「姫さまったら、まーた殺し合いなんかしてー」
背中に風呂敷で包んだ本を背負った鈴仙がぼやく。竹林の中に作られた砂利道を、僕と鈴仙が並んで歩く。その後永琳からなぜか二人でてゐを探すように言われ、お互いが周囲に目を光らせながら進んでいった。
「字面だけ聞くと物騒だよね」
「まあいつものことですから」
輝夜は不老不死であり、決して死ぬことがない。蓬莱の薬と呼ばれるものを飲んだためであるが、相手も同じ薬を飲んでいるため遠慮なく殺し合いが出来るという寸法だ。
「姫様の方は騒いでいるほうにいるだろうから、たぶん見つかるはず。問題はてゐの方」
「見つけるだけで幸運になるっていうぐらいだからなぁ」
『幸運にする程度の能力』を持っているてゐは、見ただけでも迷いの竹林を抜けられるほどの幸運を得られるという。といっても、幸運は竹林を抜けただけで全部使い切ってしまうらしいが。
「ここはやっぱり、基本の法則に従って探すしかないのかなぁ」
「基本の法則って? どえっせぃ!?」
聞いた瞬間、いきなり踏んだはずの地面の感覚がなくなり、そのまま下へ真っ逆さま。
「てゐはよく罠を悪戯で作るんです」
「悪戯でしていいレベルじゃないっ!」
地面から這い出て一声。なぜこんな危険なものをばらまいているのか。てゐの捜索を始めて行う身としては、これはかなり面倒なことになる。
「罠の密度が高い方向に、てゐがいるというわけです」
「納得したよ……槍衾とかがなくてよかった」
「場合によってはありますよ」
「殺意もあるんじゃないそれ?」
もともと普通の人間がほとんど訪れないからこそ遠慮なく仕掛けられているというとこか。大抵の妖怪は空を飛んで抜けるし。
「多少体に穴が開く程度で済みますよ」
「僕はその価値観は分かり合えないと思った」
認識がずれていた。怪我してもたいがい治るからこそ容赦なく仕掛けているのだ。
「ところでその作戦だと、僕らはトラップ地帯に自ら突き進むことになるよね?」
「慣れですよ慣れ。でも危険なものもあるから、基本は私が前に出て、引っ掛かったらあなたが助けるという方針でおね――がいん!?」
変な声を上げて、前を歩いていた鈴仙が視界から消える。
「えっ、どこに……あっ、上か!」
「お、降ろしてください! 見ないでお願いします!」
顔を赤くした鈴仙が片足を縄で縛られ、逆さまで宙づりになりながら助けを呼んだ。当然スカートは重力に従って垂れ下がりそうになっているので、両手で必死に抑えて隠している。
「……これは苦労するなぁ」
竹のしなりを利用した罠は、思った以上に手が込んでいる。こんなのが後にも続くと思うと少々げんなりした。
「ふっふっふー。いい感じに誘導しているみたいだね」
竹林の陰から、罠に引っかかりつつも移動する二人を観察する小さな影が一人。
「あいつらいい加減にくっ付いちゃえばいいのにさぁ。一年間なーんも進展ないんだから」
もともと人間を避けるきらいがある鈴仙が、彼のようなただの人間と平然と接することはかなり珍しい。永琳が今回二人を一緒に活かせたのも、仲をより深めさせようという魂胆からだった。
そしてこの追跡者であるてゐもまた、永琳が二人を探しに来させることを見計らって普段よりも多めに罠を設置していた。吊り橋効果、というものを狙っているのである。さらに罠群を抜けた先の“ゴール”にも、より一層関係を深めるための罠を仕掛けていた。
「どうなるのかなー」
つかず離れずの距離を保ちながら、二人の行く末を見守るてゐなのであった。
「だ、だめ……これ以上強くは……」
「我慢だよ鈴仙。僕も頑張るから」
だんだんと薄暗くなっていく竹林の中で、僕と鈴仙の声が響く。最近になって鈴虫が鳴くようになったが、近くにいる今だと鈴仙の声が強調される。
「怖いですよ……ひゃ、優しくしてって……」
「これ以上は無理だから。覚悟を決めて……」
「は、はい……」
両肩を抱いた鈴仙が、身をこわばらせる。そして僕はそんな彼女を後ろから近づいて――。
「いたいたいたいぃい――!?」
彼女の髪の毛にくっ付いていた粘着性の植物の種を取り除いていった。
「動いちゃだめだよ。まだ何個かついているんだから」
「てゐのやつ、上からこんなのを降らせてきてぇ……!」
地面を踏みぬいたと思ったら、上にカモフラージュされて設置していた籠から降り注いだのはオナモミ。ひっつき虫の名で知られる、植物の種だ。それが大量に鈴仙に降り注いだのだからたまったもんじゃない。特に鈴仙はうさ耳の部分に短いとはいえ動物性の毛がしっかりと生えているので、そこから取り除くのにもだいぶ苦労している。
「いったい何種類あるんだ、てゐの罠って」
「どんどん新作が編み出されていくから考えるだけ無駄ですよ……。いたた、ああ、せっかくセットした髪が……」
鈴仙の綺麗な薄紫色の足元まで届きそうな長い髪は、オナモミのせいで無残にもぼさぼさになってしまった。
「帰ったら髪をとかすのを手伝ったほうが良いかな? こんなに長いと手入れも大変だろうし」
「えっ……あ、ありがとうございます。気遣ってくれるだけでうれしいです」
急な僕の申し立てにきょとんとした鈴仙だったが、すぐに顔を赤くして両手を振った。
