「いやーいいですねぇ、ここのお蕎麦」
「文さん、うどんもおいしいですよ。この力うどん、おもちが香ばしいです」
「このかき揚げ、つゆにつけてもサクサクのままってどういうことなのかしら? あとで取材しないと」
三者それぞれの反応を見せながらのお昼ご飯。合流した僕らは旅館から道を下った温泉街へやってきた。暖かいものが食べたいという意見が全員一致したので、うどんと蕎麦が提供されているお店に突入し、その店先で食事することになった。
予想通り温泉街はかなりの賑わいを見せていた。あの大型旅館から買い物できる場所と言えばここぐらいなので当然ではあるけど。しかし出てくる食べ物は普通においしいしリーズナブルだ。賑わうのも頷ける。
「この魚の天ぷら、骨も丁寧に処理されていて身もホクホクだよ。骨せんべいもあるし」
僕はネギがたっぷりのうどんに別添えの天ぷらだ。さらにサービスで出てきた魚の骨をぱりぱりと齧る。酒は飲めないけど、おつまみにはピッタリだと思う。
「ん、あれ?」
ふとした拍子に見つけた、見慣れた二人組。魔理沙とアリスだ。荷物を持った人形が周囲に浮いていて、二人は共に温泉饅頭を食べながら歩いている。
「どうかしたの?」
「ほら、あそこに二人が」
「あやや、魔理沙さんとアリスさんじゃないですか。女の子同士で温泉デートですかね?」
「最近そういう噂が流れているって聞いたわ。記者が噂を鵜呑みにするのなんていけないことだけど」
魔理沙は最近アリスの家に入り浸っていると聞いたことがある。元より仲がいい二人なのだから、本当に温泉デートなんて言う可能性も……。
「これは後で突撃取材をせざるを得ないわ……」
「二人とも、聞き取りしてどうするんですか?」
「もちろん掲載新聞のため。我々記者は、真実をお届けする使命があるのです!」
「プライバシーは厳守してほしいなぁ」
烏天狗はパパラッチか何か。あとで容赦なくマスパ食らっても知らないぞ僕は。
「ところで部屋が取れたんですねあの二人。もうすでに満室とのことでしたが」
「僕らより先に着いたのかな? それとももっと長いこと旅館にいるとか」
「もしかしたら後で宿を取るつもりなのかもしれないですよ?」
「「「そんなまさか」」」
椛の言葉に即答で笑い飛ばす僕たち。試しに言っただけですよーと拗ねてしまったので、骨せんべいを一つ譲渡して機嫌を直してもらった。
「そんな、部屋がないなんて!」
そして、椛の言っていた言葉が真実であったことが明らかになった。食事を終えて土産物屋で買い物を済ませて戻ると、アリスと魔理沙が入り口であの女将と交渉をしていたのだ。
「あやや、アリスさん、もしかして部屋数には余裕があると思われていたのですか?」
「妖怪の山の新聞記者じゃない。あなた達は泊まれたっていうわけ?」
「二階のいい部屋をゲットですよ。女将さん、この旅館のこと、記事にさせてもらいます!」
「それはありがたいことです」
なんか文は挑発から入ってくる気がする。本人は平和主義を謳っているのに矛盾しているのはこれ如何に。
そして魔理沙、なぜかアリスの背後で僕を見て固まっている。そんなにいることが予想外だったのだろうか。まあ予想できないか、僕も直前になってから来るって決めたし。
「あのー魔理沙さん? フリーズしていますよ」
「はっ、わ、悪い、この間ぶりだな」
「うん、この間ぶり」
最近はアリスの家にアルバイトの貸本回収に行くと彼女がよくいる。というか毎回いる。三日前にも居たし。
「それで、泊まりたいのって二人だけ?」
「ああ、そうだぜ。でも満室だとさすがに……」
「僕の借りている部屋、人数的に余裕あるから一緒に泊まる?」
「「えっ?」」
