「まったくもー、無理してこなくてもこっちから行きましたのに」
「だって連絡手段がないもんだから……」
人里の僕の家にて、僕は布団の中でうんうん唸っていた。
しっかりと暖を取ったり、病気には気を付けていたつもりだったが、年明けに祈った無病息災はいまいち効果を発揮しなかったらしい。あれかな、祈った場所が博麗神社だったのがいけなかったのかな。
「フラフラのあなたを家まで連れ帰るほうが苦労しましたよ」
「ごめんね小鈴ちゃん。でも密かに僕の家に来る口実が生まれて内心喜んでいたでしょ」
「な、何のことですかね」
「だってほら、後ろの押入れを開けたくてうずうずしているし」
以前鈴奈庵で半ば強制的に押し付けられた妖魔本。小鈴は管理を任された僕に、その本目当てで押し掛けることがある。でも変な噂は立たせたくないので、来るのはひと月に一度と取り決められ、他はこうした別の用事がない限りは彼女がその妖魔本に触れることは出来ないのだ。
「……いいですか?」
「できればやめて、何かあっても逃げられないから……僕が」
正直鈴奈庵まで歩いて行っただけで体力の限界なのだ。本から妖怪が飛び出しても逃げられる自信は全くない。
「むう……じゃあふすま越しに存在を感じ取るという事で一つ」
(どれだけ本好きなんだろう……)
そもそもあんまり病人の家にとどまるのはいけないし、小鈴にも仕事があるのだから早いところ帰らなければいけないのでは。
「こんにちは。病人がいると聞いてやってきました」
「あっ……鈴仙」
いいタイミングで真面目担当の鈴仙が登場。いつもの学生のような服ではなく甚平のような男性的な格好で、マフラーを巻いた上背中に大きなつづらを背負っている。
かぶった笠に積もった雪を払い落としながら、鈴仙は玄関から上がる。
「病人は買いには来られませんからね。それと……小鈴ちゃん? うつらないためにも帰ったほうが良いと思うわよ」
「うー、分かりました……」
薬師見習いの鈴仙の言葉は実に正論だ。小鈴は日を改めてまた来ると約束して帰っていった。お店のこともあるし仕方ないね
「よいしょっと、それじゃあ簡単な診察をしますね。体を起こしてもらっていいですか?」
「うん」
ボーっとする頭を濡らした手拭いで冷やしながらむくりと起き上がる。鈴仙は荷物を下ろして、さっそく診察を始めることにした。
「口を開けて、喉を見せてください」
「あ―――」
「ちょっと腫れていますね……喉は痛みますか?」
「痛くはないけど違和感はあるかな」
「失礼します」
そういうと鈴仙は自分の額と僕の額を触れさせた。鈴仙の顔が近い! 僕には魔理沙という然るべき相手がいるが、それはそれとして綺麗な女の子がこんなにも近くまで迫ってくるとドキドキする。
「熱はそこそこ高いですね……脈拍も測りますよ」
「う、うん」
顔が離れてほっとする。今度は指先で僕の首筋を触れてきた。
「うーん……ちょっと速いですね」
「それはたぶん別の理由だからだと思うけど……」
「……よくわからないですけど、どうやらリンパ腺も腫れていますね」
そうして滞りなく診察が進み、鈴仙が下した診断というと。
「風邪ですね。薬を飲んで二、三日寝たら治りますよ」
「変な病気じゃなくてよかった……」
「お薬渡しておきますね。ちなみに領収書はこちらです」
「えっ、お金取るの?」
「知り合い価格として、安くしておきますよ」
「しっかりしてるなぁ……財布はそこのたんすの四段目の左だから中身持ってって」
「分かりました」
そうして鈴仙がたんすを開けて財布を取り出したその時。
「小鈴から聞いたぜっ! お前病気にかかったんだってな!」
息を切らしながら家にやってきたのは大量のキノコが入った籠を抱えた魔理沙。魔理沙らしくなくとても心配そうな表情を浮かべていた。