「そう? ……うーん」
「わひゃあ! な、なにをしているんですか!」
「何って……まだついていないか確かめていただけだよ」
髪にくしを入れる感覚で、さらさらと鈴仙の髪に指を差し入れて確認する。内側まで入り込んでいたらあとが面倒だ。
「……男の人に髪を触られるなんて」
「? どうかした?」
「な、なんでもないです!」
まだ完全に確かめ終わっていないのに、鈴仙は歩き始めてしまった。
「なんなんだ……?」
鈴仙の態度が少しおかしいことに訝しむも、慌てて僕は彼女の後を追うのだった。
またしばらく歩いていくと、今度は罠プラス激しい爆発音が聞こえるようになっていた。これは絶対てゐの罠によるものなんかじゃない。
「……ねえ鈴仙。永琳さんが言っていたいつもの場所ってさ」
「……この先です」
お互い冷や汗をかき始める。いつもみんながやっている弾幕ごっこではなく正真正銘の命のぶつかり合い。そんな場所にてゐがいるとは思えない。
「……戻りましょうか。たぶん見落とした道とかがあるんですよきっと」
「ソウデスネ」
鈴仙ならたぶん大丈夫だろうけど、一般人である僕が巻き込まれたら本当に命の危険に晒される。わざわざ目に見えている危ない橋を渡る必要はない。
そして、二人そろってその場から去ろうとした瞬間、僕たちの間をすり抜けてものすごい勢いで何かが吹っ飛んできた。
「「わっ!」」
ズドオーン! と地面に衝突したそれは、道をえぐって五メートルほど移動してから静止した。
「ははは、言いねぇ今の、輝夜もなかなかやるじゃんか! まあ私の方がもっと飛ばせたけどさぁ!」
土埃が舞う中、むくりと起き上がった少女が実に血気盛んに叫んだ。
「あっ、もこたん」
「誰がもこたんだ! ……あ、おまえか。輝夜ん所の月ウサギまでいるし」
土煙を振り払って現れたのが、輝夜の対戦相手、『藤原妹紅』である。長く白い髪が特徴的な、赤いモンペと白いカッターシャツを着た女の子だ。
ちなみにもこたんって語感が良いよね。かわいい響き。柔らかぷにぷにしてそう。
「おまえなんか失礼なこと考えていないか?」
「何のことかな?」
服がボロボロの妹紅が問い詰めてきて慌てて取り繕うが、顔を近づけて僕の表情をよく観察してくる。顔が近い!
「どこを見ているのかしら妹紅?」
キュキュンと光速の弾幕が飛来して当たりの地面に突き刺さって弾ける。やっぱり当たったら致命傷だこれ。声の主は見えなかったけど輝夜だった。どうやらいまだ舞っている土煙でよく見えていないらしい。
「って、逃げませんと!」
「そうしよう。結婚できずに死にたくないです」
意見が一致して素早くその場から離れようとする。弾幕が降り注ぐ中、範囲外に向かって猛ダッシュ。
だが、弾幕の避け方なんてほとんどやったことがない僕が、殺し合いの弾幕をよけきる道理などなかった。
「あっ」
こういうのを走馬灯というのだろう。かなりのスピードが出ているはずなのに、妙に弾幕の動きがスローに見える。
あ、これ死んだ。そう理解してもどうにもならない。僕はただ、迫りくる光弾が直撃するのを、呆然と見ることしかできなかった。
「危ないっ!」
光弾が当たるその前に、鈴仙が僕に抱き着いて無理やりその射線に割り込んだ。必然、弾は鈴仙の背中に当たり、僕も一緒に数メートル吹っ飛んで倒れる。
「だ、大丈夫!?」
すぐさま起き上がりながら彼女の状態を確認する。
「え、ええ……なんとか……」
一瞬鈴仙が心配させまいとやせ我慢しているのだと思った。あれだけの威力の弾幕を受けて、無傷でいるはずがない。慌てて鈴仙の背中を確認するが――。
「あ、あれ?」
風呂敷から零れ落ちた一冊の本。それからは黒こげの巨大な弾痕から煙が上がっていた。
「本が盾になったんだ……」
とりあえず鈴仙の無事が確認できたので、また当たらないうちに鈴仙の手を引っ張って移動する。
「ここまでくれば……大丈夫かな」
竹林の奥まで引っ込んだ僕らは、ほーっと肩の力を抜いた。
「てゐがわざとあそこに誘導するように罠を仕掛けていたのね……」
「まんまと嵌められたわけかぁ」
「ごめんなさい、あなたを危険な目に合わせてしまって」
シュンとうさ耳が垂れる鈴仙。彼女は全く悪くないのに責任を感じているようだ。
「僕は鈴仙に命懸けで助けてもらったし、油断していた僕が悪いよ」
「手加減無しの姫様の弾幕をよけきるほうが無理なんです。当たりそうになったことに非はないですよ。しっかり覚えて入れば、近づく前に気づいていたはずなのに……」
「じゃあおあいこ。僕を助けたことと、危険に晒したことでね。これでこの話はおしまい」
「え? あっ……」
僕が言いたいことを理解したようだ。僕はいつまでも落ち込んでいる彼女の頭を撫でた。
「今からてゐを探してももう遅いから、今日は仕方ないし帰ろう。永琳さんも理解してくれるよ」
「……ありがとうございます」
ほんのりとほほを赤く染めながら、鈴仙は微笑んだ。
その後、輝夜に手渡すはずだった本がボロボロになったため、鈴仙が大目玉を食らうことになるのはまた別のお話である。
コメント、あんまり来なくてさみちい。全部に返答するわけでもないけど。