人里にある貸本屋、鈴奈庵。僕が主にアルバイト先として働いている本屋だ。ただ本を貸すだけではなく、本や新聞を販売したりもしている。小規模ながら本の印刷なんかも行うほどで、店番である『本居小鈴』の本好きが興じて、様々な分野に手を伸ばしている。
「ここはこれで、こっちはこうで……」
踏み台に乗って本の整理をする小鈴。その間僕は売り子としてレジ前の椅子に座って待つ。僕が手伝わないのは今小鈴がしまっている本は妖魔本。妖怪が書いた本だからだ。それらの本は妖怪が封印されている可能性もあって、危険性も考慮して小鈴はあまり僕に触らせたがらない。
……まあ、時々小鈴自身が妖魔本を興味本位で解読しちゃったりすることもあるけど。その場合は霊夢や魔理沙といった妖怪退治専門のメンツが駆けつけるようになっている。
「小鈴? 返しに来たわ」
「あっ、来た来た……わっととと」
踏み台の上で振り返るものだから思わず落ちそうになる小鈴。そして紫髪の少女が、のれんを掻き上げて店の中に入ってきた。
『稗田阿求』。小鈴の友人だ。一見するとただの少女だが、実は今まで何代も転生したことがあるというすごい女の子。『一度見た物を忘れない程度の能力』を持ち、こと暗記能力は幻想郷一ともいえるだろう。
「この本だけど、やっぱり私には読めなかったわ」
「内容は妖怪御用達のお料理本だけどねー」
小鈴は『あらゆる文字を読める程度の能力』を持ち、現在では読める人物は存在しない古い妖魔本の文字でも読むことが出来る。本好きの小鈴ならではの能力だ。
「妖怪のお料理って少し気になったものだから、自力で解読してみようと思ったのに」
「お料理といっても、世の中には知らない方が良いこともあると思うよ? ねっ?」
「まあ、そうだね」
「?」
僕と小鈴のやり取りに頭にクエスチョンマークを掲げる阿求。僕には本の内容を口伝いで教えてもらったのだが……まあ実践しようとは思わない。まさに妖怪専用レシピだ。
「まあそこまで気になるほどでもなかったから別にいいわ。はい」
「これはどうも」
古びた本を阿求から受け取る。ちなみに普段僕が貸本を回収しに行くとき借主から代金を貰っているのは、現地に赴く際の手間賃だ。本の貸し出し代金は鈴奈庵で別途請求している。
「一年前に来たばかりと違って、働き方が板についてきたわね」
「そうかな?」
「そうですよ! 初めのころはいつも躓いて本を落としてばっかりで!」
ここぞとばかりに小鈴がまくしたてる。本を愛するこの少女は、本を乱暴にされることを極端に嫌う。まあレア物でもなく売り物にもならない本に対しては結構ドライだが。
「今では幻想郷どころか人間が本来いけない場所にまで進出するほどだものね。冥界地底天界と、あなたって何者なのよ」
「ちょいと人脈が広くて人外が多い一般人ですけど?」
「ここも博麗神社みたいに妖怪が集まる場所と認識されないでしょうか……」
自分のことなのでどれほどそれが重大なことなのかよくわからないが、とりあえず知人の作った道具のおかげでかなり活動範囲が広がっていることは確かだ。空は飛べないので、その手段での行き来が必要な場合には紫が作った『簡易式スキマ生成玉』という陰陽玉似た玉を使って、決められたポイントに移動できる。移動ポイントに天界を含めたことに若干の抵抗を示していたのはどういうわけだったのだろう。
「あなたのおかげで売り上げも少しは上がっていますから、一概に悪いとは言い切れないんですよね。妖怪の方がお忍びで来ることもありますし」
「例えば誰が?」
阿求が質問する。
「鈴仙さんが変装してこの前買いに来たし、咲夜さんがお使いで本を借りに来たり。あの狸の妖怪様も変装して来たりするわ」
「狸の……あの妖怪のことね」
「うん、あの妖怪」
「あの妖怪かぁ」
おそらくほかの二人と同じく、ふぉっふぉっふぉっという笑い声をする大きな尻尾の妖怪が頭に浮かんだ。
思えば人里で多くの妖怪が訪れるホットスポットというのはここぐらいのものだろうか。他にも『命蓮寺』というお寺があるけどあそこは人里のはずれにあるし。
「なんじゃ、人をあの呼ばわりするなど」
入口から投げかけられたその人物の声に反応して、三人そろって振り向いた。
「マミゾウさん! こんにちは!」
『二ツ岩マミゾウ』。化け狸達の親玉だ。よくこの店にも入り浸っている。今は人里に入るにあたって、特徴的な耳と尻尾は化けて隠している。
「こんにちは、マミゾウさん」
「うむ、小鈴も小僧も元気そうじゃな」
基本的にマミゾウは面倒見のいい性格をしている。僕が幻想郷に来る前に小鈴関連で何か事件があったときにも協力したと聞くし。
「私には何かないんですか?」
「御阿礼の子は病弱だと聞いておるからのう。お世辞でも元気そうと答えたほうがよいか?」
