幻想郷とて日常はある   作:わしはトマトが嫌いじゃ

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 ちょっぴりエッチな回。ちょっとだけね。


第十一話 シンプルなスライム

 紅魔館の地下には広大な図書館があり、主に外来の本が置いてある。魔導書は言わずもがな。どこかの教科書や漫画まで、絵本だってある。ないのは本じゃないものぐらいか。

 

「ふふふ……遂に完成したわ……」

 

 さて、そんな大図書館の一角にある読書スペースにて、全体的に紫色の小さな魔女が不気味に笑っていた。

 彼女の名は『パチュリー・ノーレッジ』。館の主のレミリアの友人で、この図書館の管理者である。基本的にこの図書館にある本をすべて把握しており、ほぼ毎日ここに籠って読書をしている、別名動かない大図書館。または本の虫。

 その彼女は、時折この図書館の本を読んでインスピレーションを受け、何かしらの魔術的な実験を行うことがある。この笑い声もそれによるものだった。

 

「こんにちはー、鈴奈庵ですー」

 

 そんな邪悪感たっぷりある雰囲気の中、全然場の空気に合わない声が一つ。

 自称外来の一般人。でも多くの妖怪たちと親睦を深めているどこまでも謎の男。本人も無自覚なのでたちが悪い。仮に、『外の少年』と呼ぼうか。呼び名は受け取り手の好きな呼び名で構わない。

 

「あら、もうそんな時間だったのね。今『小悪魔』に持ってこさせるから、そこに座って待ってて」

 

 パチュリーは少年を本が積みあがったテーブルの前のイスに促し、自分はティーポットを魔法で加熱し、ぬるくなった紅茶を温めた。

 

「お呼びですかーパチュリー様ー」

 

 パチュリーが自ら契約した使い魔である小悪魔を呼び寄せた。声をかけずとも、契約によってつながっている魔力の糸で、好きな時に呼び寄せることが出来る。

 

「この人に返却用の本を持ってきてくれる?」

 

「分かりましたー」

 

 ぱたぱたと背中の蝙蝠のような羽を動かして飛び去る小悪魔。背中以外にも頭にも一対の小さな羽があり、こちらは感情によって動きが変わる。パチュリーは温め終わったティーポットと、新しく用意したティーカップをもって、少年が待つテーブルへと向かった。

 

「お茶、用意しなくてもいいのに」

 

「客人をもてなさないなんて、レミィに知られたらどやされるわ」

 

 パチュリーはテーブルに残ったわずかなスペースにカップを置いて、紅茶を注ぐ。

 

「ところで、なんかお取込み中のようだったけど。何をしてたの?」

 

「研究成果を見る前に、まずこの本を見てほしいの」

 

 パチュリーは外の少年に一冊の本を差し出した。

 

「外の世界の化学の本よ。あなたなら見慣れていると思うのだけれど」

 

「へえ、懐かしいな。鈴奈庵にもいろいろと本はあるけど、基本的に古いからなぁ」

 

 地下図書館の本は勝手に増え続ける。古いものから新品同然なものまでと様々だ。

 

「で、そのしおりが挟んでいるページを見て」

 

「どれどれ……『自由研究にお勧め、立派な科学者になろう!』か。また懐かしいものを……」

 

 外の少年にとってもその本は見覚えがあるものだったのだろう。他のページもぱらぱらとめくり始める。

 

「懐かしむのはいいけど、さっきのページの下を見て」

 

「分かったって……うん? スライム?」

 

 プルプルとどろどろの間の性質を持ったあのスライムである。子供ならだれもが一度は作ったことがあるものだ。

 

「ええ、スライム。ここに乗っているやつをモデルに、私なりにアレンジしたものを作ってみたの。それがこれよ」

 

 そう言ってパチュリーは、両手に乗るサイズのビンにたっぷりと詰められた青いスライムを少年に見せつけた。

 

「見たところただのスライムだね」

 

「今はね。じゃあ、いくわよ」

 

 パチュリーはすぐそばの床に瓶を置き、続いて魔導書を開いて呪文を唱える。

 すると瓶の中のスライムがボコボコと泡立ったかと思うと、いきなりコルク栓を吹き飛ばして中から飛び出した。

 

「おお、こいつ、動くんだ」

 

「だけじゃないわ」

 

 パチュリーが手振りで指揮を執るかのような動きをすると、スライムが床に着地した後、ぽよんぽよんと弾みながらパチュリーの左肩に乗っかった。

 

「私が指示した通りに動くようにしたわ。アリスの人形と似た原理ね」

 

「フムフム、他には何か能力とかあるのかな?」

 

「そうね、ムチのような腕を伸ばせたり相手にまとわりついて攻撃したり。……服だけをとかす粘液を出したり」

 

「えっ」

 

