だけど書きました。
首筋の痕に、まだ熱を感じる。
数日は開いたはずなのに……桜は相当強く噛んだんだろう。
多分、こんなこと言ったら変人だと思われてしまうが、それが少しだけ嬉しい。
「……えへへ」
「美月? なにか良いことでもあったの?」
「あぁ……えっと、久しぶりに二人でビーチコミングできるから。それが嬉しくて」
「そう。私も楽しみよ。ほら、準備を済ませて早く行きましょう」
危なかった。
どうやら上手く誤魔化せたらしい。
瞬きは……多くなってないと、思う。
意識したから、大丈夫。
と、取り敢えず、桜の準備を手伝わなきゃ!
テキパキと荷物をまとめていく桜と同じように、必要な道具を集める。
一旦外に出て、庭にある物入れから小さいスコップと熊手、大きいスコップと袋など、使える物を取っていく。
手馴れた作業、何の変哲もない作業だが、大切な人と一緒にやるのは、ポカポカして好きだ。
時間もあっという間に過ぎていくし、重い荷物も難なく運べてしまう。
これが俗に言う、愛の力と言うものなのだろうか?
「あっ、そうだ。忘れる所だった……」
カメラ、カメラを忘れるわけにはいかない。
何も言わないでも、桜は持っていくだろうが、私は私で写真が撮りたいんだ。
景色を撮るのもいいし、拾った物の記録にもなる。
それに、私だけ撮られるのは嫌だ。
私も、桜を撮りたい。
「今日は、何が見つかるかな」
書斎に着いた私は、カメラを取ったついでに、机の前にある写真が貼られたボードや、今まで拾ってきた物たちを見て、そう呟いた。
◇
初めてあった日から数日が開き、私と桜はよく会って話すようになった。
きっと、クラスにあまり馴染めていないのを、気にかけてくれたんだろう。
嬉しい半面、もどかしい。
迷惑をかけてるようで、モヤモヤする。
でも、彼女に会えば、そんな気持ちはどこかに行って、ただただ楽しくなってしまう。
もしかしたら、彼女は魔法が使えるのかもしれない。
今だって、お昼休みの屋上で、私の趣味の話にニコニコと耳を傾けてくれている。
「珍しい趣味ね、ビーチコミングなんて。そんなの初めて聞いたわ」
「そうかな?」
「そうよ。とっても素敵な趣味。できるなら、今度一緒にやってみたいわね」
「な、なら! 今度の土日のどっちかは無理かな?」
興味を持ってくれたのが嬉しくて、私はそう食い気味に聞いてしまった。
趣味を珍しいと言われることはあっても、素敵だと言われることはなかったから、舞い上がっていたのかもしれない。
近付きすぎたことに気付いて引いたのは、結局、私だった。
「ご、ごめん」
「い、いえ、気にしないで。少し、驚いただけだから。……それで、土日のどっちかって話だったわよね? 午前中はどっちも部活があるから無理だけど、午後からなら大丈夫よ。遅くなっても平気かしら?」
「ぜ、全然大丈夫だよ!! 夕日を見ながらやるのはすっごく楽しいから! 私も昔はお父さんと……」
「美月?」
「…………お父さんと、良くやったんだ。お母さんはガラクタが増えるだけだって言ったけど、なんだかんだ拾った物は捨てないでくれてさ」
「そう……」
黙りこくる私の背中を、桜はそっとさすってくれた。ふとした時に思い出した、両親の影が彼女とダブって見える。
優しくて、温かくて、いつも私を笑顔にしてくれた、大切な家族。
お父さんがビーチコミングを教えてくれた。
お母さんが写真の撮り方と、料理を教えてくれた。
いつも、私になにかを教えてくれたのは、二人だった。
「ビーチコミングを教えてくれたのは、お父さん?」
「うん……そうだよ」
「良い、お父さんね。一度、ご挨拶したかったわ」
