたの」
「ひ、一人じゃ大変じゃないですか? 私! 暇なので、お手伝いします!!」
「良いの? 悪いわね。じゃあ、こっちにある束をお願い。上から三枚ずつ取ってホチキス止めすれば良いだけだから、よろしくね」
た、多分、成功……だよね。
微笑みながら渡された紙束とホッチキスを受け取り、作業を開始する。
なんとか話をしようと頑張ってみたが、中々上手く続かない。
そんな時、彼女の方から話しかけてくれた。
「
「へっ……? そう、ですけど。なんで、私の名前を?」
「学級委員長ですもの、クラスメイトの顔と名前くらい覚えてるわ」
「すごい、ですね」
「別に、大したことじゃないわ。それより、あなたが優しい子でよかった。あんまりクラスに馴染めてないみたいだったから、心配だったのよ」
安堵の笑みを浮かべる累塚さんが、嘘なんてついてるようには思えない。
思えないから、胸が高鳴ってしまう。
名前を覚えてもらった上に、心配までしてくれていたなんて。
不味い……不味い……。
うるさい、ドクンドクンって、うるさい。
うるさ過ぎて、漏れてるんじゃないかってくらい。
顔、赤くないよね。
変な顔、してないよね。
あぁ、もう。
どうしよう。
このままだと、「あぁ」とか「うぅ」以外、喋れなくなりそう……。
◇
はい、喋れませんでした。
累塚さんが折角、話してくれたけど、私はロボットみたいに、決まった回答しかできなかったです。
今はと言うと、何故か彼女と二人で帰路についています。
疑ってはいたけど、帰り道がそこまで変わらなかったらしい。登校中に背中を見かけることが多いと思ってはいたけど、まさか、ホントに累塚さんだったなんて。
「結構、家も近かったりするのかしら?」
「……いえ、それはないと思います。私の家、街の少し外にあるんです」
「そう……残念ね。それはそうと、敬語使わなくてもいいのよ? クラスメイトなんだし」
「えっと、ちょ、ちょっと難しいです。私と累塚さんじゃ、クラスでの立場とか、立ち位置とか……全然違うし」
改めて考えると、今の状況がおかしいだけだ。本来なら、私と累塚さんがこうやって話すことはなかった。せいぜい事務的な会話が関の山。
彼女に声をかけられる存在でもないし、彼女に声をかけていい存在でもない。
そうやって、ネガティブな思考に傾いていくと、自分では止めることなんて、できない。
止まらない被害妄想に、勝手な自己嫌悪に、グラグラと心が揺れて、生まれたばかりの恋心が磨り減っていく。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。
もし、このまま、累塚さんの隣に居たら、私が壊れてしまう。
「すみません、私──」
「逃げないで、美月」
優しい声が、私の言葉を遮り、足さえも止めた。呼ばれたら、呼ばれたら……逃げるなんて、できない。
そっと歩み寄って来た累塚さんは、私の手を握った。どこにも行かないように強く、抱きしめるように優しく包み込んだ。
「私、あなたのことを美月って呼ぶわ。だから、美月は私のことを桜って呼んで? 敬語もなし。周りなんて、気にしなくていいから」
「さ、桜……さん」
「さん付けもなし」
「うぅぅ……桜! こ、これでいい!?」
「えぇ、これからよろしくね、美月」
微笑みを浮かべる桜は、とても綺麗で、見惚れてしまった。黄金色の瞳に視線が吸い込まれ、自然と自分から顔を近付けてしまう。
気が付いた時には、遅かった。
「ち、近いわ、美月」
「あ……ご、ごめん!!」
急いで頭を下げて、目を逸らしたけど……桜の顔赤かった。
照れてた?
まさか、そんなこと……ないよね?
チラッと、チラッとだけ。
「……っぅ。あまり、見ないで」
いつものキリッとした表情や、さっきの微笑みは『綺麗』だったけど、今の赤面具合は『かわいい』、その一言に尽きる。
勘違いじゃなければ……桜も、私のこと意識してくれてるのかな。
だったら、嬉しいな。
◇
朝起きたら、恋人に首を甘噛みされていたなんて、普通の人なら思いもしないだろう。
私だって、交際を始める前までは、そう思っていた。
「で、なにか言い訳はあるのかしら?」
「な、なにもない、です」
しゅんとした表情で子犬のように私を見つめるのは、恋人であり親友の菊池美月。
薄茶色で艶のある二つおさげの髪、深みのある栗色の瞳、童顔で可愛らしい顔立ちが特徴だ。
「はぁ。今日は街に行くから、しないでねって。私、昨日言ったわよね?」
「……言いました」
「そんなに、私が信用できない? それとも、私が他の人に構われるのが嫌?」
「…………」
「もう、我慢しなさい」
黙りこくる美月の首筋に、私は歯を立てる。お仕置の意味も込めて。強く痛くなるように、血が出ない程度に。
「っぅ……ぁぁ……」
痛かったんだろう。
悲鳴にも似た声が漏れたが、私は聞き流す。あくまでお仕置だ。痛くなければ意味が無い。
数秒か、数十秒。
スっと口を離すと、仄かに花の香りがした。
「これでお揃い。ほら、早く朝ご飯にしましょう。私、お腹がすいちゃったわ」
「……う、うん」
ベットから起き上がり、スタスタと部屋を出ようとする私の跡を、美月が追いかける。
絆創膏、あったっけ。
そんなことを思いながら、今日も一日が始まろうとしていた。
次回もお楽しみに!
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