「こうして大勢で歩くのはなかなか新鮮です」
「そうだねぇ。できれば前の二人が静かなら文句なしなんだけど」
参道をある程度を登った先、横に伸びた直通の道を歩き続けて約半刻。行程としては半分は過ぎているはずなので、もう少し歩けば目当ての旅館が見えてくるはずである。
「どうしても記事の新鮮さを求めるというのなら、もっと歩かないといけないわ。私のように顔を広くしないと」
「出所の疑わしい情報を掲載している新聞記者がよく言うわね」
「よくずっと言えるよなぁ」
「まあこれは切磋琢磨というものでしょうし」
文とはたてはライバル同士。お互いの新聞を貶め合うことで記者としての向上心を高めているのだという。
「それにしてもあの間欠泉。遠いのか近いのかよくわからないね」
「あそこのお湯を引っ張っているという事ですが、確かあれは『地下間欠泉センター』のお湯ですよね。怨霊は大丈夫なのでしょうか?」
僕が来る前の異変において、『旧地獄』という地底の世界にある間欠泉センターから、温泉とともに大量の怨霊が湧き出てきたのだという。人妖共に危険な怨霊がいまだあの辺りに漂っているとのことだ。そこのところ対策しているのだろうか。
「妖怪旅館には怨霊退治の達人が常駐しているそうですよ。少なくともパイプに乗ってお湯ごと流されてくることはないでしょう」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「伊達に新聞記者はやっていませんから」
お互いにいがみ合いながらも、ばっちりこちらの会話は聞いていたようだ。
「そうじゃなきゃ人里でも人気にならないもの。もしかしたら知り合いがいるかもね」
「普段とはまた違った酒の席で、取材とかさせてもらえればいいんですけどねー」
文の本来の目的は普段の違った顔の妖怪たちの取材である。文字通り羽を休めることも目的の一つだろうが、今日の旅で文が取材手帳を肌から離すことは、たとえ温泉に入る時だろうとないだろう。
「取材もいいけど、温泉旅館と言ったら定番がいくつもあるからね」
「定番、ですか? 宿部屋の席でお酒を飲むとか?」
「幻想郷にあるかどうかは知らないけど、もしあったら教えるよ」
過度に期待されても実際なかったら残念だ。多くは語らないようにしよう。
「あっ、見てください。木々の合間から旅館が見えますよ!」
「どれどれ……へぇ、川のすぐ近くに建っているんだ。」
流れが急な川の傍に、典型的な和風の旅館が何軒も川に沿って連なっている。どうやら複数の建物に分かれているようだ。
「妖怪用、人間用、人妖共用の宿泊施設からなっているそうです。妖怪が怖い、人間が嫌い、人間妖怪を含んだ団体客という方でも問題ない配慮ですね。ちなみに従業員の方も各館に合わせた人選だそうですよ」
「僕らは共用の建物ってことかな?」
「そういうことです。温泉も一緒に入れて安心ですね」
「いや、普通にそこは男女で別れるでしょ」
「あやや、はたてとあろう者が、あの旅館には混浴もあることを知らないんですか?」
「こ、混浴ですか!?」
一番反応したのは椛だった。顔を赤くしてたじろいでいる。
「水着着用なので恥ずかしがることはないですよ。売店に売っているみたいですから忘れても大丈夫ですし」
「僕は男風呂にて失礼」
「あっ、まちなさーい!」
どのみち受付は文が住ませるので無意味になるだろうけど、いたたまれなくなった僕はその場から逃走を図る。混浴で文たちと一緒に入るとか、いじられまくる予感しかしない。悪いけど僕は心安らかに温泉に浸かりたいのだ。
「なんでみんなは抵抗がないんだ!」
「一度は温泉につかりながら一緒にお酒とか飲みたいじゃないですかー」
「混浴があることは知らなかったけど、別にスタイルに自信がないわけじゃないし」
「わ、私は抵抗ありますからね!」
うーん味方が下っ端天狗の椛しかいないこの状況。僕の温泉旅行の旅は初っ端から波乱が確定するのであった。
それから、文やはたてに振り回されつつも旅館まで残りの行程を歩いていき、無事たどり着いたがここでアクシデントが起こった。
「部屋がない、ですか?」
文がこの旅館の皺くちゃ顔の女将と掛け合っているときにそのような言葉が耳に届いた。詳しく聞くため僕も会話に参加する。
「どうしたの?」
「今、四人全員泊まれる部屋が空いてないそうなんですよ」
「申し訳ございません……現在、ほとんど満室でございまして。三人部屋ならお二つ空いていますので、別れていただけるのならお泊めできるのですが……」
「ちょうどいいんじゃないかな? 男女に分かれればいいし」