「冗談よ」

 

 紅茶を飲んで一息つくパチュリーの言葉に、外の少年は硬直した。どのような反応をすればいいのかわからなかったのだ。

 

「他にもこのマイクを使えばスライム越しに会話もできるわ。といってもお遊戯みたいなものね」

 

 パチュリーはスタンドマイクを取り出した。試しに彼女がスライムと言うと、同時に肩のスライムもまた口を開くような動作をして同じ言葉をしゃべった。

 

「声質は変わるんだ」

 

「地声でもいいのだけれど、こっちのほうが可愛げがあるでしょう?」

 

 ぽよんと肩から降りたスライムが瓶の中に戻り、再び元の状態に戻った。

 

「スペルカードに応用したりはしないの?」

 

「スライムを活用した弾幕? べタッと広がるぐらいしか想像できないわね。それはそれで使えそうだけど……私の趣味じゃないわね」

 

 瓶をコルク栓で蓋をしたパチュリーが、魔法で瓶を机の上まで移動させた。

 

「あのー、パチュリー様?」

 

「本は持ってきたようね。どうしたの?」

 

 本棚の陰から十冊ほど本が山積みになったものを運んできた小悪魔が、恐る恐るといった形で発言した。

 

「魔理沙さんがここに向かっているって、半泣きの美鈴さんから連絡があったんですけど……」

 

「……また無理やり押し入られたわね」

 

「苦労するね」

 

 魔理沙は図書館の本を死ぬまで借りていくため、パチュリーの悩みの種となっている。そのたびに弾幕ごっこで阻止しようとするが、実力差で毎度持っていかれるのが現状だ。

 

「あなた、悪いけど魔理沙に言ってくれないかしら?」

 

「いやあ、魔理沙の蒐集癖にはいくら僕でも止めようがないよ」

 

「それもそうね……」

 

 うむむと頭をひねるパチュリーは、ふとスライムに視線を移した。

 

「……せっかくだからこの手でいこうかしら」

 

「えっ?」

 

「あなたも協力して頂戴。お礼に代金は倍払うから」

 

 そう言ってパチュリーはスライム入りの瓶を持ち上げた。

 

 

 

「パチュリーお邪魔するぜー……って、なんだ誰もいないのか?」

 

 巨大な扉を開けた魔理沙が周囲を見渡すが、大図書館はしんと静まり返っていた。

 

「ふむ、うるさい図書館主も司書もいない。依然として咲夜は来ていないし既に美鈴は白旗を上げさせた。吸血鬼姉妹はいつも通り出張ってこない、と」

 

 普段パチュリーがいる読書スペースにもいくが誰もいないことが分かる魔理沙。現状を確認するため障害となりえる人物を口頭で上げる。そして全員が自らの邪魔に入らないことが頭の中で確定して。

 

「つまり今日は絶賛借り物セールってわけだな。パチュリーがいないと借りがいがないけど、こんな日もあるよな! うん」

 

 誰もいない図書館で、わざとらしく声を上げると、いそいそと持ってきた風呂敷を広げ始めた。普段は数冊のところ今回は風呂敷がいっぱいになるまでもっていこうとしているようだ。

 

「そこまでだ! 春雨魔理沙!」

 

「だ、誰だ!? というか私は霧雨魔理沙だ!」

 

 言い間違いをされつつも魔理沙は周囲をぐるぐると見渡す。

 

「視線が上過ぎるぞ! もう少し下だ!」

 

「妖精メイドか? 随分と声が子供っぽいな」

 

 言われたとおりに魔理沙が視線を下に向けると、はたして、そこにはプルルンとした質感の青く透明な球形のスライムがいた。

 

「……スライム?」

 

「ただのスライムではなぁああいっ! パチュリー様より動ける体を与えられた、かつての幻想郷の支配者、その名も――」

 

「ああそういうのはいいから。どうせパチュリーがまた変なものを作ったんだろ?」

 

 名乗ろうとしたところでぽっきり話の腰を折られたスライムは、後ろを振り向いて少し落ち込んだ。

 

「わ、悪かったって。んで、元幻想郷の支配者が、私に何か用かあるのか?」

 

「……ふん。さっきのことは大目に見てやる。パチュリー様が留守の間、この私が図書館の警護を仰せつかったのだ! いつもパチュリー様は貴様に本を持っていかれないかと心配になり、枕を涙で濡らす毎日。パチュリー様の安眠は私が守るうぅううっ!」

 

 ぽよぽよとジャンプして弾みながら妙なハイテンションでセリフを言いきったスライムに、魔理沙はあっけにとられる。

 

「さあ勝負だ、村雨魔理沙! この魅惑のぷるるんスライムボディの恐怖を脳に焼き付けるがいい!」

 

「さーって、どの本を持っていこうっかなー」

 

