幻想郷とて日常はある   作:わしはトマトが嫌いじゃ

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 途中まで書いてあった話を加筆したお話。これ以降は書き溜めなしなのでいつ出せるようになるかは分かりませんが、どうかお付き合いくださいませ。


第二話 アリス春のパン祭り

 幻想郷はその大半が森におおわれている。不思議が日常な幻想郷では場所によって森の性質が異なるが、中にはその森に入ること自体が危険、というのもある。

 その一つが『魔法の森』。幻想郷で“森”と言ったらまずこの場所を指し、自生する魔法キノコから放たれる瘴気によって人間は体調を崩し、妖怪も好まない環境となっている。ジメジメした、暮らすには適さない場所。

 しかしだからこそここに居を構える人種も、少数ながら存在する。その一人が今玄関で怪しむような視線を投げかけてくる少女、アリス・マーガトロイドである。

 

「……正体を現しなさい、マスク男」

 

『どーも、鈴奈庵です』

 

 アリスがジト目で見てくるのも仕方がない。僕は今森の瘴気対策の為に特殊な改造がされた、外の世界の軍隊が使うようなフルフェイスタイプのガスマスクを着けているのだ。

 マスクのフィルターによって多少くぐもった声で、バイト中専用の挨拶をしたが、彼女は表情を変えないままだ。

 

『本を受け取りに来たから、とりあえず中に入れさせてくれないかな』

 

「顔を見せない怪しい男を、信用して中に入れないわ」

 

『いやいや中じゃないと外せないから、一般人Aだから!』

 

「そんなに魔道具を持ち歩いている一般人を私は知らないわよ」

 

 アリスの指摘にむぐっと変な声が出る。

確かに僕は友人たちから譲り受けた、もしくは購入した魔道具を多数所持している。仕事柄危険地帯に足を踏み入れる時もあるためその護身用の用途もあり、マスクもその一つだ。

 

「なんだなんだ、騒がしいな……おっ、それ前私が渡したマスクじゃん」

 

 玄関の奥から聞きなれた声が届き、僕とアリスは視線を向ける。

 

『魔理沙か、久しぶり』

 

「おう、前に会ったのは博麗神社だったか」

 

 大きな黒い魔女帽子をかぶった男口調の少女、霧雨魔理沙がアリスの背後から姿を現した。魔法の森の住民その2で、この森で自身の住居にて『霧雨魔法店』と呼ばれる何でも屋を経営している……らしい。めったに客が訪れることがなく、しょっちゅう魔理沙もどこかに出かけているため、収入はもっぱら自分が作った魔法薬を知人に売ったり、妖怪退治を行って得ているらしい。

 

「なんだ、魔理沙の知合いだったのね。知ってたけど」

 

『知ってたんならすんなりと通して欲しかったなあ』

 

 そんな短い茶番もほどほどに、僕は無事に彼女の家に入れてもらえた。

 

「ちなみにそのマスク瘴気対策って言ってたけど、私の家の庭ぐらいの範囲なら結界が張ってあるから、別に外しても良かったのだけどね」

 

「それを早く言ってよ」

 

 マスクを外して新鮮な空気を吸っていた矢先のカミングアウト。締め切った家の中で新鮮な空気というのも少し語弊が生じている気がしないでもないが、まあそこは気にしても意味がないことだろう。

 

「……魔法使いの家ってどこも散らかっているものかと」

 

「誰と比較しているのよ」

 

「まったくだぜ」

 

 その散らかっている魔法使いの家の家主が、きれいにしているほうの家主に名の許可を得ずに物をいじっている。

 

「いいのあれ?」

 

「いいのよ、下手な動きをしたらうちの子が「いだあっ!?」……っていう目に会わせるから」

 

廊下の奥の暗がりから魔理沙の悲鳴が上がる。

 

「うん、よくわかった」

 

 特に魔理沙の心配はせず、アリスの案内で別の廊下へと進む。少し歩を進めたあたりで、奥の部屋から香ばしい香りが漂ってきた。

 

「いいにおいがするなぁ。パンかな」

 

「そうよ、今焼いている最中」

 

