さて、えらく落ち込んだ温泉であったが、とりあえずお風呂から上がって少し体の熱を冷ましたところで、約束通りに旅館前の砂利道に出てきた僕たち四人。夕暮れ時に差し掛かる時間帯に、待ち受けていたのは宣言通りの星熊勇儀(浴衣姿)と、なぜか卓球台であった。
「あのー勇儀さん、これは一体?」
「見ての通りの卓球さ。温泉地の戦いと言ったらまずこれだろ?」
僕はてっきり血を血で洗う戦いが起こると思っていたのだが、意外と普通な勝負内容でほっとしている。文たちも同じ反応だ。
「さっき言った通りに、こっちは一人でそっちは三人。審判はそこの軟弱者君に任せる。私の方は、そうだねぇ……さらにこの盃の酒をこぼさずに戦うとしよう。これでどうだい?」
グビリと盃の酒を飲む勇儀。あの盃も萃香のひょうたんのように特殊な効果を持っており、注がれたどんな酒も一級品に変えるという。
「それなら何とかなりそうですね……」
「一人じゃだめでも三人なら……!」
「お、お手柔らかにお願いします」
勇儀と同じ浴衣姿の天狗娘たちが、卓球台の上に用意されたラケットを持つ。
「……あれ、なんでこの卓球台に河童印のマークが?」
「それじゃあアタイから撃たせてもらうよ。ふんっっっ!!」
器用に片手のみでボールを上に放り、ラケットでサーブを撃った勇儀……撃った? 漢字違くない?
卓球ボールは、たぶん一度勇儀側の陣地に入ってから、跳ね返って強烈なスピンをかけて空中で弾道を無理やり修正。そして次に文たち天狗チームのコートへ突き刺さって、再び跳ね返ってからボールははたてと椛の間をすり抜け、空の彼方へと消えていった。すり抜ける瞬間ガオンッって聞こえた気がする。
さっきたぶんと言ったけど、実際に目でとらえられたわけではない。結果から逆算したらそんな風になったんじゃないかなと思っただけである。
「「「……」」」
「……えっと、勇儀さんに先制点」
「さすが河童の作るものはいいねぇ。ちょっと本気で撃ち込んでも壊れやしない」
自分たちがいったい何と戦おうとしているのか再確認した文たちだった。
「楽しそうね、あの人たち。楽しんでいるのは鬼の方で、天狗の三人は命懸けだけど」
「そうだなー」
だんだんと旅館前の卓球勝負に観客が増えてきたところで、魔理沙とアリスが、風呂上がりで火照った体から湯気を出しながら、その様子を覗いていた。
「……何か不機嫌ね、どうかしたの?」
「別にー」
文たちと外の少年が一緒に出てきた時からずっとこの調子である。
「混ざってくれば? 命の保証はしないけど」
「いいよ、どうせ楽しめないし」
「分からないわよ? それにここで避けても、今日は一緒の部屋で寝るのだし」
「い、一緒の部屋……いや、別に構わないぜ私は!」
顔を赤く仕掛けた魔理沙がとっさに切り返すが、アリスにはそんなことではごまかせない。
「……仕掛けるのなら、今日しかないと思うわ」
「……! あーもう! 私は部屋に戻るぜ!」
「ご自由に」
勝ち誇った表情をするアリスと、対照的に悔しそうに顔をゆがめる魔理沙だった。
「し、死ぬかと思いました……」
「一方的過ぎてあくびが出ちまうよ。でも楽しかった、たまにはこういうのもいいねぇ」
天狗チーム、惨敗。当然であるけど。でも全員五体満足で生き残ったので良しとしよう、うん。
「食事の時間までまだ少しあるね……もう一回風呂に入るか」
「お、お疲れさまでした……」
余裕綽々で旅館に戻っていく勇儀。この卓球セット、どうやら旅館の備品らしい。なくしたボールはプライスレス。なくす前提という事だ。
「ご苦労様、みんな」
「うーおぶってぇー」
「肩を貸していただけますか……?」
「文さん、それは肩ではありません、尻尾です」