「それ以外にも何かあったでしょうに……」
やれやれと肩をすくめる阿求。どうもつかみどころがない妖怪であるため、ペースに乗せられつつあることに若干不満気だ。
「今日は何しに?」
「どれ、今日もいい本がないか見に来たのじゃよ。相変わらず妖気が立ち込めている場所にて、私にはどの本がいいかよくわからん」
その妖気というものが僕にはさっぱりわからない。この前、文に見せた霊夢特製のお守りも何かすごい力が込められていたというが、僕にはほかのお守りと大差ないように見えた。どうやら僕にはその手の力を感じ取ることが出来ないようで、そこのところに疎外感を感じる。
「最近コネで手に入ったレアものがあるんですよ。お気に召すかは分かりませんけど……」
「ふん? それは興味深い」
「私にもどんなのか見せてもらえない?」
ちょっと待っててくださいねーと言いながら踏み台を動かして、別の本棚の前で登る小鈴。最近手に入ったものというのには心当たりはないが、こういう時に小鈴が出すレア物という物はちょっと嫌な予感がする。
「はいこちらです……よったたたた!?」
「あ、まずくない?」
その巨大な本を取り出したと同時にバランスを崩した小鈴は、盛大に踏み台から足を踏み外し、どばたーんと床に盛大に転げ落ちた。
「おいおい、大丈夫か?」
「怪我してない?」
「よっこいしょっと」
「いてて……あ、ありがとうございます」
僕は本だけは死守するように倒れた小鈴の両肩を持って起き上がらせる。
「随分と大きな本じゃのう。それに、妖気がぷんぷんと漂ってくる」
「小鈴にとってのおすすめって妖魔本だものね」
「そんなことないわよ。……たまーに普通の本もお勧めするし」
歯切れの悪い答え方をする小鈴。そうして彼女は、本を受け付け台に乗せ、適当なページを開いた。
「……なんか変な声が聞こえる」
「ほう、小僧にも聞こえるという事は、これは相当の代物じゃのう」
本の表紙を見た時から随分とまがまがしい感じがするが、開いたら今度はうめき声のような音が本から発せられた。心なしかページに載っている絵も少し動いているように見える。
「まがまがしい絵ね……というより、これってもしかして……」
「うん、妖怪がふんだんに封印された妖魔本」
「この店にはトラブルの種しかないのか」
そんなものお祓い担当の人物に預けて即刻浄化してもらうに越したことないが、小鈴からすればそんなことはナンセンスで、なにがなんでも永久保存したいはずだ。
「ほら、妖怪って一口に言っても、マミゾウさんみたいにいい妖怪の方とかいっぱいいますよね? 化け狸の棟梁と言われているマミゾウさんなら、封印を解いてもきっと仲良くできるんじゃないかと思って……」
「封印されている時点で害悪がある妖怪ばっかりなのは確定だよね?」
「仮にページ一つ一つに妖怪が封印されているとしたら……全部解放されたら妖怪の頭数だけで百鬼夜行の出来上がりね」
「人里崩壊待ったなしじゃのう。ところでいくらじゃ?」
「買わないでよ、マミゾウさん」
袖の内からお金を取り出そうとするマミゾウをやんわりと制止する。本気で封印を解きそうだから怖い。
「冗談が通じぬやつよ」
「でも、やっぱりこのままにしておくのは危険すぎるわ。もっと然るべき場所に保管しないと」
「うー……でも他に信用できる人なんて……」
「逆にマミゾウさんなら信用できるという論理を知りたいな」
「おぬしは儂に対する当たりが強いのう」
妖怪の手に渡るのもあれだし、このままこの店に置くのも小鈴が封印を解きそうで危険だ。とすると一番この本を持つのにふさわしい人物となると……。
「おっ、そうじゃ、小僧に持たせたらいいのではないか?」
「えっ、はっ?」
何を言っているんだこの棟梁狸。寄りにもよって一般人の僕に持たせるなどと。
「なに、考えがあってのことよ。妖怪の文字が書いてある本は普通の人間では封印は解けん。そして危険性をよく知っているおぬしなら、ぞんざいに扱ったりせぬと踏んだのよ」
「それはまあそうですけど……」
「それは盲点だったわ……小鈴もそれでいい?」
「むう……でも」
「ここの従業員である小僧の家なら、おぬしも気安く行って様子を確認することぐらい容易じゃろう?」
「……じゃあ、お願いします」
そうして小鈴は本を閉じて、重量感があるそれを僕に差し出した。
「僕の自由意思はないのかなぁ」
「ふぉっふぉっふぉっ。困ったことがあったらいつでも相談に乗るぞ?」
「僕に託すという提案をした本人が何を言ってるんですか」
その後、この本が原因である大事件が起こる……という事はたぶんない。と思いたい。
最後に渡された本がメインのお話が来ることはない……はず。