 突き当りの扉を開けると木製の家具や調度品が並ぶ、温かみのあるダイニングキッチンがあった。左手側に四人掛けのイスとテーブル、右側には立派な石窯オーブンを中心としていろいろな調理設備が設置されている。

 テーブルには耐熱容器や鍋を置くための木製鍋敷きが三つと、十冊ほどの鈴奈庵から貸し出していた本が重ねておいてあった。

 

「代金はいつもの通りでしょ? はいこれ」

 

「毎度」

 

 アリスから手渡された貨幣を受け取り集金用小袋に落とし込む。

 

「あなたっていつもあの貸本屋で働いているの?」

 

「まあメインは鈴奈庵だけど、なければ日雇いでほかの場所に当たる感じだよ。永遠亭とか紅魔館とか」

 

「意外と行き当たりばったりなのね。……永遠亭はともかく、紅魔館で人間のあなたができる仕事は何なのよ。吸血鬼に血でも提供するのかしら」

 

「そんなわけないよ、フランの遊び相手をするだけだ」

 

「……ねえあなた、ほんとにただの人間なの?」

 

「もちろん。ところであのオーブン、いつからパンを焼いているんだ?」

 

 指摘したらアリスが懐中時計を取り出し、「あらもうこんな時間」と呟くとおもむろに木製の取っ手と先端に引っ掛けるかぎ爪がついた鉄の棒を取り出し、石窯のふたを開けた。火はだいぶ収まっているようだが、開けた瞬間熱気が少し離れた僕のほうにまで届いた。

 

「ほらそこどいて、火傷しても知らないわよ」

 

「へいっす」

 

 石窯の熱気にさらされたパンと、パンが並ぶ黒い鉄板が取り出される。鮮やかに茶色く焦げ目がついた様々な形のパンは、香ばしい香りを漂わせている。アリスは僕の脇を通り過ぎるように移動し、テーブルに置かれた鍋敷きに鉄板を載せた。

 

「アリスー! いい加減人形を止めてくれ、さっきからチクチク痛いから!」

 

 都合その作業を三回ほど繰り返し終えたら、廊下につながる扉からランスを持った人形に追われる魔理沙が飛び込んできた。シャンハーイとかホウラーイと言いながら頭やおしりを刺してくる小さな人形たちには少し怖いものがあるが、この家の人形はすべてアリスが手作りの品で、一つ一つ丹精込めて作られていることがよく見ればすぐにわかる。

 『人形を操る程度の能力』を持つアリスにとって文字通り手足のような存在の人形たちは、最初に与えられた命令は変更がない限り行動を継続する。最初の攻撃からここまでの間一切アリスが手を加えていないのは、単に彼女の意地悪が働いているからだ。

 

「いい加減勘弁したら? 別まだ何も物は盗っていっていないわけだしさ」

 

「……それもそうね。はいみんな! 持ち場に戻って」

 

 アリスがパンパンと両手を鳴らして指示を出すと。人形たちはびしっと敬礼してしてからふわふわと飛んで扉の向こうへと消えた。

 

「まったく、乙女の肌はそうやすやすと傷つけていいものじゃないっての」

 

 ずれた魔女帽子を戻しながら、魔理沙が悪態をついた。

 

「手癖が悪い魔法使いには、手ぬるい歓迎だと思うけど?」

 

「歓迎ならもっと星空も見えなくなるぐらいのエレクトロニックなものにしなきゃだめだぜ。私のスペカみたいにさ、アリスも参考にリスペクトしてもいいんだぜ?」

 

 魔理沙のスペルカードは星やレーザーなどを中心とした、「キラキラ」というオノマトペがぴったりな派手なものばかりだ。弾幕ごっこに関して門外漢な僕からしても確かに派手と思うようなものだが、中でも『マスタースパーク』をはじめとする極太レーザーは必見だ。

 

「弾幕は頭脳よ、魔理沙」

 

「弾幕はパワーだぜ、アリス」

 

 ……いつの間にか張り合いに発展している。こうなってくると自然に仲裁役にならざるを得なくなるというのが第三者というものだ。

 

「二人とも焼き立てのパンを前にして言い合いするなんて、パンに無礼だと思わないかい?」

 

「むう……釈然としないけど、その通りね」

 

