温泉街の喧騒の中、私はとぼとぼと歩いていた。
「……なんで突き放しちまったんだろうな」
自分の行いを悔やんでいた。正直に言えばこんなに事態を複雑にすることもなかったのに。しかしだからと言ってもう後にも引けなくなっていた。
「胸がずきずき痛むぜ」
もうこの気持ちは自分でも無視できるものではなくなっていた。私はあいつのことが好きだ。他人にとられそうと感じると、胸が締め付けられると錯覚するぐらいに。
「あいつは怒っているかな……」
理不尽な怒りをぶつけられたのだ、何も思っていないはずがない。一方的に激怒すれば、いくら何でもあいつでも憤慨して――。
「魔理沙! はぁ、やっぱりここに居たんだ」
「……あ」
そんなことを考えていると、後ろからあの声が。振り返るとそこには両ひざに手をついて、息を切らした男がいた。普段と何も変わらない様子で、まるで気にしていないようだった。
「はぁ、はぁ……魔理沙戻ろう。もうすぐ夕食の時間だよ」
「……先に始めていいぜ、あとでもらうから」
違う、自分が言いたいことはそういうのではない。しかし口ではどうしても距離を置こうとしてしまう。天邪鬼もいいとこだ。
「あんなにいい旅館で、みんなで食べないのはもったいないよ。魔理沙だって楽しみで来たんだよね?」
「……そうだけど、いまは気分が乗らなくてさ」
ああ、私は意固地になっているだけなのだ。まるで子供だ。聞き分けがない子供そのもの。距離を置こうとするのも、言葉から出てくる言葉が嘘なのも、全部この男に気にかけてほしいから。
「僕は魔理沙と一緒じゃなきゃ嫌だ。帰るまで一緒にいるよ」
「……なあ」
「うん、何?」
まるで、私からある言葉を引き出そうとしているかのようだ。ああ全く、お前からそんな策略に出るなんて、そうまでさせようとする私ったらかっこ悪いぜ。
「お前は私のことを、嫌いにならないのか?」
「どうして?」
「だって今日理由なく怒りをぶつけたし……こうして迷惑かけてるし」
「じゃあ、どうしてあんな風になったのか、理由を教えてもらえるかな?」
「っ……」
顔が熱い。恥ずかしくなってる。顔を見られたくない。
あいつが近づいてきて、そして、私の手を掴んだ。
「ここじゃ言えないなら、場所を変えよう」
「……」
優しい言葉が何よりもうれしくて、私は無言でうなずいていた。
オレンジ色の街灯一本だけが照らす、渓流のすぐそばの小さな広場。ベンチが一つあるだけで、ここには誰もいないため二人でコッソリ話をするのにおあつらえ向きだった。
「じゃああそこに座ろう」
「……うん」
普段の雰囲気から打って変わってしおらしくなっている魔理沙。浴衣姿であることも相まって、普段からは想像できない姿だ。
「寒くない? もっと寄る?」
「……うん」
並んで座ったのち、震えていたことに気づいたので、お互い密着させる。魔理沙の熱が伝わってきて、こっちも恥ずかしい。
「じゃあ教えてもらおうかな。なんで怒ったのか」
「言わなきゃ、ダメ、か?」
「ここまで来たんだから、全部言わないとさ」
「……そうか。そうだよな、うん」
大きく息を吸い込み、そして吐き出した魔理沙。覚悟を決めたようだ。
「まず最初に、お前に謝る。ごめんなさい」
「うん、驚いたけど怒ってないから、大丈夫だよ」
「……ありがとう」
これで少し心に引っかかっていたものが取れたのか、魔理沙の表情にやや明るさが増したような気がした。
「そして次に、私からお前に、言わなきゃならないことがある」
「うん」
「……わたし、お前のことが、好きだ」
肩が触れ合うほど密着していたからなのか、互いの鼓動がドキンと同時にはねたような気がした。
「……僕のことが?」
「ああ、友達だから、知り合いだからっていうあれじゃない。傍にいてほしい、一緒になりたいって感情をもたらす、あれだ。恋愛的な意味だよ」
