幻想郷とて日常はある   作:わしはトマトが嫌いじゃ

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 初めての長編。主人公が温泉旅館へ出かけます。


第十六話 妖怪旅館物語、その壱

 紅葉もいよいよ本格的となった秋も終盤。最も紅葉が美しい場所と言えば、まず最初に妖怪の山が上がるだろう。そしてその妖怪の山を望むとすれば、いったいどこがベストポジションだと言われれば多くの意見があるが、多数の人が温泉から見る景色がいいという。

 ちょうど妖怪の山の麓には間欠泉が湧き出ている。そこからの温水を引き入れた旅館は、秋から冬の終わりまで大盛況という事だった。

 

「というわけで、私たちも行きましょうよ! 一泊二日の温泉旅!」

 

「なんで僕まで?」

 

 現在ここは僕の家。人里にある典型的な一軒家で、一年前から住み着いている。来客者は射命丸文。人里に訪れるために変装している。

 

「今年から宿泊費が二割も安くなったんですよ。これはいかなきゃ損というものです!」

 

「僕よりももっと親しい人とかいると思うけど」

 

「ええ、うるさいのが二人来ますよ」

 

 文がうるさいと称する人物など二人しか該当しない。『犬走椛』と『姫海棠はたて』の両名だ。一人は白狼天狗という白毛のオオカミ尻尾と耳を持つ剣士で、もう一人は文と同じく烏天狗の新聞記者だ。

 

「休みが取れたんだね」

 

 天狗は完全な縦社会で、下っ端天狗は雑務に追われて忙しいのだとか。ちょうど休みの周期が合うとは。

 

「まあ、椛は上司命令という事で同行を強要しましたし、はたては私から言わずとも勝手についていくと言いましたし」

 

「大丈夫なのその組み合わせ」

 

 波乱が起こりそうな予感しかしない。慰安目的の旅なのにこれ如何に。

 

「行きましょうよー。宿代はこっち持ちでいいですからー」

 

「なんでそこまで僕を誘うのさ。何か裏があると見える」

 

「ドキッ、そんなわけないですよ。善意善意」

 

 わざとらしくドキッと口で言っている時点で隠すつもりが全くない。宿代は払うとか言っているけど、どうせ個人出版している新聞のネタ作りのためだろう。あそこは多くの大妖怪が来るらしいし、新聞に掲載する話としては申し分ない。

 

「まあいいよ。明日から数日は暇だったし」

 

「その返事が頂けると思っていました! 明日の明け方に人里の門の前に来ていただければ迎えに行きます、そうしたらほかの二人と合流して、軽く山を散策しながら旅館にゴーです!」

 

「最初から僕が来ること前提で予定を立てていたね?」

 

「だって私とあなたの仲ですし。……好きな人じゃなければ誘いません、本当ですよ?」

 

「どっちの意味の好きなのそれ?」

 

「さあ、どっちでしょう」

 

 相変わらず飄々とした態度を見せる文。この間の紫の言葉もあって、僕はここのところ女の子の顔色をうかがう変な癖がついてしまっている。なんだかナルシストじみた発想ではあるけど、好意を持った女の子がいたら、ただの友人関係であり続けるようにしたいからだ。

 文は……たぶん大丈夫。セーフセーフ。

 

「とりあえず、明日の明け方ね。言っておくけど、僕がついていっても事件が起きるとは限らないから」

 

 一応忠告はしておく。それ目的で僕を誘ったのなら過度な期待はしないでもらいたい。

 

「あやや、何を言っているんですか? いつも台風の目であるあなたがそんなことを」

 

 

 

 翌日、人の気配がない、まだ開いていない人里の門で、空から飛んできた文と合流した僕は彼女に抱きしめられ、否、ぶら下がって声が彼方に行くスピードで妖怪の山の麓へと移動した。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「大丈夫ですか? 荷物は落としていませんよね?」

 

 全然心配していないような口調で文が話しかける。気分は足場がないジェットコースターを、普段の何倍もの加速度で振り回された感じだ。へこたれて尻餅をつくぐらいは許してほしい。

 

「相変わらず根性がなっていないわね」

 

「文さん! 人間相手にあの速度はダメですよ!」

 

 妖怪の山参道近くで待っていたのは天狗の二人。文のライバルはたてと、もふもふの椛だ。

 

「……うー」

 

「あれ? 警戒されてる」

 

 僕から見て尻尾を隠すそぶりを見せる椛。尻尾はもふもふするものだとじっちゃんが言っていたので、僕は何も間違ってはいないと思う。実際は言っていないけど。

 そんな中、文が僕に寄り添ってそっと耳打ちをした。

 

「一応教えますけど、人間の撫で方というのはもうメロメロにさせちゃうほどなんですよ?」

 

「それはさすがに過剰表現だよね」

 

 確かに椛などのケモノ耳系妖怪に会うたびになでなで症候群が発病して、どうしてももふもふしたくなってしまうが、それが人の性というもの。もう一度言うけど、僕は間違っていない!