「じゃあパンに対する無礼の非を詫びるつもりで、さっそく一つ。あっちっち……もぐ」

 

 ロール状に成型したパンを指先でつまみ上げて熱がりながらほおばる魔理沙。

 

「あなたもどうぞ。作りすぎたから、お土産に持たせてあげる」

 

「それじゃあ遠慮なく。じゃあ……これにしようかな」

 

 僕は大きい典型的なキノコの形をしたパンに目星をつけて、熱々のそれを手に持ってかじりつく。表面は香ばしく、中はふわもち触感。お店に出してもいい仕上がりだ。

 

「……うん? おいしいけどなんか不思議な歯ごたえが……」

 

 ふわっともちっとした触感の中に、時々コリコリとした弾力的な歯ごたえがある。

 

「それは魔理沙が焼いたパンよ。何を入れたのよ」

 

「むぐむぐ……それは、これだな」

 

 口を動かしながら魔理沙がスカートのポケットから小さなキノコを取り出した。食べ物をポケットにしまわないでほしい。

 そのキノコは傘がオレンジに黒の斑点という毒々しい色合いの、食べちゃダメと警告しているようなものだった。

 

「……どこかで見たことがあるやつね」

 

「もう飲み込んじゃったんだけど……」

 

「大丈夫だって、ちゃんと食用のやつだから。証拠に……ほら、私が発見したキノコについて書いたノート」

 

 そう言って別のポケットから手帳サイズのノートを取り出し、僕とアリスに放り投げた。

 

「……確かに書いてあるわね。というか、あなたこれ全部一度は食べたの?」

 

「ああ、前に試しにかじったやつがあるんだけどさ、あの後熱は出るは胃のものが全部出るはで一日中地獄を見たぜ。あれは本当にヤバかったな」

 

 あはははーと笑っているが、それは誰もいないところでいつの間にか死にかけているということではないか。

 

「さすがにあれ以降はむやみやたらに味見したりとかはしないようにしてるって」

 

「当り前よ……あら、この下……小さく何か書いてあるわ」

 

「み、見せてくれないかな」

 

 何かを発見したアリス。何か嫌な予感がするので、自分の目で確かめる。

 

「えーっと……『注意!! 斑点のサイズが大きいと、特殊な効果が付与される場合がアリ!!』って書いてあるんだけど……」

 

「「……」」

 

 無言で魔理沙がノートをひったくり、アリスが部屋の奥にある戸棚から何か薬瓶のようなものを掻きまわす。

 

「……おほん、主な効果は異性に対する強烈な発情効果……発情!?」

 

 内容の途中を読んだ魔理沙が両目をひん剥いて間違いないか二度見した。自分が書いたノートだろうにってそんな悠長なことを言っている場合ではない!

 

「通りでどこかで見たような種類だと思ったわ。これ普通に図鑑に載っているやつだもの、確かその名は『シソンハンエイ』」

 

物凄くストレートなネーミングを口にしながら戸棚で未だに解毒剤を捜索するアリス。斑点のサイズが大きいやつなのかどうかは分からないが、解毒剤があるのなら飲めるに越したことはない。

 

「だ、大丈夫だって、食べたって言っても少しだけなんだろ? 仮に効果が出るやつでも、そんなに――」

 

 ぎゅっと、僕から背を向けている魔理沙を後ろから抱きしめる。

 

「お、おい?」

 

「魔理沙……なんだか体が熱くて言う事が聞かないんだけど……」

 

 なんだか今すぐにでも目の前の少女を美味しく頂くべきだと、脳裏でささやく声がする。それも正しいことだと僕も肯定しかかっている。魔理沙の匂い。いい匂いだ。スンスン。

 

「あ、アリス――! 私の貞操を守るために、早く、ファースト、ベリーファースト!!」

 

 アリスの家に魔理沙の悲鳴がこだまする。

 この後アリスが解毒剤を見つけて、半分ほどひん剥かれた魔理沙の上に覆いかぶさる僕に飲ませて事なきを得た。……得たのかな? 事の発端は魔理沙だったので文句は言われつつも僕にはお咎めなしだった。

 




 金髪魔法少女って尊い。
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