「……それを聞いて、ほっとしたよ。僕もなんだ」
「えっ……!」
「隠したってしょうがないよ。魔理沙が好き、大好きなんだ」
「まっ、待ってくれ! そんなに連呼されたら、恥ずかしさで爆発する……!」
ちょっとだけ意地悪で、あえて魔理沙を困らせるように言ってみた。案の定魔理沙はひどく狼狽えている。
「な、なんで私を好きになったんだ? お前のことを好きだと思っている奴はいっぱいいて、私なんかよりずっと、そいつらと一緒になれば、きっと幸せになるはずなのに……」
「幸せって、こういうことかな?」
「へ? うわぁ!」
僕は魔理沙の体に両腕を回して抱きしめた。ごめんね魔理沙、でもこうしないと感情が制御できないんだ。
「ひねくれも大概にしなきゃだめだよ。お互いに好きだって分かったのに、今更抑える理由なんて……ちょっとはあるかな、うん、ごめん、急にこんなことして」
途端に冷静になってすぐに体を離した。いくら好きだからと言って、さすがにいきなり抱き着くのはまずかったかもしれない。現に魔理沙はあんなに体を震わせて――。
「……うっ」
「えっ、あ、ま、魔理沙?」
いつの間にか魔理沙は、両目から涙をこぼしていた。どうするべきかわからずに慌てふためく僕。しかし――。
「離れるなよぉ」
「あっ、ご、ごめん」
魔理沙の方から抱き着いて、顔を僕の体に密着させて隠した。泣き顔を見せたくないという思いが伝わってきて、僕はそっと頭をなでておくことに決めた。
「……いま、すごくあったかい。あの温泉のお湯よりも」
「奇遇だね、僕もそう思うよ」
顔をうずめたまま魔理沙がつぶやき、僕も肯定した。
「もう少しだけ……こうさせてくれ」
「気が済むまで、いいよ」
しばらくの間、川の流れの音と、時折魔理沙がスンスンと鼻を鳴らす音だけが耳に届いた。
「あー、いろいろとすっきりした気分だぜ!」
今までのしおらしさはどこへ行ったのやら、すっかりいつもの調子を取り戻した魔理沙と一緒に、僕は温泉街から旅館に戻る道を歩いていた。
「最後になんで泣いたの?」
「んーあれか? 感極まるってやつだな。だって晴れて私達、その、こ、恋人同士になったわけだしな。しかも両思いで、あんな風に抱きしめてもらって。泣かないほうが無理だっての」
「こっちは相当びっくりしたけどね」
「振り返ってみれば、あれはちょっとおもしろかったなー。二度は使えない手だけどさ」
「でもよかったよ、嬉し涙で。女の子を泣かせるなんて、男として恥すべき行為だからね」
「何安心しているんだよ。どのみち女の涙を流させたんだから、相応の罰を受けてもらわなきゃいけないぜ」
「罰?」
何か罰ゲームでもやらされるのだろうか。
「内容はこうだ。『今日、私の言うことを何でも聞かなければならない程度の罰』だ!」
「つまり王様ゲームだね? 無制限の」
「具体的に言えばそうなるな。だから、箒になれ! と言われたら、ちゃんと私に跨がれて空を飛ばなきゃならないぜ」
「空を飛ぶところまで自力なの!? あっ、でも魔理沙が跨るのか……」
「何変な想像をしているんだお前は! 単純に箒としての務めを果たせ!」
少しばかり邪なことを考えるふりをしてみたり。気にしていないといったけど、怒ってきたことに対するちょっとした仕返しだ。
「よし、じゃあさっそくこの魔理沙様が、お前に命令するぜ!」
「実行可能な範囲で頼むよ」
どんな無茶な命令が飛んでくるかは分からないけど、魔理沙のことだから面白一発芸でもやらせてくるはずだ。気持ちを引き締めねば。
「まずはだな……私と一緒にご飯を食べる。うん、これだな」
「……ああ、そういうこと」
「そういうことだぜ。他にもまだまだ命令するから覚悟するようにな!」
さっきとは逆に、僕は魔理沙に手を引っ張られて、旅館に戻っていった。
妖怪旅館物語編は、もうちょっと続くんじゃよ。