「ん? 家主が寝込んでいる所に堂々と物取りか? いよいよ薬売りでは食っていけなくなったのか、鈴仙」
「失礼な、ちゃんとした対価を貰おうとしている所だったのよ、魔理沙。それに手癖が悪いあなたに言われたくはないわ」
どうやら魔理沙は、自分より先に別の女性が僕の家にいたことが気に食わない様子。それに負けじと鈴仙も切り返した。
「いくら私でも金品は持っていかないぜ。強いて言えば本を死ぬまで借りていくだけだ」
「泥棒という定義としては一切ぶれてはいないわよ」
「もちろん持ち主には弾幕で説得するぜ?」
「泥棒というより強盗じゃない」
なんだかヒートアップしていく様子。魔理沙も家に上がって鈴仙と対峙している始末だ。というか、僕が寝ている布団を挟んで争うのはやめて。
「あのー二人とも、仲良くして……」
「お前は黙ってるんだぜ! 小鈴はまあいいとして、他の女を上がらせた罪は大きい!」
「私はお薬売りに来ただけなのに、よっぽど嫉妬深いのね魔理沙」
「どうせ診察と称してべたべたこいつを触ったんだろ?」
「どの薬がいいのか病状を把握するのに必要なことなの! というかそこまで触ってないわよ!」
「一発で風邪って分かるのに念入りに診察必要があるのか?」
「熱を出して咳をしたらイコール風邪っていうことにはならないの! それが実はもっと大きな病気の予兆だとしたら、後々取り返しのつかないことになるかもしれないのよ?」
「二人とも冷静に――」
ここまで熱が入ったら仲裁はほとんど効果ないだろうけど、やらないでおくという選択肢も無し。そう思いつつ違和感がある喉から、二人に呼びかけるべく声を絞り出そうとした瞬間。
「うるさあああああい! お前ら外からでもうるさいぞ!」
がらっと勢いよく引き戸が開かれ、現れたのはなんと頼れる寺小屋の先生慧音。そのままずかずかと上がり込んで、予想外の人物の登場で硬直していた二人を向き直させて、それぞれに頭突きをお見舞いした。
「った~~~~~!?」
「ぐあぁっ!?」
その場でうずくまる二人。玄関からは何だなんだと雪かきを行っていた近所の人たちが顔をのぞかせている。一人は布団で寝込み、一人は仁王立ちでうずくまる二人を見下ろし、その二人はさっきまで意味不明の口喧嘩をしていたという。何だろうこれ。
「まったく。寺小屋の生徒が風邪をひいていないか見に回っていたところ、聞きなれた声がするものだから来てみれば……ああ、みんなは気にせず作業してくれ!」
びしっと慧音が片手をあげると、なんだ慧音先生かぁと集まってきた人たちは解散した。さすがの人望。
「慧音~……いきなり何をするんだ……」
「悪いのは魔理沙の方なのに……」
「お前たちがどんなやり取りをしていたのかはよく知らない。だが、病人を挟んで口喧嘩をしては休めないだろう!」
「「……ごもっともです」」
「あ、ありがとう慧音」
「お前も大事にな。それじゃあ、私はまだ行かなければならない場所があるから、これで失礼するよ。……二人とも、病人をいたわりに来たのなら、もう少し静かに、な」
そう言って強烈な仲裁した慧音は行ってしまった。感謝、慧音先生感謝。
「……えーっと、二人ともとりあえず座ったら?」
「……座布団借りるぜ」
「……火鉢、炭を足しておきますね」
さて、二人とも頭突きで頭が冷えた? ようであるが、何とも微妙な空気になってしまった。
「……二人とも謝ったらどう?」
「それも、そうだな。うん、なんだか変なテンションになっていたみたいだ。すまん、鈴仙」
「こっちもこの人に会えたから熱が上がったみたい。ごめんなさい」
よし、これにて一件落着。
「……? ちょっとまって、会えたから熱が入ったって、なんでなの?」
「えっ、あっ、それは、その」
僕の指摘にどんどん顔を赤くしていく鈴仙。あれ、なんかおかしくない?