やや落ち込んでいたアリスと魔理沙にもたらされた一筋の光。状況説明を兼ねた提案を申し立てる。
「僕ら、四人で来たけど三人部屋が二つしかなかったんだ。で、今僕の泊まっている部屋が一人だけだから、あと二人なら何とかなるんだけど……。もちろん、二人がそれでいいっていうのならの話だけど」
「お客様、それでよろしいのですか?」
「僕は二人と一緒の部屋になるのは問題ないですよ」
「私は、それでもかまわないけど……魔理沙は?」
「えっ、あ、わ、私もそれでいいぜ」
たどたどしく答える魔理沙。とにかく二人からオーケーサインは出た。
「かしこまりました、ではご案内いたします」
「じゃあ、後でね」
「どうもありがとう」
「サンキューな」
二人は女将の後をついていった。
「……と、勝手に決めちゃったけどよかったかな?」
後半から黙っていた天狗三人組。話していたのは文だけだったけど。
「いいも悪いも、お手柄ですよ!」
「えっ、なんで?」
「ちょうどあの二人の仲について、電撃アタックしようと思っていたところなのよ? それが隣同士の部屋になって、しかも一人間者がまぎれているとなれば、赤裸々な事実を暴き立てるのも容易だわ」
「僕は間者扱いですか。ていうか赤裸々って」
「文さん、あまり無茶なことはさせないようにしてくださいよ?」
「無茶なことでなければ何したっていいってことです!」
この記者たち、記事になりそうなことに関しては手段を選ばない!
「まあ、彼女たちに関しては時が来たら何をすべきかはお伝えしますよ」
「何させられるんだろう僕……」
「と、とりあえず温泉に入りましょうよ皆さん。私は疲れました」
「そうですね、取材はそのあとに行うとしましょう」
「その前に椛の水着を買わなきゃね。ほら、行くわよ!」
「わふっ!? で、ですから私はいいと……ああ引っ張らないでください!」
文とはたてにずるずると売店方向に引っ張られていく椛。南無。
ちなみに僕の水着は、文が密かに手荷物に滑り込ませていたので一応ある。そんなに一緒に入りたいのか。
「……逆に一緒に入らないと申し訳ない気持ちになってきた」
もうここは覚悟を決めて一緒に入るしかないのだろうか……。とりあえず入浴の準備だけは済ませておこう。
最初に言おう、どうしてこうなった。
「ここは譲れないぜアリス。私が窓際だ!」
「いーえ、私のチケットで泊まれたんだから私が窓際であるべきよ!」
どうやら布団の配置について揉めているようだ。そんなの今ではなく布団が敷かれたときにやればいいのに。
「二人とも、せっかく旅館に来たから楽しまないとだめだよ」
「布団争奪戦も旅館では醍醐味だぜ」
「みんな、陣取りゲームの開始よ」
アリスは人形を展開していつでも攻撃の構えだ。あの、ここ宿泊部屋なんだけど。
「私の弾幕が火を噴くぜ!」
「七色の魔法使いの力、見せてあげる!」
「二人ともここはただの旅館だから!」
結局、ここは最初に部屋に泊まった僕が窓際という事で落ち着いた。
文が選んだと聞いて警戒していたけど、僕の水着は黒に白いラインが入った普通のハーフパンツタイプのものだった。さすがに際どいものは選ばなかったようでほっとしている。
「露天風呂だからよく景色が見れるかな」
混浴は露天風呂オンリーらしい。空を飛べる妖怪がいる幻想郷では対策しているのか、さすがにモラルは守っているのか知らないが、水着着用ならたぶん大丈夫だろう。
「おお、結構広いなぁ」
二十人ぐらいなら余裕で入れそうな岩風呂。雪対策で屋根付きになっている部分もある。すでに何人もの、恐らく家族らしきが見えた。
「文たちはいないな……じゃあお先に」
半裸の状態ではこの季節は寒い。早くお湯につかるべく、近場の木の洗面器でお湯を掬ってから頭からかぶる。熱い!