「無視するでないっ!」

 

 もはやスライムの調子に合わせると知能が下がってしまうと思い込んだ魔理沙は、風呂敷片手に付近の探索を行おうとしていた。

 

「むむむ……こうなったら必殺技を使わざるを得ないな。流鏑馬魔理沙」

 

「だから私は霧雨魔理沙だって。わざと間違えているだろ」

 

 いい加減うんざりしてきた魔理沙は、早くこの変なスライムから離れたいと感じていた。

 しかし、離れるどころか、自分はこの肩乗りサイズのスライムは意外な強敵だという事を、彼女は思い知らされることになる。

 

「スライムネット!」

 

「っ!?」

 

 ばっと飛び上がって、さらに蜘蛛の巣のように広がったスライムが、完全に油断していた魔理沙を包み込んだ。

 

「な……この野郎!」

 

「ふっはっは。いくらでも暴れるがいい! ただ私はスライム、か弱き少女が暴れたところで何ともないさ!」

 

 スライムの言う通り、魔理沙が暴れてもスライムネットから全く脱出できない。

 

「くっ、私をどうするつもりなんだ!?」

 

「今後パチュリー様を困らせないよう、トラウマを植え付けさえてもらうのだ!」

 

「と、トラウマだとぉ?」

 

 あれよあれよと再びスライムが姿を変え、魔理沙をバンザイした状態で両腕を固定した。

 

「ま、まさか……」

 

「ふむ、やっと察しがついたようだな。だが遅いぞ! 今から行う刑からは、もう貴様は逃れられないのだ!」

 

 衣替えが住んでいない魔理沙の夏服の袖に、スライムから伸びた細長い触腕が伸びる。そして一斉に、魔理沙の脇をくすぐり始めた。

 

「くすぐりデスバンド!」

 

「技名どうにかならなかったのかよ! なぁ、は、ははははははは! やめて、やめてくれぇ!」

 

 涙目になりながら許しを請う魔理沙。両足をじたばたさせキャーキャー騒ぐが、拘束はびくともしなかった。

 

「どうだ、私の必殺技の味は! 文字通り逃げ出したいほどの威力だろう」

 

「分かったから、まいったからやめてく、ああ、あはははっははははあはは!」

 

 魔理沙はもはやまともに言葉もしゃべられなくなる。身をよじって何とかくすぐったさを散らそうと試みたが、触腕と脇の距離が変わるわけがないので無意味に終わった。

 

「今後、この図書館から無断に本を持ち出さないこと。それを約束するのなら開放するが、どうする?」

 

「そ、それだけはしないぜ! たとえ私の脇が血だらけになるぐらいくすぐられても、その条件には首を縦には振らないぜ!」

 

「ならば、これでどうだ!」

 

  触腕をさらに伸ばしたスライムは、今度はわき腹をも対象にくすぐり始めた。

 

「―――っ! は――だめ、だ、そこはよわ、くっふふふはあははは!」

 

 浜に打ち上げられた魚のごとく、絨毯の上で暴れる魔理沙。もはや敗北は必至だ。

 

「ふはははは、もはや大勢は決したな。大人しくピチュるがいい!」

 

「お、はっは、は、お、おぼえてろ――!」

 

 ぷつんと、限界来たのか、捨て台詞を言った魔理沙は、それ以降何の反応も返さなくなった。

 

 

 

 魔理沙が静かになったのを見計らって、パチュリーと外の少年はこそこそと隠し部屋から姿を現した。

 

「作戦成功ね」

 

「やり過ぎじゃないかな?」

 

 白目をむいて気絶している魔理沙の頬を突っついた少年が、パチュリーに問いただした。

 

「ノリノリで声を当てていた人が何を言っているのかしら」

 

「それは、まあ、スライムってどういう性格かわからないし」

 

「私がスライムを操って、あなたがあたかもスライムに自我があるかのようにしゃべらせる。しかもいくら攻撃されても元に戻るから、凍るか蒸発させられない限りほぼ無敵。素晴らしいものが出来たわ」

 

「悪用しないことを願うよ」

 

 横たわっている魔理沙をお姫様抱っこで持ち上げた少年の腰の集金袋に、貸本の代金が普段の倍入れられた。

 

「小悪魔が外で待ってるわ。魔理沙は……門の外で適当に放りだしておけばいいわ」

 

「そんなわけにはいかないよ。途中まで送るって」

 

「……ねえ、あなたって」

 

「ん?」

 

「……ううん、なんでもないわ。それじゃあね」

 

「うん、じゃあまた今度」

 

 パチュリーの言いかけた言葉に少し気になったが、特に追及することでもないと感じた少年は、そのまま魔理沙を抱えて図書館から去っていった。

 




 女の子のくすぐりって、個人的にR16ぐらいあると思うの。

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