「普通二人ずつではないですか?」
「女の子同士のほうが羽目を外しやすいと思ってね。この旅館は宿泊部屋で食事みたいだからその時に一緒になればいいし」
「むむむ……まあ取材したいときはそちらに行けば良いですしね。では女将さん、私たちと彼で二部屋お願いします。食事の時は一緒の部屋で」
「はい、承りました。ではご案内しますね」
ちょっとしたトラブルだったが、これも旅の醍醐味だろう。しかし後からくるお客は残念ながらあきらめてもらうほかないだろう。二人ぐらいだったら相部屋もいけるだろうが、いくら僕でも知り合い以外にそんなことはさすがに出来ない。
女将の案内で旅館の二階に案内されて、それぞれの部屋の鍵を渡された後、女将は深く会釈してからまた持ち場に戻っていった。
「さて、では荷物を下ろしたら温泉街に行きましょう!」
「温泉街? 近くにあるの?」
「ええ、少し離れたところに。お昼もそこで食べるとしましょう」
朝食は軽めに済ませたのでお腹ペコペコだ。冷える朝から歩いてきたので、暖かいうどんかそばが食べたい。天ぷらもあれば文句なしだ。
「じゃあすぐ後にね、みんな」
そうして僕らは一時、隣り合った部屋に分かれて入っていった。
「一人でいるのには、やっぱり三人部屋は広いなー」
密かに旅館の広い部屋を独占できることを楽しみにしていたりする。部屋の内装は広い和室に大きな机が一つに座布団はきっちり三つ。窓際にはそこで二人でお酒を傾けろと言わんばかりに、座椅子と机のセットが置いてある。水回りもしっかりしているので用足しも安心だ。
「必要最低限のものをもって……あれ?」
ふと、和室の中央に置いてある背の低い机に違和感。正確にはその上。
「なんでお菓子がないんだろう……」
普通旅館と言えば茶道具とお茶菓子が備え付けられているもの。なのに、明らかにその茶菓子が入っていたはずの茶菓子入れには一つもお菓子が入っていない。
「入れ忘れたのかな?」
茶道具がついているのに菓子だけ不備があるというのは、それはそれで不思議なことだ。特に僕はなくてもいいのだが。
「なっはっはっ! さすがに気づいたかー!」
「そ、その声は!」
声質は少女なれど豪快な笑い声。今まで間違いなく他に誰もいなかったはずの部屋に響き渡る。そして、背後に誰かが降り立つ気配がしたので振り返ってみたら。
「久しぶりだねぇ、軟弱者君?」
頭の横から長い角をはやした少女――のように見える鬼、『伊吹萃香』がそこにいた。僕を様々な呼び方をする人はいるけど、軟弱者扱いするのは鬼ぐらいだ。非力で酒も飲めない僕は彼女からすれば、軟弱者と認定されるのは当然だろうけど。
「近頃霊夢のところで姿が見えないって思ったら、こんなところにいたの?」
「ここはいいよー。あたし自ら何かせずとも勝手に宴会が始まるからね。んぐっ」
と言いつつひょうたんの酒を呷る萃香。彼女が素面なところは見たことない。鬼って恐ろしい。
「酒飲みの一番の肴は、どんちゃん騒ぎしている奴らを見ることさ。お前もそう思うだろー?」
「お酒は飲まないけど楽しいのはいいことだと思うよ」
「何事も挑戦が大事だって。という事でどうだい?」
「やめてください死んでしまいます」
紫色のひょうたんを僕に差し出す萃香。あれはただのひょうたんではない。鬼用の酒が無限に湧き出る伊吹瓢と呼ばれるものだ。並の妖怪でも飲んだら大変なことになるのに、酒に弱い僕が飲んだら一撃必殺、閻魔様に予定にないご挨拶をしなければならない。
「まったく挑戦心がないやつだなー。まあ、最近居座りすぎていたきらいもあるから、あたしはここらでお暇させてもらうよ。やっぱり霊夢ん所の宴会も気になるし」
「そのほうが良いよ、いるのが分かったら天狗たちも気が気でないだろうし」
「もう昔の話だってのに、いつまでも気にする奴らだよねぇ」
大昔、鬼は妖怪の山の支配階級だったそうで、現在の住民である天狗や河童たちは頭が上がらないのだとか。
「じゃあそう言うことで、またなー軟弱者君!」
そういうと萃香は、霧のように消えていった。『密と疎を操る程度の能力』だ。
「……あっ、早くいかないと」
鬼らしいまっすぐで豪快な少女だった。今頃文たちは準備を整えているだろうから、急いで支度をしなければ!
そして、あとから合流した三人の様子が少し変なことに指摘したら、「上司に見られている気がする」と言っていた。霊夢ほどでないにしろ、勘がいいのかもしれない。
ゲスト出演の萃香ちゃん。霖之助もしかりで、時々ちょい役でいろんなキャラを出していくスタイル。