相当みんなグロッキーだ。これはもう一度風呂にと思ったけど、そういえば勇儀が入っていったんだった。また混浴なのか女湯に行ったのか、入るとしたらギャンブルだね。
「しょうがないわね、ほら、手を貸してあげる」
「あ、アリス」
いつから見ていたのか、この状況を見かねたアリスが手助けをしてくれた。地べたに倒れ込んでいるはたてをおこしてくれている。
「魔理沙はどうしたの?」
「先に部屋に戻っているわ。湯冷めしちゃうからって」
「そっか。僕も文たちを部屋に置いたら部屋に戻るよ」
「そう……わたしは降ろしたらもう一回お風呂に入らせてもらうわ」
「分かった」
そうして僕は特に何も考えることなく、魔理沙のいる部屋に戻るのだった。
部屋に戻ったら魔理沙がいた、窓際の席に。いたんだけど……。
「……」
チラッとこっちを見ただけでまた外の景色を見始めた。なぜだかわからないけど相当ご立腹の様子。気になったので対面の席に座り、詳しく聞き出すことにする。
「魔理沙、どうかした?」
「なんでもないぜ」
「魔理沙らしくないよ、そんなに拗ねて」
「拗ねてないぜ」
「……何に怒ってるの?」
「怒ってないっての!」
急に激怒した魔理沙が立ち上がり、そのまま部屋の外に出て行ってしまった。
「……なんか嫌われることでもした? 僕」
本当に意味が分からないが、魔理沙から嫌われることに関して僕は悲しい。
最近、分かってきたことであったけど、僕はどうも無意識に魔理沙に対しては、ほかの人たちよりも随分と密接にかかわってきたと思う。周りが大概人外じみているというのもあるけど、普通の人間でありながら魔理沙はああ見えて努力家だっていうことを僕は知っている。そこに親近感がわいたのだ。
「謝りにいかないと……」
なにを、という事に関して今はどうでもいい、その誠意を見せつけるのだ。僕は部屋から飛び出して、魔理沙の後を追う。だが、くまなく探したけど旅館内に既に魔理沙の姿はなかった。
「どうしたの? そんなに慌てて」
女湯ののれんをかき分けて出てきたのは、湯上りには見えない様子のアリスだった。
「あ、アリス……お風呂に入っていたんじゃ?」
「と思ったんだけどね、ご飯前だから人が多くって。後にしようって思ったの」
「そ、そうなんだ……魔理沙は、見ているはずはないか」
「魔理沙がどうかしたの?」
僕は事のいきさつについて、アリスに語った。
「……はあ、あなたって相当な鈍感ね」
「えっ、なんで?」
「目の前でほかの女性とイチャイチャしている姿を見せつけられていたら、不機嫌にもなるでしょ?」
「そんな不機嫌にさせることなんて……」
「ただの“友人”なら、そこまで癇に障ることにはならないでしょう。でも、魔理沙を怒らせる理由としては十分よ。あなた、彼女があなたのことをどう想っているのか、考えたことあるの?」
「……」
ぐうの音も出ない。僕から魔理沙に対する評価ばかりに注目していて、魔理沙から僕に対する評価なんて全く考慮に入れていなかった。紫の言葉によって人の様子を観察すると言っておきながらこの始末だ。
「魔理沙の気持ちに、きっちり責任を取りなさいって話。私から言えることはそれだけよ。それと、旅館にいないのなら温泉街に行ったんじゃない? 箒、部屋の中に置きっぱなしだったらの話だけど」
「そう言えば……」
魔理沙は空の移動に箒を使う。それをほったらかしにしていたという事は、そんなに遠くにはいかないという事。
「ありがとうアリス! すぐに行ってくるよ!」
「はいはい、頑張ってね」
着なれない浴衣姿で僕は走り出す。もしかしたらアリスは、自分のことも気づかない僕と、魔理沙の関係についてすべてお見通しだったのかもしれない。
ああそうだ、僕はきっと、ずっと前から、魔理沙のことが好きだったんだ。
次回、ついに告白編。