 

「やったらせくはらで訴えますからね!」

 

「誰に?」

 

 はたから見ればくだらない会話をこなしつつ、ようやく足の震えが止まったので立ち上がる。

 

「白狼天狗の犬走椛は、男の人に撫でられると喜んでしまう……と」

 

「あっ、そのネタ私もいただき」

 

「お二方!?」

 

 いつも持っている大剣を鞘付きのまま振り回す椛と、バサバサと背中の黒い羽根をはばたかせて空に逃げる文とはたて。

 

「ねえ、その旅館というのはどこにあるの?」

 

「間欠泉がっ、湧き出ている場所からっ、まっすぐ南へ歩いてっ、半刻ですっ。ここからっ、歩いて昼頃にっ、つくと思いますっ、ふんっ!」

 

 ぶんぶんと振り回す大剣の動きに合わせて答えた椛。文もはたても本気ではないと思うからいい加減許してもいいと思うけど。

 

「直通の道もありますから、迷うことはありません。椛狩り、もとい紅葉狩りを堪能しながら行くとしましょう!」

 

「いい加減おちょくるのをやめていただけませんか!?」

 

 かくして、僕らの温泉旅が始まったのであった。

 

 

 

 ――時は前日にさかのぼる。

 

「相変わらずアリスのパンはうまいぜ」

 

 アリス邸にて勝手に上がり込んだ魔理沙が、彼女の焼き立てパンを齧っていた。

 

「それはどうも。なんだってあなたはいつも私の家に上がり込むのよ」

 

「だっていつも鈴奈庵から本を借りているだろ。せっかくだからそれを私も読み散らかそうという魂胆だぜ」

 

「読んでもいいけど、散らかすのだけはやめてよね。それに、あなた本当の目的はそれじゃないでしょう?」

 

「どういうことだ?」

 

 アリスらしからぬニマニマ顔を作り、一言。

 

「あの人に会うためよね。さりげなく」

 

「んぐ!?」

 

 対して集中して聞いていなかった魔理沙がパンを口に運ぶと同時にこの言葉。当然驚いた魔理沙はのどに詰まらせて窒息しかけた。

 

「ごっほ、ごほ、な、なに言いだすんだよいきなり!」

 

「ふうん、その反応からするに、どうやら図星ね」

 

「んなわけないだろ! 自分で借りて金払うのが少し嫌だっただけだ!」

 

「自分から本を借りにいくとあからさますぎるものね」

 

「あーいえばこーいう!」

 

 顔を真っ赤にしながら頭を掻く魔理沙。

 

「最近、魔理沙の態度がちょっとおかしいって思っていたところなのよ。宴会の席でも、他の女の人に絡まれている彼を見る目が完全に嫉妬のそれだったし」

 

「人を常に観察しているなんて趣味が悪いぜ」

 

「観察せずともわかるわよ。あなた彼だけには特別扱いしているから。たぶん他にも何人か知っているんじゃないかしら。気を付けなさい、彼を狙っているのはあなただけじゃないわよ」

 

「狙ってないっての」

 

 行儀悪く紅茶をすする魔理沙。それすらも気を紛らわそうとしている無意味な行為だとアリスには看過されている。

 

「と、ところで、さっき自慢したいことがあるって言っていたけど一体何なんだ?」

 

 魔理沙が家に上がる際にさりげなく話していたことだった。それを引き合いに出したことで、アリスは話題を中断して質問を答えることを余儀なくされた。

 

「さっきのこと? ちょっと待ってて」

 

 そう言ってアリスは背後の戸棚に置いてある本から、挟んでいた一枚の紙を取り出した。

 

「はいコレ」

 

「何なに……な、『一泊二日、妖怪旅館無料チケット』じゃないか!」

 

 妖怪の山のふもとにある温泉旅館。妖怪を敬遠しがちな人里でも密かに人気な宿泊施設だ。

 

「先週雑貨屋で買い物したらくじ引きをやっていてね。試しに引いたら一等のこれが当たったのよ。日ごろの行いかしら」

 

「アリスの行いなんて大したことないだろ」

 

「白黒の魔法使いも大したことないでしょ」

 

 若干剣呑な雰囲気が漂うが、それはすぐに解消することになる。

 

「……ところでアリス、このチケット、ペア限定とか書いてあるんだが」

 

「ええ、だから誰かひとり誘わなければならないわ」

 

「もう決めたのか?」

 

「……」

 

 無言で首を振るアリス。個人的に付き合いが深い人物は、悉く返事がノーだったのだ。

 

「期限が明日までって書いてあるし、これはヤバいんじゃないか?」

 

「ええ、ヤバいわ」

 

「ちなみに私は明後日までフリーだぜ」

 

「それで?」

 

「私を誘え」

 

 自分の胸をどんと叩く魔理沙。

 

「なんであなたと一緒に行かなきゃならないのよ」

 

「他に相手がいないんだろ? それに自慢していたという事は、アリスは是が非でも旅館に行きたいわけだ」

 

「う……」

 

 ちゃんとした旅行というものを経験したことないアリスは、さりげなくこのチケットの存在にワクワクしていた。何か理由がなければ踏ん切りがつかなかったのだろう。

 

「ここで交渉だ。お前が行くのなら私を連れていけ。行かないんだったら私がもらっていくぜ」

 

「なんで持っていこうとするのよ」

 

「どうせタダ同然でもらったやつなんだからいいだろ?」

 

「……はあ、しょうがない。じゃあ明日の朝、九時ぐらいに妖怪の山の参道前ね」

 

「もっと早くてもいいぜ私は」

 

「残念ながら私の方に用事があるの。暇な魔理沙とは違ってね。魔理沙とは違ってね!」

 

「いいって強調しなくても。それじゃあまた明日。楽しみに待っていろよ!」

 

 家に帰って準備をするつもりの魔理沙が、走って玄関まで飛び出した後すぐ箒にまたがり、自分の家へまっすぐ飛んで行った。

 

「一番楽しみにしているのは魔理沙じゃない」

 

 紅茶を一口飲んだアリスがつぶやいた。




 温泉回はもうちょっと待ってね。
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