「きっと、私が友達を連れてきたなんて言ったら、ビックリするよ」
「そうなの?」
「まぁね。だって、家に誘ったのも、友達ができたのも、桜が初めてだし」
恋をしたのだって、初めてだ。
彼女と──桜と過ごした時間はまだ短いけど、色々な初めてを教えて貰ってる。
だからだろうか、お父さんたちの影と桜が重なって見えたのは。
懐かしい気持ちが溢れてきて、ちょっとだけ泣きそうになってしまう。
見せたくない。
そんな一心で、必死に笑顔を作った。
重い話をするつもりなんてなかったし、泣いて迷惑もかけたくなかったから。
誤魔化すように微笑んで、なにか話題を変えよう、そう思ったのに……。
言葉が喉につっかえて、上手く話せない。
取り繕うとすると、我慢しようとすると、心が苦しい。
心の真ん中に大きく空いた『
嫌われたくないのに、好かれたいのに、自分の醜い部分を涙と一緒に吐き出してしまう。
吐き出して吐き出して吐き出して、残った思いは一つだけ。
「桜だけは、居なくならないで」
それは──歪んだ愛だった。
◇
無心で砂浜を掘っては埋め、掘っては埋めを繰り返している美月をペットの猫であるきなこと眺めること数十分。
慣れ親しんだ光景なはずなのに、飽きは一向に来ない。
それどころか、一生懸命な彼女を応援してあげたいくらいには、微笑ましいわ。
ポケットからそっとスマホを取り出し、シャッター音を消して一枚。
結果は……上々かしら。
落ち着きのある緑のセーターに白のロングスカートを着た美月が、砂浜とありえないくらいマッチしてるわ。
被写体が良いと、撮りがいがあって高揚してしまうのは、きっと私だけじゃないはず。
自分にそう言い聞かせ、少しずつ角度を変えながら写真を撮っていく。
流石の美月も私の動きに気付いたのか、ムッとした表情でこちらを見つめてきた。
「撮ってばかりじゃなくて、宝探ししてる?」
「勿論。私の宝物をしっかり撮ってるわ」
「そういう、サラッと言っちゃうの……反則だよ」
頬を朱に染めて、プイっと顔を逸らすところも、また可愛い。
もう一枚、とスマホではなく自前のカメラを取り出した時、視界の端にキラリと光るものが見えた。
気になって光った場所に近付くと、私は小さなお宝を見つけた。
栗色のシーグラス。
茶色ではなく、栗色。
あの子の瞳と同じ、綺麗な栗色のシーグラス。
シーグラスも自分の指も、両方傷つけないよう慎重に拾うと、私は美月の方へ歩いた。
「今日は大当たりね。お宝発見よ、美月!」
「それって……シーグラス?」
「そう。栗色のシーグラス。こんなハッキリした色、珍しいんじゃないかしら?」
「本当だね! すっごく綺麗……」
「もうお昼だし、写真を撮ったら一旦帰りましょう」
「うん!」
くしゃっと笑う美月は、本当に愛おしい。
命に代えてでも守りたくなるような、そんな笑顔をしている。
もし、あの時と同じ事件があったら、また私が彼女を守らなければいけない。
本音を言っていいなら、もうあんな恐怖体験はゴメンだが、美月の為なら喜んで戦うだろう。
幸せが長続きする保証なんて存在しない。
意地を張って過ごしていたら、きっと後悔する。
だから、今を大切に、彼女と歩こう。
「美月、もうちょっと寄ってちょうだい」
「こんなに近くなくても入ると思うけど……」
「私が撮りたいの、ほら」
肩を抱き寄せて、可能な限りくっ付いた状態で、カメラのシャッターを切った。
撮れた写真は、賞に応募しても問題ないくらい良い出来だ。
シーグラスも良いアクセントになってる。
あぁ、私は、彼女の家族になれているだろうか。
なれてたら、良いな。