「想像以上だった……我慢すれば大丈夫かな」
なるべく湯がかけ流されている場所から離れて、今度は慎重につま先からゆっくり入る。さっきよりは多少ましだった。
「いいなぁこれ。景色も格別だ」
巨大な妖怪の山と吹きあがる間欠泉。舞い散る紅葉の葉が時々水面に浮かぶ。現代日本人の僕からしたらなかなかない体験だ。ただ景色を見るのと温泉に浸かりながらでは全く違う。
「あやや、こちらにも目を向けてくださいよ」
「っと! びっくりしたなぁもう」
上体を振り向かせて、文の声がした方向を見た。そこには三人の天狗ガールズ。みんなそれぞれ全く異なるデザインの水着を身に着けていた。
文は黒を主体として、縁に赤いラインが入った上がクロスタイプのビキニ。はたてはフリルがついた紫のワンピース型。椛は紅葉の葉がデザインされた布地の少ない三角ビキニだった。
「みんな、ここ温泉だよ? 水着ファッションショーの会場じゃないんだよ?」
「あいにくこれしか持ち合わせがなかったものでして。湖水浴にはよく着ていますけど」
「こういうときだけ、メリハリのある体を持っているあなた達がうらやましいわ……」
「も、もっと地味でよかったのに、文さんがぁぁ……」
……すごい必要以上に注目を浴びている三人組。そりゃこんな美人たちが色っぽい水着を着て現れたら、目が離せなくなるのは当たり前。僕も目を奪われている。こんなの思春期真っ盛りの高校生には刺激が強すぎる。
「み、みんなとりあえずお湯に入ろう? 寒いでしょ」
とにかく適当な理由を付けて彼女たちを温泉の中に入れさせなければ、これ以上周囲からの視線に耐えられない。ほら、椛が恥ずかしさで頭から湯気が出てる。
売店で買ってきたはずだけど、温泉浸かるのに何でこんな露出度が高めな水着が置いてあったんだ。かわいそうな椛、あとで撫でてあげないと。
「へえ、随分と羽目を外しているじゃないかお前たち」
「「「はっ!?」」」
その声に聞き覚えがある三人はとたんに冷や汗をだらだらと流し始めた。
「えーっと誰だったかなこの声……あっ、そうだった、地底の――」
「皆まで言わなくても大丈夫ですっ!」
「なんでここにあの人が……!?」
「……」
椛さん、茫然自失していて口から魂が抜けておりますよ。
「なんだい、アタイがいると都合が悪いのかい?」
最も温度が高いエリアでつかっていた彼女が、湯煙の中から現れた。額に赤い一本角をはやした女性。萃香と同じ種族は鬼、『星熊勇儀』だ。その自慢の怪力は災害を引き起こすほどで、普段は地底にいるはずだ。
ちなみに、温泉に入るにしたがってこの人も水着を着ている。白に赤い縁取りのハイネックビキニで、しかもパレオを腰に巻くという相当なおしゃれさんだ。
「いえいえとんでもありません! 思う存分お湯につかってください!」
「す、すごい記事が書けますよ。あの鬼の四天王をも湯あみに来る温泉なんて!」
「……」
さすが新聞記者。すぐに口から飛び出したのは相手を上げる言葉ばかり。椛さん、そろそろ意識を取り戻してください。
「ここに天狗が三人もいるとなったら、一つ勝負がしたいところだねぇ。どうだい? あとで表の方で怪力勝負といくのは? そっちは三人がかりでも構わないよ」
「そんなもったいないです! 私たち程度が勇儀さんの相手を務めるなんて!」
あっ、文、そのセリフはまずい。
「アタイの“ちょっとしたお願い”も聞いてくれないのかい?」
「はっ、いえいえそういうつもりでは! ……分かりました、では後で旅館の前に、三人で」
「楽しみにしているよ。どれぐらい腕が上がったか見てみたいからねぇ」
そう言って勇儀は湯船から上がり、脱衣所の方へと歩いて行った。
「……とりあえずお風呂に入ろう、みんな」
すっかり葬式ムードになってしまった三人に対して、僕からかけられる言葉はそれだけだった。
水着三人衆とのイチャイチャ? ないですよ。