「……鈴仙、お前まさか」
再び顔が険しくなっていく魔理沙。相対的に気まずそうに身を震える鈴仙。
「その、お師匠たちが『あなたが無意識に心を開いている人間なら、きっと最も波長が合う相手なんじゃない』って言ったから……。私も、意識し始めたらどんどんそう思えるようになってしまって……」
「つまり、こういうこと? 鈴仙は僕のことが好き、っていう……」
鈴仙は力なくうなずいた。
「……それは、私がこいつと付き合っていると知った後のことか?」
「うん、お師匠たちはもっと前から密かに応援していたらしいんだけどね。『本当に好きなのなら奪う気概ぐらい見せないとね』って言って……ああっ! 魔理沙から奪う気なんて、これっぽっちもないから!」
「魔理沙、マスパ撃つのはやめてーっ!」
ミニ八卦炉を取り出す魔理沙。こんなところで撃ったら家が吹き飛ぶ。
しかし、僕はともかく魔理沙の目の前でこんなに正直に言うなんて、よっぽど思い詰めていたという事なのだろうか。
「気づいたときには、すでにあなたと魔理沙がくっ付いて、もう私の入り込む余地がないんだなって。……せめて、人里や永遠亭で会うときは楽しみにしようって思って」
涙目になっていく鈴仙。誰も何も悪いことはしていないのに、いたたまれなくなる。
僕は魔理沙のことが好きだ。その気持ちは今だって変わらないし、未来永劫変わることはないだろう。でも、そのせいで悲しい思いをする人がいるなんて、偽善だとは思うけど、僕の心が絶対に許さない。
「魔理沙……」
僕はすがるような気持ちで魔理沙を見た。この判断は、僕だけのものではない。魔理沙が怒るかもと思いつつ、僕の意思を込めた視線を向けた。
だが、魔理沙の反応は僕の予想外の物だった。
「……はあ、お前はとことん優しいやつだな。まあ、そうでなきゃこの私が惚れるわけがないんだけどさ。……私も、相応の器を持たなきゃダメってことだよな」
「えっ……?」
顔を上げて、不思議そうな表情で僕を見据える。どうやら魔理沙も、僕と同じことを考えていたようだ。
「鈴仙さ……お前、二番目じゃダメか?」
「な、何を言って……」
「恋人、二番目は嫌かって聞いているんだよ」
魔理沙のその発言に混乱している鈴仙。うさ耳がピコピコ動いている。
「僕は魔理沙が好きだという気持ちは変わらない。誰よりも愛している。でも、鈴仙が僕に向けてくれる好意を無視するなんて、僕にはできないんだ」
「筋金入りのお人好しだからな。それに、こいつのことを理解する奴が増えるのは、私も嬉しいし」
「……以前の魔理沙なら、意地でもそういうのは阻止するはずなのに」
「私も角が取れてきているのかな……もちろんナンバーワンは私。正室は私で、側室はお前だ。そこは譲れないぜ」
「ぐすっ……二人とも、寒さで頭がおかしくなっているんじゃないの? 本当に、私も好きになって……いいの?」
鈴仙は涙声になり、目尻にたまった涙をぬぐう。
「幻想郷はすべてを受け入れるんだよね? 僕が輪になって、みんなを受け入れるよ」
「あー、それって今後増えていくってことか? しょうがない奴だよなほんと」
「そうと決まったわけじゃ……でも、紫もああいっていたし」
「おい、お前なにを聞かされたんだ? 私に教えろーっ!」
襟首つかまれてがくがく揺らされる。やめて僕頭が痛くなっちゃうの。
「ぷっ、ふふふ……」
ようやくここで、鈴仙の顔から笑みがこぼれた。
「相思相愛、っていうんですかね、これ?」
「まだお互いに知らない部分はあると思う。でもそれは、僕と魔理沙の間でもそうだし、今後どんどんそれを埋めていけばいい。僕も、鈴仙のことをもっと好きになるように、もっといっぱい知りたいな」
「これから始めていく、っていうことですね」
何事も始まりはある。僕と魔理沙の時だってそうだった。魔理沙の区切りがあの旅館。鈴仙にとっての区切りは、今ここという話だ。
「それじゃあ親睦を深めるために、キノコ粥、作っていくぜ!」
「あ、ま、魔理沙!」
立ち上がる魔理沙を慌てて呼び止める。
「ん、どうした?」
「……ありがとう」
最初に鈴仙と喧嘩したときの言葉の節々に、鈴仙が僕の家にいたこと自体にお怒りの様子だった。でも、そんな魔理沙が鈴仙を受け入れてくれたことに感謝しかない。
「いいって、お前のいいところを、私が肯定しなくてどうする? それに、これからお前のいいところを言い合える奴が増えていくってことだからな。でも、私が一番だぜ。そこを忘れるなよー?」
屈託のない笑顔を作り、魔理沙は台所へと向かっていった。
タグに『恋愛あるかも』ってあるのに、ばっちり魔理沙と恋愛して、そのあと鈴仙までもがくっ付くという……これ『ハーレム』ってタグに変えたほうが良いかなぁ?
あっ、基本路線は変えませんよ。あくまでメインは「幻想郷の日常」ですから。